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第11話 琥珀の毎日
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季節は秋。
今年の夏は瞳と彩羽、それに他の部員とも仲良くなり、青春を謳歌していた。
夏の最後の文化祭オーディションも上手くいき、文化祭出場権も獲得できたことは単純に嬉しく、いまでもあの日のことを考えると気分が高まる。
しかし、演奏の時のことは朧げにしか思い出せない。
瞳に聞くと、緊張していたからだよと言われて、なるほどなと納得する気持ちとは裏腹にどこか腑に落ちない思いもあったが、そこまで気に留めることはなかった。
冷静を装ってはいたけど、本当はちゃんと緊張していたんだな。
最近は夏に比べて少し肌寒く感じるのだが、今日は朝から暖かい。
小春日和といえる今日は文化祭である。
私たちのバンドは順調に練習を重ねて、文化祭当日を迎えた。
披露する曲は2曲とも、カバー曲である。
当初は、オリジナル曲を一曲入れようと思っていた。
しかし、結局オリジナル曲は入れず、カバー曲のみの構成で演奏を行った。
オリジナル曲は弾けなかったのだ。
何度も練習してきた曲なのに、二度目のサビが訪れると弾けなくなる。
バンドで練習していた時も、二度目のサビ以降は弾けなくなった。
二度目のサビまではすんなり演奏できるのに………。
こんなことはいままでなかった。
つい最近になって演奏できなくなったのだ。
理由は分からない。
何故か、そのサビの後になると頭が真っ白になり、弾けなくなる。
コード進行はもう出来上がっているのに。
サビの後、歌はなくなり、間奏に入るのだが、別に曲が単純に、技術的な面で弾けなくなるわけでもない。
文化祭の後にも、バンド練習でオリジナル曲を行った。
しかし、この曲だけは弾けなかった。
サビの後の間奏を弾こうとすると、涙があふれて弾けなくなってしまうのだ。
この曲は悲しい曲ではない。それは作曲者である私が一番理解している。
しかし、今まで感じたことのない悲壮感に胸が締め付けられて、涙があふれて弾けなくなる。
瞳や、彩羽が心配そうに私を見るが、自分でも分からないことを他人に説明など出来ない。
私はこの曲を弾くことを辞めた。
思えばなぜ、このオリジナル曲を作ろうと思ったのかも分からない。
それに、私は当初、嫌々ボーカルを引き受けた経緯があるのに、歌詞までご丁寧に最後まで考えてある。
確かに、曲と詩を書いた覚えがある。しかし、その時、どんな思いでこの曲を書いたのか思い出せない。
悲しい思いではなく、楽しい気持ちで書いたという抽象的な感情だけが残っている。
それに、嫌に具体的な歌詞。
私は生まれてこのかた、恋などしたことがない。
しかし、この歌詞はまるっきりラブソングだ。
何かの恋愛映画をみて書いたにしては、生々しくいやらしい。
痛々しいとさえ感じる。
この時の私はすこし、周りの友達の恋愛にでも感化されていたのだろうか。
どうにも腑に落ちない。
しかし、この曲に嫌悪感を抱くことはなかった。
何故だろう?
