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13話 犬千代、オムレツとパン
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この現代には、戦国の世とは比べ物にならないくらい美味しい食べ物が存在している。お母様が作る料理の匂いはたまらないし、美味しそうに食べている家族の様子を見ていると気が遠くなるほど食べたくなってくる。だけど、
「犬はこれは食べられないから。」
というセリフ一つで、かなりの食事制限がある。一つでいい。一つでいいからあのふかふかのパンや黄金色の食べ物を食してみたいものだ。
犬千代である私は、現代では犬として転生して暮らしているので、どうしても食べ物は犬食である。毎日毎日同じような「ドックフード」という食べ物ばかりだ。たまに「ジャーキー」とかいうオヤツをもらうが、これは美味い。戦場に赴く際に携帯する「干し肉」に似ているが、もっと味があって旨味が多い。ただし、こればかりを食べているわけにもいかない。時折お母様が気を利かせて、
「これなんか、結構美味しそうな感じなんだけど、どうかな?」
と違うドックフードを購入してくる。もちろんお母様の気持ちは嬉しいし、それはそれで美味しそうなのだが、いきなり主食を変えてしまうのは何となく食欲が失せるのだ。これは人間の時には無かった現象だから、おそらく犬としての習性なのだろう。
「そっか、身体は犬だから、いきなりフードを変えるのはNGなのね。」
お母様はせっかく買ってきてくれたご飯を片付けながらニッコリ笑った。いつも、どんな時でもお母様は優しい笑顔をくれる。戦国の世で、なぜあんなに我がままを通して、優しいお母様を悲しませていたのか分からないくらいである。
ところで、私の「ドックフード」というものは正直言って人間出身者としては屈辱に近い食べ物の外見な気がしていたのだが、実は現代人も「コーンフレーク」とか「グラノーラ」とかいう似たようなものを食べている。ガリガリと食べている様子も、まるで一緒のような気がする。牛乳やヨーグルトというものをかけて食べていて、ヨーグルトはちょっとすっぱい甘みのないものを私にも分けてくれたりする。
「美味しいからもっとちょうだい。」
と私がせがむと、お母様は、
「だめよ。お腹壊しちゃうと大変だから。犬千代は戦国の世の時もそうだったけど、犬になった今もお腹は丈夫じゃないからね。食べすぎはダメよ。」
と、母親らしく優しく諭してくれる。戦国の世では、身分の高い女性は育児をせずに乳母に任せていたが、それでも私のことを見ていてくれていたのだと胸が熱くなった。とはいえ、美味しい匂い満載のこのお母様の家、誘惑がなんて激しいのだろうか。
そのチャンスは意外に早くやってきた。
この家族でいえば、人間だが私の姉の位置にいる留美が日曜日に遅い朝ごはんを食べようとしていた。お母様は留美に小さな焼きたてのパンを二つと、スクランブルエッグとサラダをお皿に盛っている。いつもながら彩が綺麗だ。留美は居間のテレビのほうに行ってしまうと、お母様に呼び戻された。
「早く食べてしまいなさい。」
留美はテレビが気になるようだ。現代の子供はテレビという箱の絵を好んで見ている。案の定、お母様が洗濯物を干しにキッチンを出てしまうと、留美は椅子から降りて居間のテレビのほうへ歩いていった。朝食はそのまま。キッチンの椅子も出したまま。私がテーブルに直に飛び乗るのは高すぎて無理だが、椅子をワンクッションにすればテーブルの香ばしい匂いのするパンにたどり着けるはずだ。私はゴクリと生唾を飲んだ。とうとう、あのパンとやらを食べることができるのだ。耳を澄ませ、お母様と留美が戻ってこないことを確認すると、私は思い切って椅子に飛び乗った。すると、意外にテーブルは近くて、テーブルに乗らずともパンは目の前だ。私は思わず大きな口を開けた。
「あぐっ!」
しかしそこで困った。この体制のままここでパンを食することはできなさそうだ。私はパンを咥えたまま、椅子に低い姿勢をとって床に飛び降りた。そのままダッシュで自分の部屋であるケージへ駆け込み、パンを口に押し込んだ。
「お母様の足音が聞こえる!これは危機だ。パンを食べた痕跡を消さねば!」
私はパンをグイグイと口に押し込んだが、わりとパンというものは水分も少なく、チワワの身としては口も小さくて入っていかない。でもお母様の足音は着々と近づいている。
「ガラッ」
キッチンの引き戸を開ける音がした。お母様だ!
「留美!朝ごはん食べたの?あら、パンを居間で食べてるの?ダメよ、パンくずが散らかるでしょう。」
お母様は留美を叱りにそのまま居間へ行ってしまった。今だ、今のうちに口にパンを押し込むんだ。
「お母さん、私こっちでパンなんて食べてないよ。まだ朝ごはん食べてない。テレビの録画予約をしにきただけなのよー。」
と留美の声がする。お母様は、
「嘘おっしゃい!パンが無くなっていたわよ。パンを食べながら居間にきたのでしょう?パンくずが散らかるからっていつも言っているでしょう!」
お母様がかなり怒っている。留美も引かない。そりゃそうだ、由良は何も朝ごはんに手をつけていないのだ。するとお母様は留美を連れてキッチンへ戻ってきて、
「ほら、パンが無くなっているじゃないの!」
と留美へ皿を見せた。
「私じゃないのよぉ、私じゃないのよぉ。」
留美が半泣きになったところで、二人はゆっくりと私を振り返った。
「い、犬千代?」
お母様と留美が私を振り返って凍りついたような笑顔を見せた。私はというと、まだ口に入りきらないパンを押し込んでいる最中だった。まったく、まったく見っともない話である。
それにしてもパンを食べている最中を押さえられるとは情けなかった。といっても、あのキッチンのテーブルに並ぶものは、相当美味しいものが乗るのだと分かったので、私は注意深く観察することにした。調理したものをテーブルに並べるという動作を繰り返しているが、どこかでお母様や家族に隙があるはずなのだ。その隙をつくことにした。
特に今日は「オムレツ」というものを作るということだった。先日作ったものを見たが、それはまるで黄金の延棒のように光り輝いて、バターというものらしいが香りが高く香っていた。あれをぜひ食してみたい。今日はそのチャンスなのだ。
すると、お母様が素っとん狂な声を出した。
「あら、いやだ。炊飯のスイッチを押すのを忘れていたわ。せっかくの出来立てのオムレツなのに・・・・。仕方ないわ、ご飯が炊けるまでお預けね。」
お母様はオムレツをテーブルに置いたまま、キッチンを出て居間へ行くと、テレビのニュースを見始めた。お母様はテレビはニュースを見るのが好きで、わりと夢中になって見ている。私はその様子をジッと見て、お母様の意識がキッチンに向いていないことを確認した。
「今だ。」
私は思い切ってキッチンの椅子に静かに飛び乗った。ここでガタガタしてはいけない。気づかれてしまう。椅子に飛び乗ると白い皿に乗ったオムレツが横たわっている。
「オムレツはどうも自分のケージまで連れて行くことはできなさそうだな。」
オムレツはパンと違って柔らかく、引っ張るとちぎれてしまう。私は思い切ってテーブルにヒラリと飛び乗った。
「ふー、音もなく飛び乗れたな。後は早くオムレツを食べてしまわねば。」
私は芳しいバターの香りを胸いっぱいに吸い込むと、一気にオムレツを食べた。柔らかくトロっとしていて、なんともいえない現代の味だと思う。
「そうだ、ここにオムレツがあったという痕跡を残してはいけない!」
と私は思って、お皿は洗ったように舐めきった。ああ、本当に満足である。お腹一杯になったところで、注意深く音も無く椅子に移り床に降り、ケージで何事もないように横になった。本当に、現代に生まれ変わって良かった。生きるという喜びは、食べる喜びでもあるなとシミジミ感じたものだった。
さて、オムレツの痕跡を残さないように舐めきったといっても、実際は簡単にお母様に私がオムレツを食べてしまったことがバレてしまった。それはもう怒られるだろうとかなり覚悟をしていたが、意外にもそれほどお母様は激怒しなかった。お尻をぺんぺんくらいはするのだろうかと思ったが、それもしない。それよりも、犬友に連絡をとっている。
「卵3個分のオムレツを一気食いしてしまったのですが、大丈夫かしら。死んだりしないかしら。お腹は壊すかしら。」
お母様は私の身体の心配をしていたのだ。家族の夕食のおかずよりも、私の身体を。
その夜、私のお腹から雷様がゴロゴロと鳴り出した。だんだん痛くなってくる。気持ちも悪くなってきた。眩暈もする。夜中ではあったが、お母様がガバっと起き上がって私を抱えてベッドから離れた。ケージにシートを敷くと私を横たえて様子を見ている。私は吐いたり下痢を繰り返したりした。お母様はケージの横に毛布に包まって寝ていて、私の汚物を処理しては仮眠してという状態だった。
「なんてことだ。お母様のオムレツを食べてしまったあげく、お母様を床に寝かせて、私の汚物まで始末させて・・・。ごめんなさい、お母様、ごめんなさい、ごめんなさい。」
私がションボリしていると、お母様は、
「大丈夫?苦しい?痛い?」
と優しく背中をなでてくれた。
「お母様、ごめんなさい。もう悪いことはしません。」
私は何回も謝った。
「確かに美味しそうだよね。置きっぱなしだった私もいけなかった。でも、私はやっと会えた犬千代に長生きして欲しいの。出来る限り一緒に居られるようにしたい。だから、お願いだから食べ物は気をつけてちょうだいね。」
夜が明けてから、お母様は私を抱いて近くの動物病院へと走った。そうだ、犬の一生は人間の一生よりも一般的に短い。お母様と次の世で一緒に過ごせるとは限らないのだから、この世で一緒にいることは、本当に大切にしなければならないのだ。
「ねぇ、お母様。オムレツ美味しかった。」
「そう。」
「卵一個分だったら食べても大丈夫?」
私が調子にのって言うと、
「ダメ。」
と私の顔を両手で挟んで、お母様は鼻をくっつけてきた。
「絶対に長生きしてね。虹の橋は、私も一緒に渡ってもいい。」
絶対に親孝行しようと思った瞬間だった。
「犬はこれは食べられないから。」
というセリフ一つで、かなりの食事制限がある。一つでいい。一つでいいからあのふかふかのパンや黄金色の食べ物を食してみたいものだ。
犬千代である私は、現代では犬として転生して暮らしているので、どうしても食べ物は犬食である。毎日毎日同じような「ドックフード」という食べ物ばかりだ。たまに「ジャーキー」とかいうオヤツをもらうが、これは美味い。戦場に赴く際に携帯する「干し肉」に似ているが、もっと味があって旨味が多い。ただし、こればかりを食べているわけにもいかない。時折お母様が気を利かせて、
「これなんか、結構美味しそうな感じなんだけど、どうかな?」
と違うドックフードを購入してくる。もちろんお母様の気持ちは嬉しいし、それはそれで美味しそうなのだが、いきなり主食を変えてしまうのは何となく食欲が失せるのだ。これは人間の時には無かった現象だから、おそらく犬としての習性なのだろう。
「そっか、身体は犬だから、いきなりフードを変えるのはNGなのね。」
お母様はせっかく買ってきてくれたご飯を片付けながらニッコリ笑った。いつも、どんな時でもお母様は優しい笑顔をくれる。戦国の世で、なぜあんなに我がままを通して、優しいお母様を悲しませていたのか分からないくらいである。
ところで、私の「ドックフード」というものは正直言って人間出身者としては屈辱に近い食べ物の外見な気がしていたのだが、実は現代人も「コーンフレーク」とか「グラノーラ」とかいう似たようなものを食べている。ガリガリと食べている様子も、まるで一緒のような気がする。牛乳やヨーグルトというものをかけて食べていて、ヨーグルトはちょっとすっぱい甘みのないものを私にも分けてくれたりする。
「美味しいからもっとちょうだい。」
と私がせがむと、お母様は、
「だめよ。お腹壊しちゃうと大変だから。犬千代は戦国の世の時もそうだったけど、犬になった今もお腹は丈夫じゃないからね。食べすぎはダメよ。」
と、母親らしく優しく諭してくれる。戦国の世では、身分の高い女性は育児をせずに乳母に任せていたが、それでも私のことを見ていてくれていたのだと胸が熱くなった。とはいえ、美味しい匂い満載のこのお母様の家、誘惑がなんて激しいのだろうか。
そのチャンスは意外に早くやってきた。
この家族でいえば、人間だが私の姉の位置にいる留美が日曜日に遅い朝ごはんを食べようとしていた。お母様は留美に小さな焼きたてのパンを二つと、スクランブルエッグとサラダをお皿に盛っている。いつもながら彩が綺麗だ。留美は居間のテレビのほうに行ってしまうと、お母様に呼び戻された。
「早く食べてしまいなさい。」
留美はテレビが気になるようだ。現代の子供はテレビという箱の絵を好んで見ている。案の定、お母様が洗濯物を干しにキッチンを出てしまうと、留美は椅子から降りて居間のテレビのほうへ歩いていった。朝食はそのまま。キッチンの椅子も出したまま。私がテーブルに直に飛び乗るのは高すぎて無理だが、椅子をワンクッションにすればテーブルの香ばしい匂いのするパンにたどり着けるはずだ。私はゴクリと生唾を飲んだ。とうとう、あのパンとやらを食べることができるのだ。耳を澄ませ、お母様と留美が戻ってこないことを確認すると、私は思い切って椅子に飛び乗った。すると、意外にテーブルは近くて、テーブルに乗らずともパンは目の前だ。私は思わず大きな口を開けた。
「あぐっ!」
しかしそこで困った。この体制のままここでパンを食することはできなさそうだ。私はパンを咥えたまま、椅子に低い姿勢をとって床に飛び降りた。そのままダッシュで自分の部屋であるケージへ駆け込み、パンを口に押し込んだ。
「お母様の足音が聞こえる!これは危機だ。パンを食べた痕跡を消さねば!」
私はパンをグイグイと口に押し込んだが、わりとパンというものは水分も少なく、チワワの身としては口も小さくて入っていかない。でもお母様の足音は着々と近づいている。
「ガラッ」
キッチンの引き戸を開ける音がした。お母様だ!
「留美!朝ごはん食べたの?あら、パンを居間で食べてるの?ダメよ、パンくずが散らかるでしょう。」
お母様は留美を叱りにそのまま居間へ行ってしまった。今だ、今のうちに口にパンを押し込むんだ。
「お母さん、私こっちでパンなんて食べてないよ。まだ朝ごはん食べてない。テレビの録画予約をしにきただけなのよー。」
と留美の声がする。お母様は、
「嘘おっしゃい!パンが無くなっていたわよ。パンを食べながら居間にきたのでしょう?パンくずが散らかるからっていつも言っているでしょう!」
お母様がかなり怒っている。留美も引かない。そりゃそうだ、由良は何も朝ごはんに手をつけていないのだ。するとお母様は留美を連れてキッチンへ戻ってきて、
「ほら、パンが無くなっているじゃないの!」
と留美へ皿を見せた。
「私じゃないのよぉ、私じゃないのよぉ。」
留美が半泣きになったところで、二人はゆっくりと私を振り返った。
「い、犬千代?」
お母様と留美が私を振り返って凍りついたような笑顔を見せた。私はというと、まだ口に入りきらないパンを押し込んでいる最中だった。まったく、まったく見っともない話である。
それにしてもパンを食べている最中を押さえられるとは情けなかった。といっても、あのキッチンのテーブルに並ぶものは、相当美味しいものが乗るのだと分かったので、私は注意深く観察することにした。調理したものをテーブルに並べるという動作を繰り返しているが、どこかでお母様や家族に隙があるはずなのだ。その隙をつくことにした。
特に今日は「オムレツ」というものを作るということだった。先日作ったものを見たが、それはまるで黄金の延棒のように光り輝いて、バターというものらしいが香りが高く香っていた。あれをぜひ食してみたい。今日はそのチャンスなのだ。
すると、お母様が素っとん狂な声を出した。
「あら、いやだ。炊飯のスイッチを押すのを忘れていたわ。せっかくの出来立てのオムレツなのに・・・・。仕方ないわ、ご飯が炊けるまでお預けね。」
お母様はオムレツをテーブルに置いたまま、キッチンを出て居間へ行くと、テレビのニュースを見始めた。お母様はテレビはニュースを見るのが好きで、わりと夢中になって見ている。私はその様子をジッと見て、お母様の意識がキッチンに向いていないことを確認した。
「今だ。」
私は思い切ってキッチンの椅子に静かに飛び乗った。ここでガタガタしてはいけない。気づかれてしまう。椅子に飛び乗ると白い皿に乗ったオムレツが横たわっている。
「オムレツはどうも自分のケージまで連れて行くことはできなさそうだな。」
オムレツはパンと違って柔らかく、引っ張るとちぎれてしまう。私は思い切ってテーブルにヒラリと飛び乗った。
「ふー、音もなく飛び乗れたな。後は早くオムレツを食べてしまわねば。」
私は芳しいバターの香りを胸いっぱいに吸い込むと、一気にオムレツを食べた。柔らかくトロっとしていて、なんともいえない現代の味だと思う。
「そうだ、ここにオムレツがあったという痕跡を残してはいけない!」
と私は思って、お皿は洗ったように舐めきった。ああ、本当に満足である。お腹一杯になったところで、注意深く音も無く椅子に移り床に降り、ケージで何事もないように横になった。本当に、現代に生まれ変わって良かった。生きるという喜びは、食べる喜びでもあるなとシミジミ感じたものだった。
さて、オムレツの痕跡を残さないように舐めきったといっても、実際は簡単にお母様に私がオムレツを食べてしまったことがバレてしまった。それはもう怒られるだろうとかなり覚悟をしていたが、意外にもそれほどお母様は激怒しなかった。お尻をぺんぺんくらいはするのだろうかと思ったが、それもしない。それよりも、犬友に連絡をとっている。
「卵3個分のオムレツを一気食いしてしまったのですが、大丈夫かしら。死んだりしないかしら。お腹は壊すかしら。」
お母様は私の身体の心配をしていたのだ。家族の夕食のおかずよりも、私の身体を。
その夜、私のお腹から雷様がゴロゴロと鳴り出した。だんだん痛くなってくる。気持ちも悪くなってきた。眩暈もする。夜中ではあったが、お母様がガバっと起き上がって私を抱えてベッドから離れた。ケージにシートを敷くと私を横たえて様子を見ている。私は吐いたり下痢を繰り返したりした。お母様はケージの横に毛布に包まって寝ていて、私の汚物を処理しては仮眠してという状態だった。
「なんてことだ。お母様のオムレツを食べてしまったあげく、お母様を床に寝かせて、私の汚物まで始末させて・・・。ごめんなさい、お母様、ごめんなさい、ごめんなさい。」
私がションボリしていると、お母様は、
「大丈夫?苦しい?痛い?」
と優しく背中をなでてくれた。
「お母様、ごめんなさい。もう悪いことはしません。」
私は何回も謝った。
「確かに美味しそうだよね。置きっぱなしだった私もいけなかった。でも、私はやっと会えた犬千代に長生きして欲しいの。出来る限り一緒に居られるようにしたい。だから、お願いだから食べ物は気をつけてちょうだいね。」
夜が明けてから、お母様は私を抱いて近くの動物病院へと走った。そうだ、犬の一生は人間の一生よりも一般的に短い。お母様と次の世で一緒に過ごせるとは限らないのだから、この世で一緒にいることは、本当に大切にしなければならないのだ。
「ねぇ、お母様。オムレツ美味しかった。」
「そう。」
「卵一個分だったら食べても大丈夫?」
私が調子にのって言うと、
「ダメ。」
と私の顔を両手で挟んで、お母様は鼻をくっつけてきた。
「絶対に長生きしてね。虹の橋は、私も一緒に渡ってもいい。」
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