極道のススメ

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第7話 医師の極道

極道とは、その道を極めた者のことを言う。

昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。

刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。

料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。

だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。

救命士・城ヶ崎航の取材を終えた直後、
白石龍臣は編集長から次の取材先を告げられた。

「医者だ。救急専門の医師。
 腕だけなら県内で右に出る者はいねぇらしい」

医師もまた、人の生死に最前線で向き合う職業。
龍臣は胸が高鳴った。

その医師の名は——
朝倉悠真(あさくら ゆうま)、42歳。

救急医として知られ、
同業者からは“化け物”と評されるほどの人物だという。

龍臣が訪れたのは、市内最大級の救急病院。
朝の救急外来は既に戦場さながらだった。

受付の看護師に案内され、救急処置室へ入る。

そこで龍臣は“極道の匂い”をすぐに感じた。

白衣の男がいた。
無駄のない動きで患者のCT画像を確認し、
インターンに指示を飛ばしている。

「血圧は? 収縮期いくつだ」
「心タンポナーデ疑い。今すぐエコーしろ」
「挿管——僕がやる。準備急げ」

冷静だが、異様な集中力。
これが 朝倉悠真 だ。

龍臣が声をかけようとしても、朝倉は首だけ振った。

「話は落ち着いてから。今は一秒が惜しい」

迷いの欠片もない言い方だった。

患者の処置が終わると、朝倉は手袋を外しながら龍臣に向き合った。

「……さて、落ち着いた。話そう」

「すごい迫力でした……朝倉先生は、迷いなく医療をしているように見えました」

朝倉は淡々と答える。

「迷いを出すのは医者ではなく家族の役目だ。
 医者は、迷う時間を許されていない」

その目には、炎よりも強いものが宿っていた。

「僕らの“ミス”は、失点では終わらない。
 一つの判断が、一つの命を消す。
 だから——迷わないように訓練するしかない」

まさに医の極道。

だが龍臣は気づいた。
朝倉は“迷いない動き”の奥に、何か影のようなものを抱えている。

休憩室でコーヒーを飲みながら、朝倉は意外なことを語った。

「黒川鉄矢、城ヶ崎航……二人の名前は聞いている」

龍臣は驚いた。

「ご存知なんですか?」

「救急医は消防と救命士と共に生きている。
 彼らがいなければ、僕らは命に触れることもできない」

その声には深い敬意が込められていた。

「黒川さんは“火で命を守る男”ですね。
 城ヶ崎さんは、“死と戦う男”でした」

朝倉は少し笑った。

「僕は……その後ろで受け止めるだけだよ。
 でも、その“後ろ”が一番重い」

龍臣には、その言葉の意味がまだ理解できていなかった。

その時、緊急アラームが鳴った。

《交通事故、多数傷病者!》

救急車が次々と到着し、
血まみれの患者たちが運び込まれる。

朝倉の表情が変わった。

「取材なら見ていけ。
 これが、医者の極道だ」

龍臣は息を呑む。

朝倉は矢のようなスピードで患者を仕分けていく。

「この人は意識あり、呼吸浅い。O2マスク!
 こっちはFAST陽性、腹腔内出血だ。オペ室に伝えろ!」

混乱の中でも声は揺れない。
絶対に折れない芯がある。

だが、一人の少女が運び込まれた時——
状況は変わった。

胸骨圧迫を受けている。
瞳孔が開きかけていた。

「……ダメかも……」
若い研修医が言いかけた瞬間、

朝倉の声が飛んだ。

「諦めるのは本人じゃない! その手を動かせ!」

声は鋭く、しかし祈るようだった。

朝倉は少女の心臓マッサージを引き取り、
素早く気管挿管を行い、
AEDを使い……
それでも状況は好転しない。

数分後——
無情にも、時は過ぎていった。

医療チームは全力を尽くしたが、
少女は帰ってこなかった。

若い研修医が震える声で言った。

「すみません……先生……」

朝倉は静かに、少女の瞼を閉じた。

「謝るな。命の前で、僕たちは常に“足りない者”だ」

彼の声は震えていなかった。
しかし、目の奥の痛みは龍臣にも分かった。

処置室から出ると、龍臣は朝倉の背中を見つめた。

「……辛くないんですか?」

朝倉は静かに言った。

「辛いに決まっている。
 どれだけ助けても、どれだけ勉強しても、
 救えない命は必ずある」

そして、胸に指を当てた。

「ここにいるよ。今も……昔の患者たちも」

その姿は、火に立ち向かう黒川や、
死と戦う城ヶ崎とも違う。

朝倉は、
“死を受け止め続ける極道” だった。

「救えなかった命を忘れた時……
 医者は終わりだ。
 思い続けることが、僕の極道だ」

帰り際、病院の外で見慣れた影が立っていた。

黒いロングコート。
桐生遼だ。

遼は朝倉を見て言った。

「今日も……背負ったか」

朝倉は短く笑った。

「お前には敵わないよ。
 昔から、よく見てるな」

遼は龍臣に向き直り、静かに語った。

「医者ほど孤独な極道はいない。
 救っても救っても、“救えなかった影”が消えないんだ」

朝倉は少しだけ目を伏せた。

「でも……その影があるから、次を救える」

龍臣は胸が熱くなった。

取材を終え、龍臣はノートに記す。

「極道とは、救えなかった命と共に生きる強さでもある。」

火と戦う者も、死と戦う者も、
そして救った命を背負い、
救えなかった命を抱きしめる者も——

どれも同じ“極道”の形だった。

龍臣はその夜、深く思った。

——医師もまた、静かに命に向かう極道である。
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