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第一部ヴァルキュリャ編  第一章 ベルゲン

賭け

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 あああああ゛っっ!!
 
 上体を前に傾けた不安定な姿勢のまま、俺は動けなくなっていた。
 変な体勢にあちこちの筋肉や関節がプルプル訴えかけてくる。
 なんかわかんねぇっ
 なんかわかんねぇけど、身の危険を感じた。
 ひとつでも間違えて動いたら殺される……っ!
 そんな気持ちになっていた。気づいた時には。
 
 十分な距離はあるのに、ただ立っているだけなのに。
 ソグンと同じ半透明で、俺の目には幽霊の類いと同じのはずなのに。
 まるで蛇に睨まれた蛙だ。
 海外ブランドの広告で見るような、顔立ちが派手な美人。
 なのにちょっとも男心が動かない。
 ただ、ヤバい、怖い、逃げてぇ。
 
 
「どうした。会いたかったのだろう? 私に用なら何か言ったらどうだ、エルドフィン・ヤール」
 
「あ゛……」
 
「セッティーもフリヅィーも優しかったのだろう、随分と甘く見られているようだが、勘違いだと気づいたか? ただの人間であるお前があまり調子に乗るのは不快でな、現れてはやったが私は時間が惜しい。用件を言え」
 
 
 こんなことはどうでもいいこと、と軽んずる風に話す素振りが、俺の記憶のある部分をぶっ刺した。
 似てる。
 似てる似てる似てる似てる。
 嫌という程見せられたクソ上司どもだ。
 この・・タイミングで出てくんのか・・・・・・よーっ!!
 そう思ったら、半端なく押し潰してくる威圧感に、蓄積された嫌悪の感情が勝った。
 この程度の雰囲気パワハラだったらぜんっぜん怖くねぇぜ!
 黙って耐えるのを止めた俺をくらいやがれっ!
 
 
「は? 何言ってるんですか? 会うなりいきなり。あなたがシグルドリーヴァ・ソルベルグと呼ばれてたヴァルキュリャさんですか? 初めまして。エルドフィン・ヤールです(ニッコリ)」
 
 
 俺はすっくとベッドの上に立ち上がると、歩いてベッドから下り、彼女に丁寧に挨拶をした。
 
 
「いきなり現れて名乗りもしないから、何が起きたのかと驚いてしまいました。シグルドリーヴァさんで合ってますか? 本当の名前じゃないとは知ってますけど、本当の名前は言えないんですもんね? あ、俺のは本当の名前ですけど(またまたニッコリ)」
 
 
 えっらそーにしやがって!
 お前だって元はただの人間様だろーがっ
 長年半神してるとこー勘違いしちまうんだろうな。
 分かる分かる、そーゆーアホいっぱいいるもんな。
 肩書きが人を成長させる? 残念ながら理想論だ。
 ほとんどの人間が肩書きで増長するだけだ。
 俺は渾身の営業スマイルを放ってやった。
 慇懃無礼? 何それなんのコト?
 日本製社畜舐めんなっ!
 
 
「……そうだ。名などただの識別記号だ。シグルでいい。それで、何用だ? お前がアセウス・エイケンや現当主カルホフディ達と何やら調べているのは知っている」
 
「なら話が早いです。知ってることを全部教えてください。俺達、アセウスが受け継いでる神の力の封印を解いて、魔物退治しなきゃなんで」
 
 
 桃太郎かよ。
 言ってて笑えてくる、笑わねぇけど。
 いや、顔は笑ってるか(笑)。
 営業スマイル!
 
「何故、魔物と戦う。エイケン家の子は何者とも・・・・戦わない・・・・はずでは?」
 
「何故かって? 昔盛大に戦ってたヴァルキュリャの一人のシグルさんに聞かれるとは驚きです。魔物が居たら人間が死んじゃうからでしょう? 魔物と戦える力があるって分かったから、戦うんです。あと、アセウスのご先祖様が昔その邪魔をしちゃったから、アセウスがケリをつけることにしたって話です。別に、なんの不思議もないと思いますけど」
 
「そういうことではない、エイケン家の子は守られる替わりに戦わないと誓っているのだ」
 
「いつ決めた話ですよ。何百年も経てば事情だって変わりますよね? アセウスが自分で終わりにするって決めたんだから、戦うも戦わないもアセウスの自由なんじゃありませんか? ご先祖や身内ならまだしも、外野の・・・俺達・・がぐちゃぐちゃ口だすことじゃないですよ」
 
 
 言葉とは裏腹のニッコリスマイル。
 一応敵には回したくないからな。
 て、いやいやその態度は十分に、ってか。
 俺は残念ながら不器用なタチだった。
 TKKたかくらけんだ。しょーがねぇだろ。
 
 
「シグルさんはアセウスのご先祖様とも親しかったって聞いてます! きっと手がかりになりそうなことをたくさん知ってると思うんですよね!」
 
 
 シグルは表情一つ変えずにじっとこっちを眺めている。
 シグルの後ろから、ハラハラした表情のソグンが垣間見える。
 おいおい、時間が惜しいんじゃなかったのかよ!
 さっさと、オッケーと言えっ!
 ソグンが俺以上に心配するじゃねぇかっっ
 
 
「……力は必要ないのか? 欲しいのは情報だけか?」
 
「え? えぇ、まぁ。そりゃあ戦闘に助っ人して貰えたら心強いなんてもんじゃないだろうけど、無理でしょ? アセウスも俺も、そんな期待はしてません」
 
 
 シグルの左手がすっと動いたので、俺はとっさに身体を緊張させた。
 なんのこたぁない。
 シグルは髪をくるくると指で絡め始めた。
 女子か。
 最初の印象は悪そうだったけど、この流れは意外と友好的なのか?
 時間をかけて付き合っていけば、ジトレフよりは仲良くなれそうな気がしなくもない。
 やりようによっちゃぁ、力も貸して貰えるんだろうか、なんて。
 
 
「何故、無理と分かる」
 
 
 思案中のの後はこんな質問だった。
 俺はちょっと拍子抜けして、ゴンドゥルよりシグルの方が優しいんじゃねぇの? とかふざけた考えをする余裕が出来た。
 
 
「そりゃぁ、ヴァルキュリャさんはいろいろ縛られてるデショ。そう簡単に動けないのは分かりますから」
 
 
 こういうのは身に染みて分かってる。
 分かりたくもなかったけど、「期待しない」「悟る」というのは日本社会で獲得した鉄板スキルだ。
 ありがとう、クソ与党。
 
 ふわぁっ、とシグルの赤い髪が僅かに浮いた、ように見えた。
 風? なんて、吹いてないけど??
 気のせいかな?
 目を凝らしつつ見ていると、シグルがまた口を開いた。
 
 
「もう一つ聞かせてくれ。お前は何者だ、エルドフィン・ヤール。何故アセウス・エイケンに力を貸す」
 
「え゛?」
 
 
 脳内でシグルの言葉をリフレインする。
 シグルの表情は相変わらず力強く冷ややかだ。
 え゛? その質問、必要か?
 
 
「何者って……俺はただの人間です、弱っちい、普通の。セウダに生まれた、石工の息子で、家族は亡くなったから天涯孤独で、アセウスの幼馴染みです」
 
 
 合ってるかな、改めて言うと不安になってくる。
 まだエルドフィン・・・・・・になって・・・・日が浅いのだ。
 そんな戸惑いの俺に、シグルの瞳は、続きを促してくる。
 何故、アセウスに力を貸すかって。
 それは、それはさ……
 言うのか? 言わないといけないのか? 今ここで?
 
 
「良いだろう。分かったよ、もういい」
 
 
 生徒のおふざけにもういいと呆れる先生みたいに、急にくだけた様子でシグルは手を上げて制した。
 え? いいの? もうって……まぁ、いいならいいけど。
 
 
「立場上おおっぴらには協力出来ないが、知りたいことがあるなら聞くがいい。ソグン、そういうことだ。良いな? そこの椅子を持ってきてくれないか。カーラクセル達が宴を始めるまでまだ時間は十分にある。ただの普通の人間殿の知りたいことを伺おうじゃぁないか」
 
 
 戸惑いを引きずってる俺に、シグルは初めて笑顔を見せた。
 はにかみ笑いみたいに、とても愛くるしく笑う。
 なんだコレ。豪快美麗の素材にこのギャップは反則だろ。
 あぁ、確かにカールローサに面影はあるけれど……
 笑うと子どもっぽくなるところが、ホフディの方に重なる、俺はそう思って、ほんの少し親しみを覚えた。
 なんだか良くは分からないけれど、シグルは笑顔だし、ソグンも安堵したように笑って椅子を運んでいる。
 とりあえず、今回も、乗りきった、そういうことでいいのかな?
 二人とは逆に、笑顔を貼り付けていた顔から脱力する俺だった。
 
  
 
 
 
 ―――――――――――――――――――
 【冒険を共にするイケメン】
 戦乙女ゴンドゥルの形代 アセウス
 オッダ部隊第二分隊長 ジトレフ
 【冒険の協力者イケメン】
 ローセンダールの魔術師 タクミ
 ソルベルグ家当主 カルホフディ
 【冒険のアイテム】
 アセウスの魔剣
 青い塊
 黒い石の腕鎖ブレスレット
 イーヴル・コア(右手首に内蔵)
 【冒険の目的地】
 ベルゲン(現在地)
 【冒険の協力者ヴァルキュリャ】
 エイケン家 ゴンドゥル
 ランドヴィーク家 通称ソグン
 ソルベルグ家 通称シグル(ドリーヴァ) 
 
 
 
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