『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

KAORUwithAI

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七将編(氷獄の魔女セレナ)

第14話 焚き火の夜を過ごす勇者

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 悠の剣が光を放った。
 それは氷獄の闇を貫く一筋の光のようで、吹き荒ぶ冷気すら切り裂くほど鋭かった。

 刃が群れの主の眉間へ叩き込まれた瞬間、雪原が震えた。

 ——ガキィィン!!

 氷の甲殻が砕け散り、青白い魔力が爆ぜるように空へ舞い上がる。
 巨大な狼は苦しげに吠え、全身を震わせながら雪の上をのたうった。

「……まだ……!」
 悠はふらつく身体を必死に支えながら、剣を構え直す。

 だが群れの主は倒れない。
 最後の咆哮を上げながら、まるで死を恐れぬ戦士のように再び悠へ突進してきた。

 巨大な影が迫り、冷気が刃のように空気を切り裂く。

「くっ……!」
 悠の足は凍傷で思うように動かない。
 脇腹の痛みが再び鋭く刺す。

 その瞬間——

「勇者様、下がってください!」
 リオネルの声が飛んだ。

 白銀の剣が横から閃き、群れの主の進路を大きく削り取るように叩きつけられた。

 ガァァッ!!

 狼の身体が横に弾かれ、悠の目の前を逸れる。
 それでもなお、主は最後の力を振り絞って地面を踏みしめた。

 揺れる影。
 吹き上がる冷気。
 この一撃を耐えられなければ、三人とも終わりだった。

「……悪いな。倒れてる暇なんか、ねぇんだよ……!」

 悠は残る全力を剣に込め、真正面から踏み込んだ。

 ——ズドン。

 剣が狼の眉間を深く貫いた。

 氷片が粉雪のように舞い、巨大な身体がゆっくりと崩れていく。
 青い光はやがて風に溶け、跡形もなく消えた。

 氷牙の群れは主の消滅を理解し、残った狼たちは遠吠えを上げながら森の奥へ散っていく。
 規律の解かれた軍勢のように、影が次々と雪に溶けるように消えていく。

 ——静寂が戻った。

「……やっと……終わったか。」
 悠は膝をつき、雪へ手をついて大きく息を吐いた。

「勇者様!」
 エルザが駆け寄り、彼の肩を支える。
 彼女の手は震えている。

「怪我が……凍傷も……こんなに……!」

「お、おい泣くなよ……まだ生きてるだろ……?」
 悠は力なく笑った。

 リオネルが周囲を確認し、慎重に頷く。
「……敵影なし。今は安全です。すぐに休息を取りましょう。」

 エルザが悠の腕をそっと抱え、三人は森の陰へ移動する。
 雪原の冷気は戦いが終わった今も容赦なく身体を蝕んでいた。



 森の奥、小さな開けた場所に簡易の野営地をつくり、エルザが焚き火を起こした。

 ぱちり、と火花が弾ける音がした瞬間、三人の顔に少し温かさが戻った。

 焚き火の橙色の光が雪と樹木を照らし、白銀の世界に柔らかな色彩をもたらす。
 その光が、悠の傷の深さをよりはっきりと浮かび上がらせた。

「……こりゃひでぇな。」
 悠は自分の腕を見てぼやいた。

 腕の皮膚は青紫色に変色し、ところどころ白く凍ったように硬くなっている。
 脇腹には氷の棘にかすめられた跡があり、そこから冷気がじわじわと身体の内部へ入り込んでいるような感覚があった。

「勇者様、少し外套を……失礼します。」
 リオネルは治療道具を広げ、慎重に傷口を確認する。

 エルザは手を胸に当て、小さく震えながら見つめていた。

「……勇者様が倒れたら、わたしたち……どうしていいか……」

「大丈夫だ。倒れねぇよ。」
 悠は強がりではなく、自然に言った。
 本当に、倒れていられないからだ。

 リオネルが薬草を煎じた液を布に浸し、患部にそっと当てる。
 ひやりとした刺激が走る。

「うおっ……冷てぇ! 治療の意味あるかこれ!」

「急激に温めるとかえって悪化します。段階を踏んで温度を戻します。」
「……理屈は分かるけどよぉ……!」

 エルザは涙をにじませながら、必死に手を動かす。
 体温が逃げないように新しい包帯を広げ、リオネルの指示に合わせて動く。

 その姿は、震えていても決して逃げない強さを持っていた。

「勇者様……本当に、よく……よく戻ってきてくれました……」

「戻るさ。」
 悠は焚き火の明かりの中、エルザの頭を軽く撫でた。
「約束しただろ。お前の父親も、一緒に探すって。」

 エルザの目に再び涙が溜まり、彼女はぎゅっと唇を結んで頷いた。



 治療を終えたあと、スープが温まり、暖かな香りが漂う。
 エルザが湯気の立つ木椀を差し出した。

「どうぞ、勇者様……冷えた身体に効くはずです。」

「ありがとよ。」
 悠はスープをすすり、思わず肩の力が抜ける。

「……生き返る……」

 その一言に、エルザがふっと笑う。
 その笑顔は焚き火よりも温かかった。

 リオネルは膝の上に地図を広げ、焚き火の光で照らしながら口を開く。

「この先に“氷の谷”と呼ばれる場所があります。商隊が連れ去られたとすれば、そこでしょう。」

「氷の谷……?」
 悠が眉をひそめる。

「はい。魔女の力が特に濃く、氷獄の使い魔たちが拠点にしている可能性があります。」

「つまり……面倒な場所ってわけだ。」

「ええ。間違いなく。」

 悠はため息をつきながらも、目に曇りはなかった。

「行くしかねぇよな。助けられる命があるなら、行くさ。」

 エルザは膝の上で手を握りしめ、「私も……父のことを確かめたいです」と静かに言った。
 その声は小さかったが、決意の色がしっかりと宿っていた。

「任せとけ。」
 悠は短く答えた。
「面倒でも、やるって決めたんだ。」



 焚き火はぱちぱちと音を立て、三人の影を揺らす。

「勇者様……手、もう少し暖めますね。」
 エルザがそっと布をあてがう。

「お、おう……優しいなお前。」
 悠が照れたように顔をそむけると、エルザは逆に耳まで真っ赤になった。

 その光景を見て、リオネルが苦笑する。

「勇者様。これからさらに氷獄の魔力は強まります。覚悟をお願いします。」

「覚悟なら、とっくに決めてる。」
 悠は静かに焚き火を見つめた。

 炎はゆらゆらと揺れ、冷たい世界の中で唯一の温もりとして存在していた。
 明日も、もっと寒くなるだろう。
 だが悠は知っている。
 その寒さは、乗り越えるためにあると。

「……明日も地獄だろうな。」
「ですが、三人なら越えられます。」
「だな。」

 焚き火の小さな炎が、彼らの決意を照らすように強く揺れた。

 そして夜は静かに、更けていく。
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