二十五時の来訪者

木野もくば

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第十三話 お祖母さんと時計①

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 カヤコは深夜のくらがりのなか、うっすらと光をともす照明に照らされた壁掛かべかけ時計をボンヤリと眺めていた。

 祖母から贈られたその時計は、三年前の二十五時から再び時を刻むことなく、カヤコの部屋にかざられていた。

 カヤコは隣で横になっているアオキを見つめた。
 寝間着ねまき変わりに着ている服が三年前と同じゲームキャラのTシャツだったのでカヤコが思わずクスッと笑う。

(変わらないのが何かうれしいんだよね。さすがに襟元えりもとがヨレヨレになってきたけど)

 カヤコはアオキに抱きつくような体勢になると静かに目を閉じる。

「んっ。カヤコさん眠れない?」

「あ、ごめん。起こしちゃって」

「実は俺も眠れなくて、まだ起きてた」

「そっか……」

「……あのさ、ロクタさんからの手紙を読んでる時に元気がなくなったように見えたんだけど」

「気付いてたの?」

「カヤコさん、表情に出やすいから。何かあったの?」

「何かって訳じゃないんだけど、半年前に私のお祖母ばあちゃんが亡くなったでしょう」

「……急だったよな。少し前まで元気だったのに」

「暮らしてた家は、お祖父じいちゃんや他の人の荷物もそのまま残してあったから片付けが大変で、それで近くに住んでる叔父おじさんが時間がある時に、少しずつ遺品整理いひんせいりをしてくれてたの」

「じゃあ、あの安産のお守りとかベビー服って」

「うん。私のだった。たぶん、お母さんが置き忘れていったものかな。お祖母ばあちゃんが大事に残しておいてくれたみたい」

「カヤコさんのお祖母ばあさん。俺のことも本当の孫みたいに気遣ってくれて優しい人だったな」

「……うん。そうだね」

 少しだけ瞳をうるませたカヤコは、もう一度、壁掛け時計を見つめた。

「あの時計はね、本当は、お祖父じいちゃんがお祖母ばあちゃんに贈ったプレゼントだったんだ」

「たしかに、だいぶ年季ねんきが入った時計だと思ってたよ」

「うん。だいぶ古いよ。二人の結婚けっこんした日に、お祖父じいちゃんが、これから一緒に同じ時を過ごそうって意味で、お祖母ばあちゃんに贈った時計だから」

 何となく、その後のことをさっしたアオキがだまって話に聞きる。

「でも私が二十歳になる前くらいに、お祖父じいちゃんが病気で亡くなったの。お祖母ばあちゃんのショックが大きくて、その時計を見るのがつらかったみたいで押し入れの奥にしまっちゃった……」

「それでカヤコさんが……」

「うん。二十歳の誕生日にほしいってお願いしたんだ。お祖父じいちゃんがいなくなってから、時が止まったみたいに仏壇ぶつだんの前で、ぼんやりと座り続けるお祖母ばあちゃんを見ていられなくて」

「お祖母ばあさんにとって、お祖父じいさんは生きる意味そのものになるくらい大きな存在になってたのかな」

「きっと、そうだったんだと思う。時計が動き出すみたいに、お祖母ばあちゃんも自分の時間を動かしてほしいって私は願ったよ。だから時計を欲しがったの。でも、それがひとりよがりの間違ったやり方だったかもしれない」

 そう言うと、カヤコはアオキに背を向ける。かたふるえているので泣いていることが分かり、アオキがカヤコを後ろから抱きしめた。

「あの日、時計が止まった日、私、ようやく分かったの。お祖母ばあちゃんの気持ち。人を好きになる気持ちを……。どんどん好きになればなるほど失うことが怖くなることを……」

「私の選択は、いつも間違まちがいかもしれない。お祖母ばあちゃんは、私のために元気になってくれたフリをしてただけなんじゃないかな……」

「……カヤコさん」

「それに骨折した時も、お父さんとお母さんと、その家族に迷惑めいわくかけたくなくて連絡しなかったんだ。でも治った後で知らされた二人の顔が忘れられなくて、あんなに悲しそうな顔をされると思わなくて……」

「そもそも、お父さんとお母さんが離婚したのも私のせいだし。それで私の面倒めんどうをみることになったから、お祖父じいちゃんとお祖母ばあちゃんに負担をかけたし……」

「お祖父じいちゃんも怒ったのかな? お祖母ばあちゃんから、無理やり時計をもらったから。大好きな人を亡くす気持ちが分からなかったくせに、分かった風にはげまそうとしたから。だから、私に恋人ができた日に時計が止まったのかな……」

「……カヤコさん。そんなこと絶対にないから!」

 アオキは、カヤコを強く抱きしめながら言葉を続ける。

「お祖母ばあさん、言ってたじゃないか。俺を見てカヤちゃんの恋人が見れるまで生きれて良かったって」

「骨折の時も、親を頼らなかったから俺と恋人同士になるきっかけになったわけだし」

「時計が止まったのが、本当にお祖父じいさんの仕業しわざなら、きっと安心したんだよ。カヤコを支える相手ができたって。これで時計と一緒に休めるって……」

 それを聞いたカヤコがゆっくりとアオキの方を向いた。

「カヤコさんは、人に気をつかいすぎだって」

「……ごめん。つい感情的になっちゃって」

「ほら、また……」

 アオキが、カヤコの頭をでながら何かを言いかけた時だった。

『キョキョキョキョキョキョ』

「ホトトギス……」

「ア、アオキさん、時間見て! 二十五時ぴったりだよ」

「本当だ! ……カヤコさん、久々にベランダに出てみない?」

「……そうだね」

「さ、先に行っててもらえるかな。俺、トイレ」

「うん、分かった」

 アオキはトイレと言いつつ自分の部屋に戻ったのだが、気分が落ち込んでいるカヤコは気付かずにうつむいていた。

(たぶん私、絶対にそんなことないって言ってもらえることを分かってた。自分の中にあるモヤモヤを否定してもらいたくて、アオキさんに甘えてしまった)

(あのころと同じだ。私はお祖母ばあちゃんのために時計が欲しかったんじゃない。お母さんだけじゃなくて、お父さんにも新しい子どもが出来たことを知って、絶対的に変わらない何かが欲しかっただけだった。結局、お祖母ばあちゃんが断れないことが分かってて甘えた)

 カヤコは立ち上がると、大切な物をしまっている小物入れを開けた。そして、キレイにラッピングされた細長い箱を取り出す。中には腕時計が入っていた。

(こういうの、逆プロポーズって言うのかな。この時計を渡して……。でも、やっぱり無理だ)

 カヤコは、小物入れに腕時計を大切にしまい直した。

(……この選択も間違ったと思う日が来るかもしれないと思っている自分がいるから)

 しばらくしてから、指輪の箱を持ったアオキがベランダにやってきた。その表情は覚悟が決まった様子だった。
 だが、カヤコが何とも言えない表情で駐車場の方を見つめていたので、アオキもそちらに視線を向けた。
 すると、ルームライトが点けっぱなしの車が見えた。

 状況を理解して素早く指輪をポケットに隠したアオキが言った。

「……こんなことってあるんだ」

「……そうだね」

「あの車は、下の階のフリーランスの人のだよね」

「そうだね。最近は、夜も部屋にいるみたいだし」

「やっぱり、教えてあげるべきか」

「うん、そうだよね。でも、今回は一人じゃないから少し気が楽かも」

『テッペンカケタカ』
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