異世界勇者と女子高生の恋

プーヤン

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第8話 異世界勇者と女子高生2

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 保健室のスライド式のドアを徐(おもむろ)に開く。

 そうして、ドアを開けた音が保健室の静寂を奪った。

 その音に反応して先輩がこちらを驚目して窺っている。

 先輩は帰る準備をしていたのか、ちょうど制服のシャツを着なおしていた。

 私は何を言おうか考えていなかったため少しためらいがちに声をかける。

「あ、あの…………」

 先輩は未だ、戸惑ってこちらを凝視していた。

 保健室にはまた静寂が訪れる。

 えっと………。どうしよう。

 何か言わなければ。何か。

 思い返せばなぜ来たのか分からない。ただその場の感情に、怒りに任せて来たのだ。考えなど元からない。

 しかし、来たからには何か言わなければ。

 私は考えながら先輩に話しかける。

「えっと……。その………。さっきの言い方は……さっきの言い方はあまりにもひどいです。
 投げやりにあんなフウに言わなくてもいいじゃないですか!?
 それは余計なお世話だと思いますよ。確かに私は先輩のことをよく知りません。でもいつも先輩が何かに悩んだり、怯えたりしているのは、いくら付き合いの短い私でも分かります!えっとつまり………。さっきのことで私はすごく傷ついて怒っています!」

 言っているうちに怒りのボルテージも徐々に上がってきて、クレーマーのように怒鳴ってしまう。

 それに最後は何故か感想文のようになってしまった。恥ずかしい。

 これだけ捲し立てると流石に息も上がり、肩も揺れている。

 若干、涙目にもなっている。

 しかし、ふうっ言ってやったぞ!と半ば達成感すら覚える。

 矢継ぎ早に言いたいことを並べて喚いた私に対して先輩は目を丸くしながら返事をする。

「えっと……つまり何が言いたいの?」

 あれ………?

 あれだけ叫んだ相手にその反応?

 酷なことをしなさる。

 先輩は私の狂気乱舞に恐れおののいて謝ってくるどころか、あっけらかんとしている。

 後輩がこれだけ吠えているのだから、逆に怒ったり謝ってきたりと何かリアクションを起こしてほしいものである。

 真顔で質問はやめてよ………。

 私はもう訳が分からなくなり、涙声になりつつ反抗する。

「だから!つまり!その…………謝ってください!いや、違うな……。その………つまりは」

「うん。つまりは?」

 先輩もはじめは私の訴えを真面目な顔で聞いていたが、私が泣きじゃくりだしてからは何かニヤついている。

 なんなんだこの人は………。

「女子高生を泣かせて喜ぶ趣味の人は嫌いです!以上。帰ります!」

「はい?」

「いや………。えっと。はい帰ります」

 そういうとあまりにも居たたまれなく後ろを振り返り、保健室のドアに手をかける。

「桜井さん!」

 彼の声が私を制止する。
 私はドアに手をかけつつ、先輩を睨む。

「なんですか?私は今からこの心の有耶無耶を発散するために叫びながら廊下を走って帰る予定ですが。なんですか?」

「ごめんね」

 それは、あまりに卑怯な顔であった。

 その言葉を待ってはいましたが、その破顔は卑怯だ。

 その顔を見れば、今までの切り詰めた思いがスウッと消えていくのが分かる。

 この人もこんなフウに笑うんだな。

 私は改めて先輩の方に向く。

 先輩は照れながらも謝ってくれる。

「桜井さんに次に会ったら謝ろうとは思ってたんだ………。あの言い方はなかったね。ごめん。でもあまりに唐突だったから………ちょっと焦ってしまって。それに今度は急に泣き出すから。目の前で美女が泣き出すというのも初めてだったから戸惑ってしまって、ついいじめてしまった」

