犬友

有馬 優

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11話 チワワ救出作戦2

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 月が森の向こうに沈んだ。

「集合!」

静かだが鋭く短い雷子さんの集合が響いた。大人チワワとチワバターたちは音も無く集合し、恵理子さんと敦子さんとリリーちゃんとひよこちゃんは仔犬たちの仕度をしはじめた。いきなり起こしてしまって騒ぐと大変だからだ。

「ミーコさんとマグロちゃん、御殿の様子はどうか。」

雷子さんが見張りに立ったミーコさんとマグロちゃんに聞いた。

「しばらく灯りを持って黒井が御殿の敷地内をウロウロしていました。バルコニーの上からはメイドのアリアが灯りを下に照らしながら様子を伺っているようでした。雰囲気的には・・・・殺気がうかがえるような、恐ろしい感じでした。」

皆は一瞬揺れるようにザワッとした。

「この素晴らしいチワワ御殿で働いているわりには、あの人間二人はチワワどころか動物の一つも好きではない。下手をすると憎悪しているだろう。しかも、自分達の身のためなら、人間も排除しかねない残酷性を持っている。皆、この作戦気を引き締めてかかること。もちろん危険は冒したくないが、チワバターになっている飼い主のタイムリミットがおそらく迫っている。猶予はないだろう。」

雷子さんが静かに目を閉じ、その大きな目をパチッと開いた。暗闇でその目はキラリと光った。

「これより第一班の作戦を開始する。第一班はすぐに身体を黒く染めて必要なものをそろえて整列!」

私と黒太郎さんとチワワたちは、真っ黒な黒太郎さんを除いて身体に泥を塗りたくった。そして、黒太郎さんは施設の扉やエレベーターのボタンを押すための小道具をくわえた。小道具はフェンスの隙間から中に入れて、

「桃子、中に入ったらこれを一つずつ持って走るんだよ。」

とチワワの桃子ちゃんやガリレオコンビに言い聞かせた。チワワは小さい。持って全速力で走れる道具の量は限られている。道具をフェンスの中に入れると、第一班は全員フェンス前で雷子さんの前に整列した。

「黒井たちの警戒はないようだが、気をつけて。作戦は変更無し。シロコはエレベーターが開いたら報告に来ること。無事で。」

雷子さんはそう言うと、スッと二本足で立ち上がって言った。

「作戦開始!」

私達チワバターとチワワたちは次々にフェンス下の通路穴からチワワ御殿の敷地に入っていった。もちろん、第一班メンバーは私と黒太郎さんだけではなく、もっと数組のチワワと飼い主が一緒である。その大勢が音も無く、かすかに全身の毛が擦れる音だけがする。通路穴を通ると、私と黒太郎さんとチワワはチワバター施設を開ける道具を口にくわえた。その間、九州の幸子さんとチハナちゃん、北海道のルルさんとニールちゃんが第一班の先頭を走った。どちらも毛色が本来は白や黄金色なので泥を塗ってカモフラージュしているから、まるで別人ならぬ別チワワのようだ。だが、双方伸びやかで軽やかな走りで、足が土を蹴る音さえほんのかすかだ。私達も道具を取るとその走りに加わり走った。不安もあって、前を走る黒太郎さんに何か話しかけたい衝動に駆られたが、それはしてはいけないことだ。音も無く風のように走り抜けることが今の第一使命なのだ。とにかく、とにかくあのチワバター施設にたどり着かなければ。

 その時、御殿の一つの窓に明かりが灯った。

「はっ!」

皆はすぐ暗闇の中の光に気がついて、サッと地面に伏せた。泥を塗りたくった身体が土に同化する。目は光ってしまうので薄く開けている。しかし窓の明かりはすぐに消えてしまった。おそらく黒井かアリアのどちらかがトイレにでも行ったのだろう。床を歩く軽い足音が聞こえる。数秒ジッとして様子を伺ったが、幸子さんの合図で皆は音も無く立ち上がりまた走った。



