極道のススメ

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第9話 おくりびとの極道

極道とは、その道を極めた者のことを言う。

昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。

刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。

料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。

だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。

救急医・朝倉、看護師・千鶴の取材を終えた白石龍臣は、
これまでにない“静けさ”を感じながら火葬場のある市の葬祭センターを訪れていた。

編集長からのメモには一言だけ書かれていた。

「死を癒やす極道――納棺師」

医療の世界で“生”を見つめてきた龍臣にとって、
“死を扱う職人”は未知の領域だった。

センターの控室で、
ひとりの男性が静かに線香を整えていた。

それが——

納棺師・村瀬 悠斗(むらせ ゆうと) 39歳。

柔らかい眼差し。
落ち着いた声。
だが、言葉の奥にはどこか深い覚悟が見え隠れしていた。

龍臣が名刺を渡すと、村瀬は穏やかに微笑んだ。

「納棺師の取材……珍しいですね。
 でも、こういう仕事があることを知ってもらえるのは嬉しいです」

「職業の“極道”をテーマにしていて……
 納棺師こそ、その究極だと聞きました」

村瀬は首を振る。

「極道なんて。私はただ、亡くなった方を
 “最後まで人間として扱う”だけですよ」

その言葉に、龍臣は思わず息を飲んだ。

命を救う医師とは逆方向。
だが、同じくらい尊い仕事だと思った。

村瀬は続ける。

「患者さんとしてじゃない。遺体としてじゃない。
 “ひとりの人生を終えた人”として扱うこと。
 それが、納棺師の一番の役目です」

その声は柔らかいが、芯は揺るがない。

その日の午後、実際の納棺の儀に立ち会わせてもらうことになった。

亡くなったのは八十代の女性。
家族に囲まれ、穏やかな最期だったという。

遺族の許可を得て、龍臣は部屋の隅から様子を見届けた。

村瀬は遺族に深く頭を下げる。

「大切な方の旅立ちに、心を込めてお手伝いさせていただきます」

作業は丁寧で、ひとつひとつが“祈り”のようだった。

髪を整え、
顔を拭い、
まつげをそっとなでる。

家族が涙を流しながら声を上げると、
村瀬は手を止め、静かに待った。

決して急かさない。
決して邪魔をしない。

龍臣は思う。

——医者は命を救う。
——看護師は心を支える。
でも納棺師は……

“死を静かに受け入れる場所をつくる職人”だ。

作業が終わり、村瀬は龍臣に語った。

「人はよく言います。
 “死体が怖い”“遺体が苦手”と。
 でも、私は思うんです」

村瀬の目がまっすぐ龍臣を見た。

「死は、決して怖くなんかない」

「……」

「怖く見えるなら、それは人が“恐れ”と“偏見”を上塗りしているだけ。
 本当の死は……とても静かで、優しいものなんです」

龍臣は胸が締めつけられた。

村瀬は続けた。

「怖がられる仕事だけど……
 私たちは、亡くなった人を“怖くない存在”に戻すんです。
 家族が、触れられるように」

龍臣は心の底から思った。

——なんて深い仕事なんだ。

村瀬は、少し影のある表情で語り始めた。

「この仕事をしていて、一番つらいのは……
 亡くなった方の姿ではなく、遺族の“後悔”です」

「後悔……」

「『もっと優しくしてあげればよかった』
 『あの日会いに行っていれば』
 『あの言葉を言わなきゃよかった』」

村瀬はゆっくり目を閉じた。

「その痛みが、胸に刺さるんです。
 死を前にした後悔は、誰にも軽くできません」

龍臣も喉がつまる。

「じゃあ、村瀬さんはどう向き合うんですか……?」

「私はね。
 “遺族の心の苦しみを、自分の中に流す”んです」

その言葉は、あまりにも重かった。

「誰かの痛みを受け入れると、自分も苦しくなります。
 でも……苦しむからこそ、寄り添える」

——寄り添うために、痛みを引き受ける。

これも極道だ。

しばらくして、村瀬はふと語り出した。

「……実は、辞めようと思った時期があったんです」

龍臣は耳を傾けた。

「若い頃、ある事故で……
 小さな子どもを納棺しました」

声が震える。

「その子の母親が泣き崩れて……
 『お願いです、代わりに私を入れてください』って」

龍臣の胸が苦しくなる。

「その時、自分の無力さを呪った。
 “おくりびと”なんて……何も救えない。
 そう思って、仕事を辞めるつもりでした」

村瀬は苦い笑みを浮かべた。

「でも……その母親が言ったんです」

——『あなたが綺麗にしてくれて、本当に良かった』
——『最後に、笑顔で眠ってるみたいだった』

村瀬の目に涙が浮かんだ。

「救えなくても、寄り添うことはできる。
 その言葉が……私を、この道に戻してくれました」

見送りの儀を終え、家族が帰る頃。

村瀬の手は冷えきっていた。
だが、その指先には“温もりを戻す仕事”の痕跡が確かにあった。

龍臣は静かに訊いた。

「村瀬さんにとって……極道とは?」

村瀬は、しばらく空を見上げ——
淡く微笑んだ。

「極道とはね……
 誰かの“終わり”に向き合う覚悟だと思います」

「終わり……」

「人は、死に出会うと弱くなる。
 遺族も、自分も。
 その弱さを抱きしめながら仕事を続けるのが、納棺師の極道なんです」

その言葉は、
これまで出会った職人たちの言葉とは違う質の重さを持っていた。

火に向かう極道。
命に向かう極道。
心に寄り添う極道。

そして——
死に向かい、静かに見送る極道。

龍臣は深く息を吸い込んだ。

取材を終え、帰り道で龍臣はノートを開いた。

「極道とは、生も死も“汚いものではない”と信じる強さである。」

人は必ず死ぬ。
だが、その死をどう迎えるかは、
“おくりびと”の仕事によって大きく変わる。

村瀬の手が作るのは、
死者の姿ではなく——

残された者が前を向くための“最後の記憶”。

龍臣は静かにペンを置いた。

——またひとつ、深い極道に出会えた。
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