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最終話 犬千代の忘れな草
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戦況は芳しくなかった。私が当時思っていたよりも、事態は良くなかった。完全な負け戦で、人々は散り散りになっていった。時間が無い。城の逃げ道へ皆を早く誘導しなくては。現代のお母様のほうはどうなったのだろうか? 爺は私と姫を連れているのだろうか?
「犬千代!」
現代のお母様が現れた。
「戦国の犬千代は爺と一緒に姫を迎えにいっている。ところで戦国の私には会えた?」
「はい、戦国のお母様にお会いしてお伝えしてきました。今頃は逃げ道のほうへ出向いているはずです。」
そう言っているうちに、火の手も上がり、敵の兵がなだれ込んできた。
「まずい、逃げ道を通る前に見つかってしまうかもしれない。」
私とお母様は逃げ道がある方向へ向かって走った。
「不思議ね。こうやって城の中にいると、現代に生きて城内を知らないはずの私が、自然に身体が動くのよ。」
逃げ道が隠されてある小部屋へ来た。しかし敵兵の足音が多数する。小部屋の前に爺を先頭にした一団が到着した。
「やや!犬千代様にお方様!こちらにもお二人が!」
爺が卒倒してしまうのではというくらい驚くのは仕方が無い。その後ろにいる一団も口を開けたまま言葉も出ない。
「驚いている暇はないのだ。敵兵がすぐそこにいる。早く、早く部屋へ。そして道を通って、道の扉はすぐ閉めなさい。」
お母様が小部屋の扉を開けると、私は爺と一団を押し込んだ。爺は私にすれ違いざまに、爺の愛用の槍を手に握らせてくれた。
「犬千代様の仰せのままに!」
私と現代のお母様は、その小部屋の前に立ちふさがり、敵兵から一団が逃げる時間を稼ぐことにした。
「犬千代、私たちに武器ってその槍だけ?」
お母様がこんな時なのにクスッと笑った。私も槍を見てなぜか笑ってしまった。この槍一本で、敵兵を一人刺したところで何になるのだろうか。
「もう殺生はしない。無用だ。」
私は爺の槍をそっと床に置いた。
「お母様。」
「犬千代。」
私たちは顔を見合わせた。敵兵がなだれ込んできた。
父親は病院の廊下をゆっくりと歩いていた。手には売店の袋。病室が近くなると、何か音が鳴っているのが聞こえてきた。嫌な音、嫌な予感がする。早歩きで廊下から病室へ飛び込んだ。看護師が駆けつけたのも同時だった。
「心停止!先生を早く!」
看護師が叫んだ。同時に病人の横にいる小さなチワワを発見して驚いた。
「どうしてここに犬が!」
父親は慌ててチワワを抱き取って、そのまま病室を看護師に追い出された。病室では心臓の鼓動を告げるはずの音が、ピーっというフラットな不吉な音になって響いている。
「大変なことになった。ゼット、お母さんが大変だ。」
父親は廊下でチワワのゼットに話しかけた。というか、話しかける相手がゼットしかいないのだ。
「ゼット、お母さんが・・・。」
父親はゼットに話しかけながら、抱きしめた手に心臓の鼓動が響かないことを気がついた。
「ゼット?ゼット?」
ゼットは目を開けない。手足も動かさない。
「お母さんのことは大好きだったろうけど、お前まで逝かないでくれ。お前まで逝かないでくれ!」
父親はただただゼットを抱きしめることしかできなかった。
父親がふたりのお骨を並べて置いて手を合わせている頃、天の上では仏様が忘れな草の花の株をふたつ手にしていた。
「人も動物も多くの命の生き死にを見てきた。全く覚えきれないくらいだ。しかしこの二人は忘れない。記念に天の花畑に忘れな草として永遠に咲かせてあげよう。二度とお互いを探さなくとも良いように。」
仏様は二つの花の株を植えると、また地上の様子を眺めていた。
「犬千代!」
現代のお母様が現れた。
「戦国の犬千代は爺と一緒に姫を迎えにいっている。ところで戦国の私には会えた?」
「はい、戦国のお母様にお会いしてお伝えしてきました。今頃は逃げ道のほうへ出向いているはずです。」
そう言っているうちに、火の手も上がり、敵の兵がなだれ込んできた。
「まずい、逃げ道を通る前に見つかってしまうかもしれない。」
私とお母様は逃げ道がある方向へ向かって走った。
「不思議ね。こうやって城の中にいると、現代に生きて城内を知らないはずの私が、自然に身体が動くのよ。」
逃げ道が隠されてある小部屋へ来た。しかし敵兵の足音が多数する。小部屋の前に爺を先頭にした一団が到着した。
「やや!犬千代様にお方様!こちらにもお二人が!」
爺が卒倒してしまうのではというくらい驚くのは仕方が無い。その後ろにいる一団も口を開けたまま言葉も出ない。
「驚いている暇はないのだ。敵兵がすぐそこにいる。早く、早く部屋へ。そして道を通って、道の扉はすぐ閉めなさい。」
お母様が小部屋の扉を開けると、私は爺と一団を押し込んだ。爺は私にすれ違いざまに、爺の愛用の槍を手に握らせてくれた。
「犬千代様の仰せのままに!」
私と現代のお母様は、その小部屋の前に立ちふさがり、敵兵から一団が逃げる時間を稼ぐことにした。
「犬千代、私たちに武器ってその槍だけ?」
お母様がこんな時なのにクスッと笑った。私も槍を見てなぜか笑ってしまった。この槍一本で、敵兵を一人刺したところで何になるのだろうか。
「もう殺生はしない。無用だ。」
私は爺の槍をそっと床に置いた。
「お母様。」
「犬千代。」
私たちは顔を見合わせた。敵兵がなだれ込んできた。
父親は病院の廊下をゆっくりと歩いていた。手には売店の袋。病室が近くなると、何か音が鳴っているのが聞こえてきた。嫌な音、嫌な予感がする。早歩きで廊下から病室へ飛び込んだ。看護師が駆けつけたのも同時だった。
「心停止!先生を早く!」
看護師が叫んだ。同時に病人の横にいる小さなチワワを発見して驚いた。
「どうしてここに犬が!」
父親は慌ててチワワを抱き取って、そのまま病室を看護師に追い出された。病室では心臓の鼓動を告げるはずの音が、ピーっというフラットな不吉な音になって響いている。
「大変なことになった。ゼット、お母さんが大変だ。」
父親は廊下でチワワのゼットに話しかけた。というか、話しかける相手がゼットしかいないのだ。
「ゼット、お母さんが・・・。」
父親はゼットに話しかけながら、抱きしめた手に心臓の鼓動が響かないことを気がついた。
「ゼット?ゼット?」
ゼットは目を開けない。手足も動かさない。
「お母さんのことは大好きだったろうけど、お前まで逝かないでくれ。お前まで逝かないでくれ!」
父親はただただゼットを抱きしめることしかできなかった。
父親がふたりのお骨を並べて置いて手を合わせている頃、天の上では仏様が忘れな草の花の株をふたつ手にしていた。
「人も動物も多くの命の生き死にを見てきた。全く覚えきれないくらいだ。しかしこの二人は忘れない。記念に天の花畑に忘れな草として永遠に咲かせてあげよう。二度とお互いを探さなくとも良いように。」
仏様は二つの花の株を植えると、また地上の様子を眺めていた。
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