34 / 43
第34話
しおりを挟む
目を覚ますと俺たちは未だ、海岸沿いのベンチにいた。
そうして街灯の下、彼女が俺を見ていた。俺も彼女を見ていた。込み上げてくる感情は許容範囲を超え、すぐに外へと放出される。
涙が出て、それと同時に彼女も涙を流した。
「桔梗………ごめん」
俺はもう何に対してか分からない謝罪をした。彼女は一度目を閉じて、その際に涙が零れる。
そうして、また開くと小さく「ごめんなさい」と謝った。
「なんで謝るんだ?………俺の方が………俺がしっかりしていれば………」
「いいえ。私………守れなかった。五月を………守れなかった……」
彼女は身を震わせながら、言葉を吐きだした。それは俺に言っているのか、それとも自分へ言ったのか分からない。彼女の中から漏れだす、やるせなさが滲み出た懺悔の言葉であった。
「俺は………」
俺は何をしていたのだろう。
馬鹿な感傷で、家を留守にし、彼女との約束も反故にし、町で飲み歩いていた。そうして通り魔に自分の家族を殺され、病んで自殺しました。
呆れるのを通り越して、どう言い表せばいいのか分からない感情に支配される。
何もしていない。馬鹿なことしかしていない。
俺は何をしていたのだろう。
「桔梗………なぁ。桔梗。俺を殴ってくれないか」
「なん………なんでですか?」
「俺は馬鹿なんだ………俺は馬鹿だから………」
気が付けば、頬に強い痛みが走った。それは彼女の手が赤くなっているのを見れば、すぐに理解できる。
「私たちが悔やんでも、あの時の五月の苦しみは変わらない。………あんな小さな体であの男と対峙する恐怖が私には分かりません。貴方も私も守れなかった。だから………」
彼女は泣き疲れて、充血した目を閉じると、頬を俺の前へと突き出した。
そうして、身を震わせて、まだ涙を流した。
俺は心の底から、薄すら笑みが零れた。これが悲劇だとでも言えるかと。こんなものは喜劇だ。
俺はただ自殺して、そうして未だ彼女にすべてを負わそうとしている。自分の罪を彼女の手を以てして洗い流そうとしている。単なる逃げ癖のついた犬のようなものだ。
嫌なことから逃げ出そうと、嫌なことから目を逸らそうと、免れようとしている。始末に負えない性質の悪さだ。
彼女の震える顔を見て、未だそんな自分本位な考え方が頭を過ぎっている。
逃げるなら彼女を置いて、逃げればいい。そうして今後、彼女と関わらなければ、問題は解決しないが、永遠に逃げることが出来る。
そうして、何度も過去へと遡るならば何度でも逃げればいい。
それは彼女も同じで、俺なんかと出会わなければ、あんな目に遭うこともないのかもしれない。
それが最善の手かもしれない。
お互いに別の道に進んでいく。それがこの問題への解決かもしれない。そう思って、一瞬、視界から彼女が消えて、海へと逃がした。
しかし、それはあの時の風景そのものであった。
今では殺風景にも見える黒い海が俺の眼前に広がっている。
また自殺でもするのか。またすべてを無くして、悲観して、諦観し死ぬのか。なんて馬鹿な話だろう。
すべてを経験して、未だ弱気になっている。いつからこんな弱い人間になったんだ上原 美月。
喧嘩だろうと負けたことが無い俺がいつからこんな人間になったのだろう。
そんなことのために二度目の人生を送る意味はどこにあるのか。何度でも失敗して、何度もどうしようもなくなってもいつも彼女がいてくれたではないか。
高校の糞みたいな学校生活も、友人グループが決壊しても彼女がずっといてくれたではないか。
俺は彼女に何をしてやれただろう。
潮の香りと、波の音の中、爛々と月が光っている。もう見えないと思っていた美しい月の下に最愛の人間といる。
これに勝る幸せがあるのかと問いかけてくる。
では、それをどうするのかはもう決まっていた。
「桔梗………」
「早くしてください………私は………母親失格ですから……」
彼女は薄く笑って、手をまた強く握り締めた。
俺は未だ、彼女にすべて背負わせていることに辛くなり、言葉を発する。
「桔梗………俺と別れたらこの先こんな問題に怯えなくてすむかもしれない」
「………は………はい」
彼女は目を開けた。そうして涙が零れゆく中で、か細い声を発する。
「俺は駄目な人間だし、今も怖いんだ。だから逃げたかったら逃げていい」
俺はそう言うと彼女を軽く抱きしめた。
「次はちゃんと抱きしめおくから………だから……」
「はい………私は………私も………駄目な人間です。自分の子供一人守れない。でも、だから逃げたら駄目な気がします。それがあの子を苦しめる結末を回避するにしても、それが未来を潰すならば………それに………」
「?」
「惚れた弱みもあります」
彼女は今までの弱弱しい口調ではなく、きっぱりと言い切った。そうして、俺を抱きしめ返した。
日常が辛く、面白みのない飽きた毎日。ではない。それが幸せであり、それを守ろうとする毎日が幸せの所在である。
非日常に思い描く、未知の世界は確かに色濃く、憧憬に似た感情を芽生えさせる。しかし、そこに俺の求めるものはなかった。あるのは果てなき悲壮感だけであった。
空虚な幸せである。
俺は強く抱きしめる。
すべての過去を思い出した。
そうしてすべての未来を手に入れる。
その準備が出来た。そう思えばいい。どうすれば回避できるのかは未だ分からないが、俺は目の前の小さな体を抱きしめ、守ることは出来ると確信していた。
月光の下に、波のまにまに、二人は佇んで、再度、キスをした。
そうして街灯の下、彼女が俺を見ていた。俺も彼女を見ていた。込み上げてくる感情は許容範囲を超え、すぐに外へと放出される。
涙が出て、それと同時に彼女も涙を流した。
「桔梗………ごめん」
俺はもう何に対してか分からない謝罪をした。彼女は一度目を閉じて、その際に涙が零れる。
そうして、また開くと小さく「ごめんなさい」と謝った。
「なんで謝るんだ?………俺の方が………俺がしっかりしていれば………」
「いいえ。私………守れなかった。五月を………守れなかった……」
彼女は身を震わせながら、言葉を吐きだした。それは俺に言っているのか、それとも自分へ言ったのか分からない。彼女の中から漏れだす、やるせなさが滲み出た懺悔の言葉であった。
「俺は………」
俺は何をしていたのだろう。
馬鹿な感傷で、家を留守にし、彼女との約束も反故にし、町で飲み歩いていた。そうして通り魔に自分の家族を殺され、病んで自殺しました。
呆れるのを通り越して、どう言い表せばいいのか分からない感情に支配される。
何もしていない。馬鹿なことしかしていない。
俺は何をしていたのだろう。
「桔梗………なぁ。桔梗。俺を殴ってくれないか」
「なん………なんでですか?」
「俺は馬鹿なんだ………俺は馬鹿だから………」
気が付けば、頬に強い痛みが走った。それは彼女の手が赤くなっているのを見れば、すぐに理解できる。
「私たちが悔やんでも、あの時の五月の苦しみは変わらない。………あんな小さな体であの男と対峙する恐怖が私には分かりません。貴方も私も守れなかった。だから………」
彼女は泣き疲れて、充血した目を閉じると、頬を俺の前へと突き出した。
そうして、身を震わせて、まだ涙を流した。
俺は心の底から、薄すら笑みが零れた。これが悲劇だとでも言えるかと。こんなものは喜劇だ。
俺はただ自殺して、そうして未だ彼女にすべてを負わそうとしている。自分の罪を彼女の手を以てして洗い流そうとしている。単なる逃げ癖のついた犬のようなものだ。
嫌なことから逃げ出そうと、嫌なことから目を逸らそうと、免れようとしている。始末に負えない性質の悪さだ。
彼女の震える顔を見て、未だそんな自分本位な考え方が頭を過ぎっている。
逃げるなら彼女を置いて、逃げればいい。そうして今後、彼女と関わらなければ、問題は解決しないが、永遠に逃げることが出来る。
そうして、何度も過去へと遡るならば何度でも逃げればいい。
それは彼女も同じで、俺なんかと出会わなければ、あんな目に遭うこともないのかもしれない。
それが最善の手かもしれない。
お互いに別の道に進んでいく。それがこの問題への解決かもしれない。そう思って、一瞬、視界から彼女が消えて、海へと逃がした。
しかし、それはあの時の風景そのものであった。
今では殺風景にも見える黒い海が俺の眼前に広がっている。
また自殺でもするのか。またすべてを無くして、悲観して、諦観し死ぬのか。なんて馬鹿な話だろう。
すべてを経験して、未だ弱気になっている。いつからこんな弱い人間になったんだ上原 美月。
喧嘩だろうと負けたことが無い俺がいつからこんな人間になったのだろう。
そんなことのために二度目の人生を送る意味はどこにあるのか。何度でも失敗して、何度もどうしようもなくなってもいつも彼女がいてくれたではないか。
高校の糞みたいな学校生活も、友人グループが決壊しても彼女がずっといてくれたではないか。
俺は彼女に何をしてやれただろう。
潮の香りと、波の音の中、爛々と月が光っている。もう見えないと思っていた美しい月の下に最愛の人間といる。
これに勝る幸せがあるのかと問いかけてくる。
では、それをどうするのかはもう決まっていた。
「桔梗………」
「早くしてください………私は………母親失格ですから……」
彼女は薄く笑って、手をまた強く握り締めた。
俺は未だ、彼女にすべて背負わせていることに辛くなり、言葉を発する。
「桔梗………俺と別れたらこの先こんな問題に怯えなくてすむかもしれない」
「………は………はい」
彼女は目を開けた。そうして涙が零れゆく中で、か細い声を発する。
「俺は駄目な人間だし、今も怖いんだ。だから逃げたかったら逃げていい」
俺はそう言うと彼女を軽く抱きしめた。
「次はちゃんと抱きしめおくから………だから……」
「はい………私は………私も………駄目な人間です。自分の子供一人守れない。でも、だから逃げたら駄目な気がします。それがあの子を苦しめる結末を回避するにしても、それが未来を潰すならば………それに………」
「?」
「惚れた弱みもあります」
彼女は今までの弱弱しい口調ではなく、きっぱりと言い切った。そうして、俺を抱きしめ返した。
日常が辛く、面白みのない飽きた毎日。ではない。それが幸せであり、それを守ろうとする毎日が幸せの所在である。
非日常に思い描く、未知の世界は確かに色濃く、憧憬に似た感情を芽生えさせる。しかし、そこに俺の求めるものはなかった。あるのは果てなき悲壮感だけであった。
空虚な幸せである。
俺は強く抱きしめる。
すべての過去を思い出した。
そうしてすべての未来を手に入れる。
その準備が出来た。そう思えばいい。どうすれば回避できるのかは未だ分からないが、俺は目の前の小さな体を抱きしめ、守ることは出来ると確信していた。
月光の下に、波のまにまに、二人は佇んで、再度、キスをした。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる