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9話 チワワ達の逆襲-2
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麻耶は執事の黒井がチワワとチワバターたちを追い出し、メイドのアリアがゲストの荷物を窓から放り投げている凄まじい光景を見た。チワバターの施設の片隅で恐ろしくて震えていたが、黒井やアリアの姿が見えなくなると、
「震えていても仕方ないか。何にも解決にならないよね。」
と、一人頷いた。
「とりあえず、鳴海さんに連絡を取ることと、チワワとチワバターの救出よね。」
麻耶はふと自分が何も持っていないことに気がついた。せめて携帯電話くらいは持って出るべきだった。
「先に部屋に戻って携帯電話で鳴海さんに連絡を取らないと・・。パスポート持っていたから成田から飛んだかな。もう飛行機飛んじゃったかしら。せめてメールくらいは通じるのでは・・・。」
麻耶は部屋に戻るのが怖かった。あの目が血走った黒井の顔を思い出すと、とてもではないが御殿に近づくのも身震いがした。それに一体、どこからどうやって御殿に戻ればよいのだろう?まさか玄関から「すみませーん、忘れ物しました。」なんて入っていくことなどできないし。
「困ったな・・・。」
と御殿の周りを木立に隠れながら伺っていると、アリアが放り出したゲストの荷物の中に自分の荷物もあることに気がついた。
「ひどい!私の荷物まで放り出してあるわ!後で絶対鳴海さんに言いつけてやるんだから!」
ブツブツ言いながら自分の荷物を拾い始めたが、そのうちこれが幸運だということに気がついた。
「あ!携帯電話が無事だわ。他の荷物がクッションになってくれたのね。これで鳴海さんに早く事態を伝えないと。」
携帯電話を掴むと御殿から足早に離れて鳴海さんの電話番号を押した。しかしやはり思った通り繋がらない。そこでメールを入れた。SNSとかも通信手段は網羅した。
「あとは鳴海さんが見てくれるのを願うばかりだわ。」
気がつくと辺りは夕暮れになってきた。チワワとチワバターの母親達はどうしているだろう?森に逃げ込んだようだが、アウトドアなどしたこともない母親が大丈夫だろうか?チワワ達は怖がって散り散りだろうか?他の獣に襲われたりしないだろうか?
「と、考えていても仕方が無い。今から私が森へ探しに行くのもリスクが大きい。私はこのチワバターの施設で夜を過ごそう。確か、地下なら黒井たちは倉庫だと思い込んで来ないようだったし、一番安全かな?」
麻耶はチワバターの施設のエレベーターボタンを押した。地下に行くと確かに一見倉庫なのだが、その先は空調も完備された最先端だろうSFの世界みたいな施設だった。
「すごい。鳴海さんこんなすごいものを・・・。あ!みんな、ここにいたのね!」
チワワになったと思った母親たちは、なんと地下で眠っているようだ。医療器械みたいなものに寝かされている。
「ねぇ、心配したんだよ。チワワたちが森に行っちゃったから、みんなで探そうよ。」
麻耶は母親達を起こそうとした。しかしまるで人形のようにダランとして反応がない。横の機械のパネルを見ると、本人の意識が移動していることを示すランプがついていた。
「そんな、チワバターっていうのは、全部チワワに化けるわけじゃなくて、中身だけが移ることなのね。てことは、ここに本人がいても仕方が無いんだ。いや、みんなをここに戻さないといけない。きっと鳴海さんのことだから、マニュアルとかきちんとしているはず。私に操作が理解できさえすれば・・・。」
麻耶は操作マニュアルを探しはじめた。鳴海さんはよく海外に仕事で出かけていて、帰って来る頃には色んなことを忘れているから、大事なことはマニュアル化して置いているということを聞いていた。それがここでも同じなら、わりと分かりやすいところに置いてあるはずだ。マニュアルを今夜中に探し、明日の朝一番でチワワを探そう。
