極道のススメ

KAORUwithAI

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第6話 救命士の極道

極道とは、その道を極めた者のことを言う。

昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。

刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。

料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。

だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。

黒川鉄矢の取材から数日後。
白石龍臣は再び同じ消防署を訪れていた。

理由はひとつ——
「黒川以外にも、もう一人“極道の匂いがする男”がいる」と
編集長から聞かされたからだ。

署員に尋ねると、誰もが同じ名前を口にした。

「救命士の**城ヶ崎航(じょうがさき こう)**だろうな」
「黒川さんとは真逆のタイプだけど、腕は本物だよ」
「命を救う時の集中力……あれは職人だ」

黒川が“火に向かう極道”なら、
城ヶ崎航は“死と戦う極道”なのだという。

龍臣は救急車の前で待つ男を見つけた。

白いヘルメットに、落ち着いた瞳。
背筋が伸び、動きには無駄が一切ない。

これが——
城ヶ崎航(34歳)。

龍臣が声をかけると、城ヶ崎は静かに微笑んだ。

「取材……ですか。
 黒川さんに続いて、今度は僕の番ですか」

その声は柔らかいが、奥に強い芯がある。

「救命士の仕事は地味ですよ。
 火と戦う黒川さんのほうが、ずっと“物語”になります」

「でも、あなたの名前が最初に出ました」

龍臣の言葉に、城ヶ崎は僅かに目を見開いた。

「……そうですか」

彼はその一言に、少しだけ嬉しそうに見えた。

その瞬間、緊急無線が鳴り響いた。

《意識不明、心肺停止の可能性あり!》

救急車のライトが点滅し、城ヶ崎は駆け出す。

「白石さん、後部座席へ!」

龍臣も乗り込むと、救急車はサイレンと共に街を走り抜けた。

現場は公園。
ランニング中の男性が倒れたらしい。

周りには動揺した人々の輪ができている。

城ヶ崎は駆け寄り、跪くと同時に状況を把握した。

「脈なし。呼吸なし。——心肺停止」

同行した隊員がAEDを準備する。
城ヶ崎は患者の胸に手を添え、迷いなく胸骨圧迫を開始した。

その手には、一切の震えがなかった。

「1、2、3、4……!」

一定のリズムで圧迫する。
汗が流れても止まらない。

AEDが準備される。

「離れて!」

電気ショック。
患者の体が跳ねる。

だが、反応はない。

周囲の空気が沈む。
龍臣は胸が苦しくなる。

——この人は助からないのか。

だが。

城ヶ崎は一瞬たりとも止まらない。

「続けるぞ! 脈が戻るまで諦めない!」

その声は静かだが、確固たる意志があった。

黒川が火の前で迷わないように、
城ヶ崎も“死”の前で一切迷わない。

胸骨圧迫が続き、
AEDを再び使用し——

「……脈、戻った!」

隊員の声に、周囲の空気が一気に震えた。

城ヶ崎は深く息をつきながら
「病院へ急ぐ!」
と指示を出し、救急車は走り出す。

龍臣はその横顔を見つめた。

——この人もまた、命に向かう極道だ。

病院に患者を引き渡した後、
署へ戻る車内で龍臣は尋ねた。

「……怖くないんですか? “死”の一歩手前の現場で」

城ヶ崎は窓の外を見つめながら答える。

「怖いですよ。
 助からないかもしれないプレッシャーは、僕を今も苦しめる」

「でも、あなたは迷わなかった」

城ヶ崎は微笑んだ。

「迷いません。
 僕が一秒迷えば、患者の命が一秒遠ざかる」

それは黒川と同じ言葉だった。

だが、その裏にあるものは違った。

「僕は……火に飛び込む黒川さんとは違う。
 ただ静かに、“死”の前で諦めないだけです」

龍臣は気づく。

黒川が火に立ち向かう“武の極道”なら——
城ヶ崎航は、
**命を繋ぐ“医の極道”**なのだ。

龍臣が尋ねると、
城ヶ崎は視線を落とし、静かに語り始めた。

「……救命士になって一年目。
 僕は一人の命を救えなかった」

龍臣は黙って聞いた。

「その日……僕の判断が遅れたんです。
 それが原因かどうかは分からない。
 でも、僕は“迷った”」

城ヶ崎は胸に手を置いた。

「それ以来……傷病者の前では決して
迷わないと決めました」

声は震えていたが、その瞳は強かった。

「迷わないっていうのは……恐れを捨てることじゃない。
 恐れを抱えながら、それでも一歩踏み出すことなんです」

龍臣は深く頷いた。

——なんて強い人なんだ。

署に戻ると、黒川鉄矢がホースを片付けていた。

「おい城ヶ崎。今日の現場、聞いたぞ」

「黒川さんこそ、火事の対応お疲れさまです」

黒川が笑いながら肩を叩く。

「お前の方がすげぇよ。
 火は相手が見えるが、
 お前は“死と戦ってる”」

城ヶ崎は首を振る。

「火に飛び込むあなたの方が勇気がありますよ」

互いに謙遜しながらも、
互いを深く尊敬しているのがわかる。

龍臣は思った。

——この署には、二人の本物の極道がいる。

そこへ、ふと黒い影が差した。

桐生遼が署の前に立っていた。

遼は二人の男を見て、
静かに、しかし誇らしげに言った。

「鉄。航。
 お前たちみたいな人間がいる限り……
 この国は、そう簡単に死なねぇよ」

黒川も城ヶ崎も、照れたように笑った。

龍臣はその言葉を胸に刻んだ。

取材を終え、龍臣はノートを閉じた。

「極道とは、死に屈せず、命に向かう覚悟である。」

火と戦い、
死と戦い、
命に向き合う者たち。

彼らの背中は、
どんな英雄より美しかった。

龍臣は署を後にしながら思った。

——極道は、どこにだって息づいている。
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