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第十七話 泉の追憶(ついおく)④
しおりを挟むある日の昼、モクと遊びの約束をしていたミヅハは、海を眺めながら待っていました。けれども、いつまで経ってもモクが現れません。
心配したミヅハがモクを探しに行こうとした時でした。
砂浜をヨロヨロと進む少年の姿が見えました。殴られたのか顔が腫れあがり、身体中が痣と傷だらけでした。
「……モクなのか?」
「……わるい。遅くなって」
「なんで? いったい何があったんだ?」
「仕事でちょっとな……。ごめん。体が痛くて今日は遊べないや」
「そんなことより早く手当てしないと」
「ミヅハ、大丈夫だよ。少し休んだら治るから」
「……でも!」
「本当に大丈夫だから心配するなって……」
「…………そうだ。噂を聞いたんだ。この近くの大きな屋敷に住んでいる一族が、なんでも治すことができる奇跡の力があるって。その分、見返りは高いらしいけどボクの持ってる鏡を代価にすれば」
「無駄だよ。だってオレは、あの家に仕事に行ってこうなったんだから。何でも治せる力なんて嘘なんだ。あの家族と奇跡の評判を吹聴してる患者がグルだった」
「そんな……」
「あの家のバカ息子がうっかりオレに秘密をもらしたんだ。だから痛めつけられた。秘密をもらせば殺すぞって意味で……。いっそ、ひと思いに殺してくれたら楽なのに」
「……モク」
「お前に初めて会った夜、本当は海へ身を投げるつもりだったんだ。でも一緒に遊んで友達になって気が変わって生きたいと思ったよ。でもやっぱり、つらい。ミヅハから力を借りたとき、あいつらを呪い殺す力が欲しいと思うくらい」
それを聞いたミヅハが、モクの手を握りしめて涙を流したときでした。
ミヅハの頭の中にモクの過去の全ての記憶が入ってきます。人間の醜悪さとモクの地獄のような日々が次々と脳裏に写し出されました。
心がなくなったような表情を浮かべたミヅハの金色の瞳が赤黒く染まっていきます。
その晩のことでした。モクの村の半数近くの住人が謎の死を遂げました。そのなかには、モクの養父もいました。
そしてミヅハは、モクの前から姿を消しました。
それから、数年の月日が経ち、モクは浜辺で紫水晶の勾玉を見ていました。
「……ミヅハ」
モクが親友の名前を呟きます。その時、目の前にミヅハが現れました。
この数年でモクは身長が伸びて風貌も声も変わっていましたが、ミヅハは以前と姿が変わらないままでした。
「モク、久しぶり。もう見た目はソックリじゃなくなったな」
「……ミヅハ。何で急にいなくなったんだよ」
「……ごめん」
「……それに不吉な噂を聞いた。あちこちの村で謎の死を遂げる人間が増えてるって。お前の仕業なのか?」
「………………」
「オレのせいだよな。呪い殺す力が欲しいなんて言ったから」
「ちがう。ボクが泉から逃げたからだ。目を背けてる間も怨念は溜まっていった。みんな、ボクが憎悪に染まるのを待っていたんだ」
「……ミヅハ」
「不思議なんだ。人を呪い殺せば殺すほどボクの力が強くなっていく」
そう話すミヅハの瞳がどんどん赤黒く染まっていく様子に、モクは恐怖の感情を抱きます。
「……モクごめん。怖がらせて。もうボクは元には戻れない。だから、お前の中にあるボクの記憶を消しにきたんだ」
「ミヅハ。オレは忘れたくない。だって、お前と友達になれたから変われたのに。忘れてしまったら、きっと……」
モクの言葉を遮るように、ミヅハの手が額に触れます。
ミヅハの記憶をなくしたモクは、とても強欲な男になっていきました。
誰にも愛されたこともなく暴力にさらされて育った記憶しかない彼は、心の酷い渇きを満たすものを求め続けるようになりました。
(モクとミヅハ)
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