二十五時の来訪者

木野もくば

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第十二話 三年の時が過ぎて

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『ホキョキョキョキョ』

「あっ! ホトトギス」

「本当だ。もう、そんな季節か……」

「ふふふふ」

「どうしたの? カヤコさん」

「例の車のルームライトのことを思い出しちゃって」

「そうか、もう三年もつのか」

「……色々、変わったことがあったよね」

「そうだね。でも俺は三年前と変わらずカヤコさんが大好きだけど」

 アオキは、そう言いながらカヤコを抱き寄せた。カヤコも身を任せるようにしてアオキのうでの中でゆっくり目を閉じる。

 桜の季節が終わり、新緑の季節に移り変わるさわやかな日曜日の昼下がりだった。
 ポカポカ陽気の中、二人はアオキの部屋で猫のように丸まって微睡まどろんでいた。
 
「私も大好き」

 カヤコが眠気でポヤポヤする意識のなか、そうささやくように言った。
 すると、アオキが自分のくちびるをカヤコのくちびるにそっと重ねる。

(もう、アオキさんたら、眠いのに)

 そう思いつつも、だんだんと深くなるアオキの口づけを受け入れるように自分からも口づけた。

(最初の頃は、お互いキスも初めてで上手くいかなかったりしたのにな。もう三年近くも付き合ってるせいか、キスくらいではドキドキしなくなってきたけど……)

「何だか満たされるっていうか幸せだな」

「……ん?」

「ううん。ねえ、アオキさん。私たち、これからも変わらず一緒にいられるかな?」

「もちろん!」

 迷わず即答そくとうしたアオキに、カヤコはうれしそうな笑顔を見せる。その笑顔をアオキがしばらくポーと見惚みとれるように見つめた。

「やっぱり、その笑顔たまんないな。いまだに」

「そんなにマジマジと見られると、さすがに恥ずかしいよ。どうしたの?」

「いや実は、車のルームライトより前から、カヤコさんのことが気になってたことを思い出してさ。いつもニコニコ笑顔で俺に挨拶あいさつしてくれるからドキドキしてた」

「そうだったの? ……私は正直、アオキさんのことは、挨拶あいさつすれば返事はしてくれるけど、無愛想ぶあいそうだし目も合わせてくれないから苦手意識があったかな」

「そ、そうだったんだ。まあ、苦手な隣人りんじんのまま終わらなかったことが奇跡きせきなのかも」

奇跡きせきって、そんな大げさな」

「俺は本当にそう思ってるよ。だから……。あのさ、カヤコさん、俺たち、そろそろ……」

 その時、カヤコのスマホから着信が鳴った。

「ハギちゃんからだ。ごめん、ちょっと電話してくるね」

「い、行ってらっしゃい」

 隣の部屋に戻るカヤコを見送った後、アオキはクローゼットの奥の方にある小さな箱を取り出す。中には、鳥をモチーフにした指輪がきらめいていた。

(プロポーズは、このアパートでするって決めてたけど、ムード作りが難しいな。このまま渡すか、それとも別のタイミングで……。)

 アオキがウダウダ悩んでいると、カヤコが戻って来る気配けはいがしたため、慌ててクローゼットの奥に再び指輪をかくした。

「アオキさーん。ハギちゃんたちが旅行のお土産みやげを届けたいから少しだけ、うちに寄りたいんだって。ユウスケさんと美鳥みどりちゃんも一緒なんだけど、いいかな?」

「も、もちろん。もちろん」

「どうしたの?」

「ど、どうもしないよ。それよりさ、ミドリちゃん用に買っておいたオモチャがあったじゃん」

「あっ! そうだった。今度、会ったとき渡そうと思ってたんだ」

 再度、カヤコが自分の部屋へ戻る姿を見送ると、またアオキは頭をかかえて悩みはじめた。

 一時間ほどつと、ハギちゃんがカヤコの部屋にやってきた。隣にはユウスケがいて、一歳前くらいの女の子を抱っこしていた。

「いらっしゃい。ミドリちゃん。少し見ないうちに、また大きくなったね~」

「でしょ~。でも、人見知りが始まってきたみたい」

「なあ、アオキにカヤコさん。どうしよう。うちの子ますます可愛かわいくなってるよな。すぐ彼氏とかできてお嫁に行く日も来るかもと思うだけで俺は……」

「いくら何でも気が早すぎだろ」

「あはは……」

「パパったら、カヤちゃんとアオキさんが困ってるでしょ。それに、お嫁に行くことより前に心配することがあるんじゃない。一緒にお風呂入ってくれなくなったり、思春期になったら口を聞いてくれなくなったりして……」

「ううっ! 想像するだけで泣けてくる」

「……お前も、すっかり親バカというか、父親だな。なんか、今でも不思議な気分だよ」

「たしかに、ハギちゃんもお母さんになってから、もうすぐ一年になるんだよね。三年前は、ミドリちゃんがまだ存在してないわけだし何だか不思議」

「……三年前か、そうだね。あの時は、とにかく結婚したいって気持ちでいっぱいだったな。だけどミドリが生まれてからは、私はこの子に出会うためにユウスケさんと結婚する運命だったんだって思うようになったよ」

 そう話しながらハギちゃんは、ミドリを抱きしめて優しく頭をなでる。

「だって、この子のいない人生なんて、もう考えられないから」

「俺もだよ。ママ、ミドリ、愛してる!」

 ユウスケは、ミドリを抱きかかえたままのハギちゃんを抱きしめる。

「あうー」

「ちょっとパパ、人前でやめてよ。ミドリも苦しがってるでしょ」

「ごめん、ごめん」

 カヤコとアオキは、そんな親子の様子をどこか遠い世界を見るような気分で見つめていた。

「あっ! そうだ。旅行のお土産みやげ。それと、これロクタさんからカヤちゃんに」

 ハギちゃんが、お土産のお菓子と大きな袋をカヤコに渡した。

「ありがとう。あと、これが叔父おじさんから?」

「うん。こっちに寄る前にね、先にロクタさんにもお土産を渡しにいって、その時に預かってきたの」

 カヤコの大叔父おおおじロクタとユウスケは、カヤコの骨折のお見舞いで出会って以来、年の離れた友人になっていた。

「ハギちゃんもユウスケさんも叔父おじさんと仲良くしてくれてありがとうね」

「いえいえ、こっちこそ、たまにユウスケさんのおりをしてくれて助かってるよ」

「カヤさん、その言い方、ひどくね」

「私がいない時にミドリの世話をお願いすると、すぐにロクタさんを頼ってるじゃん。まったく」

(ユウスケのヤツ。すっかり奥さんの尻にしかれてるな)

「まあまあ、叔父おじさんも子ども好きだし、農家だから土地も広々してミドリちゃんを気兼きがねなく遊ばせられるし」

「そうそう、自然のなかで、のびのび過ごさせるってミドリの情操教育じょうそうきょういくによさそうじゃん」

「……ミドリをロクタさんに任せて、ユウスケさんの方が、のびのび過ごしてない?」

「……あははは、えーとそうだ。ロクタさん、最近、喫茶店きっさてんもやり始めたんだってね」

「そうなの。でも不定期営業だし、完全に老後の楽しみらしいよ。若い時に、喫茶店きっさてんを営業してたけど、色々あって廃業はいぎょうした経験があるせいか心残りがあるみたい」

「へー、そうなんだ。ミドリが、もう少し成長したら行ってみたいな。なっ、ママ」

「そうだね。もう少し大きくなったらパパとママと行こうね。ミドリ」

「うー」

「ぜひ行ってあげて、叔父おじさん喜ぶから。……それにしても、この袋ってなんだろ?」

 カヤコは、袋を開けて中身を確認してみた。

「ん? 御守りが入っている? ……安産祈願あんざんきがん。赤ちゃんの服に帽子……」

「ええっ!? もしかしてカヤちゃん妊娠にんしんしたの?」

「うおお!! おめでとうアオキ!」

「カ、カヤコさん。 ……ま、まじで!? ほ、本当に!?」

「待って待って! 私、妊娠にんしんしてない!」

 それを聞いてホッとしながらも、少しだけ残念そうな表情を浮かべたアオキに気付くと、カヤコが複雑そうな顔でうつ向いた。

「ええっ? じゃあ何で?」

「私が聞きたいよ。叔父おじさんの願望がんぼうかな? 叔父おじさんは独身で子どもがいないから、私を子ども変わりにしているところがあるし、ミドリちゃんを見て孫がほしくなったとか……。あれ、手紙も入ってた」

 手紙を読んだカヤコが少しだけさみしそうな顔をしたので、アオキが心配して声をかけようとした時だった。

『トッキョキョカキョク』

「あっ! ホトトギス様。ミドリ、これがホトトギス様の鳴き声だぞ」

「ほーさー? あうー」

「パパ! 変な呼び方で覚えさせないで」

「だって俺にとっては神様みたいなもんだし。今年は二十五時ピッタリにお鳴きになられたのか?」

「ど、どうだろ? ぴったり鳴くことはないかな? 去年も深夜に鳴くことはあったけど決まった時間に鳴くことはなかったよね」

「たしかに。……本当に不思議だな」

「なるほどな。三年前限定だったなら、やっぱりホトトギス様は俺とママをくっつけるために現れた愛の使者だったんだよ!」

「だーかーら、ミドリに変なこと教えないで」


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