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第一部ヴァルキュリャ編 第二章 コングスベル
招喚
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《あんさず らぐず うるず》
まさに不思議な呪文。
「アンサズ ラグズ ウルズ……、ですか?」
「うん。吟遊詩人が歌うヴァルキュリャの歌に出てきたんだ。えぇ……と、『賢き知恵の巨人は決して迷わない、《あんさず らぐず うるず》、歌えよ運命を継ぐ子よ』だったかな?」
「……聞き覚えはあります。ですが、分かりません」
「そっかー」
無意識に頭をぐしゃぐしゃっとかいていた。
エルドフィンの髪の毛は前世のより柔らかくて驚いた。
そう簡単にはいかねぇか。
ググったら出てきたかな?
検索サイト、便利だったんだなぁぁああ。
検索サイトは相手を選ばなかった。
その手の分野の大学院生にだろうが、何も知らない小学生にだろうが、同じ結果を表示してくれる。
イーヴル・コアなら検索できると思う。
検索は出来るけど、検索する対象の方がない。
無数の情報を載せてくれている人の存在。
しかも、ヤラセやガセじゃなく、詳しく正確な情報を。
すげぇーことだったんだよな。
左手が無意識に右手首を撫でていた。
「エルドフィン、では、私からも一つだけ」
「あ、うん」
「ゲイロルルお姉様は、とても賢い方です。十二人のヴァルキュリャの中で、多分一番賢く、最も思慮深い。世界の数多を観察し、分析し、知識として蓄えていらっしゃる。それゆえに、知恵者に似ていると称される誉れを許されているのです」
「知恵者……オージンのことだよな」
「はい。お姉様に誤魔化しや偽りは通用しません。情に流されることもそうないでしょうから、とても厳しい相手だと思います。ですが、それだけ信用に足るということです。知りたいことを聞く相手として、ゲイロルルお姉様以上にふさわしい方はいないでしょう」
「味方に付けたら最強ってことだな」
ソグンは微笑んで深く頷いた。
うわ、こそばゆい。
すげーやれる気がする。
「わかったよ、気合い入れて頑張る。ありがとな」
「御検討をお祈りしています」
桜色の光はすっと消え去った。
*
*
*
それからどれほどの時が過ぎただろうか。
宿屋全体が寝静まった頃、真っ暗な廊下。
アセウスの部屋の扉にへばりつき、中の様子を窺う影があった。
俺だ。
え? 何やってんのかって?
わかんねぇのか?
いいか? 思い出せ。
シグルドリーヴァの盾、あれは、俺が呪文を言っても俺を守らない。
俺に着せるには、アセウスが呪文を言わねぇとならねぇんだ。
適当なこといってアセウスに呪文を言わせて、盾が発動したところで、ヴァルキュリャさんが御目見えしちまったらどうなる?
当然、俺とヴァルキュリャさんの会話にはアセウスも加わるだろう。
それじゃ、ダメだろ。
アセウスに内緒で話を進めてきた、今までの全部がパァになる。
俺の意味がなくなる。
アセウスに気づかれずに、俺が盾を発動しなければならない。
俺が呪文を言って、盾が発動するのはアセウスにだけだ。
寝ている間にするしかねぇだろ?
だから今、忍び込むのだ。
部屋の中からは物音はしない。
そっと、音を立てないように扉を開ける。
部屋の中は真っ暗だ。
すかさず身体を部屋の中に運び、扉を閉めた。
じっと潜んでいると、アセウスの寝息が聞こえてきた。
うむ、熟睡モードかな。
「《Sigrd hjól》」
こそっと呟くと、アセウスの荷物袋から黄金の光が発し、ベッドの上へと移動した。
キラキラと輝く黄金の輪が、アセウスを取り囲み照らしている。
神々しい光だ。
やっぱり、別世界なんだよなぁ。
俺はゆっくりと立ち上がって、音を立てないよう、注意深くベッドへ歩み寄る。
光に包まれるアセウスの寝顔を見つめながら、そっと両手を伸ばした。
ゆっくり、慎重に、添えた両手に力を込めて、黄金の兜を動かす。
アセウスの頭部から兜を外すと、放たれていた黄金の輝きも弱まっていく。
手の中で、兜は正円盾へと形を変える。
それを持ったまま、俺はまた部屋の角の扉の前に座り込んだ。
さて、来てくれますかな。
今夜ここに現れなければ、明日からは盾は俺に持たせて貰おう。
今日はしょうがねぇ、徹夜だ。
くっそぉ、久しぶりの快適ベッドだったのにぃぃっ! ぐすん。
真っ暗で心地よい闇と、アセウスの寝息とで、意識がうつらうつらとしてきた頃だった。
何かが、俺の意識を起こした。
なんだ?
何か……。
部屋の中を見回しても、特に変化はない。
揺らぎのない暗闇と静寂。
でも、感じる。
何か、違和感。
感覚を研ぎ澄ませてみる。
何か見えないか? 何か聞こえないか?
何か感じないか?
その時、突然部屋の中が今までとは違って見えた。
え? なんだ? これ。
天井のある一角に顔が引き寄せられる。
なんで、何もない暗闇じゃないか。
そう思った時だ、アセウスが眠るベッドの上、空中に、姿が見えた。
月の光のように淡く、朧気に輝く少女。
タペストリーに描かれていた姿そのものだ。
やった! 来たぞ!
ゲイロルル・ヨルダールさん!
恐る恐る立ち上がりながら見据えると、彼女もこちらを見つめ返していた。
俺はゆっくりと頭を下げる。
それから、アセウスを起こさないよう、小さな声で挨拶をした。
「はじめまして。ゲイロルル・ヨルダールさんとお見受けします。この盾を使ったのは私です。場所を変えて、お話がしたいのですが、お願いできますか」
アセウスが目を覚まさないか、様子を窺う俺に気づいた彼女は、ちらとアセウスに視線を落とした。
今のところアセウスに目を覚ます気配はない。
足先まで覆うような灰褐色の髪が、ふわふわと揺れている。
シグルとは違って、細く薄いのか、CGで描かれる光の糸のようだ。
…………………………………
………………
いやいやいや3分はさすがに引っ張るなよっ
……や、やめてくれ。
yesか、noか、さっさと言ってくれ。
この沈黙、耐えられねぇんだってばっっ。
心臓の音がドクンッ、ドクンッと大きくなってくる。
このままいたら、拍動で身体全体まで震えちまいそうだっ。
オーケーなのっ、ダメなのっ、どっちっっ?!
まさに不思議な呪文。
「アンサズ ラグズ ウルズ……、ですか?」
「うん。吟遊詩人が歌うヴァルキュリャの歌に出てきたんだ。えぇ……と、『賢き知恵の巨人は決して迷わない、《あんさず らぐず うるず》、歌えよ運命を継ぐ子よ』だったかな?」
「……聞き覚えはあります。ですが、分かりません」
「そっかー」
無意識に頭をぐしゃぐしゃっとかいていた。
エルドフィンの髪の毛は前世のより柔らかくて驚いた。
そう簡単にはいかねぇか。
ググったら出てきたかな?
検索サイト、便利だったんだなぁぁああ。
検索サイトは相手を選ばなかった。
その手の分野の大学院生にだろうが、何も知らない小学生にだろうが、同じ結果を表示してくれる。
イーヴル・コアなら検索できると思う。
検索は出来るけど、検索する対象の方がない。
無数の情報を載せてくれている人の存在。
しかも、ヤラセやガセじゃなく、詳しく正確な情報を。
すげぇーことだったんだよな。
左手が無意識に右手首を撫でていた。
「エルドフィン、では、私からも一つだけ」
「あ、うん」
「ゲイロルルお姉様は、とても賢い方です。十二人のヴァルキュリャの中で、多分一番賢く、最も思慮深い。世界の数多を観察し、分析し、知識として蓄えていらっしゃる。それゆえに、知恵者に似ていると称される誉れを許されているのです」
「知恵者……オージンのことだよな」
「はい。お姉様に誤魔化しや偽りは通用しません。情に流されることもそうないでしょうから、とても厳しい相手だと思います。ですが、それだけ信用に足るということです。知りたいことを聞く相手として、ゲイロルルお姉様以上にふさわしい方はいないでしょう」
「味方に付けたら最強ってことだな」
ソグンは微笑んで深く頷いた。
うわ、こそばゆい。
すげーやれる気がする。
「わかったよ、気合い入れて頑張る。ありがとな」
「御検討をお祈りしています」
桜色の光はすっと消え去った。
*
*
*
それからどれほどの時が過ぎただろうか。
宿屋全体が寝静まった頃、真っ暗な廊下。
アセウスの部屋の扉にへばりつき、中の様子を窺う影があった。
俺だ。
え? 何やってんのかって?
