172 / 207
七将編(氷獄の魔女セレナ)
第64話 闇に堕ちる魔女を救う勇者
しおりを挟む
悠の腕の中で、セレナの身体が一度、静まった。
砕けた氷刃の残滓が雪に溶け、荒れていた魔力の流れが緩やかに収束していく。
吹き荒れていた冷気は弱まり、雪原には、張りつめた静寂だけが残った。
だが――それは、安堵ではなかった。
セレナの胸の奥で、何かが軋む。
氷が、再び音を立てて締め上げられていく。
抱きしめられた温もりの中で、セレナは微かに息を詰めた。
「……っ」
悠は気づく。
セレナの身体が、震え始めていることに。
外側ではない。
寒さでも、恐怖でもない。
内側からの震えだった。
次の瞬間、セレナの意識は――暗転する。
視界が閉ざされ、音が遠のき、世界が沈む。
そこにあったのは、氷と闇だけの空間だった。
果てのない黒。
地面は氷で覆われ、空もまた凍りついている。
誰もいない。
ただ、セレナだけが、独り立っていた。
「……やはり、ここへ戻ってきたか」
低く、重い声が響く。
闇の奥から、影が滲むように現れる。
姿は定まらない。
だが、圧倒的な存在感だけが、空間を支配する。
魔王。
セレナは唇を噛みしめる。
「……来ないで……」
「無駄だ」
声は、冷酷で、甘美だった。
「お前の心には、まだ“隙”がある」
周囲の氷に、映像が浮かび上がる。
かつての村。
背を向けた人々。
石を投げる手。
恐怖と憎悪に歪んだ顔。
そして――
凍りついた人々。
動かない。
声を上げない。
セレナが、凍らせてしまった村。
「見ろ」
魔王の声が、囁く。
「お前がしたことだ」
胸が締め付けられる。
「……違う……」
否定の言葉は、弱々しい。
「私は……守ろうと……」
「結果は同じだ」
魔王は淡々と言う。
「お前がいる限り、誰かが傷つく」
「お前が存在する限り、世界は凍る」
セレナの心に、罪悪感が広がる。
逃げ場のない思考。
(私が……いなければ……)
(誰も……傷つかない……)
「そうだ」
魔王は微笑む気配を滲ませる。
「だから――戻れ」
「すべてを凍らせれば、苦しみは終わる」
セレナは、膝をつく。
氷の床に、手をつく。
呼吸が乱れる。
心が、重く沈んでいく。
(私は……)
(救われる資格なんて……)
そのとき――
遠くで、声がした。
「……セレナ」
微かで、だが確かな声。
悠の声。
闇の中で、その声だけが、届く。
「……ここにいる」
「……一人じゃない」
魔王の声が重なる。
「聞くな」
「その男は、いずれお前を捨てる」
「人は、必ず裏切る」
セレナの心が揺れる。
だが、悠の声は、途切れない。
「……お前がしたことも」
「……弱さも」
「……全部含めて、お前だ」
魔王が、苛立ちを滲ませる。
「欺瞞だ」
「過去は消えない」
悠の声が、強くなる。
「消えなくていい」
「消さなくていい」
セレナの瞳が揺れる。
「……それでも……」
掠れた声で、問いかける。
「……それでも……いいの……?」
闇が、一瞬、静まる。
次の瞬間――
悠の声が、即座に返る。
「それでも、いい」
迷いのない声。
「だから、戻ってこい」
その言葉が、胸に刺さる。
氷で固めてきた心に、深く。
セレナの中で、何かが崩れる。
完璧だったはずの氷が、音を立ててひび割れる。
魔王の声が、荒れる。
「愚かだ!」
「戻れば、再び苦しむぞ!」
セレナは、立ち上がる。
震える足で。
それでも、前を向く。
「……それでも……」
小さな声。
「……私は……生きたい……」
氷に覆われた心に、亀裂が走る。
そこから、光が差し込む。
セレナは、闇に背を向ける。
自分の意思で。
自分の足で。
氷を砕き、手を伸ばす。
その瞬間――
現実世界で、セレナの魔力が大きく揺れた。
悠の腕の中で、氷が砕ける音がする。
冷気が、弾ける。
セレナの身体が、大きく息を吸い込む。
「……っ、は……」
瞳に、光が戻る。
完全ではない。
まだ、傷は深い。
だが――
そこには、確かに“意志”があった。
悠は、強く抱きしめたまま、離れない。
「……戻ってきたな」
セレナは、何も言えない。
ただ、震えながら、悠の胸に額を預ける。
救われたわけではない。
すべてが終わったわけでもない。
それでも。
闇に堕ちる選択を、自分で拒んだ。
その一歩が、確かに刻まれた。
雪原に、静かな風が吹く。
凍てつく夜は、まだ終わらない。
だが――
夜明けは、確かに近づいていた。
砕けた氷刃の残滓が雪に溶け、荒れていた魔力の流れが緩やかに収束していく。
吹き荒れていた冷気は弱まり、雪原には、張りつめた静寂だけが残った。
だが――それは、安堵ではなかった。
セレナの胸の奥で、何かが軋む。
氷が、再び音を立てて締め上げられていく。
抱きしめられた温もりの中で、セレナは微かに息を詰めた。
「……っ」
悠は気づく。
