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第一部ヴァルキュリャ編 第二章 コングスベル
もう人間なんてしない
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注文はアセウスに全任せした。
ずっと冷たいものを食べていたから温かいものが食べたかったけど、最初にアセウスが同じことを言ったから、あとは何でもいいやってなった。
俺たちはこれから、この食堂に併設の宿屋に泊まる。
どの町にも宿屋はいくつかあって、人の出入りが多い町だと当然数が増える。
数が増えるだけじゃなくて、大きな宿屋もできる。
大きな宿屋だと、宿泊客の数も多いから、客に食事を出すのも一仕事である。
食事だけで一仕事になるなら、宿泊客に左右されずに、と食堂としても商売をするようになる。
実に自然な、よくある話だ。
そして、外から来た多くの人が滞在し、地元民も食事で利用する、この手の宿屋には人だけでなく「情報」も集まるものだ。
知りたいことがある時は、宿屋併設の食堂で聞いてみる。
この世界では一般的な常套手段だった。
「この町には何人くらい語り部がいますか?」
熱々のスープを運んできた男にアセウスが聞いた。
俺らより少し年上そうな男は、唐突な問いに戸惑ったのか、まずはテーブルにスープを置いた。
湯気と一緒に食欲をそそる匂いが漂う。
俺は完全にそっちに興味を奪われた。
湯気から旨いんだ!
「詩人のことかい?」
「はい。話を聞きたくて。あんまり多くないなら全員訪ねようかと」
二人はまだ話を続けるみたいだけど、先に食べ始めても許されるかな。
この世界には製紙技術はないらしく、獣の皮を使った記録もごく限られた所でしか目にしない。
神話や過去の出来事など、永く伝えるべきことは人から人へと語り継がれてきた。
考えてみればすげぇ話だ。
伝言ゲームをやったことはあるか?
言い伝えるってのは、まぁ、ちょっと内容が長くなると、びっくりするくらい話が変わっちゃうものだ。
だから、忘れてはいけない事柄を確実に口伝えるためには、内容の信頼性を保持する原本がいる。
「語り部」だ。
人にもよるけど、彼らは物覚えが良く博識なことが多い。
知識は重宝がられ、町中での彼らの認知度は高い。
近頃は、歌うように語るスタイルから詩人と呼ばれる語り部が増えている。
流行りってやつだろ。
え? 唐突に説明きたって?
親切なんだよ、俺。
目の前の誘惑から意識を逸らそうとしているわけじゃねぇぞ。
「調べものかい? この町の、といえば三人だが……三人全員訪ねたところで大した話は聞けないと思うぜ。この町の詩人はいわば『公認』だからな。ちゃんと調べたいなら吟遊詩人をあたった方がいい」
「どこに行けば会えますか? もし良ければ教えてください」
「詩人かい? それとも吟遊詩人?」
「両方です」
アセウスは男から視線をはずし、チラと俺を一瞥した。
あれ、俺、ガン見しすぎたかな。
一瞥で見せた半笑いは「よし」の合図だった。やった!
俺は熱々のスープを口に運んだ。
ハフハフっ。
おあずけくらってた犬か!
自分で自分にツッコミを入れる。
だって温かいうちに食べたいじゃんっ!
きゅ~んっ、ハフハフハフっ。
***
男から語り部達の情報を聞いた後、俺らは男に許可を取って、食堂の利用客にヴァルキュリャの話題を振って回った。
熱々の昼飯を堪能しつつ、利用客への聞き込みも終える。
何組かの利用客は、やはり吟遊詩人を薦めていた。
吟遊詩人、詩人が土地に根差した語り部なのに対して、町を越えてさすらう語り部のことだ。
彼らは土地に縛られない。
自由に歌い、旅する。
鳥のように。
I wish I could fly like a bird.
午後は、宿を押さえてから、語り部を訪ねてみる予定になった。
その前の束の間のまったりタイムだった。
俺は膨れた腹をこなしながら、久しぶりの満足感を味わっていた。
「エルドフィンさ、ヨルダール邸で何かあった?」
「えぇー? 何かって何?」
「いや、別に、何もなければいいんだけど。あ、あれ、本当なのか? 覗き穴から監視されてたって。六人も?」
「あぁ、俺に三人、アセウスに三人だけどな。部屋の壁に変な飾りあっただろ? あそこが空いてて隣の部屋から見えるようになってるんだ」
「まぢか。お前、よく分かったな」
「ま、まぁな」
し、しまった。しゃべり過ぎたか。
「あんまり暇だったからさっ、部屋の壁とか飾りとか観察してたんだ。そしたら覗いてきてる奴と目が合っちゃってさ、あははっ。たまたまってやつ? まる二日も閉じ込められてたじゃん。お前は何してたの?」
「……俺は、何も」
「領主様と会ってたんじゃないの?」
「会ってないよ。……部屋に一人で、じっとしてた」
「筋トレくらいはしてただろ?」
「そりゃあ、日課はな」
「あ、しばらくサボってたけど、また一緒にトレーニングしよーぜ。実戦稽古も。だいぶ身体が鈍っちまってるから、徐々に、だけど」
どう言い出そうか考えていたけど、いいタイミングが来たと思った。
実にさりげない流れじゃないか、うん。
これなら、アセウスもわだかまりなく頷くしかないだろう。
「OK、やろう」
ほらな。
予想通りの返答にしてやったりと顔を上げる。
しかしだ、ドヤ顔を我慢するはずだった俺は、再びアセウスから顔を逸らしていた。
……おあずけくらってた犬かよ。
俺にそーゆー表情を向けてくるのは、前世でもこの世界でも一人だけだ。
照れ臭さを誤魔化したくていたら、アホみたいなネタが頭に浮かんだ。
分かる奴いねぇって。
でも、俺はもう、人間をやめたいとは思わない。
「徐々に、な。ディオにじゃねーぞ」
あ、これ伏せ字にしないと駄目なやつ?
ずっと冷たいものを食べていたから温かいものが食べたかったけど、最初にアセウスが同じことを言ったから、あとは何でもいいやってなった。
俺たちはこれから、この食堂に併設の宿屋に泊まる。
どの町にも宿屋はいくつかあって、人の出入りが多い町だと当然数が増える。
数が増えるだけじゃなくて、大きな宿屋もできる。
大きな宿屋だと、宿泊客の数も多いから、客に食事を出すのも一仕事である。
食事だけで一仕事になるなら、宿泊客に左右されずに、と食堂としても商売をするようになる。
実に自然な、よくある話だ。
そして、外から来た多くの人が滞在し、地元民も食事で利用する、この手の宿屋には人だけでなく「情報」も集まるものだ。
知りたいことがある時は、宿屋併設の食堂で聞いてみる。
この世界では一般的な常套手段だった。
「この町には何人くらい語り部がいますか?」
熱々のスープを運んできた男にアセウスが聞いた。
俺らより少し年上そうな男は、唐突な問いに戸惑ったのか、まずはテーブルにスープを置いた。
湯気と一緒に食欲をそそる匂いが漂う。
俺は完全にそっちに興味を奪われた。
湯気から旨いんだ!
「詩人のことかい?」
「はい。話を聞きたくて。あんまり多くないなら全員訪ねようかと」
二人はまだ話を続けるみたいだけど、先に食べ始めても許されるかな。
この世界には製紙技術はないらしく、獣の皮を使った記録もごく限られた所でしか目にしない。
神話や過去の出来事など、永く伝えるべきことは人から人へと語り継がれてきた。
考えてみればすげぇ話だ。
伝言ゲームをやったことはあるか?
