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第8話 看護師の極道
極道とは、その道を極めた者のことを言う。
昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。
刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。
料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。
だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。
救命士・城ヶ崎の取材を終えた翌日、
白石龍臣は同じ病院の救急病棟へ向かっていた。
今回のテーマは
「患者の一番近くにいる極道」——看護師。
医師や救命士とはまた違う、
“寄り添いの現場”を描く仕事。
案内してくれたのは救急医・朝倉悠真だった。
「白石さん、一番話を聞くべき相手は医者じゃない。
“看護師”だよ。あの人たちこそ、命と心の最前線にいる」
そう言いながら朝倉が指し示した先で、
龍臣はひとりの女性を見つけた。
凛とした姿勢。
温かい笑顔。
だが、目には曇りのない強さがある。
——彼女が、
北見千鶴(きたみ ちづる)。
救急病棟を束ねる主任看護師だ。
「取材? 大丈夫ですよ、できる範囲で」
千鶴は笑顔でそう言い、
いつもの業務に戻った。
患者のベッドで毛布を直す。
不安そうな家族に声をかける。
泣き出しそうな新人看護師の肩にそっと手を添える。
医師の朝倉とは違う光だ。
剣のような鋭さではなく、
灯火のような優しさ。
龍臣は尋ねる。
「看護師の仕事って、どんな“極道”なんでしょうか?」
千鶴は少し驚いた顔をし、微笑む。
「極道なんて大それたものじゃありませんよ。
でも……私たちが守っているのは“患者さんの生きる時間”です」
「時間……?」
「はい。医師は命を助けます。
私たちは、その命が“どう生きるか”を支えます」
龍臣は目を見開いた。
千鶴は続けた。
「患者さんが安心して眠れるように。
家族が少しでも前を向けるように。
怖がっている人の手を握る。
それだけで、救われる時間があるんです」
それは、どんな医療行為よりも深い言葉だった。
その時、廊下の奥から叫び声が聞こえた。
「いやあぁぁ! 帰る! ここじゃない!!」
310号室の認知症の高齢女性が、
点滴を抜き暴れていた。
若い看護師がオロオロしながら言う。
「主任! どうしたら……!」
千鶴は小走りで向かいながら言った。
「大丈夫。まず自分が安全になる位置に立って」
的確な指示。
新人は慌てて位置を変えた。
千鶴は女性の前しゃがみ、
優しい声で語りかけた。
「さくらさん、千鶴ですよ。
今日はね、お昼にあなたの好きなコロッケが出ますよ」
暴れていた手が止まる。
「……ちづる……?」
「ええ、そうです。冷たくて痛かったですよね。ごめんなさい。
一緒にゆっくりお部屋に戻りましょう」
患者は泣きながら千鶴の手を握った。
新人看護師が震える声で言った。
「主任……私、怖くて……どうしたらよかったのか……」
千鶴は肩に手を置いた。
「怖いと思えるのは、あなたが真剣だから。
でも、患者さんに“怖い顔”を見せなければ大丈夫。
それは慣れてからでいい」
新人の瞳から涙がこぼれた。
龍臣は心が震えた。
——看護師は、
“患者の心”と“新人の心”を同時に支えていた。
しばらくして、若い男性がナースステーションに駆け寄ってきた。
「すみません! 母の容態……悪くなったって聞いて……!」
千鶴は落ち着いた声で案内し、
説明室へ通した。
朝倉医師も合流し、
男性に母親の状態を説明する。
終わると、男性は涙をこらえながら尋ねた。
「母は……苦しいんですか?」
朝倉は慎重に答えた。
「痛みは可能な限り取っています。
ただ……ご家族としては辛い時間でしょう」
男性は涙を流した。
すると千鶴は静かに寄り添った。
「大切な人の苦しみを見るのは……本当に辛いことですよね。
でも、あなたがここにいてくれるだけで、お母様はきっと安心しています」
男性は顔を覆い、泣いた。
その背中にそっと手を添える千鶴。
その姿を見て龍臣は悟った。
——医師は命を扱う。
——救命士は死と戦う。
でも看護師は、
“家族の痛み”まで抱え込んで働いている。
これが、どれほど重いことか。
取材が落ち着いた頃、龍臣は尋ねた。
「千鶴さんは……迷うことはないんですか?」
千鶴は柔らかく笑ったが、
その奥に小さな影が揺れた。
「迷いますよ。たくさん」
「たとえば……?」
千鶴は少し目を伏せ、語り出した。
「新人の頃……助けたいと思っても何もできなくて。
それで亡くなった患者さんがいたんです」
龍臣は言葉を失った。
「それ以来……患者さんの手を絶対に離さないって決めたんです。
助ける力がなくても……
一人で最期を迎えさせることは、したくないから」
声は震えていなかった。
ただ、深い決意があった。
龍臣は朝倉にも尋ねた。
「先生にとって、千鶴さんはどんな存在ですか?」
朝倉は迷わず答えた。
「僕が救うのは身体の“機能”だ。
でも千鶴さんは、患者の“人生”をごっそり受け止める。
医者にできないことを、平然とやってのける人だよ」
そして続けた。
「医者は強くあるべきだと思われがちだが……
一番折れそうになるのは看護師だ。
それでも寄り添い続ける。
——あれこそ、極道だ」
龍臣は深く頷いた。
千鶴という人物の強さが、ようやく理解できた気がした。
取材を終えると、病院の外は夕焼けに染まっていた。
龍臣はノートにこう記した。
「極道とは、人の痛みに寄り添い、
その心を支え続ける者でもある。」
火に向かう者。
死と戦う者。
命を癒す者。
そして——
心を守る者。
看護師という職業は、
静かで、誰よりも強い極道だった。
龍臣は深く息を吐きながら病院を後にした。
——またひとつ、本物の極道に出会えた。
昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。
刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。
料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。
だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。
救命士・城ヶ崎の取材を終えた翌日、
白石龍臣は同じ病院の救急病棟へ向かっていた。
今回のテーマは
「患者の一番近くにいる極道」——看護師。
医師や救命士とはまた違う、
“寄り添いの現場”を描く仕事。
案内してくれたのは救急医・朝倉悠真だった。
「白石さん、一番話を聞くべき相手は医者じゃない。
“看護師”だよ。あの人たちこそ、命と心の最前線にいる」
そう言いながら朝倉が指し示した先で、
龍臣はひとりの女性を見つけた。
凛とした姿勢。
温かい笑顔。
だが、目には曇りのない強さがある。
——彼女が、
北見千鶴(きたみ ちづる)。
救急病棟を束ねる主任看護師だ。
「取材? 大丈夫ですよ、できる範囲で」
千鶴は笑顔でそう言い、
いつもの業務に戻った。
患者のベッドで毛布を直す。
不安そうな家族に声をかける。
泣き出しそうな新人看護師の肩にそっと手を添える。
医師の朝倉とは違う光だ。
剣のような鋭さではなく、
灯火のような優しさ。
龍臣は尋ねる。
「看護師の仕事って、どんな“極道”なんでしょうか?」
千鶴は少し驚いた顔をし、微笑む。
「極道なんて大それたものじゃありませんよ。
でも……私たちが守っているのは“患者さんの生きる時間”です」
「時間……?」
「はい。医師は命を助けます。
私たちは、その命が“どう生きるか”を支えます」
龍臣は目を見開いた。
千鶴は続けた。
「患者さんが安心して眠れるように。
