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第19話

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教室から出ると廊下に吹き付ける、秋の冷たい色なき風にそっと頬を撫でられた。

肌寒く、鬱陶しく思い、眉を顰めて手をポケットに突っ込んだ。

そして、少しばかり風に気を持って行かれ、窓から校内を見渡す。

昼間ということもあり、校内は人でごった返しになっており、上から見下ろすと黒い点々が多数集まっていて、気味の悪い景色になっていた。

そうして、模擬店ブースを見ると、俺が朝に店番をしていた時とは比べ物にならないほどに賑わっていた。

特設ステージにもこの機会に足を延ばしてみることにした。

バンドがちょうど拙い演奏をしている。

音を外しながらもひたむきに歌うボーカルや、ミスりながらも弦を弾く弦楽器隊。
彼らは軽音楽部なのか、有志による希望者なのかは分からない。

昔の俺なら、下らないと吐き捨て、すぐに背中を向けていたのだろうか?
俺はボーッと軽音楽部の演奏を見て、そのバンドの最後の曲を聞き終えると、その場を後にした。

文化祭を満喫しながら、宮藤さんを探すも見つからない。

小西が言うには、中庭にいたらしいが、校舎内から中庭を見たところ、彼女の姿は見当たらなかった。

そうして、体育館に行き着く。

クラスメートの演劇はちょうど今から始まるところであった。

体育館に入ると、人はまばらにおり、皆、退屈そうに体育館に設営された客席に腰かけている。

開会式の時とは違い、体育館の照明が眩しく、窓も開放されていた。

俺も席に着き、劇の始まりを待つことにする。

「あれ、美月?」

声の方に振り向くと、そこには橘と本田、佐竹がいた。

本田は一瞬、驚いたように体を震わせたが、すぐに持ち直し、橘と一緒にこちらに近づいてきた。

佐竹はあからさまに苦い顔をしており、こいつはすぐに感情が顔にでるなぁと思っていると、本田がため息をついた。

佐竹はその横でバツが悪そうな顔で、持っていたペットボトルからジュースを飲み込んだ。

「おお。お前等も劇見に来たのか?」

「そうだな。小西もがんばっていたらしいしな。………美月もだろ? ……珍しいな。こういう行事嫌いだろ?」

「まぁな。でも、案外楽しめてる自分がいる。自分が作った看板を見たり、模擬店に参加してると、まぁ楽しいよ」

「マジかよ?………ああ。そういえば、模擬店の店番、ありがとな。助かったよ」

「おお」

橘は俺の隣に座ると、自分が持っていたジュースを一つこちらに渡した。こういうことをサラリとやるところがイケメンである。

「変なの。こんなの暑苦しいだけでしょ?」

本田が作ったような気怠い顔で愚痴を吐く。それは彼女のなりに気を遣ったのだろう。

「そうか?まぁ、そういうわりには、模擬店で色々買っていたみたいじゃねぇか」

俺はそういうと、彼女が持っている、ベビーカステラだの、唐揚げだのの袋を指さす。

「うっさい」

彼女は口元を尖らせて、こちらを睨んでいた。

その様子を橘と佐竹は安心した顔で見ている。
俺と彼女の一件は皆、知っているようで嫌気が差す。
しかし、彼らも心配していたのだろう。それは今の彼らの表情から読み取れる。

「お?もうすぐ劇が始まるぞ」

「………悪い、俺、ちょっとトイレ」

「もうすぐ始まるってのに………まぁ席は取っておくから」

そう言うと、佐竹が俺がいた席にカバンを置いた。隣の席にいた、真面目そうな生徒は少し怯えた表情でそれを見ていた。

「いや、いい。すぐに戻るし、席が埋まったら後ろで見とくから」

俺が体育館を出るときには、体育館の客席はある程度埋まっており、先ほどまで点いていたライトが落ち、暗転した。

トイレから戻るころには、もう劇は始まってしまっているだろう。すまんな小西と小さく零し、体育館を後にした。

 

 

 

トイレには見慣れない、校内案内図板が立っており、俺はそれを見て初めて校内図をみた気がする。

そうして用を足し、遅くなったが、やはり劇が一度は見ておこうと思い、体育館に向かった。

その時、トイレ側の校舎裏から声が聞こえる。

女子生徒と男子生徒の声だ。

聴き馴染みのある声であった。

誰だろうと、思い校舎裏に回るとそこには漆原と見慣れた少女がいた。

漆原が目に入ったときは、また逢引きでもしているのだろうと考えたが、その相手を見た瞬間、時が止まったかと思えた。

見たくないものを見た時、人は動揺し、嘘だと思おうとするのか。

心は揺さぶられ、頭が真っ白になる。

漆原と話していたのは宮藤さんであった。

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