チワワとチワバターたちの予想通り、チワワ御殿のフェンスの下にまではセキュリティセンサーは入っていなかった。チワワたちが掘った穴が貫通すると、すぐに鳴海さんのチワワのシロコとクロコとチャコとクロチャタンが穴を通って中に入った。
「気をつけて・・・。」
みんなは祈るような思いで送り出した。
「ここでこうして皆で居ても目立つだけだ。シロコたちが帰ってくるのを待つのと、見張りをかねて二匹ここで待つことにしよう。それ以外は撤収。」
最後まで見送ろうとするチワワとチワバターたちの前で、雷子さんがキリッと言った。見張りには足が速いミーコさんとマグロちゃんが担当し、他は撤収することにした。
「捕まってひどいことされたりしないよね。」
心配性のガリが言った。
「麻耶姉ちゃん大丈夫かな。あの怖い執事に捕まったりしていないかな。」
レオは麻耶の心配をしている。いつもレオは麻耶にちょっかいを出しては怒られているのに、本当は心配なのだ。
「麻耶とシロコたちが会えるといいんだけど。鳴海さんがどうしたのかも分かるかもしれない。何しろ、鳴海さんが全く姿を見せないというはおかしいし。」
森のテントまで戻ると、恵理子さんが心配そうに仔犬たちを見ていた。
「どうだった?」
私は恵理子さんに成り行きを説明した。
「うん、鳴海さんの姿が全然見えないよね。あの状況では、鳴海さんがこの敷地内にいるとはとても思えない。何かがあったのだろうけど。麻耶ちゃんが無事で、私達と会えることがとりあえずの希望かしら。」
隣にいつの間にか楠木さんがミー君を連れてきていた。
「ねぇ、ちょっと気になることがあるんだけど。」
楠木さんが不安そうに言った。
「目がチカチカしない?ミー君はしないというから、環境的なものではないと思うの。もしかして、チワバターって長い時間するものではないんじゃない?」
私はハッとした。人間をチワワのアバターに移すという、少々強引なことをしているのだ。長い時間に耐えられるものではないのかもしれない。
「実際の私達の肉体か、このアバターに無理が生じて、何か不都合なことになるような気がするわ。森に潜伏していれば私達は無事というわけにはいかないと思う。」
楠木さんが言いたいのは、そう慎重にしていられる時間がなさそうだということなのだ。
「不安になっていても仕方ないだろう。」
そこへ元祖チワワアイドルのニールちゃんが来た。ものすごく可愛い顔をしているのに、口調が学校の先生みたいだ。
「今、シロコたちが斥候に行っているんだから、それを待つしかない。無事を祈ることしかできないでしょう。ここで穴を通ってみんなでチワバターの施設に突入することもできるけど、今度こそあの恐ろしい黒井に殺されそうな気がするのよ。異常に目の敵にしていたでしょ。」
私達はゴクリと唾をのんだ。失敗は許されない。誰一人、誰一匹失うことはできない。
一方麻耶はチワバターのマニュアルを探していた。
「鳴海さんのことだから、それほど分かりにくいところには置かないはずなのよね。だって、自分が忘れちゃうからとか言っていた。おそらく、すぐ手に取れるくらいのところにあるはず・・・。」
しかし本棚にはたくさんマニュアルらしいものがあるのに、よく分からないデータばかりが並んでいる。この施設を作った時のものだろう。引き出しやキャビネットも見てみた。でもやはりない。
「おかしいなぁ。鳴海さんらしくない。」
麻耶は腕組みして考えた。ちょっと疲れたので、ドッグランが見えるパネルの前の椅子にドカッと座った。
「分からないなぁ。きっとどこか分かりやすい目印のついている引き出しとかなんだろうな。」
とブツブツ言っていると、コツっと肘にぶつかって本が落ちた。本の上に置いてあったマグカップも落ちて派手な音を立てた。
「あ~あ、鳴海さんカップ置きっぱなし。」
麻耶は本とマグカップを拾った。マグカップの中は紅茶だったらしく、本は少し茶色に濡れていた。
「やれやれ。」
麻耶は本を自分のハンカチで拭いた。拭きながらビックリしてまた落としそうになった。
「これ、これがマニュアルじゃないの!鳴海さんたら、マグカップのコースター代わりにするなんて!」
呆れている暇はない。手早く拭くと、麻耶はページを広げ初めた。
「マニュアルは誰でも分かるように作らないとマニュアルにならないって、前に鳴海さんが言っているのを聞いたことがあるわ。あれは私がカメラを始める時だったかなぁ。確かに、このパネルだらけの装置を操作するのに、かなり単純化された説明になっているわ。」
麻耶はマニュアルのページをめくりながら、パネルと見比べていた。
「問題は、この膨大なパネルとマニュアルを見比べながら操作するのに、初めての私では時間がかかる可能性が大きいというところかしら。」
麻耶は唇をキュッと噛んだ。
「いいえ、その前におそらくチワバターになったお母さん達をどうやってこのドームに入れるかよね。この透明ドームの中にチワバターを収容する。そこから元に戻る操作は始まるんだから。」
麻耶はモニターに移っている門の向こうの森を見た。
「きっとあの森にチワワ達とチワバターの人間がいると思うんだけど、どうしているんだろう?雨も降ったし、食べ物だってないだろうし、夜はどこで眠っているんだろう?チワワ達は一緒にいるんだろうか?散り散りってことはないかしら?」
麻耶は色々想像してブルッと震えた。リードを外すと一目散に走っていってしまうチワワだっている。チワバターになった人間を、チワワ達が受け入れて一緒に行動するのも難しいような気がする。
「今、私があの門やフェンスを越えて森へ行って、チワワとチワバターを集めてここへ戻ってチワバターを元に戻す。ということができれば良いのだけど、あの黒井に見つからずに大勢のチワワとチワバターを探して戻すなんて私には・・・。」
麻耶は手のひらで顔を覆った。
「どうしたらいいのか分からない。分からないよ。お母さん、チワワたち、どうか私に教えて!」
麻耶は顔を上げて、森を映したモニターをキッと睨むように見た。すると、モニターに移るフェンスあたりから、小さな生き物が湧いてくるのが見えた。麻耶は急いでモニターのズームを押すと、それは数匹のチワワだった。
「チワワだ!あれは・・・鳴海さんのチワワだ!シロコにクロコ、チャコやクロチャタン。画像でいつも見ていたからはっきり分かるわ。鳴海さんのチワワが帰ってきた!」
麻耶は急いで地下から地上階へエレベータで戻ると、施設を出て木立に隠れながらチワワ達に合図を送った。
「ここよ!シロコ!私よ、麻耶よ!」
ところが、シロコたちは興奮状態のようで麻耶に気がつかず、透明ドームへ走り寄ると、中へ入れないと思ったのか御殿の裏へ猛スピードで走っていってしまった。
「おいおい、私はここよー!」
大声で呼びたいところだけど、黒井に見つかる可能性を考えると小さな声でむなしく言うだけだった。
「どうしたら私に気がついてくれるかな・・・。」
麻耶が御殿の裏手に向かって隠れながら移動していると、今度はシロコたちが門の方へ向かって猛スピードで走っていくのが見えた。
「今度は御殿の正面?さすがにあのスピードにはかなわないわね。」
麻耶はやれやれとへたりこんだ。シロコたちは猛スピードで走っていき、姿が見えなくなった。
「おや?シロコたちが消えた。門やフェンスを越えられるとは思えないんだけど。」
その後ろからは、息を切らした黒井が走ってきて、少し見渡していたがすぐに諦めて御殿に入ってしまった。麻耶はサッと木のそばで伏せて隠れた。
「チワワ達は、もしかしてチワワなりに可能性を見つけているのかもしれない。」
麻耶はまだ諦めてはいけないのだと確信した。チワバターの施設に戻ると、もう一度鳴海さんに連絡を取り始めた。
