90 / 123
第一部ヴァルキュリャ編 第二章 コングスベル
吟遊詩人《バード》
しおりを挟む
「ふぁああわ」
「エルドフィン……」
「し、失礼。昨日、良く眠れなくて、すんません」
せまっくるしい空間でアセウスは俺を見て眉をひそめた。
近ぇから、振り向くなって。
俺も倣うように首を捻って顔を背けた。
古びた獣皮が視界を遮る。
獣皮のテントっつーのも、なかなか味がある。
ヨルダール邸を出た翌日、俺達はヤクモの案内で二人の吟遊詩人を訪ねていた。
一人目は二十歳過ぎくらいの、がたいのいい男だった。
見た目は極めて普通の男で、昨日の吟遊詩人が特別だったと分かった。
ヴァルキュリャにまつわる話は市井に広まっている程度の話しか知らぬと笑い、がたいのいい吟遊詩人は頭をかいた。擬音語はガハハだ。
昨日の吟遊詩人が、以下略。
俺達も笑って、そのまま別れの挨拶をした。
二人目は町の外れ、林の中に、仮の居を構えている、年齢不詳の老人という話だった。
林の中にあったのは、想像よりも立派なテントだった。
初のテント体験にちょっとウキウキしたけど、でかい男二人と存在自体がうるさい少年が入ったら、まぁ、想像の通りだ。
パーソナルスペースが三メートルくらい欲しいっっ。
酸素が足りないのか、吟遊詩人の語りがボソボソと途切れ途切れだからか、気がつけば俺は眠気と戦っている。
そして、堪えきれなかったあくびが出る度に、アセウスに冷たい目を向けられていた。
というわけだ。
別にいいじゃん! わざとじゃない生理現象くらい。
眠れなかったのは誰のためだよ。俺が勝手にやってるんだけどさ。
今日二人目の吟遊詩人は、身体つきを見た感じでは、四十代くらいに見えた。
この世界では十分老人だが、前世を知ってる俺からしたら、まだまだ中年だ。
もっとハキハキ喋ってくれと言いたい。
白髪交じりの髪と髭は伸び放題といった感じで、ひきこもりしたアル・パチーノかよ。
ヴァルキュリャ絡みの話はいくつか知っていると言うので、思い付く限り、全て話して貰うことになった。
流石ベテラン、商売が巧い。
確かに、今日一人目のガハハ男よりは、多くの話を知っていた。
だが、ガハハ男が無報酬で披露した、市井に広まる神話ですらも、ちゃっかり金を取りやがった。
「昔、この地は美しい川の恵みを受けた。ナウマと呼ばれたその川は、どこまでも流れ続け、この地を遥か遠い地と結んだ。山と、海と、湖と、平地と、すべてを繋いだ、美しい女神の恵みだ。神は美しい川をより美しく映えさせる、美しい谷を作られた。美しい川と谷を輝かせる、美しい木を植えられた。世界で最も美しい川と谷、そして神の木の森。神の姿に似せて作られた人間はその美しい地に住んだ。中でも最も優れた血族、美しく、神に愛された一族は、神から尊い名を授かる。その名は神聖なこの地そのもの。それが、ヨルダール家だ。灰色の鬚が人間からヴァルキュリャをお作りになった時、ヨルダール家を選ばれたのは至極当然のことと分かるだろう」
「俺らが歩いてきた、あの川と谷?」
吟遊詩人が差し出す掌に、一番安い通貨を渡すアセウスに問いかける。
答えたのは吟遊詩人だった。
「どちらから来られた?」
「東の門からです。北から、川沿いの岩道を歩いて」
「魔術師の魔法陣か」
「はい、そうです」
「魔法陣から導く川とは違う。町の中心を貫く川をご覧になったかな? まだなら、ここを出た帰りにでも見るといい。林の脇を南北に流れる大きな川だ。昔、ヨルダール家の屋敷は川の向こう側の山上にあった。今も屋敷は残っている」
「なんで、川を渡って屋敷を引っ越したんですか? って、あ、これ有料?」
つい会話に割って入ったものの、後ずさった俺を見て吟遊詩人は笑った。