セレナの身体が、震え始めていることに。
外側ではない。
寒さでも、恐怖でもない。
内側からの震えだった。
次の瞬間、セレナの意識は――暗転する。
視界が閉ざされ、音が遠のき、世界が沈む。
そこにあったのは、氷と闇だけの空間だった。
果てのない黒。
地面は氷で覆われ、空もまた凍りついている。
誰もいない。
ただ、セレナだけが、独り立っていた。
「……やはり、ここへ戻ってきたか」
低く、重い声が響く。
闇の奥から、影が滲むように現れる。
姿は定まらない。
だが、圧倒的な存在感だけが、空間を支配する。
魔王。
セレナは唇を噛みしめる。
「……来ないで……」
「無駄だ」
声は、冷酷で、甘美だった。
「お前の心には、まだ“隙”がある」
周囲の氷に、映像が浮かび上がる。
かつての村。
背を向けた人々。
石を投げる手。
恐怖と憎悪に歪んだ顔。
そして――
凍りついた人々。
動かない。
声を上げない。
セレナが、凍らせてしまった村。
「見ろ」
魔王の声が、囁く。
「お前がしたことだ」
胸が締め付けられる。
「……違う……」
否定の言葉は、弱々しい。
「私は……守ろうと……」
「結果は同じだ」
魔王は淡々と言う。
「お前がいる限り、誰かが傷つく」
「お前が存在する限り、世界は凍る」
セレナの心に、罪悪感が広がる。
逃げ場のない思考。
(私が……いなければ……)
(誰も……傷つかない……)
「そうだ」
魔王は微笑む気配を滲ませる。
「だから――戻れ」
「すべてを凍らせれば、苦しみは終わる」
セレナは、膝をつく。
氷の床に、手をつく。
呼吸が乱れる。
心が、重く沈んでいく。
(私は……)
(救われる資格なんて……)
そのとき――
遠くで、声がした。
「……セレナ」
微かで、だが確かな声。
悠の声。
闇の中で、その声だけが、届く。
「……ここにいる」
「……一人じゃない」
魔王の声が重なる。
「聞くな」
「その男は、いずれお前を捨てる」
「人は、必ず裏切る」
セレナの心が揺れる。
だが、悠の声は、途切れない。
「……お前がしたことも」
「……弱さも」
「……全部含めて、お前だ」
魔王が、苛立ちを滲ませる。
「欺瞞だ」
「過去は消えない」
悠の声が、強くなる。
「消えなくていい」
「消さなくていい」
セレナの瞳が揺れる。
「……それでも……」
掠れた声で、問いかける。
「……それでも……いいの……?」
闇が、一瞬、静まる。
次の瞬間――
悠の声が、即座に返る。
「それでも、いい」
迷いのない声。
「だから、戻ってこい」
その言葉が、胸に刺さる。
氷で固めてきた心に、深く。
セレナの中で、何かが崩れる。
完璧だったはずの氷が、音を立ててひび割れる。
魔王の声が、荒れる。
「愚かだ!」
「戻れば、再び苦しむぞ!」
セレナは、立ち上がる。
震える足で。
それでも、前を向く。
「……それでも……」
小さな声。
「……私は……生きたい……」
氷に覆われた心に、亀裂が走る。
そこから、光が差し込む。
セレナは、闇に背を向ける。
自分の意思で。
自分の足で。
氷を砕き、手を伸ばす。
その瞬間――
現実世界で、セレナの魔力が大きく揺れた。
悠の腕の中で、氷が砕ける音がする。
冷気が、弾ける。
セレナの身体が、大きく息を吸い込む。
「……っ、は……」
瞳に、光が戻る。
完全ではない。
まだ、傷は深い。
だが――
そこには、確かに“意志”があった。
悠は、強く抱きしめたまま、離れない。
「……戻ってきたな」
セレナは、何も言えない。
ただ、震えながら、悠の胸に額を預ける。
救われたわけではない。
すべてが終わったわけでもない。
それでも。
闇に堕ちる選択を、自分で拒んだ。
その一歩が、確かに刻まれた。
雪原に、静かな風が吹く。
凍てつく夜は、まだ終わらない。
だが――
夜明けは、確かに近づいていた。
10
あなたにおすすめの小説
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
俺の家に異世界ファンタジーガチャが来た結果→現実世界で最強に ~極大に増えていくスキルの数が膨大になったので現実世界で無双します~
仮実谷 望
ファンタジー
ガチャを廻したいからそんな理由で謎の異世界ガチャを買った主人公はガチャを廻して自分を鍛えて、最強に至る。現実世界で最強になった主人公は難事件やトラブルを解決する。敵の襲来から世界を守るたった一人の最強が誕生した。そしてガチャの真の仕組みに気付く主人公はさらに仲間と共に最強へと至る物語。ダンジョンに挑戦して仲間たちと共に最強へと至る道。
ガチャを廻しまくり次第に世界最強の人物になっていた。
ガチャ好きすぎて書いてしまった。
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる