二十五時の来訪者

木野もくば

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第三話 すれ違いの縁?①

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「どれにしようかな。カヤちゃん、このマドレーヌ食べていい?」

 カヤコを“カヤちゃん”と呼んだのは、子どもの頃からの友人である“はぎのかやこ”という名の女性だった。
 ちなみにカヤコの方は、自分と同じ名前の友人を名字をもじったあだ名で“ハギちゃん”と呼んでいた。

「どうぞ~。ハギちゃん、このフィナンシェもなかなかイケるよ」 

「この焼き菓子のお店知ってる。美味おいしいって評判だけど一個一個の値段が、まあまあ高いんだよね。ラッキーだったんじゃない?」

「やっぱり、お高めなんだ。ルームライトのこと教えただけなのに、一口食べるたびに申し訳なさが……。お返しするべきかも」

「それじゃキリがなくなるし気にしない方が。……って、申し訳ないとか言ってるわりにはバクバク食べてない?」

「だって、おいしくて。あっ、これ牛乳と合う味かも」

 カヤコは、焼き菓子をモグモグしながら冷蔵庫を開けて牛乳を取り出すついでに、中に残っている食材を確認した。

「ハギちゃん。夕飯、鍋にしない? 豚肉と白菜とエノキを使いたいんだよね」

「いいよ~。でも、ごめんね。急に泊まりたいとか言っちゃって。まだまだ聞いてほしいことがあって」

「あはは、昼過ぎから話してたのに気付いたら五時過ぎだったもんね。まあ、明日も休みだし。でも夜中、鳥の声がうるさいかも」

「鳥? ああ、例の恋のキューピッドだね」

「なにそれ?」

「だってさ、二日連続で鳥の声がきっかけで運命的な出会い方をしたんでしょ?」

「運命的……。これで何かが進展したり、三回目があったらそうなのかもね。でも、別に恋愛感情があって気になってるわけじゃ……」

「カヤちゃんは何も分かってないよ! そもそも出会いが偶然ぐうぜんにやってくるなんて奇跡きせきに近いんだよ!」

「なに? なんで、そんなに熱くなってんの?」

「私なんて、ずっと運命の出会いを待ち続けて何もないまま気付けば彼氏いない歴イコール年齢だよ。最近になって現実を知ってきたから、お見合いパーティーで自ら相手を探しに行ってるよ」

「でもさ、その方がいいのかもよ。男女の出会いなんて、はじめからお互い結婚相手を探してますって分かってる方が楽だし。だって、不毛ふもうな時間は過ごしたくないじゃん」

 不毛ふもうな時間と自分が口にした言葉に、カヤコは何故なぜだか心がチクチクすることを感じた。

「まあ、そうなんだけど。やっぱり、カヤちゃんがうらやましいよ」

「だから恋愛感情とかきで、もう少し話してみたかっただけだよ。ゲームの話とか……」

「……ごめん、そうだよね。男女っていっても人間関係なんて人それぞれなのに。最近、婚活してるから変に色眼鏡いろめがねで見ちゃうのかも」

「もしかして何かあったの? その婚活で」

「何かってわけじゃないけど、お見合いパーティに参加して、いいなあって思う人が四人いてさ」

「四人!? ハ、ハギちゃん……」

「そ、そういうもんなんだって婚活は! それで、気に入った相手は第三希望まで選べて、相手も私を選んでたらマッチング成立で連絡先交換する流れだったんだけど……」

「つまり誰ともマッチングしなかったと」

「ううっ、そうです。第三希望は、ほぼ同率の好印象の人が二人いて迷ったんだけど、第四の男を選んでおいたら、もしかしてマッチングしたかもって後悔こうかいが……」

「第四の男って……言い方」

「しょうがないじゃん。実際そうなんだし。……私がカヤちゃんをうらやましがる理由も何となく分かったでしょ? 自分できっかけを作る出会いなんて、ロマンもトキメキもなくてむなしい」

「…………」

 カヤコは、涙目になっているハギちゃんに伝える言葉を考えながら、祖母から贈られた壁掛け時計を見つめた。

「うちのお祖母ばあちゃん。亡くなったお祖父じいちゃんと家同士が勝手に決めた結婚だったけど最後まで仲良くて幸せそうだったよ」

「……昔はそういうの多かったらしいよね。うーん、それを考えると選べる自由があるだけ幸せなのかも」

「選べる自由があって運命的な出会いをして結婚した私の両親は離婚しちゃったよ。しかも、また新しく好きな人ができて再婚してるし。……どっちも」

「……カヤちゃん」

「お祖母ばあちゃんいわく、人の出会いはえんなんだって。偶然ぐうぜんだろうが、計画的だろうが、えんがあったからめぐうんだろうって」

えんか……」

「うん。結局、巡りってからが始まりなんだってさ。恋愛に限らずね……。えんがアッサリ切れるのか、それとも強く結びついて切れないくらい固くなるのか」

 そう言いながらカヤコは、壁掛け時計の隣に飾ってある写真を見つめた。そこには年の離れた弟や妹と一緒に笑顔で写る自分の姿があった。

「縁が切れたから、新しい縁ができる場合もあるし」
 
 ハギちゃんは、写真をしばらく見つめていたカヤコの頭をナデナデした。

「ごめん、話がなんかズレちゃったね」

「ううん、カヤちゃんが伝えたいことが何となく分かったよ。……少し元気が出た。ありがとう」

「ハギちゃんに良いごえんがあることを祈ってるよ。ついでにホトトギスのえんも祈っておくかな」

「ホトトギス?」

「そう。例の夜に鳴く鳥。運命の相手と出会うために鳴いてるんだろうし」


 場所は変わって、隣の男性の部屋でも友人が遊びに来ていた。

「だから、聞いてくれよ~。絶対に俺を選んでくれてると思ったのに。マッチングしなかったんだよ」
 
「……お前、そろそろ帰れよ。最近、色々あって寝不足なんだよ。今日は、もう眠りたいんだ」

「ああ、例のお隣さんのことでか?」

「ニヤニヤしてなんだよ? ただゲームの話をしたいだけだって。お隣さんの車にさ、俺の好きなゲームのマスコットキャラのぬいぐるみが飾ってあるのを見てから、ずっと気になってたんだ」

「それでお近付きになるため、ルームライトをけっぱなしにするという捨て身の作戦をとったのか」
 
「作戦なわけないだろ。本当に偶然ぐうぜんだって。鳥が鳴かなきゃ、気付かれなかっただろうし。……ハア、お前にお礼についての相談なんてしなきゃよかった」
 
「別にからかってる訳じゃないって! ほら、俺も婚活中だし気になるわけで。それよりさ、お礼渡すついでに連絡先交換とかお願いすればよかったのに」

「今のご時世じせい、そんなことしたら最悪の場合、不審者ふしんしゃあつかいで通報つうほうされるかもしれないし。そもそも気持ち悪がられて拒否された時点で、俺はもう立ち直れない」

「でも、きらわれている感じじゃなかったんだろ?」

「そうだと思いたいけど。……何となくゲームの話をしてみたいと思っただけなのに、何でこんなに難しいんだろうな」

「恋愛だろうが友情だろうが、ままならないのが人間関係だな。……うう、そして婚活も」

「……だな。ところで、本気で眠いから帰ってくれない?」

「いやだ! たのむ、今日は泊まらせてくれ。そのホトトギスの鳴き声を聞きたいんだ。偶然ぐうぜんかもしれないけど、二日連続で気になる人との出会いがあったわけだよな。俺も鳴き声を聞けば、ご利益りやくがあるかもしれない」

「ご利益りやくか。……分かったよ。でも俺は寝るからな」

「ありがとう。恩にきるよ! よし、鳥が来てから鳴き声がやむまでおがみ続けてやる」

「お前、本当に大丈夫か? 婚活がうまくいかないからってヤケになるなよ」

 しばらくの時が過ぎて、時計のはりが深夜一時を指した時だった。
 
『キョキョキョホキョキョキョキョキョ』

 ハギちゃんが、ホトトギスの鳴き声で目を覚ました。隣にいるカヤコは寝不足気味で疲れていて、鳴き声に慣れてきたこともあり熟睡じゅくすいしていた。

「……これがホトトギスの鳴き声」

(お隣さん、カヤちゃんが気になって今日もベランダに出てたりして)

 ほんの少しだけ好奇心がわいたハギちゃんは、こっそりベランダに出てみることにした。

(まっ、これで本当にいたら脈ありかもよ。そしたらカヤちゃんに……)

 そう思いながら、ハギちゃんがベランダに出た時だった。

 隣のベランダに、一人の男性がたたずんでいた。血走った目で鳴き声がする方向を見つめている。

(本当にいた!!)

 今日の夜空は雲がなく、満月まんげつの光に明るく照らされて、お互いの姿が見えやすかった。

 男性もハギちゃんに気付くと、おどろきつつもギラギラとした視線を送る。

 目が合った瞬間しゅんかん、ハギちゃんと男性は、お互いにどこかで見たことがあるような既視感きしかんのようなものを感じていた。

 そして二人同時に何かに気付いたようにハッとした。

「あの失礼ですが、もしかして“カヤコ”さんですか?」

「……はい、そうです。やっぱり、“アオキ”さんですよね?」

「………………」

「………………」

『トッキョキョカキョクトッキョキョカキョク』

「と、鳥の声うるさいですね」

「そ、そうですね」

「……そろそろ寝ないとな。失礼しました」

「……いえいえ、こちらこそ、失礼しました」
 
 お互いに引きつった笑顔でペコリと頭を下げながら部屋の中に戻った。

「……三番目に選択するか、すごくすごく悩んでたんだ」

 男性は何かをブツブツ言った後、部屋の住人である熟睡中の友人をバシバシとたたく。

「痛っ! 何だ!?」

「……なあ、お前は、お隣さんに恋愛感情がないんだよな?」

「……たぶん」

「な、なんか煮え切らない返事だな。これ、どっちのご利益りやくなんだ?」

「えっ?」

「な、何でもない……」

 一方、ハギちゃんは、熟睡しているカヤコに向かってつぶやいた。

「どうしよう。……第四の男だった」
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