12 / 21
第十二話 三年の時が過ぎて
しおりを挟む『ホキョキョキョキョ』
「あっ! ホトトギス」
「本当だ。もう、そんな季節か……」
「ふふふふ」
「どうしたの? カヤコさん」
「例の車のルームライトのことを思い出しちゃって」
「そうか、もう三年も経つのか」
「……色々、変わったことがあったよね」
「そうだね。でも俺は三年前と変わらずカヤコさんが大好きだけど」
アオキは、そう言いながらカヤコを抱き寄せた。カヤコも身を任せるようにしてアオキの腕の中でゆっくり目を閉じる。
桜の季節が終わり、新緑の季節に移り変わる爽やかな日曜日の昼下がりだった。
ポカポカ陽気の中、二人はアオキの部屋で猫のように丸まって微睡んでいた。
「私も大好き」
カヤコが眠気でポヤポヤする意識のなか、そう囁くように言った。
すると、アオキが自分の唇をカヤコの唇にそっと重ねる。
(もう、アオキさんたら、眠いのに)
そう思いつつも、だんだんと深くなるアオキの口づけを受け入れるように自分からも口づけた。
(最初の頃は、お互いキスも初めてで上手くいかなかったりしたのにな。もう三年近くも付き合ってるせいか、キスくらいではドキドキしなくなってきたけど……)
「何だか満たされるっていうか幸せだな」
「……ん?」
「ううん。ねえ、アオキさん。私たち、これからも変わらず一緒にいられるかな?」
「もちろん!」
迷わず即答したアオキに、カヤコはうれしそうな笑顔を見せる。その笑顔をアオキがしばらくポーと見惚れるように見つめた。
「やっぱり、その笑顔たまんないな。未だに」
「そんなにマジマジと見られると、さすがに恥ずかしいよ。どうしたの?」
「いや実は、車のルームライトより前から、カヤコさんのことが気になってたことを思い出してさ。いつもニコニコ笑顔で俺に挨拶してくれるからドキドキしてた」
「そうだったの? ……私は正直、アオキさんのことは、挨拶すれば返事はしてくれるけど、無愛想だし目も合わせてくれないから苦手意識があったかな」
「そ、そうだったんだ。まあ、苦手な隣人のまま終わらなかったことが奇跡なのかも」
「奇跡って、そんな大げさな」
「俺は本当にそう思ってるよ。だから……。あのさ、カヤコさん、俺たち、そろそろ……」
その時、カヤコのスマホから着信が鳴った。
「ハギちゃんからだ。ごめん、ちょっと電話してくるね」
「い、行ってらっしゃい」
隣の部屋に戻るカヤコを見送った後、アオキはクローゼットの奥の方にある小さな箱を取り出す。中には、鳥をモチーフにした指輪が煌めいていた。
(プロポーズは、このアパートでするって決めてたけど、ムード作りが難しいな。このまま渡すか、それとも別のタイミングで……。)
アオキがウダウダ悩んでいると、カヤコが戻って来る気配がしたため、慌ててクローゼットの奥に再び指輪を隠した。
「アオキさーん。ハギちゃんたちが旅行のお土産を届けたいから少しだけ、うちに寄りたいんだって。ユウスケさんと美鳥ちゃんも一緒なんだけど、いいかな?」
「も、もちろん。もちろん」
「どうしたの?」
「ど、どうもしないよ。それよりさ、ミドリちゃん用に買っておいたオモチャがあったじゃん」
「あっ! そうだった。今度、会ったとき渡そうと思ってたんだ」
再度、カヤコが自分の部屋へ戻る姿を見送ると、またアオキは頭をかかえて悩みはじめた。
一時間ほど経つと、ハギちゃんがカヤコの部屋にやってきた。隣にはユウスケがいて、一歳前くらいの女の子を抱っこしていた。
「いらっしゃい。ミドリちゃん。少し見ないうちに、また大きくなったね~」
「でしょ~。でも、人見知りが始まってきたみたい」
「なあ、アオキにカヤコさん。どうしよう。うちの子ますます可愛くなってるよな。すぐ彼氏とかできてお嫁に行く日も来るかもと思うだけで俺は……」
「いくら何でも気が早すぎだろ」
「あはは……」
「パパったら、カヤちゃんとアオキさんが困ってるでしょ。それに、お嫁に行くことより前に心配することがあるんじゃない。一緒にお風呂入ってくれなくなったり、思春期になったら口を聞いてくれなくなったりして……」
「ううっ! 想像するだけで泣けてくる」
「……お前も、すっかり親バカというか、父親だな。なんか、今でも不思議な気分だよ」
「たしかに、ハギちゃんもお母さんになってから、もうすぐ一年になるんだよね。三年前は、ミドリちゃんがまだ存在してないわけだし何だか不思議」
「……三年前か、そうだね。あの時は、とにかく結婚したいって気持ちでいっぱいだったな。だけどミドリが生まれてからは、私はこの子に出会うためにユウスケさんと結婚する運命だったんだって思うようになったよ」
そう話しながらハギちゃんは、ミドリを抱きしめて優しく頭をなでる。
「だって、この子のいない人生なんて、もう考えられないから」
「俺もだよ。ママ、ミドリ、愛してる!」
ユウスケは、ミドリを抱きかかえたままのハギちゃんを抱きしめる。
「あうー」
「ちょっとパパ、人前でやめてよ。ミドリも苦しがってるでしょ」
「ごめん、ごめん」
カヤコとアオキは、そんな親子の様子をどこか遠い世界を見るような気分で見つめていた。
「あっ! そうだ。旅行のお土産。それと、これロクタさんからカヤちゃんに」
ハギちゃんが、お土産のお菓子と大きな袋をカヤコに渡した。
「ありがとう。あと、これが叔父さんから?」
「うん。こっちに寄る前にね、先にロクタさんにもお土産を渡しにいって、その時に預かってきたの」
カヤコの大叔父ロクタとユウスケは、カヤコの骨折のお見舞いで出会って以来、年の離れた友人になっていた。
「ハギちゃんもユウスケさんも叔父さんと仲良くしてくれてありがとうね」
「いえいえ、こっちこそ、たまにユウスケさんのお守りをしてくれて助かってるよ」
「カヤさん、その言い方、酷くね」
「私がいない時にミドリの世話をお願いすると、すぐにロクタさんを頼ってるじゃん。まったく」
(ユウスケのヤツ。すっかり奥さんの尻にしかれてるな)
「まあまあ、叔父さんも子ども好きだし、農家だから土地も広々してミドリちゃんを気兼ねなく遊ばせられるし」
「そうそう、自然のなかで、のびのび過ごさせるってミドリの情操教育によさそうじゃん」
「……ミドリをロクタさんに任せて、ユウスケさんの方が、のびのび過ごしてない?」
「……あははは、えーとそうだ。ロクタさん、最近、喫茶店もやり始めたんだってね」
「そうなの。でも不定期営業だし、完全に老後の楽しみらしいよ。若い時に、喫茶店を営業してたけど、色々あって廃業した経験があるせいか心残りがあるみたい」
「へー、そうなんだ。ミドリが、もう少し成長したら行ってみたいな。なっ、ママ」
「そうだね。もう少し大きくなったらパパとママと行こうね。ミドリ」
「うー」
「ぜひ行ってあげて、叔父さん喜ぶから。……それにしても、この袋ってなんだろ?」
カヤコは、袋を開けて中身を確認してみた。
「ん? 御守りが入っている? ……安産祈願。赤ちゃんの服に帽子……」
「ええっ!? もしかしてカヤちゃん妊娠したの?」
「うおお!! おめでとうアオキ!」
「カ、カヤコさん。 ……ま、まじで!? ほ、本当に!?」
「待って待って! 私、妊娠してない!」
それを聞いてホッとしながらも、少しだけ残念そうな表情を浮かべたアオキに気付くと、カヤコが複雑そうな顔でうつ向いた。
「ええっ? じゃあ何で?」
「私が聞きたいよ。叔父さんの願望かな? 叔父さんは独身で子どもがいないから、私を子ども変わりにしているところがあるし、ミドリちゃんを見て孫がほしくなったとか……。あれ、手紙も入ってた」
手紙を読んだカヤコが少しだけ寂しそうな顔をしたので、アオキが心配して声をかけようとした時だった。
『トッキョキョカキョク』
「あっ! ホトトギス様。ミドリ、これがホトトギス様の鳴き声だぞ」
「ほーさー? あうー」
「パパ! 変な呼び方で覚えさせないで」
「だって俺にとっては神様みたいなもんだし。今年は二十五時ピッタリにお鳴きになられたのか?」
「ど、どうだろ? ぴったり鳴くことはないかな? 去年も深夜に鳴くことはあったけど決まった時間に鳴くことはなかったよね」
「たしかに。……本当に不思議だな」
「なるほどな。三年前限定だったなら、やっぱりホトトギス様は俺とママをくっつけるために現れた愛の使者だったんだよ!」
「だーかーら、ミドリに変なこと教えないで」
7
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる