記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第17話

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朝、目が覚めたととき、眠気眼をこすりながら、大きく欠伸をし、頭をさする。

すると、ふと違和感を覚えた。

何かが足りないような気がする。いつもあった何かが欠けているような感覚。

 それは新鮮な感覚であった。

生まれてから間もない赤子が外の世界に初めて触れるような感覚はこのようなものではないだろうか。

自分の部屋を見渡すと、確かにそれは紛れもなく、昨日まで見ていた自室で、自分は紛れもなく上原 美月であると言える。

しかし、何故か真新しい。

あの頭痛を覚えた朝以降、初めて自分という一人の人間を認知できた気がする。

いや自覚できたのか?

ともかく、それは毎朝訪れる、あの既視感を払拭できた初めての日であった。

 
 

校門には、文化祭の旗が立っており、学生が作ったであろう陳腐な飾りつけが目に入る。

しかし、自分が作ったあの看板も同じような出来であったことも否めず、苦笑いし、自分の教室へと向かった。

文化祭当日ということもあり、教室内のクラスメートたちは目に見えて浮足だっていた。

教師の朝の挨拶の際も、私語が目立った。
 
しかし、担任の岩井も文化祭初日のためか、空気をよんで学生たちに注意をしなかった。

彼もこういった行事が好きなようで、満面の笑みで朝の挨拶を締めくくった。
こういった点が好感を持てる生徒とそうではない生徒に別れるのだろう。
俺も昔は後者であったと思われる。

担任の挨拶が終わると、学生たちは学年関係なく、体育館に集合する。

人の背丈よりも大きな窓を深緑色のカーテンが覆い、真っ暗になった体育館に一同が集まり、檀上だけがスポットライトを浴びて、皆がそちらに注目する。

これだけの人数が同じところを凝視する様は少し異様である。

この独特の雰囲気。いつもと違う非日常感に生徒は、高揚し、いつもなら聞いていないだろう生徒会の話に真剣な眼差しを向けている。
しかしながら、私語が多いのもまた事実である。

騒然とする中、文化祭開会式が始まり、生徒会長、文化祭実行委員等他の挨拶が終わると、ダンス部やら吹奏楽部が体育館の檀上で、出し物をし、生徒たちの気分をより高める。

吹奏楽部のノリの良い演奏に、ダンス部の切れのある踊りに圧倒され、徐々に生徒全体の熱量が高まっていくのが分かる。

熱気が最高潮に達するとき、生徒会長の締めの言葉で体育館は揺れ、開会式は終わった。

生徒会長は特に真新しくもない、有り体な言葉で締めくくったわけだが、それでも学生は高揚し、勢いに任せて声をはり上げる。

その声が体育館に木霊し、耳朶を打つ。

そうして、やっと長い準備期間を経て、文化祭が始まったと実感したのか、我先にと体育館から一斉に学生が持ち場へと向かっていく。

学内に活気ある生徒たちの足音が響き渡る。

俺もその中の一人であり、模擬店のブースへと向かった。

確か、初日の朝から昼までと、夕方の時間帯に模擬店の店番を橘に頼まれていた。どうにも本田と佐竹に頼む予定であったが、断られたらしい。

本田とはあの一件以来少し距離を置いているし、佐竹も俺に不用意に近づいてこない。橘は少し時間を置けば、また普段通り戻るだろうと言っていたが、それも定かではない。

しかし、俺は今、そのイケメンの助言を信じるよりほかに選択肢はなく、彼の橋渡しが上手くいくことを期待しよう。

その為、彼の頼みを聞くことにした結果、今、俺は店番をしている。

朝9時から模擬店の準備を手伝い、10時から店番をしているのだ。

文化祭というと色んな出店を回ったり、各クラスの出し物を楽しむものだと思っていたが、何故俺は、汗水垂らして、焼きそばを焼いているのだろう。

二度目の高校生活というと、社会人になる未来を分かっており、体験済みであるがゆえに、若き青春時代を謳歌しなおそうと思うだろう。

そして青春といえば行事である。

体育祭、修学旅行そして、文化祭である。

この行事を斜に構えて、全力で楽しむ奴を馬鹿にしていたがために、のちに後悔することは分かっていた。

その為に、文化祭準備から出来ることはやってきたし、協力的に動いていた。しかし、その結果、遊ぶことさえできずに、こんな苦行を背負うはめになるとは。

これも、本田の件を早くに手を打たなかった俺のミスなのかもしれない。

朝から模擬店の準備をし、ただひたすらに焼きそばを作っては盛り、作っては盛る。

甚だ疑問である。

そして、その隣で、どうして彼女は俺が作った焼きそばに鰹節をふりかけ、紅ショウガを入れているのだろう。

どうして俺と彼女が一緒に、朝から焼きそばを作っているのだろう。

聞けば、彼女はもともと店番をする予定であったらしい。ならば橘の差し金かとも思ったが、どうやら違うらしい。

本当に偶然。本当に偶々だったらしい。

まさか、宮藤さんと模擬店の店番が被るとは思わなかった。

客がチラホラやって来ては、俺は焼きそばをフードパックに詰めていく。主に宮藤さんが接客をしてくれるので、こちらは気楽で良い。

宮藤さんが要領良く立ち回ってくれるため、俺は本当に焼きそばをただ焼いているだけでいいのだ。

それに、初日から焼きそばを焼いており、気が付けば三日過ぎているなんてことも予想していたが、何の因果か好きな子と一緒にいれるということで、沈んでいた気分も徐々に上がってきた。

ちょうど客足が途絶えたところで、俺は鉄板の上での作業を一時、切り上げる。

熱い鉄板の上での作業から、額に汗が浮いていることに気が付き、水分補給する。シャツももう背中からびしょ濡れになっており、気持ちが悪い。

後ろにあった替えのシャツに着替え、さっぱりとした気分で、辺りを見回す。

他の模擬店の呼び込みの声やら、中庭に出来た特設ステージから漏れ聞こえる音楽を聴きながら、文化祭の熱気を肌で感じる。

有志希望者が特設ステージに機材を運び込んでいる。

仮装した学生や、汗に塗れて駆けずり回る学生。
グリークラブの歌声、吹奏楽部やバンドの演奏。
すべてが瑞々しく、眩しく映る。

また、その光景が懐かしくもあり、今、宮藤さんと二人で文化祭に携わっていることが嬉しくもあるのだ。

「前の私なら………前の私なら上原君と二人だと緊張していたかもしれません」

ふと彼女が話しかけてきた。

秋なのに二人して汗をかき、彼女はその薄っすらと青い血脈が浮いた白い首元に、一筋の汗を滴らせる。

俺はその様子を見ながら、喉の渇きを覚え、また水を飲んだ。

「そうか?そんなこともないだろ?………それに緊張している暇もなかったんじゃないか?朝から客が結構来ただろ?」

「そうでしたね………」

彼女はハニカんで、作り置きしている焼きそばの入ったパックの蓋を輪ゴムで止めていく。「あ。そう………あれだ。佐竹の件。大丈夫だったか?」

「何がですか?」

「いや。あらぬ噂を立てられたんじゃないかって思ってな」

「あーあ。そうですね。………でも私はもともと影が薄いですから。みんなの関心ももう薄れましたよ」

彼女はなんでもないことのように言う。

それに対しなんと返事をすればよいのか分からず、口ごもってしまう。それを彼女はどう思ったのかは分からないが、ただ冷めた瞳が模擬店ブースの大きな広場を映した。

「この後、どこに行けばいいんですかね………」

「夕方も店番入ってたよな?」

「はい。もうあと少しで交代ですし、どこかゆっくり出来るところにと………いえ、この騒ぎではなさそうですね」

彼女は小さなため息を一つ零し、薄く笑みを浮かべた。

「ゆっくりって、本を読むところとか?」

「ええ。そうです。図書室も今は漫研の方の出し物で、埋め尽くされてしますし………文化祭は苦手ですね」

彼女は目を伏せ、首元に滴る汗をハンカチで拭いた。そうして、模擬店の裏手に置かれた小さな椅子に腰かけ、次の店番を静かに待っていた。

俺は再度、彼女に話しかけようとしたところで来客があり、その場は流れてしまった。

そうして気が付けば、もう交代の時間であり、俺と彼女は次の店番の人と交代し、彼女は「では、また」と言い残し、去っていった。

どこか行くところがなく、時間があるなら、俺と文化祭を回ってみませんか?と声に出すことも出来ず、彼女の背中が遠ざかっていくのを俺はただ静かに眺めていた。

 

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