一方チワワとチワバターたちは、シロコたちが帰還するのを待っていた。見張りに立っていたミーコさんとマグロちゃんは、シロコたちが猛スピードで走ってきて、その後ろを黒井が追いかけてきたのを見て、フェンスの穴を塞ぐ用意をした。運良く空が黄色くなるほどの砂埃が立ってシロコたちを隠し、砂埃が消える頃にはチワワもフェンスの穴も分からなくなっていた。
「震えていても仕方ないか。何にも解決にならないよね。」
と、一人頷いた。
「とりあえず、鳴海さんに連絡を取ることと、チワワとチワバターの救出よね。」
麻耶はふと自分が何も持っていないことに気がついた。せめて携帯電話くらいは持って出るべきだった。
「先に部屋に戻って携帯電話で鳴海さんに連絡を取らないと・・。パスポート持っていたから成田から飛んだかな。もう飛行機飛んじゃったかしら。せめてメールくらいは通じるのでは・・・。」
麻耶は部屋に戻るのが怖かった。あの目が血走った黒井の顔を思い出すと、とてもではないが御殿に近づくのも身震いがした。それに一体、どこからどうやって御殿に戻ればよいのだろう?まさか玄関から「すみませーん、忘れ物しました。」なんて入っていくことなどできないし。
「困ったな・・・。」
と御殿の周りを木立に隠れながら伺っていると、アリアが放り出したゲストの荷物の中に自分の荷物もあることに気がついた。
「ひどい!私の荷物まで放り出してあるわ!後で絶対鳴海さんに言いつけてやるんだから!」
ブツブツ言いながら自分の荷物を拾い始めたが、そのうちこれが幸運だということに気がついた。
「あ!携帯電話が無事だわ。他の荷物がクッションになってくれたのね。これで鳴海さんに早く事態を伝えないと。」
携帯電話を掴むと御殿から足早に離れて鳴海さんの電話番号を押した。しかしやはり思った通り繋がらない。そこでメールを入れた。SNSとかも通信手段は網羅した。
「あとは鳴海さんが見てくれるのを願うばかりだわ。」
気がつくと辺りは夕暮れになってきた。チワワとチワバターの母親達はどうしているだろう?森に逃げ込んだようだが、アウトドアなどしたこともない母親が大丈夫だろうか?チワワ達は怖がって散り散りだろうか?他の獣に襲われたりしないだろうか?
「と、考えていても仕方が無い。今から私が森へ探しに行くのもリスクが大きい。私はこのチワバターの施設で夜を過ごそう。確か、地下なら黒井たちは倉庫だと思い込んで来ないようだったし、一番安全かな?」
麻耶はチワバターの施設のエレベーターボタンを押した。地下に行くと確かに一見倉庫なのだが、その先は空調も完備された最先端だろうSFの世界みたいな施設だった。
「すごい。鳴海さんこんなすごいものを・・・。あ!みんな、ここにいたのね!」
チワワになったと思った母親たちは、なんと地下で眠っているようだ。医療器械みたいなものに寝かされている。
「ねぇ、心配したんだよ。チワワたちが森に行っちゃったから、みんなで探そうよ。」
麻耶は母親達を起こそうとした。しかしまるで人形のようにダランとして反応がない。横の機械のパネルを見ると、本人の意識が移動していることを示すランプがついていた。
「そんな、チワバターっていうのは、全部チワワに化けるわけじゃなくて、中身だけが移ることなのね。てことは、ここに本人がいても仕方が無いんだ。いや、みんなをここに戻さないといけない。きっと鳴海さんのことだから、マニュアルとかきちんとしているはず。私に操作が理解できさえすれば・・・。」
麻耶は操作マニュアルを探しはじめた。鳴海さんはよく海外に仕事で出かけていて、帰って来る頃には色んなことを忘れているから、大事なことはマニュアル化して置いているということを聞いていた。それがここでも同じなら、わりと分かりやすいところに置いてあるはずだ。マニュアルを今夜中に探し、明日の朝一番でチワワを探そう。
チワワとチワバターたちの予想通り、チワワ御殿のフェンスの下にまではセキュリティセンサーは入っていなかった。チワワたちが掘った穴が貫通すると、すぐに鳴海さんのチワワのシロコとクロコとチャコとクロチャタンが穴を通って中に入った。
「気をつけて・・・。」
みんなは祈るような思いで送り出した。
「ここでこうして皆で居ても目立つだけだ。シロコたちが帰ってくるのを待つのと、見張りをかねて二匹ここで待つことにしよう。それ以外は撤収。」
最後まで見送ろうとするチワワとチワバターたちの前で、雷子さんがキリッと言った。見張りには足が速いミーコさんとマグロちゃんが担当し、他は撤収することにした。
「捕まってひどいことされたりしないよね。」
心配性のガリが言った。
「麻耶姉ちゃん大丈夫かな。あの怖い執事に捕まったりしていないかな。」
レオは麻耶の心配をしている。いつもレオは麻耶にちょっかいを出しては怒られているのに、本当は心配なのだ。
「麻耶とシロコたちが会えるといいんだけど。鳴海さんがどうしたのかも分かるかもしれない。何しろ、鳴海さんが全く姿を見せないというはおかしいし。」
森のテントまで戻ると、恵理子さんが心配そうに仔犬たちを見ていた。
「どうだった?」
私は恵理子さんに成り行きを説明した。
「うん、鳴海さんの姿が全然見えないよね。あの状況では、鳴海さんがこの敷地内にいるとはとても思えない。何かがあったのだろうけど。麻耶ちゃんが無事で、私達と会えることがとりあえずの希望かしら。」
隣にいつの間にか楠木さんがミー君を連れてきていた。
「ねぇ、ちょっと気になることがあるんだけど。」
楠木さんが不安そうに言った。
「目がチカチカしない?ミー君はしないというから、環境的なものではないと思うの。もしかして、チワバターって長い時間するものではないんじゃない?」
私はハッとした。人間をチワワのアバターに移すという、少々強引なことをしているのだ。長い時間に耐えられるものではないのかもしれない。
「実際の私達の肉体か、このアバターに無理が生じて、何か不都合なことになるような気がするわ。森に潜伏していれば私達は無事というわけにはいかないと思う。」
楠木さんが言いたいのは、そう慎重にしていられる時間がなさそうだということなのだ。
「不安になっていても仕方ないだろう。」
そこへ元祖チワワアイドルのニールちゃんが来た。ものすごく可愛い顔をしているのに、口調が学校の先生みたいだ。
「今、シロコたちが斥候に行っているんだから、それを待つしかない。無事を祈ることしかできないでしょう。ここで穴を通ってみんなでチワバターの施設に突入することもできるけど、今度こそあの恐ろしい黒井に殺されそうな気がするのよ。異常に目の敵にしていたでしょ。」
私達はゴクリと唾をのんだ。失敗は許されない。誰一人、誰一匹失うことはできない。
一方麻耶はチワバターのマニュアルを探していた。
「鳴海さんのことだから、それほど分かりにくいところには置かないはずなのよね。だって、自分が忘れちゃうからとか言っていた。おそらく、すぐ手に取れるくらいのところにあるはず・・・。」
しかし本棚にはたくさんマニュアルらしいものがあるのに、よく分からないデータばかりが並んでいる。この施設を作った時のものだろう。引き出しやキャビネットも見てみた。でもやはりない。
「おかしいなぁ。鳴海さんらしくない。」
麻耶は腕組みして考えた。ちょっと疲れたので、ドッグランが見えるパネルの前の椅子にドカッと座った。
「分からないなぁ。きっとどこか分かりやすい目印のついている引き出しとかなんだろうな。」
とブツブツ言っていると、コツっと肘にぶつかって本が落ちた。本の上に置いてあったマグカップも落ちて派手な音を立てた。
「あ~あ、鳴海さんカップ置きっぱなし。」
麻耶は本とマグカップを拾った。マグカップの中は紅茶だったらしく、本は少し茶色に濡れていた。
「やれやれ。」
麻耶は本を自分のハンカチで拭いた。拭きながらビックリしてまた落としそうになった。
「これ、これがマニュアルじゃないの!鳴海さんたら、マグカップのコースター代わりにするなんて!」
呆れている暇はない。手早く拭くと、麻耶はページを広げ初めた。
