花鳥見聞録

木野もくば

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第十九話 満月の追憶(ついおく)

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(ここはどこ? 私はなんのために歩いているの)

 長い黒髪と黒い瞳の女性は、腕に大切な我が子を抱いて歩き続けていました。
 やがて、湖の岸辺きしべにたどり着きます。

 湖面こめん満月まんげつが映っているのを見て女性は思わず手を伸ばします。
 だれかの幻影げんえいを見ている様子で瞳に涙を浮かべて微笑ほほえみました。
 そして、そのまま子どもと一緒に水の底にしずんでいきました。

 首に下げた紫水晶の勾玉まがたまだけが女性から離れて水面の満月まんげつへ向かって行きます。 

「ルイ!!」

 銀色のかみの少年が、女性のもとから離れた勾玉まがたまをつかむと湖の底に向かいます。

 それから、どれほど時間が過ぎたのでしょうか。
 少年は、腐敗ふはいが進んでいくルイとモナカを見つめていました。
 その瞳は虚無きょむしか映していませんでした。

「どうしてだ? どうして、もう少し早く気づくことができなかったんだ?」

「力がもっとあれば。そう、力が……」

 そして赤黒く染まった瞳で満月まんげつを見上げると、血の涙を流しました。
 今宵こよいの満月は、少年が水神すいじんと呼ばれるようになった時と同じ十九年目の満月でした。

 少年のかなしみと呼応こおうするように、あらゆる水の中から無念むねんのうちに命を落とした者たちの悲しみとうらみがあふれ出してきます。
 
 その憎悪ぞうお満月まんげつの光が少年に途方とほうもない力を与えました。

 その力で、世の不条理ふじょうりが生まれる前に、全てを消し去ってしまおうと少年が思った時でした。

 少年の首に下げていた紫水晶の勾玉まがたまが光り、ルイの手に置かれていた勾玉まがたまも光りました。

 勾玉まがたまは、二体の銀色のかみと紫色の瞳をつけた人形のような姿に変わりました。そして有無うむを言わさず、少年の力を奪います。
 少年の肉体が溶けて骨だけのむくろになっていきます。

 むくろは、最後の力を振り絞ると、どこかへ逃げていきました。

「ニゲラレタ、デモ、モドッテクル」

「ワタシタチハ、モウヒトリノ、カレダカラ」

「ヤクワリハタス」

「ソレガ、カレノ、ホントウダカラ」

 人形のような存在は、ルイに触れると姿をまた変えていきます。

「一人ハ男にシヨウ」

「もう一人ハ女にシヨウ」 

 人形に人間の皮膚をりつけた姿になった存在は、今度はモナカに触れます。
 そして最後は、人間の少年と少女の姿に変わりました。

「本当はミヅハは誰も殺したくない」  

「だから、力を奪う」

「でも、十九年で力が戻る」

「また、力を奪う」

「でも、けがれが強くなれば、また力が強くなる」

「私たちでは抑えきれなくなるかもしれない」 

「だからミヅハの骨を二つに分ける」

「一つは、この世界の泉の底に閉じ込める」

「もう一つは、ニセモノの世界を作り、そこにある花畑の下に閉じ込める」

「そして少しでも、ミヅハの憎悪ぞうおしずめるためにルイが必要。ミヅハが人間のままでありたかった未練みれんそのもの。この世界を壊したくない理由の存在」

「ルイは、ミヅハの生贄いけにえ。ミヅハが存在するかぎり解放されることはないだろう」

「でも、ルイのたましいが逃げ出すかもしれない。だからとどめておくためにモナカが必要。モナカはルイの未練みれんそのもの。どんな世界でも生きていてほしかった存在」

「モナカは、ルイの生贄いけにえ。ルイが存在するかぎり解放されることはないだろう」

「じゃあ、モナカには…………」


(これは、私とヨウの最初の記憶)

(ニセモノの世界で、何度も繰り返すことになる十九年を過ごすため、最初にミヅハとルイが望んでいる疑似家族ぎじかぞくを作る)

(私の力で死人だったルイとモナカを生前の姿まで時を戻す。ヨウの力でルイの記憶を作り変えた)

(ヨウは、ミヅハの変わりでルイの夫。モナカは二人の子ども。私に役割はなく、花畑の管理をして過ごす。……成長したモナカが花畑で出会った私に恋をした。私がモナカの生贄いけにえになることは未来予知みらいよちの力で分かっていた)

(私たちの力が枯渇こかつすると二人は死人に戻り記憶もリセットされる。十九年目の満月まんげつで力が戻ると、また最初からやり直す)

(何度も何度も十九年を繰り返したとしても、本物の世界の時間は進み続ける。向こうの世界の時代に合わせて、り方を変えたりもした)

(おかしい。十九年を繰り返すごとにルイが狂い出すようになってきた。モナカの名前を呼んで泣き続ける。そして、生前の記憶を思い出しておそおののき絶望にあえぐ)

(そんな母親を見て、モナカの心にもやみが生まれ始めた)

(ヨウは言った。いくら記憶をリセットしても偽物にせものの記憶にすり替えても、たましいが覚えているのかもしれないと) 

(新たなけがれが増えることを危惧きぐした私たちはやり方を変えた。ルイとモナカの記憶をあやつり、お互いの存在を認識にんしきできないようにした)

(そして、本物の世界で私は赤子あかごの姿になり、モナカの変わりにルイの子どもになることにした)

(ニセモノの世界では、そのままモナカは父親役のヨウと暮らし続ける。母親の存在はなかったものとして……)

(ヨウが本物の世界の人間の記憶を変えて、私とルイが暮らすための十九年の準備を整えた)

(私の記憶も十九年ごとに消される。私が再びモナカの生贄いけにえになるためには作られた感情ではダメだからとヨウが言った。モナカと私が恋をしたら、私は本来の役割をゆっくり思い出していく)



(メジロのモク? 妖精のルイ? そんな存在は今までいたかしら?)

(私と同じ色のかみと瞳を持つ男がお母さんをさらって泉の中へ消えていく。私も追いかけて泉に飛び込んだ)

(その先には、なぜか花畑があった。そこで銀色のかみの男の子と出会った)

(モナカ君と恋をした。うれしい。切ない。これも私の役目だったのかしら? だんだんと本来の自分を思い出していく。苦しい。むなしい。悲しい)

(もうすぐ、次の十九年がはじまる)








(満月)

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