 やがて白いチワバター施設が見えてきた。この地下におそらく麻耶は潜伏しているのだろう。起きてモニターを見ていてくれたら、身体の泥を落として透明ドームの付近をウロウロして扉を開けてもらうのだが、おそらく夜中であるし眠っているかもしれない。ドームの付近は黒井やアリアも警戒しているだろうから、むやみにそんな危険な真似はできない。

「開けましょう。」

黒太郎さんが静かに言った。私は道具を持って施設の扉の前に立った。

「鍵はかけていないようですね。これは幸運です。おそらく、この施設の地下に秘密があることを黒井も知らないので、扉の戸締りなど考えていなかったのでしょう。しかしチワワにしてはこのドアは重いので、道具と付近にある木や石をはさみながら開けていく。チワワが通れるくらいの隙間で止めて、扉止めを挟んで第二班以降が通りやすく、また全開にしないことで見つからないようにする。」

黒太郎さんの声にならないような声での説明に、皆が一斉に頷いた。他のチワワは木や石を集め扉の前に集合し、私達は道具と一緒に扉を少しずつ開けては木や石をかませていった。扉を押さえる力技はチワワ全員で力を合わせた。体重が3キロほどくらいしかなくても、大勢居れば10匹で30キロだ。

「扉はこれだけ開ければ太ったチワワが居ても通れるだろう。道具を挟んで固定するから、皆もう少し辛抱して支えてくれ。」

しかし扉は支えきれず、黒太郎さんが離して道具を差し込もうとした瞬間動いた。

「ううっ!」

黒太郎さんが唸った。

「大丈夫!?」

私が駆け寄ろうとすると、

「扉を離さないで。大丈夫だから。もっと扉を押して!よし、離して!」

扉はチワワが通れるほどに開けて固定された。黒太郎さんの手を見ると、血がにじんでいる。出血しているようだ。

「血が垂れるとまずい。この葉を肉球につけて。」

幸子さんが葉を持ってきて黒太郎さんの肉球にくっつけた。とりあえずは床に血がつかないだろう。

 次はエレベーターのドアを開ける。これは長い木の棒を使った。が、木の棒でボタンを押そうとしても、四つんばいの状態で木をくわえたままではイマイチ届かない。

「よし、チワワピラミッドだ。」

チワワの桃子ちゃんが言った。大勢のチワワを組立て体操のピラミッドのようにして、ある程度まで積み上げた上をジャンプ力があるチワワが踏み切り板にして飛び、鼻でボタンを押す。

「だめだ。そんなことをしても的中率が低い。」

黒太郎さんが制した。黒太郎さんは長い木の枝を床からエレベーターボタンまで立てかけた。

「それだけじゃ押せない。」

桃子ちゃんが言った。

「もちろん、これだけでは押せない。枝の下を押さえて、枝の中腹を押すんだ。」

木の枝の下を持ってきた道具の中の粘土質の土で床に付け、持ってきたY字の枝で、長い立てかけた枝の中腹を押した。すると、木の立てかけた角度が変わり先端が押され、エレベータの下の階へのボタンが押された。

「やったー!この方法でエレベーターの中のボタンも押せる。」

幸子さんやルルさんも立ち上がって喜んだ。ニールちゃんはシロコを振り返ると、

「エレベータのボタンを押す方法は成功した。扉も最低限開いている。シロコ、雷子さんたちのところに知らせに戻って。」

と言った。今必死で走ってきたことを考えると、それは見つかる可能性がある恐ろしい道のりだった。誰もが知らせに走るのはシロコだと分かっていても、言うのも怖かった。

「危険だけど・・・悪い、行ってくれ。」

ニールちゃんが低い声で言った。

「分かっているよ。きちんと伝えてまた戻ってくるから。」

シロコが頷きながら言った。そして、扉をサッと音もなくすり抜けて暗闇の中へ消えた。

「これから下の階に麻耶ちゃんを探しに、優さんとガリレオコンビがエレベーターに乗る。そのエレベーターは一旦ここまで上がって、見張り役とエレベーターのボタンを押す役を残して地下に移動する。見張り役とエレベーターボタン役は仔犬やしんがりを取ったチワワ達を地下へ移動させる際に一緒に地下へ入る。」

黒太郎さんはチワバターのホールにいる皆に言いながら、私とガリレオコンビをエレベータに押し込んだ。見張り役を幸子さんとチハナちゃんに頼むと、乗れるだけのチワワを乗せてエレベーターの地下へのボタンを押した。

「地下についたら、麻耶ちゃんがきっと居ると思います。あの執事の様子では、おそらく麻耶ちゃんは御殿には潜伏していないでしょう。きっとここしかない。鳴海さんも一緒だといいけれど、鳴海さんなら執事とメイドにあのような好き放題はさせていない。御殿にいないということですね。しかし麻耶ちゃんが協力してくれれば、チワバター達を戻すことも可能かもしれない。頼みますよ、優さん。」

エレベーターは地下へ到着し扉が開いた。乗っていたチワワとチワバターたちは、エレベーター役の黒太郎さんと桃子ちゃんを残してサッとと降りた。

「頼みますよ!」

黒太郎さんはエレベーターの上の階へのボタンを押すと、1階へ戻っていった。仔犬たちが到着したらここへ運ぶためだ。私達はまず麻耶か、もし居るなら鳴海さんを探さなければならない。

「大丈夫、レオは麻耶ちゃんの匂いをたどれるから!」

レオがいきなり張り切って走り出した。この先に何があるか誰がいるか本当のところは分からないので、エレベーター前の物陰に他のチワワたちを隠して、私とガリレオコンビは走りだした。タイルの床に爪の音がかすかに響く。

「麻耶ちゃんの匂いが濃くなってきた!」

レオが言って、本当の倉庫のようなフロアを走り切った後に突然止まった。

「麻耶ちゃんの匂いがここにあるよ!麻耶ちゃーん!麻耶ちゃーん!」

レオが無防備にもドアをガリガリ爪で引っかきながら麻耶を呼んだ。

「ちょっと、麻耶や鳴海さんだけがいるとは限らないじゃない!」

私は焦った。実はここにアリアがいた、なんてことになったら大変なことになる。後からくる仔犬たちも含めて、もう一網打尽という危機になってしまう。私が急いでレオの口を止めようとすると、ドアのノブがカチャっと回った。

「その声は・・・レオ?」

ドアが薄く開いた。麻耶の目と髪がチラッと見える。

「麻耶!」

私まで叫んでしまった。麻耶の後ろに誰かいたらまずい。私は慌てて自分の口を前足で塞いだ。しかしドアはバンっと開き、麻耶が飛び出してきた。

「レオ!ガリもいる!」

麻耶が膝をついてガリレオコンビに頬ずりをした。そして私に向き直ると、

「お母さん?」

私のチワワの目に涙が浮かんだ。

「麻耶!麻耶!」

麻耶はチワワの私を抱っこして、無事の再会を喜びあった。

「お母さん、他のチワワやチワバターは? 時間はちょっとかかるけど、マニュアルを見つけたし戻れるかもしれないよ。」

麻耶はチワワの格好をした私に言った。

「本当に!?鳴海さんは?」

私は自分が人間に戻れることはもちろんだが、鳴海さんの身も案じていた。

「鳴海さんは急な仕事で海外に行ったわ。ちょっと様子がおかしかったけど、とにかく連絡が取れないの。」

なるほど、皆が集っている時におそらく仕事は入れていなかっただろうから、おかしな話だ。だが、連絡は取れないのか・・・。

「他のチワワたちは?」

麻耶が私が聞いた。そこで、麻耶にエレベーターのボタンを押してもらい、仔犬やしんがり組みの確保を頼むことにした。

「皆集まったら、チワバターを動かそう。」

麻耶の髪がサラッと揺れた。それは麻耶の不安を現しているようにも見えた。

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