【完結】兎の花嫁は氷の狼王子に足を踏み鳴らす

Kei.S

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1.ラビーシャの旅立ち

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 獣人国の端にある、兎人とじん領主の屋敷。私は間もなく届くであろう知らせを待ちながら、毎日少しずつ旅の支度を整えていた。

「ラビーシャ様。こちらの服もお持ちになりますよね?」
「うーん……誰か、他に似合う人が居ないかしら」
「えっ? お嬢様に大変お似合いだったと思うのですが」
「私も気に入っていたけれど、蒼牙そうが様には不評で……」

 侍女と相談しながら荷物を詰めてもらっていると、お母様が部屋に入っていらした。

「ラビーシャ、狼人宮ろうじんぐうから手紙が届いたわ。婚姻の儀式までにふた月ほど余裕をもって到着するようにとのお達しよ」
「かしこまりました。もうほとんど準備できておりますので」
「それならよかった。いよいよなのね……あなたの花嫁姿が楽しみだわ」

 私の結婚を心待ちにしていらっしゃるお母様に、不安な顔など見せてはいけない。そう思ってなんとか笑顔を取り繕う。

 私は兎人領主の娘、ラビーシャ。ひとつ年上の、狼人族ろうじんぞくの王子――蒼牙そうが様の婚約者として育った。

 白く長い兎耳とまあるい尻尾。髪の毛も真っ白。肌も雪のようだとお母様は褒めてくださるけれど、血色がなさすぎるとも言える。そのくせ、瞳は血のように赤い。不健康そうな肌が悪目立ちしないように、いつも頬紅ほおべにで誤魔化しているのだ。


◇ ◇ ◇


 あっという間にやってきた旅立ちの日。
 皆に見送られる中、お父様とお母様に両手を握られた。

「ラビーシャ、くれぐれも元気でな」
「はい。お父様とお母様も」
「私たちも後で行くけれど、着いたら手紙をちょうだいね。心配だから」
「それから百爪様にお会いしたら、兎人族一同ご支援に感謝しているとよくよく伝えておくれ」
「かしこまりました。では行って参ります」

 両親それぞれと、額をこつんと合わせてから馬車に乗り込む。
 そして窓の外を流れていく故郷の景色を目に焼きつけた。

 兎人族とじんぞくが住まうこの地。多産な兎人族は年々人口が増え、ついには領地で生産できる農作物だけでは民が冬を越せないという危機におちいったことがあったそうだ。

 そんな折に生まれた私は、お父様曰く希望の光。

 ちょうどその頃、獣人国の王――狼人族の百爪びゃくそう様が跡継ぎに恵まれ、ご子息の婚約者を探しておられたのだ。

 私の存在を知った百爪様は、多産な兎人族をめとれば息子が跡継ぎの心配をせずに済むだろうと、私を蒼牙様の伴侶にとお選びになった。これにより狼人族から支援を受けられ、兎人領の民は無事にその冬を越せたそうだ。

 その後も続いた支援のおかげで、効率的に農作物を生産する技術や作物の改良を続けることができ、今日こんにちの豊かな兎人領がある。

 窓の外にはちょうど、青々と茂ったオオアワガエリを刈る家族の姿が。

 出穂しゅっすいの季節になると毎年目にする光景。ある人はおしゃべりしながら、ある人は黙々と。味見をしているのか、つまみ食いをしているだけなのか、刈ったそばからむしゃむしゃと食べている子も居る。十分な実りがあるからこそ見られる、穏やかな日常だ。

――これまでのご恩にむくいなければ。

 兎人族の危機を救ってくださった、百爪様のご期待に応えたい。

 けれど、私には不安なことがあった。
 それはご子息の蒼牙そうが様が、とても冷たいお方だということ。

 物心ついた時から、何度も顔合わせをしてきた。つややかな黒髪から灰色狼の耳がのぞき、ピンとのびた立派な尻尾は少しの乱れもなく。黒い瞳は水面みなもに映る夜空のよう。ただ、周囲から「氷の狼王子」と称されるほど、眼光は冷気を帯びている。

 その異名通り、私と会う時は決まって冷たいお顔ばかり。

 凍るようなまなざしと眉間に刻まれた深いしわは、幼い頃に決められた私との婚約を不満に思っていると言いたげで。それでいて挨拶以外はほとんど喋ってくださらない。

 王族ともなると、恋愛結婚である方がめずらしい。私も領主の娘に生まれたからには、領地のためになるお方の元に嫁ぐのは当然のことだと思っている。

 ようはお互いに淡々と義務を果たせばいいだけなのだけれど、蒼牙様と私の関係はそれ以前の問題で。生活に必要な最低限の会話すら、交わせる自信がないのだ。


◇ ◇ ◇


 不安を抱えながらも旅程りょていは進み、とうとう獣人国の中枢ちゅうすう――狼人宮に到着した。

 部屋に荷物を運んでもらっている間に、私は国王の百爪びゃくそう様と、王妃の空燕くうえん様に謁見を。おふたりにお目通りするのは昨年ぶり。蒼牙様の成人をお祝いする宴に列席した際にお会いして以来なので、少し緊張してしまう。

 謁見の間に通されると、百爪様と空燕様が高座の椅子に隣り合って座っておられた。狼人族と鳥人ちょうじん族のご夫婦だ。

 灰色狼の耳と尻尾、同じく灰色の髪に、金色の瞳をしておられる百爪様。隣におられる空燕様の黒髪とつばさは相変わらずつややかで。まぶたと唇の青色が、黒い瞳と白い肌を引き立てている。

 仲睦まじいおふたりは獣人国の象徴。
 種族を越えて愛し合う良きご夫婦であり、憧れの的でもある。

 私は高座の前まで進み出て両膝をつき、こうべれてご挨拶した。

「百爪様、空燕様。兎人領主が娘、ラビーシャが拝顔はいがんの栄をたまわります」
「そのように堅苦しい挨拶はもうよいだろう。領主は息災そくさいか?」
「はい。長きに渡るご支援に兎人族一同、心より感謝しておりますと。百爪様によくよく御礼申し上げるよう言付けられました」
「あやつも変わらぬな。助けて当然だといつも言っているのだが」

 そこから二三、領地のことをたずねられてお答えしていると、空燕様が隣から静々しずしずと、百爪様にささやきかけた。

「あなた。詳しい話は明日にしてはいかがです? あの子もラビーシャの到着を待ちわびていましたから」
「そうだな。続きは明日、改めて呼ぶとして。早く蒼牙に顔を見せてやってくれ」
「は、はい……ではお言葉に甘えさせていただき、これにて失礼いたします」

 おふたりとも気さくに接してくださり、あっという間に謁見が終わってしまった。

 それにしても、蒼牙様が私のことを待ちわびているなんて。そんなことがあるのかしらと思いながら、何度か訪れたことのある執務室に向かった。
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