二十五時の来訪者

木野もくば

文字の大きさ
15 / 21

第十五話 お祖母さんと時計③

しおりを挟む

 二人が婚約してから、一カ月ほどったある日、アオキの部屋にユウスケが娘のミドリを連れて遊びに来ていた。
 
 正確には、下の階のミヤコの部屋へ、カヤコと一緒に行ったまま戻って来ないハギちゃんを待っているところだった。

「お菓子渡すついでに、少しだけ話してくるって言ってから二時間たったな」

「……そうだな」

「アオキ! こうなったら、俺たちも行こう」

「ちょうど俺たちの愚痴ぐちで盛り上がってるとこだったらどうする?」

「うわー、やだー、ありそう~」

「カヤコさんたちの息抜きにもなってるだろうし、ジャマしようとすんなって」

「は~い。わーかりました」

「パーパ。パパ!」

「はいよー。ミドリ~、パパだよーん」

 ユウスケは、仰向あおむけで寝ころびながら、自分のお腹の上にミドリを乗せている。ミドリも父の上で仰向あおむけで寝ころびながら、手作りのホタテのぬいぐるみで遊んでいた。

「……なあ、ユウスケ」

「何だ? 今、ミドリとラッコの親子ごっこしてるからジャマすんな」

「……ゴロゴロして、なまけているようにしか見えないぞ」

「え~、じゃあ、こうしよう。ミドリ、アオキおじちゃんが遊んでくれるって」

「お前な……」

「やー、ぶー、パパ!」

「なぜかミドリちゃん、俺にはなついてくれないんだよな。……やっぱり、お前が一緒に遊んでやれ」

「ちゃんと一緒に遊んでるのにウルサイおじちゃんでちゅね~。子育ては適度に力抜くことが大事なんだよ。うちの嫁さんが育児について考え込み過ぎるところがあるから、俺がこうやってバランスとってんの」

「……考え込み過ぎるか。なあ、お前の奥さんってマリッジブルーになったりしたか?」

「マリッジブルー?」

「結婚前に不安になって気持ちが暗くなったりするやつのこと」

「どうだったかな~。俺たちの場合、出会って付き合って半年で結婚して、そのうちミドリが産まれて悩むヒマもなかったような」

「そっか……」

「……カヤコさん、えーと、お前の奥さんになる予定のカヤコさんがそのマリッジブルーなのか?」

「……たぶん。何かボンヤリして元気がないことが多くなったというか食欲も落ちてて心配なんだよな」

 そう話したアオキは、カヤコのお祖母ばあさんとの約束を思い出していた。

『とても美しいデザインの指輪ね。特に、つがいの鳥が……。きっと喜ぶから大丈夫よ』

『カヤちゃんは、誰よりも繊細せんさいな子なの。私の夫、あの子の大好きだったお祖父じいちゃんが亡くなった時に、ご飯を食べれなくなった時期があって。でも本人に自覚がなくてね』

『ガマンしてばかりで自分の中だけで物事を飲み込むことがクセになっていたのね。一度、悩みだすと誰の言葉も耳に入らない。信じてくれない。どんどんせていくカヤちゃんを助けてって、毎日のように夫に願ったわ』

『しばらくしてから、思いつめた表情のカヤちゃんが誕生日に私の古びた時計が欲しいって言い出してね。私は悩んだわ。どちらかが先に死んだら時計をしまって自分だけの人生を精いっぱい歩むようにって夫との約束があったから』

『その日の晩、夢の中に夫が現れて言ったの。カヤコのことは任せてくれって。驚いて目が覚めて時計を見たら深夜一時で、ちょうど夫が亡くなった時間だったの』

『不思議な話でしょ? あなたたちから二十五時のホトトギスの話を聞いた時はビックリしたわ。やっぱり夫の仕業だと思うのよ。だって、何でホトトギスなのかも分かったもの。あの人、洒落しゃれも好きだったから。ねえ、“時鳥ときとり”さん。……ふふふふ、なーんてね』

『結婚前のカヤちゃんに、この話を絶対にしないでね。結婚した後に話してあげて。これも夫との不思議な約束なの。……えっ? あらあら、ごめんなさいね。少し気が早いこと言っちゃって。でも、ちゃんと受け取ってくれるはずよ』

『……アオキ君。カヤコをよろしくね』

(あの後、すぐだった。お祖母ばあさんが亡くなったのは……)

「お~い。お前のスマホが鳴ったぞ。どうした? ボーとして」

 ハッとわれに返ったアオキが、慌ててスマホを確認した。

「カヤコさんのお父さんからだ」

「お、お義父とうさん!?」

「ああ、カヤコさんの元気が出る方法を探すために色々とリサーチしてて。あと、お母さんと弟さんと妹さんにも。挨拶あいさつに行った時、連絡先を交換しててよかった」

「なんて言うか、お前って根暗ねくらそうに見えて、行動力がすごいよな」

(カヤコさんのご両親は、本当にカヤコさんを大切に思ってる気がした。どちらの再婚相手もすごく良い人たちだった。弟さんも妹さんも。だからこそ、なんだろうな……)

きらいになれないから弱音も不満も言えなくてガマンするしかなかったのかな。好きなのに複雑な気持ちがジャマして苦しかったのかな)

「俺には、カヤコさんの本当の気持ちは分からないけど、結婚って間違いじゃないよな」

「うん、間違いではないな。少なくとも俺は幸せだし。お前たちも、そう思うから結婚するんだろ? 未来なんて自分たちで作るもんだし、先のこと気にしてもしょうがないしな。少しでも人生に後悔がない道を選び続けることしかできないさ」

「……そうだな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...