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七将編(剛腕将軍グラドン)
第46話 血潮の湖を渡る勇者
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――水の底で何かが蠢いている。
リオネルが剣を抜き、鋭い声で号令を飛ばした。
「全員、警戒しろ! 湖の下に……大きな何かがいる!」
兵士たちは息を飲み、一斉に顔を上げた。
湖面は黒く淀み、松明の灯りを反射してゆらゆらと揺れている。その奥に――確かに、巨大な影が漂っていた。
「ひ、ひとつじゃない……?」
「いや、いや……これほどの大きさ、見たことがない……!」
兵士たちは顔を青ざめさせ、槍や剣を構えたまま震える。
板がきしみ、筏は不安定に揺れた。
緊張で喉を鳴らす音すら響くほどの沈黙が流れる。
ただ一人、悠を除いて。
悠は筏の縁に腰をかけ、あくびを噛み殺しながら耳を掻いていた。
「……魚影が見えた時点で、出てくるの分かってんだろ。騒いで疲れるなって」
呑気な言葉に、兵士たちが振り返る。
「勇者様……!? こんな状況で……」
「冗談を言っている場合では……!」
しかし悠は半目のまま、面倒そうに肩をすくめるだけだった。
その時――。
――ドバァンッ!!
湖面が爆ぜた。
轟音とともに、天井まで届く水柱が吹き上がる。
冷たい飛沫が雨のように降り注ぎ、兵士たちは悲鳴を上げて筏にしがみついた。
暗闇から飛び出したのは、常識を超えた巨体。
筏の倍近い長さの魚型魔物だった。
口を開けば、何重にも重なった牙がぎらりと光り、肉を裂くためだけに存在しているのが一目で分かる。
鱗は岩のように硬質で、背からは鋭い棘が突き出していた。
血のように赤い目は、理性を欠いた狂気に濁っていた。
「ひっ……!」
「な、なんだあれはっ!」
兵士たちの悲鳴が交錯する。
魔物は巨体をひねり、筏めがけて叩きつけた。
――ギシッ!
木材が軋みを上げ、筏は大きく傾いた。
「や、やばい! 沈む!」
「ひっくり返るぞ!」
兵士たちは必死に縄や板を掴み、転覆を防ごうとする。
リオネルが叫んだ。
「落ち着け! 勇者様がおられる!」
その声にすがるように兵士たちが視線を向ける。
悠はのそりと立ち上がり、頭を掻きながら眠たげに魔物を見上げた。
「……魚? 食料にしか見えねぇ」
あまりの呑気さに、兵士たちは絶句した。
「ゆ、勇者様……っ!」
「この状況でそんな……!」
だが悠は相変わらず面倒そうに肩を回す。
「はぁ……泳ぐのも嫌だし、さっさと片付けるか」
魔物が巨口を開き、筏ごと飲み込もうと飛び跳ねた。
兵士たちは顔を覆い、悲鳴を上げる。
「うわあああああっ!!」
その瞬間――。
――ズバァンッ!!
悠が剣を抜き振り下ろした一撃が、魔物を空中で真っ二つに裂いた。
硬い鱗も、鋭い棘も、一瞬で断ち切られる。
巨体は断末魔を上げる間もなく、内臓を撒き散らしながら水面に叩きつけられた。
湖面が真っ赤に染まり、血の臭いが一気に広がる。
波が押し寄せ、筏を揺さぶった。
兵士たちは揺れる筏にしがみつきながら、呆然とその光景を見つめる。
「な……」
「一撃で……あんな化け物を……」
誰もが口を半開きにし、信じられないものを見る目をしていた。
悠は鼻をつまみ、心底うんざりした声を漏らした。
「……魚臭ぇ」
兵士たちは一斉にずっこけそうになる。
命を救った英雄の第一声が、それなのか――。
リオネルは剣を下ろし、静かに目を閉じた。
(……やはりこの方は、本物の勇者様だ)
悠は舟板に座り直し、濡れた袖を払ってぼそりと呟く。
「これで終わりだよな? 追加で出てきたら、マジで面倒なんだけど」
湖は再び静けさを取り戻していた。
血の匂いが濃く漂い、それが他の魔物を遠ざけているのかもしれない。
兵士たちは安堵と恐怖の入り混じった顔で漕ぎ続ける。
波はやがて収まり、筏はゆっくりと対岸へ向かって進んでいった。
静寂の中、兵士の一人が小さく呟いた。
「勇者様がいて……よかった……」
その声は皆の心を代弁していた。
だが悠は背を丸め、大きな欠伸をひとつ。
「……早く渡り切って、寝かせろ」
英雄の言葉とは思えぬぼやきが、血に染まる湖に響いた。
そして一行は――赤く濁った湖を背に、対岸の暗闇へと辿り着いた。
リオネルが剣を抜き、鋭い声で号令を飛ばした。
「全員、警戒しろ! 湖の下に……大きな何かがいる!」
兵士たちは息を飲み、一斉に顔を上げた。
湖面は黒く淀み、松明の灯りを反射してゆらゆらと揺れている。その奥に――確かに、巨大な影が漂っていた。
「ひ、ひとつじゃない……?」
「いや、いや……これほどの大きさ、見たことがない……!」
兵士たちは顔を青ざめさせ、槍や剣を構えたまま震える。
板がきしみ、筏は不安定に揺れた。
緊張で喉を鳴らす音すら響くほどの沈黙が流れる。
ただ一人、悠を除いて。
悠は筏の縁に腰をかけ、あくびを噛み殺しながら耳を掻いていた。
「……魚影が見えた時点で、出てくるの分かってんだろ。騒いで疲れるなって」
呑気な言葉に、兵士たちが振り返る。
「勇者様……!? こんな状況で……」
「冗談を言っている場合では……!」
しかし悠は半目のまま、面倒そうに肩をすくめるだけだった。
その時――。
――ドバァンッ!!
湖面が爆ぜた。
轟音とともに、天井まで届く水柱が吹き上がる。
冷たい飛沫が雨のように降り注ぎ、兵士たちは悲鳴を上げて筏にしがみついた。
暗闇から飛び出したのは、常識を超えた巨体。
筏の倍近い長さの魚型魔物だった。
口を開けば、何重にも重なった牙がぎらりと光り、肉を裂くためだけに存在しているのが一目で分かる。
鱗は岩のように硬質で、背からは鋭い棘が突き出していた。
血のように赤い目は、理性を欠いた狂気に濁っていた。
「ひっ……!」
「な、なんだあれはっ!」
兵士たちの悲鳴が交錯する。
魔物は巨体をひねり、筏めがけて叩きつけた。
――ギシッ!
木材が軋みを上げ、筏は大きく傾いた。
「や、やばい! 沈む!」
「ひっくり返るぞ!」
兵士たちは必死に縄や板を掴み、転覆を防ごうとする。
リオネルが叫んだ。
「落ち着け! 勇者様がおられる!」
その声にすがるように兵士たちが視線を向ける。
悠はのそりと立ち上がり、頭を掻きながら眠たげに魔物を見上げた。
「……魚? 食料にしか見えねぇ」
あまりの呑気さに、兵士たちは絶句した。
「ゆ、勇者様……っ!」
「この状況でそんな……!」
だが悠は相変わらず面倒そうに肩を回す。
「はぁ……泳ぐのも嫌だし、さっさと片付けるか」
魔物が巨口を開き、筏ごと飲み込もうと飛び跳ねた。
兵士たちは顔を覆い、悲鳴を上げる。
「うわあああああっ!!」
その瞬間――。
――ズバァンッ!!
悠が剣を抜き振り下ろした一撃が、魔物を空中で真っ二つに裂いた。
硬い鱗も、鋭い棘も、一瞬で断ち切られる。
巨体は断末魔を上げる間もなく、内臓を撒き散らしながら水面に叩きつけられた。
湖面が真っ赤に染まり、血の臭いが一気に広がる。
波が押し寄せ、筏を揺さぶった。
兵士たちは揺れる筏にしがみつきながら、呆然とその光景を見つめる。
「な……」
「一撃で……あんな化け物を……」
誰もが口を半開きにし、信じられないものを見る目をしていた。
悠は鼻をつまみ、心底うんざりした声を漏らした。
「……魚臭ぇ」
兵士たちは一斉にずっこけそうになる。
命を救った英雄の第一声が、それなのか――。
リオネルは剣を下ろし、静かに目を閉じた。
(……やはりこの方は、本物の勇者様だ)
悠は舟板に座り直し、濡れた袖を払ってぼそりと呟く。
「これで終わりだよな? 追加で出てきたら、マジで面倒なんだけど」
湖は再び静けさを取り戻していた。
血の匂いが濃く漂い、それが他の魔物を遠ざけているのかもしれない。
兵士たちは安堵と恐怖の入り混じった顔で漕ぎ続ける。
波はやがて収まり、筏はゆっくりと対岸へ向かって進んでいった。
静寂の中、兵士の一人が小さく呟いた。
「勇者様がいて……よかった……」
その声は皆の心を代弁していた。
だが悠は背を丸め、大きな欠伸をひとつ。
「……早く渡り切って、寝かせろ」
英雄の言葉とは思えぬぼやきが、血に染まる湖に響いた。
そして一行は――赤く濁った湖を背に、対岸の暗闇へと辿り着いた。
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