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第一部ヴァルキュリャ編  第二章 コングスベル

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「もう、ほんと、どんだけ俺の心臓止めにかかってくるつもりー?」
 
 
 日暮れ前の、夕食の利用客で混み始める食堂の喧騒に、アセウスの溜息は書き消された。
 
 
「心臓を1ダース準備できたとしても俺は不安になるよ、エルドフィン」 
 
 
 真面目な話をしているような顔で訴えかけてくる。
 え、これ、どーするのが正解……。
 困った時は、とりあえず笑ってみるのが日本人らしい。
 
 
「ははっ」
 
「それだけっ? 膝を打つような説明があるんじゃねーの?」
 
「え? えっと……、自由になれただろ?」
 
 
 対面のアセウスは、驚きと脱力と笑いがごちゃまぜになったような表情かおになった。
 俺は満面の愛想笑いを崩さずに、あ、向こうの席の料理ウマそーっ、と話題を逸らす。
 
 
「まぢかよ……。ほんと、お前の変貌ぶり読めねーわ」
 
 
 逸らせてナーイ。はい、失敗。
 でも、アセウスの表情はまんざら悪い気がしている訳ではなさそうだ。
 ほっとした俺は、顔に貼り付いていた愛想笑いが解けた。
 そして、少し、申し訳無さが生まれた。
 
 
「エルドフィンさぁ、やる気のない無気力系かと思わせて、激情振り回すみたいな唐突な言動増えてない? 空気読まないところは前からあったけど、心配することなんてなかったし、どっちかっていうと、後から説明聞くたびに賢いなーって俺、尊敬してたんだけど」
 
 
 出たよ、完璧少年スーパーボーイ
 
 
「……改悪されたんだろ。昔の俺はもういない、忘れろ。だって、ムカつかねぇ? ガンバトルあいつ。何様だっつーんだっ」
 
「んー……、言わんとすることは分かるけど、『領主様』だよ」
 
 
 ちーん。
 そうでした。
 地方自治の支配者。
 国家という上位の支配権力がなければ、実質的には君主に等しい。
 
 
「いろんなことがどーでも良くなったからかなぁ、はは、つい感情に流されてそーゆーの・・・・・忘れちまう。オージン神のことも……変な聞き方したんだよな、悪ぃ」
 
「変っていうか、神のことを探ろうってのは流石にまずいっしょ。しかも、ヴァルキュリャ一族相手になんて。ガンバトルが変人で良かったよ」
 
「なんだ! お前も変人だって思ってるんじゃんっ」
 
 
 ついほころんだ顔から、飛び出すように大きな声が出ていた。
 アセウスらしからぬすごい表情かおを返されて、あ、また間違ったっぽい、と悟る。
 
 
「そこじゃねーだろっ。喜びすぎっっ」
 
「はははいはい、つい素直な感情がさ、飛び出てしまったさ」
 
 
 前世では感じることのなかった安心感に俺は心地好く浸った。
 アセウスは俺を突き放さない。
 例え何回間違えても。
 しょーがねぇなぁこいつ、って目の前に居てくれるのだ。今もそうだ。
 こそばゆい。
 ふ~ん、神のことを探るのはNGなのか。
 そういえば、ソグンもシグルも、オージンのことを聞いた時はまともに答えてくれてないような。
 力を授かった半神だからかと思ったけど、そういう訳じゃないのか?
  
 
「ヴァルキュリャ一族にだと、余計まずいんだ?」
 
「そりゃそうじゃ……信仰心が強い場合、他の人間にもそれを強いる人は多いし、尊い神を軽んじることはそれだけで大罪に扱われる。ヴァルキュリャ一族なんて、普通に考えればオージン神への信仰が厚い人達の筆頭だろ? そんな人達相手にあの言い方は殺されかねないよ。もう二度と止めてくれよな、あーゆーのは」
 
「宗教か……」 
 
「ん?」
 
「でも、ホフディとはそんな感じじゃなかったじゃん」
 
「……エルドフィン、それで逆に? いや、あ゛ーっ、確かにらしくないとは思ったけど」
 
「??? ヴァルキュリャ一族だろ? 信仰心厚いんじゃねぇの? 俺、結構あんな感じで話してた気がするけど、特に殺気を感じた記憶は……」
 
「……おま、それ、本気で聞いてる? ……ホフディは俺のことを家族以上に思ってくれてるから。何よりも神の御意志を尊重する一族の当主が、神の封印を解こうとする奴を生かしておけると思う?」


 アセウスが毎回ふんわりと濁すもんだから、ひっかかってはいたのだ。
 ジトレフにも、あんなにベラってしまったのに、封印された力のことは「知りたい」としか言わなかった。
 オッダ部隊を考えてのことだとしても、話した内容と話さなかった内容の基準が分からなかったんだよな。
 
 
「あ……あぁ……それで……。そーゆーことかよ……」
 
 
 アセウスとホフディのやりとりやソルベルグ邸での出来事が、走馬灯のように頭をかけめぐる。
 そこにはその時俺が感じた以上のもの・・があった。
 俺達がしてたことは、帰宅部ないから囲碁部に入っとく? みたいな軽いノリの活動ことではなかったのだ。
 アセウスもホフディも、危険な断崖へと足を踏み出していたんだ。
 共に・・
 
 
「……ホフディ、いいやつだな」
 
 
 ぐるぐると、俺の中は生まれてくる感情で一杯になっていく。
 その中に「嫉妬」を見つけてしまって、俺は、他に言葉を口に出すことが出来ない。
 無知、独り相撲、思い上がり、強欲。
 際限のない自己嫌悪に擂り潰されながら、見つけたくなかった感情をそれらで覆い隠そうとする。 
 救いようのねぇクソなんだな、俺は。
 
 人の輪に入らなくなってから、ずっと外から眺めていた。
 人間やつらがどんな風に動いて、どんな時にどんな顔をして、どんな言葉を吐くか。
 眺めていると気づくことがある。ルールやパターンも見えてくる。
 他の奴らには見えていないことが、俺には見える。
 なんて、物知り顔でいた。
 全然、何にも、見えてねぇじゃねぇか。
 
 アセウスあいつを助けられるのは俺だけだなんて、いつ勘違いしたんだ。
 俺にあいつしかいないからって、あいつにも俺しかいないなんて気になってた。
 そんなことないのに。
 なんの根拠もなく。
 バッカじゃねぇの。 
 アセウスあいつはいっぱい持ってる。「ぼっち」は俺だけだ。
 
 
「エルドフィン……?」
 
めし、注文しよぉぜ」
 
「あぁ……久しぶりに食いたいもんが食えるな!」
  
 
 アセウスが嬉しそうな笑顔で答えたけど、俺は全然笑えなかった。
 俺はシグル相手に結構ヤバイことをしちまってたんだ。
 上手く行ったから良かったものの、下手したら全部台無しにしてた。
 俺は何にも分かってない。
 全然分かってないんだ。
 
 
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