極道のススメ

KAORUwithAI

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第15話 タクシードライバーの極道

極道とは、その道を極めた者のことを言う。

昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。

刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。

料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。

だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。

タクシードライバー——
世間では「誰でもできる」と思われがちな仕事だ。
しかし編集長は言った。

「龍臣。タクシーの世界に“極道”がいるらしい。
 ただの運転手じゃない。
 “プロの魂”で客を守り、街を読み、人を見てきた男だ」

名前は
東城 誠二(とうじょう せいじ)、58歳。
35年のベテラン。

事故ゼロ、クレームゼロ。
会社内で“走る紳士”と呼ばれているという。

龍臣は深夜の営業所を訪れた。
そこには、丁寧に洗車を続ける背中があった。

東城は、落ち着いた声で言った。

「タクシーってのはね、
 お客さんの“人生の一部”に触れる仕事なんだ」

「人生……ですか?」

「ああ。
 出産に向かう夫婦、
 離婚届を出しに行く男、
 就職面接前の青年、
 最期の病院へ向かう老人……」

東城は車内のランプを優しく撫でた。

「たった10分の乗車にも、その人の“物語”が詰まってる。
 だから私は、絶対に乱暴な運転はしない」

言葉の重みが違った。

東城のタクシーは、命や希望、絶望すらも運んできたのだ。

走り出してすぐ、東城の運転の凄さが分かった。

加速は滑らか。
カーブも揺れない。
ブレーキは“止まる”ではなく“そっと置く”感覚。

龍臣が聞いてみた。

「……どうしてこんなに乗り心地が良いんですか?」

東城は即答した。

「お客を見てるんじゃない。
 お客の“空気”を感じてるんだよ。」

「空気……?」

「急いでる空気。
 話したい空気。
 話したくない空気。
 泣きたい空気。
 怒ってる空気……」

東城の声は淡々としていた。

「空気を読むのは、営業でも接客でも必須だけど……
 タクシーは“逃げ場のない密室”だから、より敏感になるんだ」

たしかに密室で空気を読み違えることは、
お客にも運転手にも危険をもたらす。

東城は続けた。

「昔、一度だけ“空気を読めなかった”せいで、
 客を怒らせてしまったことがあってね。
 あの時から決めたんだ。
 タクシー運転手は、心で運転しなきゃいけないって」

龍臣は強く頷いた。

繁華街に差し掛かった時、東城は突然ルートを変えた。

「この道はやめときましょう」

「え、どうしてですか?」

「空気が悪い」

意味が分からなかった。

しかし次の瞬間——
遠くの方で怒号と人だかりが見えた。

「喧嘩ですね。
 それに……あの角は酔っ払いの“溜まり場”なんです」

東城は静かに言う。

「タクシードライバーの技術ってのは、
 地図を覚えることじゃない。
 画面を見ることでもない。
 街の“脈”を読むことなんです。」

——街を読む。
まるで刑事や探偵のような感覚だ。

深夜1時。
繁華街から少し外れた路地で、老人がタクシーを止めた。

「……すまん、病院まで頼む……」

顔色が悪い。
呼吸も乱れている。

東城の声が緊迫する。

「白石さん、救急要請を!」

「えっ、は、はい!」

車を安全な場所に止めながら、東城は老人に声をかけ続けた。

「あんた、大丈夫。すぐ病院だ。
 寝ちゃだめだよ。
 深呼吸できますか?」

その声は落ち着きつつも強かった。

老人はかすれた声で言った。

「……あんたの、運転……安心して眠れる……」

東城は真剣な目をした。

「寝るな。病院まで“起きて”行きましょう」

救急隊とバトンタッチする頃には、老人はわずかに意識を取り戻していた。

救命士が東城に言う。

「運転手さん、判断が早かったですね。
 この対応がなければ危なかったですよ」

東城は静かに頭を下げるだけだった。

龍臣は震えた。

——タクシードライバーは“移動の極道”ではなく、
——“命の極道”だったのだ。

会社の休憩所で、東城はぽつりと語った。

「……昔、助けられなかった人がいたんです」

龍臣は黙って耳を傾ける。

「20代の頃、酔った若い女性を乗せたんです」
「『大丈夫ですか』と声をかけたら『平気』と言われた。
 でも……本当は違った」

声が震えた。

「心臓発作でした。
 僕は“平気だと言ったから”と安心してしまった」

救急車を呼んだが、手遅れだったという。

「その日からです。
 “言葉”じゃなく、“空気”を見るようになったのは。
 あの人を救えなかった分……
 他の誰かを絶対に救おうと思った」

東城の“優しさに宿る覚悟”が、
龍臣の胸を突き刺した。

営業所を出ると、
街灯の下に黒いシルエットが立っていた。

黒いコート。
静かな瞳。

桐生遼。

「遼さん……今日も?」

遼は東城を見つめ、低く言った。

「……あんたには、昔送ったことがあったな」

東城は軽く笑う。

「懐かしいね。
 あの時の君、死んだような目をしていたよ」

龍臣は驚く。

「え……遼さんが? タクシーに……?」

遼は答えない。
しかし東城は静かに語った。

「人はね、夜タクシーに乗ると“本音”が出る。
 あの頃の遼くんは……
 “生きることに迷っていた”」

遼はわずかに目を伏せた。

「……余計なことを言うな、東城」

「でもね、遼くん。
 あの夜の君の言葉、私は忘れない」

——“生きてる実感がない”。

遼は低く唸った。

「……勝手に覚えてるんじゃない。
 でも……あんたの運転は悪くなかった」

それは不器用すぎる、遼なりの賛辞だった。

東城は微笑んだ。

「ありがとう。
 私は、それで十分だ」

取材を終え、龍臣は深く息を吸った。

ノートを開き、こう記した。

「極道とは、誰かの人生の一瞬を預かる覚悟である。」

タクシードライバーは、
目的地へ運ぶだけではない。

客の感情も、
街の危険も、
生命の兆候も、
すべて読み取り、
静かに守っている。

誰よりも孤独で、
誰よりも優しい極道だった。

龍臣は夜の街を歩きながら思った。

——また一人、本物に出会ってしまった。
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