「マニュアルは誰でも分かるように作らないとマニュアルにならないって、前に鳴海さんが言っているのを聞いたことがあるわ。あれは私がカメラを始める時だったかなぁ。確かに、このパネルだらけの装置を操作するのに、かなり単純化された説明になっているわ。」
麻耶はマニュアルのページをめくりながら、パネルと見比べていた。
「問題は、この膨大なパネルとマニュアルを見比べながら操作するのに、初めての私では時間がかかる可能性が大きいというところかしら。」
麻耶は唇をキュッと噛んだ。
「いいえ、その前におそらくチワバターになったお母さん達をどうやってこのドームに入れるかよね。この透明ドームの中にチワバターを収容する。そこから元に戻る操作は始まるんだから。」
麻耶はモニターに移っている門の向こうの森を見た。
「きっとあの森にチワワ達とチワバターの人間がいると思うんだけど、どうしているんだろう?雨も降ったし、食べ物だってないだろうし、夜はどこで眠っているんだろう?チワワ達は一緒にいるんだろうか?散り散りってことはないかしら?」
麻耶は色々想像してブルッと震えた。リードを外すと一目散に走っていってしまうチワワだっている。チワバターになった人間を、チワワ達が受け入れて一緒に行動するのも難しいような気がする。
「今、私があの門やフェンスを越えて森へ行って、チワワとチワバターを集めてここへ戻ってチワバターを元に戻す。ということができれば良いのだけど、あの黒井に見つからずに大勢のチワワとチワバターを探して戻すなんて私には・・・。」
麻耶は手のひらで顔を覆った。
「どうしたらいいのか分からない。分からないよ。お母さん、チワワたち、どうか私に教えて!」
麻耶は顔を上げて、森を映したモニターをキッと睨むように見た。すると、モニターに移るフェンスあたりから、小さな生き物が湧いてくるのが見えた。麻耶は急いでモニターのズームを押すと、それは数匹のチワワだった。
「チワワだ!あれは・・・鳴海さんのチワワだ!シロコにクロコ、チャコやクロチャタン。画像でいつも見ていたからはっきり分かるわ。鳴海さんのチワワが帰ってきた!」
麻耶は急いで地下から地上階へエレベータで戻ると、施設を出て木立に隠れながらチワワ達に合図を送った。
「ここよ!シロコ!私よ、麻耶よ!」
ところが、シロコたちは興奮状態のようで麻耶に気がつかず、透明ドームへ走り寄ると、中へ入れないと思ったのか御殿の裏へ猛スピードで走っていってしまった。
「おいおい、私はここよー!」
大声で呼びたいところだけど、黒井に見つかる可能性を考えると小さな声でむなしく言うだけだった。
「どうしたら私に気がついてくれるかな・・・。」
麻耶が御殿の裏手に向かって隠れながら移動していると、今度はシロコたちが門の方へ向かって猛スピードで走っていくのが見えた。
「今度は御殿の正面?さすがにあのスピードにはかなわないわね。」
麻耶はやれやれとへたりこんだ。シロコたちは猛スピードで走っていき、姿が見えなくなった。
「おや?シロコたちが消えた。門やフェンスを越えられるとは思えないんだけど。」
その後ろからは、息を切らした黒井が走ってきて、少し見渡していたがすぐに諦めて御殿に入ってしまった。麻耶はサッと木のそばで伏せて隠れた。
「チワワ達は、もしかしてチワワなりに可能性を見つけているのかもしれない。」
麻耶はまだ諦めてはいけないのだと確信した。チワバターの施設に戻ると、もう一度鳴海さんに連絡を取り始めた。
一方チワワとチワバターたちは、シロコたちが帰還するのを待っていた。見張りに立っていたミーコさんとマグロちゃんは、シロコたちが猛スピードで走ってきて、その後ろを黒井が追いかけてきたのを見て、フェンスの穴を塞ぐ用意をした。運良く空が黄色くなるほどの砂埃が立ってシロコたちを隠し、砂埃が消える頃にはチワワもフェンスの穴も分からなくなっていた。
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