花鳥見聞録

木野もくば

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第十八話 海の追憶(ついおく)

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「あうー」

 モクの腕に大切に抱かれた赤子あかごは、椿つばきの花のみつを吸いにきたメジロに興味きょうみしんしんでした。

「モナカはメジロが好きなんだよな。もうすぐ木彫りのメジロの人形も完成するよ」

 メジロにみつを吸われていた椿つばきの花がポタッと地面に落ちました。

 モクは、その椿つばきの花を見つめながら、妻への後悔こうかいを思い出していました。

 どんなひどい仕打ちにもだまってえ続けていた気丈きじょうな妻が、たった二回だけ泣きくずれたことがありました。

 一回目は、父親を病気で亡くした時でした。
 二回目は、大切にしていた一枚の絵を取り上げられ、海へ向かって破り捨てられた時でした。

(……おそらくルイの想い人が描いたんだろう。どこかなつかしく胸をしめつけられる気分になる絵だった)

「うあああん」

「よしよし。腹が減ったのか。母さんのところへ戻ろう」

 家に戻ると、ルイがいとおしげにモナカを抱きしめます。
 モクは、そんな妻と息子の隣で、木彫りのメジロの完成を目指します。

 肌寒くなる秋の季節、モクとルイは茫然自失ぼうぜんじしつの状態で、眠っているように見えるモナカを見つめていました。

 やがてルイが、モナカを優しく抱きかかえると歩き出します。モクは、しばらくの間、その様子を無感情のまま眺めていました。すると自分から去っていくルイの後ろ姿が知らないだれかと重なりました。

 その瞬間しゅんかん、モクはあわてて、自分が肌身はだみはなさずつけていた紫水晶の勾玉まがたまの首飾りを外すとルイの首にかけました。
 ルイは、それに気づいてないかのようにうつろな瞳で歩いて行ってしまいます。

 一人ぼっちになった家で、モクがモナカのために作った木彫りのメジロをボンヤリと見つめていました。
 何日も食事を摂っておらず、ほとんど眠ることができなくなっており、体は弱り切っていました。 
  
 満月の夜のことです。周りに赤いきりが立ちこめ、何かがいずる音が聞こえてきました。

 その何かは、銀の長いかみだけを残して骨だけになったミヅハでした。
 行き場のない怨念おんねんに精神をむしばまれ続けており、人を呪い殺した分だけ不思議な力が強くなる化け物になっていました。

 何やらモクに近付こうとする自分を必死でおさえようとしている様子です。
 そして再生してしまうおのれの体をむくろの状態のままで時を止めようとしているようでした。
 なぜかモクの瞳には、ミヅハの行動がそのように見えていました。

『モクを殺したくない。逃げてくれ』

 ミヅハの声にならないさけびが聞こえます。その瞬間しゅんかん、モクは全てを思い出しました。

(オレを殺したら、もうミヅハは完全に自我じがを失ってしまう気がする。ここまで心がこわれた理由とオレのところに来た理由は、きっと一緒なんだな)

(……ルイが死んだんだ。今、どうしてか分からないけど分かってしまった) 

 モクが嗚咽おえつしながら、ゆっくり立ち上がるとミヅハに声をかけます。

「ミヅハ、久しぶりに追いかけっこで遊ぼう。ルイのいる場所まで、お前が逃げきったら勝ち……。つかまったら負け……」

 それを聞いたミヅハは、了承りょうしょうしたようにズルズルといずりながら進みます。

 モクもフラフラの体でミヅハを追いかけます。
 昔いっしょに遊んだ場所を通るたびに、二人の笑い声が聞こえた気がしました。

 やがて、湖の前でミヅハが止まります。後ろを振り向くとモクはいませんでした。

「お前の勝ちだよ。モクは、もう……」 

 ミヅハの目の前に急に現れた銀色のかみと紫の瞳の少年が悲しそうに言いました。

「もう終わりにしましょう。これ以上、人間を呪い殺さないために」

 少年の隣にいた銀色のかみと紫の瞳の少女が悲しそうに言いました。

 驚いたミヅハは、二人を呪い殺そうとおそいかかります。

「やれやれ、まるでけものだな。おりが必要だ。まったく自分で作った存在すら理解できてないなんて」 

「仕方がないわ。ミヅハも所詮しょせん、ただの人間の子どもよ。心が壊れてもしょうがない状況だもの」

 銀色の髪の少年と少女がミヅハの力をうばっていきます。
 ミヅハは力が枯渇こかつしてしまうとバラバラとくずれて動かなくなりました。

「ふー、満腹まんぷく満腹まんぷく。これで十九年間は大人しくしてるはず」

「でも、また十九年後、この満月まんげつから力をもらったミヅハが元通りに復活してしまうのよね」

「ああ。そして力が戻ったミヅハの力を僕らが吸い取って力にする。それを十九年ごとに繰り返し続ける。途方とほうもない話だね~」 

「ねえ、ミヅハの力の分身と紫水晶の勾玉まがたまが合体した存在の少年さんに聞きたいことがあるんだけど」

「まてまて、呼び名が長い。適当に名前を決めよう」

「分かったわ。じゃあ、私は満月ミヅキです」

即決そっけつすぎない? それにしてもミヅキって……」

「だって私たち、月の力で存在してるし」

「でもさ、月の力のせいで、こんな面倒めんどうなことになってるから、月はキライだな~。よし決めた。ボクはようにするか」

「ふーん。まあ、いいんじゃない。……さっそくだけどヨウさん。モクのお墓を作ってあげてもいいかしら。あのまま野ざらしは可哀想かわいそうだもの」

「そうだな。奥さんと息子は、これからボクの妻と子どもになる。一緒に眠らせてあげられないから丁重ていちょうとむらってあげよう」
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