わかんねぇのか?
いいか? 思い出せ。
シグルドリーヴァの盾、あれは、俺が呪文を言っても俺を守らない。
俺に着せるには、アセウスが呪文を言わねぇとならねぇんだ。
適当なこといってアセウスに呪文を言わせて、盾が発動したところで、ヴァルキュリャさんが御目見えしちまったらどうなる?
当然、俺とヴァルキュリャさんの会話にはアセウスも加わるだろう。
それじゃ、ダメだろ。
アセウスに内緒で話を進めてきた、今までの全部がパァになる。
俺の意味がなくなる。
アセウスに気づかれずに、俺が盾を発動しなければならない。
俺が呪文を言って、盾が発動するのはアセウスにだけだ。
寝ている間にするしかねぇだろ?
だから今、忍び込むのだ。
部屋の中からは物音はしない。
そっと、音を立てないように扉を開ける。
部屋の中は真っ暗だ。
すかさず身体を部屋の中に運び、扉を閉めた。
じっと潜んでいると、アセウスの寝息が聞こえてきた。
うむ、熟睡モードかな。
「《Sigrd hjól》」
こそっと呟くと、アセウスの荷物袋から黄金の光が発し、ベッドの上へと移動した。
キラキラと輝く黄金の輪が、アセウスを取り囲み照らしている。
神々しい光だ。
やっぱり、別世界なんだよなぁ。
俺はゆっくりと立ち上がって、音を立てないよう、注意深くベッドへ歩み寄る。
光に包まれるアセウスの寝顔を見つめながら、そっと両手を伸ばした。
ゆっくり、慎重に、添えた両手に力を込めて、黄金の兜を動かす。
アセウスの頭部から兜を外すと、放たれていた黄金の輝きも弱まっていく。
手の中で、兜は正円盾へと形を変える。
それを持ったまま、俺はまた部屋の角の扉の前に座り込んだ。
さて、来てくれますかな。
今夜ここに現れなければ、明日からは盾は俺に持たせて貰おう。
今日はしょうがねぇ、徹夜だ。
くっそぉ、久しぶりの快適ベッドだったのにぃぃっ! ぐすん。
真っ暗で心地よい闇と、アセウスの寝息とで、意識がうつらうつらとしてきた頃だった。
何かが、俺の意識を起こした。
なんだ?
何か……。
部屋の中を見回しても、特に変化はない。
揺らぎのない暗闇と静寂。
でも、感じる。
何か、違和感。
感覚を研ぎ澄ませてみる。
何か見えないか? 何か聞こえないか?
何か感じないか?
その時、突然部屋の中が今までとは違って見えた。
え? なんだ? これ。
天井のある一角に顔が引き寄せられる。
なんで、何もない暗闇じゃないか。
そう思った時だ、アセウスが眠るベッドの上、空中に、姿が見えた。
月の光のように淡く、朧気に輝く少女。
タペストリーに描かれていた姿そのものだ。
やった! 来たぞ!
ゲイロルル・ヨルダールさん!
恐る恐る立ち上がりながら見据えると、彼女もこちらを見つめ返していた。
俺はゆっくりと頭を下げる。
それから、アセウスを起こさないよう、小さな声で挨拶をした。
「はじめまして。ゲイロルル・ヨルダールさんとお見受けします。この盾を使ったのは私です。場所を変えて、お話がしたいのですが、お願いできますか」
アセウスが目を覚まさないか、様子を窺う俺に気づいた彼女は、ちらとアセウスに視線を落とした。
今のところアセウスに目を覚ます気配はない。
足先まで覆うような灰褐色の髪が、ふわふわと揺れている。
シグルとは違って、細く薄いのか、CGで描かれる光の糸のようだ。
…………………………………
………………
いやいやいや3分はさすがに引っ張るなよっ
……や、やめてくれ。
yesか、noか、さっさと言ってくれ。
この沈黙、耐えられねぇんだってばっっ。
心臓の音がドクンッ、ドクンッと大きくなってくる。
このままいたら、拍動で身体全体まで震えちまいそうだっ。
オーケーなのっ、ダメなのっ、どっちっっ?!
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