この曲を歌っていると何故か気持ちは落ち着き、歌詞も心に溶け込んだ。
まるで、誰かを想って書いた曲のようだ。
それを私は代弁して歌っているに等しい現状に不満を覚える。
私は何かを忘れているのか?と。
最近になって不可解なことが頻繁に起こっている。
携帯の発信履歴に知らない電話番号があった。
宛先もNONAMEとなっており分からない。
しかし、私はその人と5分以上会話していることになっている。
意味が分からない。
私は瞳と彩羽、他の部員、家族に聞いてみたが、この電話番号は知らないと言っていた。
しかし、この頭の番号から察するに携帯の番号であることは確実なのだ。
いたずらにしてはたちが悪い。
しかし、いたずらでしたと種明かししてくる者は一人も出てこなかった。
そして、ピックが消えたことも最近の不思議な出来事の一つだ。
私は演奏後、使っていたピックをポケットにしまう癖がある。
しかし、ピックをなくしたことは今まで一度もない。
大体、なくしたピックはどこかしらのポケットから出てくるからだ。
私はその時も、なくしたピックを探して家中のズボンを探ったが、出てこなかった。
これは、不振に感じても仕方ない事象だ。
おかしい。
うん、おかしい。
「いや、普通のことだよ。私も携帯が何故か誤作動して、勝手に変な番号に発信していることあるし、ピックも演奏中に勝手にどこかに飛んでっちゃうことあるし。 」
「いや、瞳はベース弾くとき、ピック使わないでしょ?」
「まあ、よくあるということだよ」
瞳はそう意見するわけだが、どうにも腑に落ちないのだ。
「ああ、そういえば、琥珀、五十嵐先輩にデート誘われてるでしょ?」
「デートって。楽器店に一緒に行こうって言われただけだよ」
不意に仲の良い先輩の名前を出されて、焦ってしまい即座に否定する。
「いやあ、彩羽がこないだ言ってたから」
五十嵐先輩とは、二年のベース担当の先輩である。
九十九先輩率いる技巧派バンドのベース担当で、この間、彩羽と五十嵐先輩と三人で話していたら、今、ちょうどギターが一人足りないから入ってくれないかと誘われて、そのままバンドに加入した。
九十九先輩、五十嵐先輩は部員たちの中でも人気で、今まで話すこともなかったが、二人とも話しやすく、すぐバンドにも溶け込めた。
私は本来、引っ込み思案で、弱気な性格だから、先輩のバンドにすんなり加入したことを彩羽も瞳も驚いていた。
二回目の練習の時に、五十嵐先輩に楽器のことで相談したら今度、楽器店を一緒に見に行こうと誘われたのが瞳の話す誇張された本件の話である。
「五十嵐先輩は人気だし、話しやすいから他の子も羨ましがってたよ?」
「そうなの?別に本当に楽器店に一緒に行くだけなんだけどなぁ……」
少なくとも私はそのつもりである。
しかし、周りの噂話は誇張されており、やれデートだ、楽器店から映画館にいくらしいなど噂は絶えないようだ。
「でも、五十嵐先輩はかっこいいし、良いんじゃない?」
「えらい推すね……。珍しい」
「いやあ、琥珀はあんまりこういう恋バナしないから。なんか嬉しくなっちゃって。それとも他に好きな人でもいる?」
「いや、好きな人なんて………」
いないと言おうとした。
したのに。言えなかった。
何故だろう。
その時、胸が痛んだ。
本当に好きな人などいない。
この痛みは二度目のサビを歌い終えた後の痛みに似ていた。
切なくて、苦しい。
何故だろう。
泣きそうになった。
「………琥珀?大丈夫?」
「………う、うん。大丈夫。大丈夫。まあ、本当にデートとかではないって、彩羽とかにも言っておいて」
瞳があまりに心配そうにこちらを見るから、どうにか誤魔化した。
「まあ、それは良いんだけど。本当に大丈夫?」
「大丈夫。大丈夫。それより、瞳の方こそ大丈夫?左目が痛むって言ってなかった?」
瞳はバンド練習の時に、様子がおかしかったので、聞けば、左目が痛むと訴えたときがあった。
そのためか、距離感が測れないようで今も眼帯をしている。
「ああ、それは大丈夫。だいぶ慣れてきた」
「いや、痛みに慣れたらだめでしょ。病院行けば?」
「うん………。…………………これは病院に行ってもどうにもならないものだけど」
「え?何か言った?」
「ううん。とにかく大丈夫。じゃあ、デート楽しんできてね」
「だから、デートじゃない!」
五十嵐先輩との買い物当日、午前中は雨が降っていたが、午後から晴れて一安心だ。
午後の一時ごろに待ち合わせの予定だが、少し早く着いた。内心、楽しみだったのかもしれない。
「あ。待った?先についてるなら連絡くれたらよかったのに。じゃあ、行こうか」
五十嵐先輩とは部のことだったり、楽器のことや好きなアーティストのことなどの話も盛り上がり、楽器店に着いた。
私は楽器店が苦手だった。
それは、店員さんの推しの強さもあるが、何故か心細くなるからだ。
孤独を感じるのだ。
何故かは未だ分からない。
最近になって気づいたことだった。
五十嵐先輩はギターにも詳しく、二人でいろんな楽器を見ながら、お目当ての弦も買えて、楽しく買い物ができた。
しかし、楽器店にいる間の謎の孤独感は消えることはなかった。
「琥珀ちゃん。疲れたでしょ?喫茶店でも行かない?」
「ああ、いいですね。行きましょう」
私たちは喫茶店に向かう。
それは、普通の流れだ。
しかし、どうにも気にかかる。
私は、喫茶店に行きたいのに、行きたくない。
そこに行きたくない。
私はこの喫茶店でパフェをつつくだろう。
そして、貴方の話を聞くのだ。
貴方?
って誰だ?
頭が痛くなってきた。
「琥珀ちゃん?大丈夫?やっぱり疲れちゃった?」
「いえ。大丈夫です。行きましょう」
これは、単なる気の迷いだ。
瞳が変なことを言うから、緊張しているだけだ。
私は自分の心を誤魔化して、喫茶店へと向かう。
「初めはクールでとっつきにくい子かと思ってたよ。でも話しやすいし、バンドにも馴染んでくれてよかったよ」
五十嵐先輩は珈琲を飲んでいて、私はパフェをつついている。
何故かジャンボパフェを頼んでしまった。
いつもならこんな大きいサイズのものは頼まないのに……………。
緊張しているからだ。
「いえ、全然クールじゃないですよ。だれですかクールビューティーなんて忌まわしい名を呼ぶのは?寝言はねてから……………」
「そうだよね?よく話しもしないでそんなこと言うのはひどいね。寝言が寝てから言えってね」
五十嵐先輩は笑いながら、私のくだらない話に付き合ってくれる。
しかし、会話に妙な既視感を覚える。
なにか気持ちが悪い。
なんなのだろう。この妙な既視感は。
「あの、以前にもここに来たことありましたっけ?」
「え?いや、琥珀ちゃんと一緒にどこかに出かけるのはこれが初めてじゃない?」
「あ。そうですね。すいません」
なんなんだ。
これでは、まるで、私が変人みたいだ。
気持ちが悪い。
「そうだ!五十嵐先輩はなにか嫌いな食べ物とかありますか?」
「いや、特にないかな……………。どうして?」
変に話題を変えようとして間違えた。
なんだ、好きな食べ物って…………。
話題を変えるにしても、もっと上手い変え方があっただろうに。
ほら、五十嵐先輩も目を丸くしてこちらを見ている。
「いやあ、私はセロリとかトマトが嫌いなんですよ。でもケチャップだと食べれたりするんですよ。オムライスとか好きですしね」
「そうなんだ。……………。じゃあ、今度、あの角の黄色いオムライス屋知ってる?あそこ行かない?」
そこには行けない。
五十嵐先輩とは行けない。
何故?
いま、そんな言葉が頭に浮かんだ。
こんな失礼な考えに至った自分が恨めしい。
何故、そんなことを考えたのか。
なんで今日はこんな変なことばかり考えてしまうのか。分からない。
だんだん浸食されるように、考えがまとまらない。
「えっと…………。そうですね。また予定が分かり次第、連絡します」
「うん。待ってる。あ!そういえば、琥珀ちゃんこの後って予定ある?できたら…………映画でも」
「五十嵐先輩、ごめんなさい。この後、予定があるんです」
今、この状態のまま、先輩とどこかに行くのは危険だ。
いらぬことを言ってしまいそうになる。
今、私が一番望むことは一人になることだった。
その後、五十嵐先輩とは別れた。
大丈夫、五十嵐先輩には後で電話して、オムライス屋に行く予定を立てよう。
それで、大丈夫。
いつでも連絡できる。
この人にはいつでも連絡がとれて、いつでも会えるのだ。
じゃあ、連絡出来ないのは誰?
さっきから誰のことを考えているのか分からない。
何を考えているのだろう。
空想の彼氏か?バカバカしい。
変なことばかりが頭に巣食う。
私はおかしいのだろうか。
「瞳、今日、放課後、喫茶店行かない?」
「いいよ、行こっか」
私は放課後、瞳と喫茶店に行くことにした。
五十嵐先輩との買い物以降、私は彼に連絡が取れないでいた。
予定は空いているのに、彼とオムライス屋に行くことを拒む私がいる。
五十嵐先輩はバンドに誘ってくれた後も、私が早く馴染めるように取り計らってくれたりと優しく良い先輩である。
しかし、彼ではない。
彼と行ってはいけない気がする。
私はどこかで、誰かを待っている。
誰かは分からずとも、いつまでも待っているのだ。
「なに?それ?あみん?」
「いやいや。なんというか。んー。考えがまとまらない」
「そっか。とりあえず、何か注文しようよ」
「確かに。珈琲でいいや。瞳は?」
「なら、私も」
二人して、こうして珈琲を飲んだりするのはもう何回目だろう。
彼女とは、映画に行ったり、喫茶店に行ったりと出会った頃に比べると本当に仲が良くなった。
お互いに特に隠し事もなく、相談し合える仲だと言える。
中学時代の頃の私は、交友関係が広く、いろんな見えないルールによって多少の生きづらさを感じていた。
しかし、今は瞳という存在のおかげか、平穏な毎日を送れている。
「それで、五十嵐先輩とはどうだった?」
「いや、別に普通だよ?買い物行ってここ来て終わり」
「なるほどね。あれ、映画館は?」
「ああ、それ。ちょっと体調悪くて断ったの。五十嵐先輩には悪いことしたから今度埋め合わせするつもりだけど」
「ああ、そう。また、デート中もその変な感覚に陥った?」
「デートじゃないってば。んーと。それは、でもそうだけど。多分、気の迷いみたいなもので、すぐこんな変なことも考えなくなるよ。瞳とかがデートだって小学生みたいにはしゃぐから、変な雰囲気になってるんだよ」
「ごめん、ごめん。それは謝るよ。でも、いいの?それは本当に忘れてもいいこと?」
「多分、いいんだよ。こんな変な考えが頭にある女の子は五十嵐先輩も嫌がるでしょ?忘れた方が良いことなんだよ」
「そっか。ならいいよ。忘れたらいい」
瞳が何故こうも根掘り葉掘り聞こうとするのか分からなかった。
しかし、私は先日から続くこの謎の感情に右往左往と振り回される日々にもいい加減、終止符を打たなくてはと考えていた。
いろんな人に心配させるし、五十嵐先輩にも申し訳なくなる。
瞳の問いに答えたとき、一瞬、頭に痛みが走った。
しかし、私は気のせいだと珈琲を飲み込んだ。
珈琲は酷く苦く感じ、なぜか自分が珈琲を苦手なことを忘れていた。
しかし、それも些細なことで、いつか飲めるようになるのであろう。
セロリもトマトも食べれるようになって、オムライス屋にも気に入れば足しげく通うだろう。
五十嵐先輩と歩いていて、誰かを想い、泣きそうになることもなくなるだろう。
訳も分からず携帯の宛先を探し、なぜか泣きながらピックを探す。
こんな毎日に辟易する。
五十嵐先輩と会っていながら、違う誰かを想像する。
どこかで誰かと比べてしまう。
貴方はそんなフウに笑わない。
貴方はそんな話し方はしない。
貴方はいつも悩んでいる。
貴方は変な人だ。
私と同じで人付き合いが苦手な人だ。
でも、そんな貴方はいないのだ。
すべて妄想の話だ。
この世界にはいないのだ。
忘れよう。
さようなら。名も知らぬ貴方。
今年の夏は瞳と彩羽、それに他の部員とも仲良くなり、青春を謳歌していた。
夏の最後の文化祭オーディションも上手くいき、文化祭出場権も獲得できたことは単純に嬉しく、いまでもあの日のことを考えると気分が高まる。
しかし、演奏の時のことは朧げにしか思い出せない。
瞳に聞くと、緊張していたからだよと言われて、なるほどなと納得する気持ちとは裏腹にどこか腑に落ちない思いもあったが、そこまで気に留めることはなかった。
冷静を装ってはいたけど、本当はちゃんと緊張していたんだな。
最近は夏に比べて少し肌寒く感じるのだが、今日は朝から暖かい。
小春日和といえる今日は文化祭である。
私たちのバンドは順調に練習を重ねて、文化祭当日を迎えた。
披露する曲は2曲とも、カバー曲である。
当初は、オリジナル曲を一曲入れようと思っていた。
しかし、結局オリジナル曲は入れず、カバー曲のみの構成で演奏を行った。
オリジナル曲は弾けなかったのだ。
何度も練習してきた曲なのに、二度目のサビが訪れると弾けなくなる。
バンドで練習していた時も、二度目のサビ以降は弾けなくなった。
二度目のサビまではすんなり演奏できるのに………。
こんなことはいままでなかった。
つい最近になって演奏できなくなったのだ。
理由は分からない。
何故か、そのサビの後になると頭が真っ白になり、弾けなくなる。
コード進行はもう出来上がっているのに。
サビの後、歌はなくなり、間奏に入るのだが、別に曲が単純に、技術的な面で弾けなくなるわけでもない。
文化祭の後にも、バンド練習でオリジナル曲を行った。
しかし、この曲だけは弾けなかった。
サビの後の間奏を弾こうとすると、涙があふれて弾けなくなってしまうのだ。
この曲は悲しい曲ではない。それは作曲者である私が一番理解している。
しかし、今まで感じたことのない悲壮感に胸が締め付けられて、涙があふれて弾けなくなる。
瞳や、彩羽が心配そうに私を見るが、自分でも分からないことを他人に説明など出来ない。
私はこの曲を弾くことを辞めた。
思えばなぜ、このオリジナル曲を作ろうと思ったのかも分からない。
それに、私は当初、嫌々ボーカルを引き受けた経緯があるのに、歌詞までご丁寧に最後まで考えてある。
確かに、曲と詩を書いた覚えがある。しかし、その時、どんな思いでこの曲を書いたのか思い出せない。
悲しい思いではなく、楽しい気持ちで書いたという抽象的な感情だけが残っている。
それに、嫌に具体的な歌詞。
私は生まれてこのかた、恋などしたことがない。
しかし、この歌詞はまるっきりラブソングだ。
何かの恋愛映画をみて書いたにしては、生々しくいやらしい。
痛々しいとさえ感じる。
この時の私はすこし、周りの友達の恋愛にでも感化されていたのだろうか。
どうにも腑に落ちない。
しかし、この曲に嫌悪感を抱くことはなかった。
何故だろう?
この曲を歌っていると何故か気持ちは落ち着き、歌詞も心に溶け込んだ。
まるで、誰かを想って書いた曲のようだ。
それを私は代弁して歌っているに等しい現状に不満を覚える。
私は何かを忘れているのか?と。
最近になって不可解なことが頻繁に起こっている。
携帯の発信履歴に知らない電話番号があった。
宛先もNONAMEとなっており分からない。
しかし、私はその人と5分以上会話していることになっている。
意味が分からない。
私は瞳と彩羽、他の部員、家族に聞いてみたが、この電話番号は知らないと言っていた。
しかし、この頭の番号から察するに携帯の番号であることは確実なのだ。
いたずらにしてはたちが悪い。
しかし、いたずらでしたと種明かししてくる者は一人も出てこなかった。
そして、ピックが消えたことも最近の不思議な出来事の一つだ。
私は演奏後、使っていたピックをポケットにしまう癖がある。
しかし、ピックをなくしたことは今まで一度もない。
大体、なくしたピックはどこかしらのポケットから出てくるからだ。
私はその時も、なくしたピックを探して家中のズボンを探ったが、出てこなかった。
これは、不振に感じても仕方ない事象だ。
おかしい。
うん、おかしい。
「いや、普通のことだよ。私も携帯が何故か誤作動して、勝手に変な番号に発信していることあるし、ピックも演奏中に勝手にどこかに飛んでっちゃうことあるし。 」
「いや、瞳はベース弾くとき、ピック使わないでしょ?」
「まあ、よくあるということだよ」
瞳はそう意見するわけだが、どうにも腑に落ちないのだ。
「ああ、そういえば、琥珀、五十嵐先輩にデート誘われてるでしょ?」
「デートって。楽器店に一緒に行こうって言われただけだよ」
不意に仲の良い先輩の名前を出されて、焦ってしまい即座に否定する。
「いやあ、彩羽がこないだ言ってたから」
五十嵐先輩とは、二年のベース担当の先輩である。
九十九先輩率いる技巧派バンドのベース担当で、この間、彩羽と五十嵐先輩と三人で話していたら、今、ちょうどギターが一人足りないから入ってくれないかと誘われて、そのままバンドに加入した。
九十九先輩、五十嵐先輩は部員たちの中でも人気で、今まで話すこともなかったが、二人とも話しやすく、すぐバンドにも溶け込めた。
私は本来、引っ込み思案で、弱気な性格だから、先輩のバンドにすんなり加入したことを彩羽も瞳も驚いていた。
二回目の練習の時に、五十嵐先輩に楽器のことで相談したら今度、楽器店を一緒に見に行こうと誘われたのが瞳の話す誇張された本件の話である。
「五十嵐先輩は人気だし、話しやすいから他の子も羨ましがってたよ?」
「そうなの?別に本当に楽器店に一緒に行くだけなんだけどなぁ……」
少なくとも私はそのつもりである。
しかし、周りの噂話は誇張されており、やれデートだ、楽器店から映画館にいくらしいなど噂は絶えないようだ。
「でも、五十嵐先輩はかっこいいし、良いんじゃない?」
「えらい推すね……。珍しい」
「いやあ、琥珀はあんまりこういう恋バナしないから。なんか嬉しくなっちゃって。それとも他に好きな人でもいる?」
「いや、好きな人なんて………」
いないと言おうとした。
したのに。言えなかった。
何故だろう。
その時、胸が痛んだ。
本当に好きな人などいない。
この痛みは二度目のサビを歌い終えた後の痛みに似ていた。
切なくて、苦しい。
何故だろう。
泣きそうになった。
「………琥珀?大丈夫?」
「………う、うん。大丈夫。大丈夫。まあ、本当にデートとかではないって、彩羽とかにも言っておいて」
瞳があまりに心配そうにこちらを見るから、どうにか誤魔化した。
「まあ、それは良いんだけど。本当に大丈夫?」
「大丈夫。大丈夫。それより、瞳の方こそ大丈夫?左目が痛むって言ってなかった?」
瞳はバンド練習の時に、様子がおかしかったので、聞けば、左目が痛むと訴えたときがあった。
そのためか、距離感が測れないようで今も眼帯をしている。
「ああ、それは大丈夫。だいぶ慣れてきた」
「いや、痛みに慣れたらだめでしょ。病院行けば?」
「うん………。…………………これは病院に行ってもどうにもならないものだけど」
「え?何か言った?」
「ううん。とにかく大丈夫。じゃあ、デート楽しんできてね」
「だから、デートじゃない!」
五十嵐先輩との買い物当日、午前中は雨が降っていたが、午後から晴れて一安心だ。
午後の一時ごろに待ち合わせの予定だが、少し早く着いた。内心、楽しみだったのかもしれない。
「あ。待った?先についてるなら連絡くれたらよかったのに。じゃあ、行こうか」
五十嵐先輩とは部のことだったり、楽器のことや好きなアーティストのことなどの話も盛り上がり、楽器店に着いた。
私は楽器店が苦手だった。
それは、店員さんの推しの強さもあるが、何故か心細くなるからだ。
孤独を感じるのだ。
何故かは未だ分からない。
最近になって気づいたことだった。
五十嵐先輩はギターにも詳しく、二人でいろんな楽器を見ながら、お目当ての弦も買えて、楽しく買い物ができた。
しかし、楽器店にいる間の謎の孤独感は消えることはなかった。
「琥珀ちゃん。疲れたでしょ?喫茶店でも行かない?」
「ああ、いいですね。行きましょう」
私たちは喫茶店に向かう。
それは、普通の流れだ。
しかし、どうにも気にかかる。
私は、喫茶店に行きたいのに、行きたくない。
そこに行きたくない。
私はこの喫茶店でパフェをつつくだろう。
そして、貴方の話を聞くのだ。
貴方?
って誰だ?
頭が痛くなってきた。
「琥珀ちゃん?大丈夫?やっぱり疲れちゃった?」
「いえ。大丈夫です。行きましょう」
これは、単なる気の迷いだ。
瞳が変なことを言うから、緊張しているだけだ。
私は自分の心を誤魔化して、喫茶店へと向かう。
「初めはクールでとっつきにくい子かと思ってたよ。でも話しやすいし、バンドにも馴染んでくれてよかったよ」
五十嵐先輩は珈琲を飲んでいて、私はパフェをつついている。
何故かジャンボパフェを頼んでしまった。
いつもならこんな大きいサイズのものは頼まないのに……………。
緊張しているからだ。
「いえ、全然クールじゃないですよ。だれですかクールビューティーなんて忌まわしい名を呼ぶのは?寝言はねてから……………」
「そうだよね?よく話しもしないでそんなこと言うのはひどいね。寝言が寝てから言えってね」
五十嵐先輩は笑いながら、私のくだらない話に付き合ってくれる。
しかし、会話に妙な既視感を覚える。
なにか気持ちが悪い。
なんなのだろう。この妙な既視感は。
「あの、以前にもここに来たことありましたっけ?」
「え?いや、琥珀ちゃんと一緒にどこかに出かけるのはこれが初めてじゃない?」
「あ。そうですね。すいません」
なんなんだ。
これでは、まるで、私が変人みたいだ。
気持ちが悪い。
「そうだ!五十嵐先輩はなにか嫌いな食べ物とかありますか?」
「いや、特にないかな……………。どうして?」
変に話題を変えようとして間違えた。
なんだ、好きな食べ物って…………。
話題を変えるにしても、もっと上手い変え方があっただろうに。
ほら、五十嵐先輩も目を丸くしてこちらを見ている。
「いやあ、私はセロリとかトマトが嫌いなんですよ。でもケチャップだと食べれたりするんですよ。オムライスとか好きですしね」
「そうなんだ。……………。じゃあ、今度、あの角の黄色いオムライス屋知ってる?あそこ行かない?」
そこには行けない。
五十嵐先輩とは行けない。
何故?
いま、そんな言葉が頭に浮かんだ。
こんな失礼な考えに至った自分が恨めしい。
何故、そんなことを考えたのか。
なんで今日はこんな変なことばかり考えてしまうのか。分からない。
だんだん浸食されるように、考えがまとまらない。
「えっと…………。そうですね。また予定が分かり次第、連絡します」
「うん。待ってる。あ!そういえば、琥珀ちゃんこの後って予定ある?できたら…………映画でも」
「五十嵐先輩、ごめんなさい。この後、予定があるんです」
今、この状態のまま、先輩とどこかに行くのは危険だ。
いらぬことを言ってしまいそうになる。
今、私が一番望むことは一人になることだった。
その後、五十嵐先輩とは別れた。
大丈夫、五十嵐先輩には後で電話して、オムライス屋に行く予定を立てよう。
それで、大丈夫。
いつでも連絡できる。
この人にはいつでも連絡がとれて、いつでも会えるのだ。
じゃあ、連絡出来ないのは誰?
さっきから誰のことを考えているのか分からない。
何を考えているのだろう。
空想の彼氏か?バカバカしい。
変なことばかりが頭に巣食う。
私はおかしいのだろうか。
「瞳、今日、放課後、喫茶店行かない?」
「いいよ、行こっか」
私は放課後、瞳と喫茶店に行くことにした。
五十嵐先輩との買い物以降、私は彼に連絡が取れないでいた。
予定は空いているのに、彼とオムライス屋に行くことを拒む私がいる。
五十嵐先輩はバンドに誘ってくれた後も、私が早く馴染めるように取り計らってくれたりと優しく良い先輩である。
しかし、彼ではない。
彼と行ってはいけない気がする。
私はどこかで、誰かを待っている。
誰かは分からずとも、いつまでも待っているのだ。
「なに?それ?あみん?」
「いやいや。なんというか。んー。考えがまとまらない」
「そっか。とりあえず、何か注文しようよ」
「確かに。珈琲でいいや。瞳は?」
「なら、私も」
二人して、こうして珈琲を飲んだりするのはもう何回目だろう。
彼女とは、映画に行ったり、喫茶店に行ったりと出会った頃に比べると本当に仲が良くなった。
お互いに特に隠し事もなく、相談し合える仲だと言える。
中学時代の頃の私は、交友関係が広く、いろんな見えないルールによって多少の生きづらさを感じていた。
しかし、今は瞳という存在のおかげか、平穏な毎日を送れている。
「それで、五十嵐先輩とはどうだった?」
「いや、別に普通だよ?買い物行ってここ来て終わり」
「なるほどね。あれ、映画館は?」
「ああ、それ。ちょっと体調悪くて断ったの。五十嵐先輩には悪いことしたから今度埋め合わせするつもりだけど」
「ああ、そう。また、デート中もその変な感覚に陥った?」
「デートじゃないってば。んーと。それは、でもそうだけど。多分、気の迷いみたいなもので、すぐこんな変なことも考えなくなるよ。瞳とかがデートだって小学生みたいにはしゃぐから、変な雰囲気になってるんだよ」
「ごめん、ごめん。それは謝るよ。でも、いいの?それは本当に忘れてもいいこと?」
「多分、いいんだよ。こんな変な考えが頭にある女の子は五十嵐先輩も嫌がるでしょ?忘れた方が良いことなんだよ」
「そっか。ならいいよ。忘れたらいい」
瞳が何故こうも根掘り葉掘り聞こうとするのか分からなかった。
しかし、私は先日から続くこの謎の感情に右往左往と振り回される日々にもいい加減、終止符を打たなくてはと考えていた。
いろんな人に心配させるし、五十嵐先輩にも申し訳なくなる。
瞳の問いに答えたとき、一瞬、頭に痛みが走った。
しかし、私は気のせいだと珈琲を飲み込んだ。
珈琲は酷く苦く感じ、なぜか自分が珈琲を苦手なことを忘れていた。
しかし、それも些細なことで、いつか飲めるようになるのであろう。
セロリもトマトも食べれるようになって、オムライス屋にも気に入れば足しげく通うだろう。
五十嵐先輩と歩いていて、誰かを想い、泣きそうになることもなくなるだろう。
訳も分からず携帯の宛先を探し、なぜか泣きながらピックを探す。
こんな毎日に辟易する。
五十嵐先輩と会っていながら、違う誰かを想像する。
どこかで誰かと比べてしまう。
貴方はそんなフウに笑わない。
貴方はそんな話し方はしない。
貴方はいつも悩んでいる。
貴方は変な人だ。
私と同じで人付き合いが苦手な人だ。
でも、そんな貴方はいないのだ。
すべて妄想の話だ。
この世界にはいないのだ。
忘れよう。
さようなら。名も知らぬ貴方。
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でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
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