極道のススメ

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第12話 警備員の極道

極道とは、その道を極めた者のことを言う。

昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。

刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。

料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。

だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。

警備員——
世間では“底辺のブルーカラー”などと言われることもある。
だが編集長は言った。

「だからこそ面白いんだ。
 “底辺なんて呼ばれても、仕事に命をかける極道”を見つけてこい」

その言葉に導かれ、白石龍臣は
巨大な商業施設の警備室を訪れていた。

ガラス一枚の破損、
一人の不審者、
一度の事故——
どれも大惨事につながる現場。

そこで働く男が、今回の取材対象だった。

鬼頭 直樹(きとう なおき)、52歳。
20年以上のベテラン警備員。

小柄だが背筋が伸び、眼光は鋭い。
制服は丁寧に手入れされており、靴も艶がある。

“底辺”と呼ばれる仕事に、これほどの品格を持つ男がいるとは——
龍臣は胸を打たれた。

鬼頭はコーヒーを注ぎながら言った。

「警備というのはな、
 人の“良心”と“悪意”の境目に立つ仕事だ」

「境目……?」

「人間の行動ってのは恐ろしい。
 普通の客が、ふと魔が差して万引きする。
 温厚な男が突然怒鳴り散らす。
 笑顔で歩いていた女の子が急に倒れる」

鬼頭は淡々と言う。

「ワシら警備員は、その全部を“最初に見る”役目だ」

その言葉の重さに、龍臣は息を呑んだ。

商業施設はにぎわっている。
しかし警備員の存在は、ほとんどの人が意識しない。

「いいか、白石さん。
 客はな、警備員が“いないこと”を当然と思ってる」

鬼頭は笑いながらもどこか寂しげだ。

「でもな、いないと困るのも警備員なんだ。
 困ったときだけ頼りにされて、それ以外は透明人間だ」

そして続けた。

「誰も見てない。褒められない。感謝もされない。
 それでも立ち続けるのが、警備の仕事だ。」

——孤独。

しかしそこに、強靭な意志の気配があった。

巡回に同行させてもらうと、鬼頭の視線が止まる。

「今の高校生、手に妙な bulge(ふくらみ)があったな。
 万引きのサインだ」

「さっきの夫婦、喧嘩してる。
 不用意に声をかけると火がつくタイプだ」

「スーツの男、フロアを三周した。
 何か探してる……子どもか?」

その洞察は、まるで刑事。
いや、刑事以上かもしれない。

「警備員は、“怪しい奴を探す”んじゃない。
 “危険になる前の兆候”を見るんだ」

鬼頭の瞳は獣のように鋭かった。

その時だった。

「キャアアアッ!! おじいちゃんが倒れた!!」

客の叫び声が響いた。

鬼頭は迷いなく駆け出す。

高齢男性が床に倒れ、意識がない。
心臓発作だ。

鬼頭は迷わず膝をつき、呼吸を確認し、
AEDを持ってくるよう部下に指示。

「白石さん、後ろに下がって!」

声は強く、しかし冷静。

胸骨圧迫を開始する。

「1、2、3、4……!」

汗をかきながら、必死に押し続ける。

警備員の仕事は“立っているだけ”だと思われている。

だがその実、
命の最前線に立たされる瞬間がある。

AEDショック。
そして再度の圧迫。

数分後、救急隊が到着し、鬼頭は淡々と状況を説明する。

高齢男性はかすかに呼吸を取り戻した。

周囲から安堵の声と拍手が起こる。

しかし鬼頭は、ただ深く息を吐いた。

「助かった……よかった」

その目には涙が光っていた。

休憩室で龍臣は尋ねた。

「鬼頭さん……警備員って、すごい仕事ですね」

鬼頭は苦笑した。

「すごくはないよ。地味で、汚くて、不規則で……
 誰もなりたがらん仕事だ」

しかし、その表情はどこか誇らしげだ。

「でもな、白石さん。
 ワシら警備員は、人が安全でいられる“当たり前”を作っとるんだ」

「当たり前……?」

「火事が起きない。
 事件が起きない。
 誰も暴れない。
 誰も死なない。
 それを毎日“起こさない”ように見張るのが警備員なんや」

鬼頭の言葉は、静かだが真剣だった。

「ヒーローなんかじゃない。
 でもな……誰かがやらんと、この世界はすぐ壊れる」

その瞳の奥に、確かな極道の光があった。

鬼頭はポツリと語った。

「昔、ワシがまだ三十代の頃……
 仕事に誇りが持てなくなった時期があった」

「え……?」

「警備員なんて底辺、誰でもできる……
 そう言われ続けて、心が折れかけとった」

その時の話を、鬼頭は静かに語る。

「ある日、常連の老人が言ったんや。
 『今日も安全を守ってくれてありがとう』って」

老人は毎日ここに来る理由を言った。

“警備員がいると安心して歩けるから”だと。

鬼頭の目に光が宿った。

「その言葉で、ワシは救われた。
 誇りを思い出したんや」

龍臣は胸が熱くなった。

人は誰かに必要とされて初めて、
自分の存在価値を思い出せるのだ。

取材を終え、龍臣はノートに書き残した。

「極道とは、誰にも称賛されなくても、
 見返りがなくても、
 その道を貫く覚悟である。」

警備員は静かだ。
地味だ。
評価されない。

しかし——
誰よりも強く、優しく世界を支えていた。

龍臣は強く思った。

——底辺職なんかじゃない。
——ここにも、確かな極道がいる。
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