家族が少しでも前を向けるように。
怖がっている人の手を握る。
それだけで、救われる時間があるんです」
それは、どんな医療行為よりも深い言葉だった。
その時、廊下の奥から叫び声が聞こえた。
「いやあぁぁ! 帰る! ここじゃない!!」
310号室の認知症の高齢女性が、
点滴を抜き暴れていた。
若い看護師がオロオロしながら言う。
「主任! どうしたら……!」
千鶴は小走りで向かいながら言った。
「大丈夫。まず自分が安全になる位置に立って」
的確な指示。
新人は慌てて位置を変えた。
千鶴は女性の前しゃがみ、
優しい声で語りかけた。
「さくらさん、千鶴ですよ。
今日はね、お昼にあなたの好きなコロッケが出ますよ」
暴れていた手が止まる。
「……ちづる……?」
「ええ、そうです。冷たくて痛かったですよね。ごめんなさい。
一緒にゆっくりお部屋に戻りましょう」
患者は泣きながら千鶴の手を握った。
新人看護師が震える声で言った。
「主任……私、怖くて……どうしたらよかったのか……」
千鶴は肩に手を置いた。
「怖いと思えるのは、あなたが真剣だから。
でも、患者さんに“怖い顔”を見せなければ大丈夫。
それは慣れてからでいい」
新人の瞳から涙がこぼれた。
龍臣は心が震えた。
——看護師は、
“患者の心”と“新人の心”を同時に支えていた。
しばらくして、若い男性がナースステーションに駆け寄ってきた。
「すみません! 母の容態……悪くなったって聞いて……!」
千鶴は落ち着いた声で案内し、
説明室へ通した。
朝倉医師も合流し、
男性に母親の状態を説明する。
終わると、男性は涙をこらえながら尋ねた。
「母は……苦しいんですか?」
朝倉は慎重に答えた。
「痛みは可能な限り取っています。
ただ……ご家族としては辛い時間でしょう」
男性は涙を流した。
すると千鶴は静かに寄り添った。
「大切な人の苦しみを見るのは……本当に辛いことですよね。
でも、あなたがここにいてくれるだけで、お母様はきっと安心しています」
男性は顔を覆い、泣いた。
その背中にそっと手を添える千鶴。
その姿を見て龍臣は悟った。
——医師は命を扱う。
——救命士は死と戦う。
でも看護師は、
“家族の痛み”まで抱え込んで働いている。
これが、どれほど重いことか。
取材が落ち着いた頃、龍臣は尋ねた。
「千鶴さんは……迷うことはないんですか?」
千鶴は柔らかく笑ったが、
その奥に小さな影が揺れた。
「迷いますよ。たくさん」
「たとえば……?」
千鶴は少し目を伏せ、語り出した。
「新人の頃……助けたいと思っても何もできなくて。
それで亡くなった患者さんがいたんです」
龍臣は言葉を失った。
「それ以来……患者さんの手を絶対に離さないって決めたんです。
助ける力がなくても……
一人で最期を迎えさせることは、したくないから」
声は震えていなかった。
ただ、深い決意があった。
龍臣は朝倉にも尋ねた。
「先生にとって、千鶴さんはどんな存在ですか?」
朝倉は迷わず答えた。
「僕が救うのは身体の“機能”だ。
でも千鶴さんは、患者の“人生”をごっそり受け止める。
医者にできないことを、平然とやってのける人だよ」
そして続けた。
「医者は強くあるべきだと思われがちだが……
一番折れそうになるのは看護師だ。
それでも寄り添い続ける。
——あれこそ、極道だ」
龍臣は深く頷いた。
千鶴という人物の強さが、ようやく理解できた気がした。
取材を終えると、病院の外は夕焼けに染まっていた。
龍臣はノートにこう記した。
「極道とは、人の痛みに寄り添い、
その心を支え続ける者でもある。」
火に向かう者。
死と戦う者。
命を癒す者。
そして——
心を守る者。
看護師という職業は、
静かで、誰よりも強い極道だった。
龍臣は深く息を吐きながら病院を後にした。
——またひとつ、本物の極道に出会えた。
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