「ドSですか?」

「違うよ。どちらかと言えば………」

「ああ、それは言わなくていいです。とりあえず、もう一度美女と言ってください」

「うるさいよ」

「はは。なんか初めて先輩のことが分かった気がします」

 私と先輩はお互いに笑ってしまう。

「なんでもカテゴリーに収めたらその人の人格が分かったように言うのはやめたほうがいいよ?」

「うるさいですよ。とりあえずちょっと分かっただけなので、もっと教えてください」








 彼女は僕の腕の傷を気にしていた。
 それは、そうだ。こんな傷痕を見て、不審に思わぬほうが無理がある。
 しかし、彼女は僕に悩みを打ち明けるよう促した。
 それは、彼女の優しさなのか、はたまた一度、冷たくあしらったことの反動なのか。
 僕は彼女にそのまま打ち明けることが出来ず、遠回りな話をする。

「そうなんですか。その先輩の恩人、いえ恩師とも言える方は先輩に対して、色々と無理難題を言うようになったんですね。その方の言うことには例え間違っていることでも逆らえないと………そういうことですね。
 その方と先輩との関係性が分からないので、早めに縁を切ったほうが良いと思うのですが。

 それに悩んで落ち込んで、体調不良の挙句に怪我まで負っていたら……」

 彼女は悩みながらも僕のくだらない作り話を真面目に聞いてくれる。

 王ではなく、恩師。その男の頼みは断れないというデマカセを彼女は信じ、悩んでくれている。

 彼女は僕の腕をチラチラ見ながらも、その話題には触れず、僕の話に相槌を打つ。

 にしても、異世界や王国や呪いといったワードを外して作り話を話していたのに頭が痛む。

 この呪いは思ったよりも厄介である。

 いつもなら怒らないような場面でも情緒が不安定になり、なるべく相手にその呪いの核心に迫る話からは遠ざようとする。

 僕は気が付けば、感情を無くしたような冷徹さで、彼女を遠ざけようとしていた。
 あれでも謎の怒りを抑えようと努めていたのだ。

 そして、こんな時にあの女のことを思い出す。

 あの子を頼れと言うのは、もしかしたら桜井さんことかもしれないし、違う子かもしれない。

 しかしながら、今、僕が親しくしている人は彼女以外にはいないのだ。

 僕は彼女になんとかこの呪いを解く糸口を探してもらおうとお願いしている状況である。

 不意にうんうん唸りながら考え込む彼女を見る。

 桜井さんは冷たく拒絶したりする僕みたいな人間にも理解を示そうとする。

 なんなんだろうこの子は。

 お節介には見えない。

 どちらかと言えば、人には興味もなく教室の隅で本でも読んでいそうなクール美人なのに。

 そういえば、新入生が入部した際に部員の何人かが美人が入ってきたとか、小動物系の女子とメタルをやっているとかあることないこと含めて噂が飛び交っていたな。

 それほど皆、彼女に注目していたのだろう。

 しかし、まあ実際は感情的だし、すぐ泣く普通の女の子だ。

 噂などあてにできないなと考えていると「聞いていますか!?」と桜井さんの怒号が飛んでくる。

「なんか、ちょっと当たりがきつくない?」

「当たり前です。あんなフウに女子を泣かせて………。私がどんな気持ちでここに臨んだと思ってるんですか?」

「いや、本当にごめんね」

「あ……はい。いいですよ。もう」

 彼女は僕が困ったように笑って謝ると、何故か顔を赤らめてそっぽを向いた。

「んーと。とりあえず、その人の頼みは間違っていることも断れないんだ。これは性格なのかもしれないね」

 性格?そんな訳ないだろ。違う、間違っている感情は数秒の間をもって、封殺されるのだ。

「というより、そんな人間関係の問題は現代社会なら誰しも抱えているものなので普通の悩みではないですか?

 まあ、どういった頼み事かわかりませんが………。
 例えば、女子グループで代表みたいな女子の連絡は絶対無視してはいけないとか、みんなが万引きしているからやらないといけないとか謎のルールがあっても、一つ二つ駅を越えれば無用の長物になるんですよ。

 要は狭い世界だけの話なんですよね。だから自分を本当に出せる人間とだけ付き合っていくのが一番なんですけどね。まあ難しいですけど」

 彼女は自分の事のように問題の解決を図る。

「なにその女子のドロドロ人間関係は……。それに難しいよ。自分に都合のいい人ばかりではないしね」

「まあ、私もそういう人間関係にしようと願ってからはあることないこと言われますが………誰がクールビューティだと。寝言は寝てから言えってんですよ」

「ああ、知ってたんだ……」

「とりあえず、どうしてもその人との関係を今後も続けていきたいんですか?聞いたばかりですが、私にはその人が先輩を利用しようとしているだけにしか思えないんですが」

「それは………」

 答えはNOだ。しかし、僕はその言葉を言えない。

 言おうとすると、頭痛が酷くなり言葉を発することを阻害する。

 僕が呻いていると、彼女は心配そうに見ながらも僕が答えに迷っていると誤解する。

 しかし、先ほどから頭痛と同時に何か音がする。

 それは、何か殻を剥むくような音。さっきからペリペリと耳障りな音が聞こえる。

「じゃあ、その人に逆にやめてもらうように進言するとか……。先輩はその人がやることが間違っていると分かっているんですから。

 て………あれ?なんか聞こえませんか?これ、前も聞こえたなぁ。ザラザラとした気持ちの悪い音……」

「進言かあ………。無理だと思うけどなあ。あ、桜井さんも聞こえる?なんだろうね?前っていつ聞いたの?」

「瞳と話してる時だったかな。こういうザラザラしたなにかが剥はがれる音が聞こえたんですよ。瞳には聞こえてなかったみたいですけど。」

 なるほど。辻井さんとの会話でね………。

 とにかく、早くこの頭痛から解放されたい。桜井さんとこの話をしてから徐々にその痛みは増してきた。

「にしても、一番いいのはその人を説得するか、もしくは関係を断つことですけど………。先輩がいいなら私が行って一緒に説得しますよ」

「いや、その説得中に彼が激高してなにかされるかもしれないし。……えっと、桜井さんは僕がそういう人間と関わりがあると分かってもこれからも話してくれるかい?」

 頭が痛い。誰か頭を掻っ捌いてこの痛みを取ってくれと思う。

「なに言ってるんですか?当たり前ですよ。私は先輩には恩もあるのでいつでも力になりますよ!」

 彼女は笑ってそう答える。

 一瞬、頭の痛みが和らぐ。と同時にまたあの変な音が頭に響く。

 なんなんだ。この内側から鳴っているような曇った音は………。

 さっきからずっと鳴っている。

 桜井さんと和解して、この作り話を始めたときからだ。

 おかしい……。

 なにかを忘れている。

「ああ、そういえば…………………。そうか。なるほど」

「えっ?どうしたんですか?」

 やっと理解した。いや思い出した。

 相互信頼と認知。承諾か。

 だから、この音は鳴り出した。

 この音は僕の中から鳴っている。

 ああ、確かにあの女の言う通りだ。こいつを信用しろと言われ、命令されても、その人間を心から信用なんて出来ない。
 相互信頼なんてのは、時間と手間のかかる問題だ。

 これはたしかに、コミュ症の僕では解くのが厄介なものだ。

 僕自身が選び、信用し、その人間からも信用されるというのは確かに難しい。

 しかし今、奇しくも解呪の儀式に必要なものは揃った。

 僕は彼女を信用かは分からないが、もっと話をしたいし仲良くなりたいと願っている。彼女も少なからず僕のことを嫌ってはいないようだ。

 認知も作り話により、知っているようなものだ。

 後は承諾を得る。

「桜井さん……今日は……もう帰ろ……うか?」

 なんだ、まだ邪魔するか?鬱陶しい。頭の中で何かが阻害する。
 もう答えは分かってるんだ。邪魔をするな。

「えっと……はい?」

「いや……違う……桜井さん。話は終わってなくて……桜井さん、僕は優柔不断なんだ。どうしたらいいか分からない。僕は……このまま、その恩人と……別れた方が……いいかな?」

「…………え?えっと、その方が良いと思いますけど。先輩?なんだか苦しそうですけど大丈夫ですか?」

 僕は荒くなった呼吸を気にせず、言葉を絞り出す。

「桜井さ……ん。最後に一つ。僕はもう解き放たれていいんだよね?」

 我ながら変な質問だが、直球の質問を出したのは、もうこの痛みともとっととおさらばしたいからだ。

「ええ。その恩師が先輩を苦しめているならば付き合いかたは考えた方がいいと思います……えっと本当に大丈夫ですか?」

 殻は割れて、中のモノは外に出る。

 頭痛は止み、やっと解放される。

 僕は解呪に成功したのだ。これで思想の制御、抑圧はもうない。僕は晴れて自由の身となったのだ。

「なんですか?えっと……大丈夫ですか?先輩なんだか変ですよ?」

「ああ。大丈夫。あと、桜井さん。さっきまでの話は作り話だ。本当は悩みなんてないよ。ちょっと暇だったから、話してみただけだ」

 僕は心の奥から色々な感情が込み上げてきて、思わず笑ってしまう。

 ぼやけていたものが霧散する。

 クリアな思考に、何を考えても頭が痛くなることはない。

「はい!?なんなんですか?なに笑ってるんですか!?私は真面目に聞いていたのに!!…………ああ、はいはい。もういいですよ!」

 僕があまりに馬鹿みたいに笑うものだから、彼女はまた腹を立ててその後、拗ねた。

 僕がなにか好きなものでも奢るから許してほしいと懇願すると、なんとか彼女のご機嫌をとることができた。



 
「嘘ばっかりつく人はオオカミ少年みたいに何を言っても信用してもらえなくなるんですよ…………」

「はあ。あ、はい」

「女子を泣かしたり、延々と嘘の話を語り婦女子を騙すのは悪い男のやることだと祖母も言うでしょう」

「祖母?………。あ、はい。すいません」

「分かりますか?」

「はい」

 桜井さんの怒りが止むのを待ちながらも、よく考えれば高校生になって女子と帰り道に寄り道するなんてのは初めての出来事だなと感慨深く思う。

 僕は今まで、それこそギターが友達くらいに家に帰ればギターを弾き、学校にいれば本を読み、人との会話を極力避けてきた。

 そんな僕が女子と帰ることがあるとは………。

「……桜井さん。そういえば、文化祭出るんでしょう?おめでとう」

「あ、それはありがとうございます。瞳から聞きましたが先輩も出るんですよね?おめでとうございます」

「ああ、そうなのか。辻井さんね……。そいえば、文化祭の曲は決まった?1バンド2曲だけど」

「んー。1曲は今までのコピーしてきた曲から選ぶ予定ですけど、もう1曲はどうしようかなと………。いま、オリジナル曲も作っているので………」

「へっ?そうなの。すごいね。1年生でそれはすごいよ。オリジナルか………。期待してる」

「でも、ちょっと悩んでるんですよ。バンドメンバーの二人には言ってないし、私がやりたいだけなので………」

 と文化祭の話をしながら僕一人では絶対に入らないであろうほぼほぼピンクで塗りたくられた店内で、桜井さんとパフェをつついている。

「というか、なんでこの店を選んだの?」

「なにか文句でもありますか?」

 冷たい視線に肝を冷やした。

「いえ、ありません」

「あ、そうだ。先輩、連絡先教えてください」

「いいよ。じゃあ」

 彼女と連絡先を交換し終えると、ふと気づく。

 僕の携帯に母以外の女性の連絡先が加わったのは初めてだなと。

 今日はあまりに初めてが多い。

 そして僕は自分が今を結構楽しんでいることに気づく。

 少し照れ臭くて、恥ずかしい。

 そんな感情があふれて、急に飛来した幸せに少し笑ってしまう。

「どうしたんですか?」と桜井さんが不思議な顔で聞いてくるが、「なんでもないよ」とかぶりを振るうと彼女はまたパフェをつつく。

 それを見ながら、ふと疑問に思う。

 いや、なんでジャンボサイズ頼んだんだろう?

 本当に自由奔放とは彼女のためにある言葉みたいだな。

 彼女はご満悦といった表情でパフェを食べる。

 小さい口でパクパク食べていくのをただ見守る。女子の胃袋は魔法なのだろうか?

 彼女が食べ終わると、僕らは楽器店に向かった。

 僕は特に用事もなかったが、彼女がギターの弦を買ってほしいとお願いしてきたからだ。

 楽器店はいまだ慣れないので、店外で待つことにする。

 理由は店員がすぐに話しかけてくるからだ。

 なので、僕はネットを利用して楽器関連の物は買うようにしている。

 桜井さんは「べつに楽器も買ってくれとは言いませんよ」と馬鹿な文句を言いながら店内に入っていったが、あまりに戻ってくるのが遅い。

 心配し店内を覗くと、店員と話してる彼女を見つける。

 ああ、やっぱり捕まってるじゃないか………。

 携帯に連絡が入る。先輩助けてくださいと。僕は店に入り、彼女に声をかける。

「桜井さん、帰るよ」

「あ、先輩!……すいません、今日はやっぱり帰ります」

 と店員にいうと楽器店を後にする。

「いやあ、ちょっと楽器を見てたら、急に話しかけられて。長く話されるので困りました」

「はあ。桜井さん、実は初めての人と話すの苦手?」

「え?なに言ってるんですか?余裕ですよ。あの店員さんはちょっと話が通じませんでしたが、いつもならササっと対応して……とにかく余裕ですよ」

「ああ、そう……」

 下らない話を彼女とするのは楽しい。

 初めて会ったときも確かこんなフウに下らない話の応酬だったなと懐かしくなる。

 しかし、そんな楽しい時間も終わる。

 先ほどまで、まだ夕方のオレンジ色の空にヒグラシの鳴き声が木霊していたのに、今では空は黒く、外灯の明かりの下に僕たちはいた。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか…………。今日は本当にありがとう」

「なんで全部、奢ってもらった私に礼を言うんですか。あ………。そういえば、先輩は何か好き嫌いとかありますか?」

「え?そうだな。まあ、大体食べれるよ」

「ああ、そうなんですね!私はセロリとかトマトとか食べれないですけど………。じゃあ、今度駅前の黄色い店に行きましょ!あそこオムライス屋さんなんですよ」

 今度………。

 今度か………。

 僕は彼女のおかげでもう呪いからは解放された。

 しかし、まだ異世界での生活は続く。

 ならば、やらなければならないことが一つある。

 それは絶対に必要なことである。

「いいよ。行こうか。………というかセロリ食べれないの?育ってきた環境のせいかもしれないね。」

「え、なんですか?それ?ワンモアタイム?」

「わかってるじゃないか。仕返しのつもりか?」

 恥ずかしさから真っ赤になる僕を彼女は馬鹿にしながら楽しそうに笑う。

 僕たちは馬鹿な話をしながら駅に向かった。







 じゃあ、また明日。と彼女を見送る。

 彼女の背がどんどん小さくなる。

 彼女が去ったあと、ずっと彼女の笑い顔や、怒った顔が頭の中に残る。

 心が不意に暖かくなった。

 ああ、もっと彼女といたいと。

 僕はどこかで彼女に期待していて、その望みが叶ったからという俗物的な理由からかと思った。

 しかし、彼女ともっと話したい、もっと知りたいと思うのはそれだけではなく、自分の本心であると理解している。また、これは違う感情の芽生えだとも。

 彼女にこの気持ちを打ち明けたらどうなるだろう。

 笑って受け入れてくれるだろうか。

 しかしこれは、まだ言えない。

 自分の最後の仕事が済んだら、彼女に言おう。







 自宅付近を歩いてると、家の近くの外灯の下に誰かいるのが見える。

 小さい女の子の影だ。

 彼女は僕を待っていたのか、スッとこちらに歩み寄るとその首を上げた。

 だいたい察しはついていた。

 彼女からあの呪いの音のことを聞いたとき、確かにそう言った。

 そして、あの召喚士の女も言っていた。

 一度失敗していると。ならば、その時に同じく魂の召喚は行われた筈だ。
 その魂の居場所は?

 誰かが僕のように眠ると同時にこちらに来ている可能性がある。
 それを知っていて、僕に教えたのは?

 多分そうかもしれないと思うと同時に、接触してくる可能性もある程度予想していた。


「お昼ぶりだね。辻井瞳さん。いや、召喚士のほうがいいかい?」

「ああ、呪いはちゃんと解けてますね。こんばんは飛騨先輩。いえ勇者様」
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