若い笑いだった。
なんだ、そんな風に笑えるんじゃんよ。
「対価を求める時は、答える前に告げるゆえ安心するといい。川を渡ったのは十年も経たぬ近年のことだ。理由は明白、『神の牧草地』へ立ち入るのにいちいち山を下り川を渡っていては苦労だからな。さて、次の話も聞かれるか?」
吟遊詩人は上機嫌な微笑みで、再び掌を差し出した。
料金は、半金前払い残額後払い形式だ。
話を聞くと決めたら通貨を一枚、二枚分の話を終えたら吟遊詩人が手を差し出し残金のもう一枚を請求する。
聞いた話が通貨二枚分に値しないと思えば、俺らは支払いを断れる。
吟遊詩人《バード》は、俺らが納得できるような話を追加で語るか、残金を諦めるかの選択をする。
多くの話を語る時に使う支払方法らしい。
吟遊詩人は惜し気もなく、一回に三つ四つの話を語った。
情報量多くねぇ?! 俺らは得をした気分になった。
中には、ガハハ男と同じ、皆が知ってるような話も混ざってはいたさ。
けど、通貨二枚では安いんじゃねぇ? って俺らは通貨を渡し続けている。
何回払った後だろう。完全にやられたっ!! と気がついた。
ネットサーフィンと同じ罠だ。
情報の量と新しさは、価値があるものを得たように錯覚させる。
その大半は必要としていない情報で、費やした対価はドブに捨てているようなものなのだが。
気づいた時はベテラン吟遊詩人にしてやられた!! と癪だった。
だが、すぐに、考えを改めた。
情報源が限られているこの世界で、ネットサーフィンがどれだけの価値があると思う?
必要のない情報っつーけど、ネットサーフィンよりは精度が高い。
少なくとも全くのカテ違いや、コピペ情報を何度も見せられることはないんだぜ。
そこに吟遊詩人っつー選別者がいるからだ。
情報オーバーフロー大歓迎だろ!
「エルドフィン……」
「し、失礼。昨日、良く眠れなくて、すんません」
せまっくるしい空間でアセウスは俺を見て眉をひそめた。
近ぇから、振り向くなって。
俺も倣うように首を捻って顔を背けた。
古びた獣皮が視界を遮る。
獣皮のテントっつーのも、なかなか味がある。
ヨルダール邸を出た翌日、俺達はヤクモの案内で二人の吟遊詩人を訪ねていた。
一人目は二十歳過ぎくらいの、がたいのいい男だった。
見た目は極めて普通の男で、昨日の吟遊詩人が特別だったと分かった。
ヴァルキュリャにまつわる話は市井に広まっている程度の話しか知らぬと笑い、がたいのいい吟遊詩人は頭をかいた。擬音語はガハハだ。
昨日の吟遊詩人が、以下略。
俺達も笑って、そのまま別れの挨拶をした。
二人目は町の外れ、林の中に、仮の居を構えている、年齢不詳の老人という話だった。
林の中にあったのは、想像よりも立派なテントだった。
初のテント体験にちょっとウキウキしたけど、でかい男二人と存在自体がうるさい少年が入ったら、まぁ、想像の通りだ。
パーソナルスペースが三メートルくらい欲しいっっ。
酸素が足りないのか、吟遊詩人の語りがボソボソと途切れ途切れだからか、気がつけば俺は眠気と戦っている。
そして、堪えきれなかったあくびが出る度に、アセウスに冷たい目を向けられていた。
というわけだ。
別にいいじゃん! わざとじゃない生理現象くらい。
眠れなかったのは誰のためだよ。俺が勝手にやってるんだけどさ。
今日二人目の吟遊詩人は、身体つきを見た感じでは、四十代くらいに見えた。
この世界では十分老人だが、前世を知ってる俺からしたら、まだまだ中年だ。
もっとハキハキ喋ってくれと言いたい。
白髪交じりの髪と髭は伸び放題といった感じで、ひきこもりしたアル・パチーノかよ。
ヴァルキュリャ絡みの話はいくつか知っていると言うので、思い付く限り、全て話して貰うことになった。
流石ベテラン、商売が巧い。
確かに、今日一人目のガハハ男よりは、多くの話を知っていた。
だが、ガハハ男が無報酬で披露した、市井に広まる神話ですらも、ちゃっかり金を取りやがった。
「昔、この地は美しい川の恵みを受けた。ナウマと呼ばれたその川は、どこまでも流れ続け、この地を遥か遠い地と結んだ。山と、海と、湖と、平地と、すべてを繋いだ、美しい女神の恵みだ。神は美しい川をより美しく映えさせる、美しい谷を作られた。美しい川と谷を輝かせる、美しい木を植えられた。世界で最も美しい川と谷、そして神の木の森。神の姿に似せて作られた人間はその美しい地に住んだ。中でも最も優れた血族、美しく、神に愛された一族は、神から尊い名を授かる。その名は神聖なこの地そのもの。それが、ヨルダール家だ。灰色の鬚が人間からヴァルキュリャをお作りになった時、ヨルダール家を選ばれたのは至極当然のことと分かるだろう」
「俺らが歩いてきた、あの川と谷?」
吟遊詩人が差し出す掌に、一番安い通貨を渡すアセウスに問いかける。
答えたのは吟遊詩人だった。
「どちらから来られた?」
「東の門からです。北から、川沿いの岩道を歩いて」
「魔術師の魔法陣か」
「はい、そうです」
「魔法陣から導く川とは違う。町の中心を貫く川をご覧になったかな? まだなら、ここを出た帰りにでも見るといい。林の脇を南北に流れる大きな川だ。昔、ヨルダール家の屋敷は川の向こう側の山上にあった。今も屋敷は残っている」
「なんで、川を渡って屋敷を引っ越したんですか? って、あ、これ有料?」
つい会話に割って入ったものの、後ずさった俺を見て吟遊詩人は笑った。
若い笑いだった。
なんだ、そんな風に笑えるんじゃんよ。
「対価を求める時は、答える前に告げるゆえ安心するといい。川を渡ったのは十年も経たぬ近年のことだ。理由は明白、『神の牧草地』へ立ち入るのにいちいち山を下り川を渡っていては苦労だからな。さて、次の話も聞かれるか?」
吟遊詩人は上機嫌な微笑みで、再び掌を差し出した。
料金は、半金前払い残額後払い形式だ。
話を聞くと決めたら通貨を一枚、二枚分の話を終えたら吟遊詩人が手を差し出し残金のもう一枚を請求する。
聞いた話が通貨二枚分に値しないと思えば、俺らは支払いを断れる。
吟遊詩人《バード》は、俺らが納得できるような話を追加で語るか、残金を諦めるかの選択をする。
多くの話を語る時に使う支払方法らしい。
吟遊詩人は惜し気もなく、一回に三つ四つの話を語った。
情報量多くねぇ?! 俺らは得をした気分になった。
中には、ガハハ男と同じ、皆が知ってるような話も混ざってはいたさ。
けど、通貨二枚では安いんじゃねぇ? って俺らは通貨を渡し続けている。
何回払った後だろう。完全にやられたっ!! と気がついた。
ネットサーフィンと同じ罠だ。
情報の量と新しさは、価値があるものを得たように錯覚させる。
その大半は必要としていない情報で、費やした対価はドブに捨てているようなものなのだが。
気づいた時はベテラン吟遊詩人にしてやられた!! と癪だった。
だが、すぐに、考えを改めた。
情報源が限られているこの世界で、ネットサーフィンがどれだけの価値があると思う?
必要のない情報っつーけど、ネットサーフィンよりは精度が高い。
少なくとも全くのカテ違いや、コピペ情報を何度も見せられることはないんだぜ。
そこに吟遊詩人っつー選別者がいるからだ。
情報オーバーフロー大歓迎だろ!
0
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる