異世界勇者と女子高生の恋

プーヤン

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第4話 仲直り。

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 兵士の一人が頭から多量の血を流しながら僕を見る。

 兵士の体はところどころ欠損があり、もはや助かるすべはない。
 その兵士の下半身はもう死体の下に埋まり、どこに落ちているのか見当もつかない。

 無論、彼の腰から下を跳ね飛ばしたのは紛れもなく僕である。
 兵士は血の海に沈みながら、ゆっくりとその眼を開き、僕を凝視する。

 その目に宿る感情は憎悪や悲哀といったものではなく、ただただ怯えていた。

 彼の歯がカタカタと音を出し、僕を視認すると何かつぶやいている。
 喉に血が絡みついた濁音の多い言葉を聞き取ることは難解であり、彼の口の動きから察した。

「バケモノ………バケモノ」

 彼は確かにそういった。

 彼は絶命した後も、僕から目を外さない。
 虚ろな瞳は僕を逃がしはしない。

 彼の顔は泥と血で埋まり、だれか判別できないほど崩れている。

 彼の顔から滴る血がポトポトと鎧を伝うさまが目の端に写る。
 その彼の血の道を見ていると、あることを思い出す。

 今朝、後輩が人とぶつかった時、僕はなんの迷いもなくその男性に敵対意思を持ち、殺気ともとれる感情をぶつけていた。

 その感情に当てられた彼女は僕を驚愕の眼で見ていた。

 その時の彼女の表情は今、目の前で絶命した兵士と同じ表情であった。

 僕はもうおかしくなっているのかもしれない。
 異世界でなくても、バケモノと呼ばれる存在になったのか。

 彼女の僕を見る目が何度も思い返され、脳にこびりついて離れない。

 それはずっと懸念していた部分であった。

 人を何百、何千と殺した人間が急に今までの生活を正常に送ることなど土台無理なのである。
 何度もフラッシュバックする兵士の死にざまと、彼女の顔。
 兵士の目の端に米粒大の血が流れていく。

 ゆっくり流れていくその血の跡を目で追いながら、もうその兵士になんの関心も抱いていない自分にまた嫌気がさす。

 始めはこうではなかった。

 人を殺せば、僕の脆い精神はプレス機にでもかけられたように折れ曲がり、死体を見れば吐しゃ物を周りに吐き散らし、吐き疲れてはまた死骸が目に入れば…………繰り返す。

 こんな鬼畜の所業に誰が手を貸すものかと僕は断固として戦争に反対していたのだ。 

 しかし、王の命令では仕方がない。
 王の命令には背けない。
 王は絶対であり、その命令に何の不信感も抱かない。

 しかし使命感と同居する常識やら倫理観は僕が異世界で生きる上で摩擦を生じ、徐々に精神面を崩壊させていく。

 兵士の血が彼の顎に達し、地に落ちる瞬間に僕は彼の頭を斬り飛ばしていた。

 僕は兜が宙に舞って、血の玉がパッと散りゆくさまを見ながら、明日の授業のことを考えていた。





 放課後の喧騒の中、私はギターを担いで先輩との待ち合わせの時間に部室に入る。

 部室は外部の音は遮断されたように、静寂が満ちていた。

 もうこの部室のかび臭いにおいにも慣れ始め、部室までの道のりも覚えていた。
 部室には珍しくバンド練習をしている人もおらず、耳を澄ませばギターの音だけがか細く鳴いている。

 先輩は端に座り、ギターをいじっていたが、私に気が付くとおつかれと声をかけてきた。

 その頬は机の跡がついており、彼が今まで寝ていたことが分かる。 

「先輩、頬に机の跡が付いてますよ。寝てたんですか?」

「ああ、そう?」と先輩は頬を手でぬぐい、ギターを置く。

 先輩とこうして話すのは今朝方ぶりだが妙に新鮮味がある。

 それは今朝の先輩との一件が頭に残っているからだろう。

 あの時の先輩は普通ではなく、どうしても当初の約束であるギターの練習を付き合ってもらうという事よりも、今朝のことについての疑問の方が先行してしまう。

「先輩、あの」

「そういえば、桜井さん。あのベースの子とはどうなの?仲直りできた?」

 先輩の食い気味の言葉に、私の言葉は飲まれた。
 それは、果たして意図してやったことなのかはわからない。

 私は頭を切り替え、瞳とのことを思い出す。

「ああ、いえ。一応、挨拶はしたのですが…………」

 瞳とは今朝、挨拶を交わした。
 しかし、仲直りしたかと聞かれれば微妙である。

 瞳との会話を思い返すと頭が痛くなった。




「琥珀。おはよう。昨日はごめんね」

「おはよう。ううん。私の方こそ、怒鳴ってごめんね」

「ううん。ごめん。あんな風に注意することなかったね。部活だしバンドなんだから楽しまないとって琥珀から言われてたことなのに…………」

 それは、ある意味で貴方に完璧な演奏はもう求めていないと言われたようで癪にさわる。

 そんな気は瞳には一切ないと分かっていながら。

 彼女は何も間違っていない。
 これは、自分の過信が生んだ結果だ。
 瞳は初心者なのだから、こちらも初心者とバンドをやるつもりで練習しよう。
 瞳がこんなに上手くなるとは思わなかった。
 私も練習はしていた。 
 私はもっと出来るはずだ。

 これはすべて言い訳だ。

「ごめん、次はちゃんと練習してくるから、待っていて」

 私はそれだけ言うと瞳とはそれ以降一切話さなかった。

 多分、この問題は演奏でしか返せない。
 バンドでちゃんと瞳が納得できるレベルになるまで私が練習してくればすべてうまくいくはずだと思い込むことで問題の解決を図った。 

 そして、今に至る。



「桜井さん?………大丈夫?」

「あ、はい大丈夫です。瞳とはちゃんと仲直りしましたよ。次のバンド練習までに自分も少しは練習して、瞳を見返しますよ!」

「そっか。よかったよ。じゃあ、練習しようか」

 先輩はそういうと、私たちの練習している曲の譜面を見ながら、その譜面の通りギターを弾き、なにやらメモをしていく。

 初めて見た楽譜をいともたやすく理解し、弾きこなしていく先輩を横目に私はいそいそと自分のギターをケースから取り出し、セッティングする。

 私はいつになったら先輩のように演奏できるようになるのか。先は果てしなく長そうだ。

「じゃあ、一回一緒に曲の頭から弾いてみようか」

「初めのサビまで一回通そうか」

「ギターを置いて、歌だけ歌ってみて」

 と先輩の要求に答えていく。

 急に歌ってよと言われたときは恥ずかしくて何度も音程を外してしまったが、先輩は特に気にした様子もなく演奏を続ける。

「初めのイントロの部分弾いてみて。ってこの曲歌いながらだとちょっとむつかしいね。メロディーのリズムと、ギターのリズムが違うから。んーっとじゃあ、歌だけ歌ってみて、ギターは僕が弾くから」

 それが終わるとまた繰り返しギターだけ練習する。

 この繰り返しが一時間ほど行われた。
 先輩の丁寧な教え方のおかげでだいぶ自分でもなぜズレるのか理解出来てきた。

 その頃にはもう歌いながら弾いても特に間違いもなくスムーズに曲を進行出来ていた。

「コードのミスだけど、このサビのコード進行で一つ満足に弾けてないコードがあるんじゃない?一つ満足に出来てないと、他のコードもつられて間違えちゃうからそのコードを見直そうか。あとは、コードとコードの際の指の運び方ももっとスムーズにしよう」

 こうやって人に教えてもらいながら練習すると、基礎練習の重要性を改めて思い知らされる。

 それと同時にこの人は今までどれほどの研鑽の日々を送ってきたのだろうと感心してしまう。

 私は数カ月で慢心していたのに…………。 
 先輩への疑問は頭に残っていたが、練習に付き合ってもらっているとそのような無粋な気持ちは頭の片隅へと消えていった。

 そこからは、またギターの練習に集中し、気づけばもう夜はすぐそこまで来ていた。

「おっと、もうこんな時間か。下校時刻も過ぎてるし今日はここまでにして帰ろうか」

「はい。分かりました」



 校門を出ると辺りはオレンジ色のベールに包まれており、夕日の沈む方向に二人で歩き出す。

 夕焼けから、二人の影が通学路に伸びる。

 先輩とこうして帰るのは初めて会った時以来である。
 並んで歩いている先輩の顔を見るとふと考えてしまう。 

 何故、先輩は私にこんなにも親切に接してくれるのだろう?

 それは初めて会った時も、今日ギターの練習をしていた時もずっと頭に浮かんでいた疑問だった。

 ただのお人よしには見えない。
 かといって下心があるようにも到底思えない。

 私は人の親切をなんの理由もなく享受できるような人間ではなかった。

 なにか裏があるのかと猜疑心をもって人と接してしまうのはどうにも悪い癖である。

「先輩はどうして私に親切にしてくれるのだろう?」

 考えはふと口から出てしまった。

「えッ?親切?」

「い、いえ!なんでもありません。忘れてください。なんでもありません!」

 私は何で口から思ったことが出たのかと酷く狼狽し、また手をワチャワチャとさせて誤魔化す。

「ああ、なんでだろう……なんでなのか………。多分、僕と少し似てると思ったからかな」

 しかし、先輩は感慨深そうに言葉を反芻しながらこちらに視線を合わせる。

「似てる。ですか………?」

「そう。部活に入った時の僕とね。僕は昔から特に勉強ができるとか、運動ができるとかそういった目立つ子供ではなかったんだけど、父からもらったギターはよく練習していたんだ。だから高校に入った時も僕より上手い子はそうそういないだろうと思っていた。

 だから入学当初は自信満々に軽音楽部に入部した。案の定、僕より上手い人はいなかったかな………まあ、結局うまく馴染めず、今にいたるけど。恥ずかしい話だね………」

 先輩は一度咳払いを挟むとまた言葉を探す。

「だからかな。初めて桜井さんが部室に入ってきたとき、僕と似たような顔をしていたから少し驚いたよ。まあ体験入部期間より早く来ちゃったところも僕と同じだったしね」

「えっと、私と同じように先輩もギターの腕を慢心していたんですか?」

「そうだね。自分以外の新入生はそんなに上手くないと思っていた。だから、変な優越感が邪魔して上手く馴染めなかったし、今もサブメンバーという形でバンドには属してるしね」

「え?あんなに上手いのにサブメンバーなんですか?おかしいです」

「まあ、それは僕の人間性も問題あるからかな」

 そう言うと先輩は少し寂しそうに力なく笑った。

「だから、桜井さんがバンドで揉めてるって話を聞いた時、少し心配になったのかもしれないね。自分と同じような失敗はしてほしくないから」

「失敗ですか…………。大丈夫です。次の練習の時には仲直りします」

「そっか、がんばれ」

 先輩がどんな失敗をしたのか私にはわからない。
 どんな失敗をしたのか聞くつもりも毛頭ない。

 でも、先輩が私にそうなってほしくないと願っているなら私は答えたいと思う。
 それが、後輩である私にできることだと思ったから。

 先輩は本当はどんな人かという疑問はもう消えていた。
 それは、この人がどんな人だろうと私の先輩であり、優しく、少し変わっていて、面倒見の良い、私の初恋の人であるから。

 それだけで私の中での飛騨先輩という人は十分であった。



 あの先輩との練習の日から三日後の放課後。
 バンド練習のため私は部室へと向かう。

 私が着く頃にはもう瞳も彩羽も自分の楽器をセットし、いつでも演奏を始められる状態になっていた。

「ごめん、ホームルームが長引いて遅れた。すぐ準備するから」

「いいよ。私たちのクラスが早かっただけだから。それじゃあはじめよっか」

 そう言うと彩羽は自分のドラムスティックを二回回し、リズムを奏でだした。

 瞳もベース弾き始める。
 やはり、こないだよりも上手くなっている。

 もう部内の他のベーシストよりも上手くなっているかもしれない。

 私はそれを見て不思議と前のように焦ったり、イラついたりしない。
 逆に幸せなことだと思っていた。
 こんな上手いベーシストと一緒にバンドを組めて、演奏できるのだから。

 私はギターのストラップを掛けなおすと、ドラムのカウントに合わせて曲に入る。

 ベースの骨太でうねるような重低音とドラムの心の芯に響くようなスネアの音。
 前の練習時とは違いみんなの楽器の音がよく聞こえる。

 また、自分の声も上手く調節出来ている。
 ギターのコードも間違えず、ちゃんとリズムもキープしている。
 瞳も特にこちらを悩まし気に見ることもなければ、彩羽もこちらに訝しげな視線を送ることはない。

 サビ前の休符からの復帰も息がピッタリと合っており、曲の終わりまで一度も止まることなく駆け抜けた。

「琥珀。よかったよ。ボーカルも安定してたし、ギターのミスも減ってた」

 瞳の笑顔を見て私はやっと一息つく。

「そうだね。よく出来てた。ごめん、私の方が少し間違えたよ。サビ前の休符、二人とも私に合わせてくれたでしょ?」

「彩羽はサビ前はベースに釣られちゃうから、瞳のベースに合わせようと思ってたの」

「えー。なんでよ。私のドラムを信用してよ………」

「いやいや、そしたら二人ともリズム狂っちゃうでしょ」

 私と彩羽が笑いながら言い合っていると、こないだの悪い雰囲気がまるで嘘のように部室には三人の姦しい笑い声が響いていた。

「でも、よかったよ。このままいけば、夏休みのオーディションもいけるかもね」

「「なに?そのオーディションて?」」

 私と瞳は目が点になりながら彩羽に問いかける。

「もう、二人は部室にあんまり顔出さないから知らないんでしょ。こないだ先輩たちが言ってたじゃん。秋の文化祭のオーディションを夏休みにするって。あんたら二人はすぐに家に帰っちゃうから………」

「いや、ほら私と琥珀は社交性皆無だから………。でも、そっか。オーディションあるならがんばろう!」

「そうだね。がんばろう!」

 初めてみんなでバンド活動をしている実感が湧く。

 一人で練習していた時よりもギターを弾くのが楽しい。リズム隊の音色に自分の色を足していくのは家で一人練習していては味わえない幸福だ。

 私は二人に感謝しながら、先輩のおかげだと考える。
 すると、すこし笑みがこぼれてくる。

「琥珀。どうしたの?なんか良いことでもあった?」

「ううん。なんでもないよ」

「どうしたの?男関係?聞かせてよ?」

 彩羽が小悪魔的な笑みで私に聞いてくる。

「なんでもないよ。ただバンドって結構楽しいなって。そう思っただけ」

「うん。楽しい。琥珀に誘ってもらえてよかったよ」

「私も瞳を誘ってよかった。あの時頑張って誘ってよかったよ」

 瞳の屈託のない笑みを見て、私も嬉しくなりつい顔がほころんでしまう。

「そこのレズレズ。もう練習も終わったし喫茶店でも行こう。」

「誰がレズレズよ。うん行こう」

 私たちは部室を後にし、また談笑する。
 廊下に女子三人の笑い声が木霊した。
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