言い伝えるってのは、まぁ、ちょっと内容が長くなると、びっくりするくらい話が変わっちゃうものだ。
だから、忘れてはいけない事柄を確実に口伝えるためには、内容の信頼性を保持する原本がいる。
「語り部」だ。
人にもよるけど、彼らは物覚えが良く博識なことが多い。
知識は重宝がられ、町中での彼らの認知度は高い。
近頃は、歌うように語るスタイルから詩人と呼ばれる語り部が増えている。
流行りってやつだろ。
え? 唐突に説明きたって?
親切なんだよ、俺。
目の前の誘惑から意識を逸らそうとしているわけじゃねぇぞ。
「調べものかい? この町の、といえば三人だが……三人全員訪ねたところで大した話は聞けないと思うぜ。この町の詩人はいわば『公認』だからな。ちゃんと調べたいなら吟遊詩人をあたった方がいい」
「どこに行けば会えますか? もし良ければ教えてください」
「詩人かい? それとも吟遊詩人?」
「両方です」
アセウスは男から視線をはずし、チラと俺を一瞥した。
あれ、俺、ガン見しすぎたかな。
一瞥で見せた半笑いは「よし」の合図だった。やった!
俺は熱々のスープを口に運んだ。
ハフハフっ。
おあずけくらってた犬か!
自分で自分にツッコミを入れる。
だって温かいうちに食べたいじゃんっ!
きゅ~んっ、ハフハフハフっ。
***
男から語り部達の情報を聞いた後、俺らは男に許可を取って、食堂の利用客にヴァルキュリャの話題を振って回った。
熱々の昼飯を堪能しつつ、利用客への聞き込みも終える。
何組かの利用客は、やはり吟遊詩人を薦めていた。
吟遊詩人、詩人が土地に根差した語り部なのに対して、町を越えてさすらう語り部のことだ。
彼らは土地に縛られない。
自由に歌い、旅する。
鳥のように。
I wish I could fly like a bird.
午後は、宿を押さえてから、語り部を訪ねてみる予定になった。
その前の束の間のまったりタイムだった。
俺は膨れた腹をこなしながら、久しぶりの満足感を味わっていた。
「エルドフィンさ、ヨルダール邸で何かあった?」
「えぇー? 何かって何?」
「いや、別に、何もなければいいんだけど。あ、あれ、本当なのか? 覗き穴から監視されてたって。六人も?」
「あぁ、俺に三人、アセウスに三人だけどな。部屋の壁に変な飾りあっただろ? あそこが空いてて隣の部屋から見えるようになってるんだ」
「まぢか。お前、よく分かったな」
「ま、まぁな」
し、しまった。しゃべり過ぎたか。
「あんまり暇だったからさっ、部屋の壁とか飾りとか観察してたんだ。そしたら覗いてきてる奴と目が合っちゃってさ、あははっ。たまたまってやつ? まる二日も閉じ込められてたじゃん。お前は何してたの?」
「……俺は、何も」
「領主様と会ってたんじゃないの?」
「会ってないよ。……部屋に一人で、じっとしてた」
「筋トレくらいはしてただろ?」
「そりゃあ、日課はな」
「あ、しばらくサボってたけど、また一緒にトレーニングしよーぜ。実戦稽古も。だいぶ身体が鈍っちまってるから、徐々に、だけど」
どう言い出そうか考えていたけど、いいタイミングが来たと思った。
実にさりげない流れじゃないか、うん。
これなら、アセウスもわだかまりなく頷くしかないだろう。
「OK、やろう」
ほらな。
予想通りの返答にしてやったりと顔を上げる。
しかしだ、ドヤ顔を我慢するはずだった俺は、再びアセウスから顔を逸らしていた。
……おあずけくらってた犬かよ。
俺にそーゆー表情を向けてくるのは、前世でもこの世界でも一人だけだ。
照れ臭さを誤魔化したくていたら、アホみたいなネタが頭に浮かんだ。
分かる奴いねぇって。
でも、俺はもう、人間をやめたいとは思わない。
「徐々に、な。ディオにじゃねーぞ」
あ、これ伏せ字にしないと駄目なやつ?
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