22 / 25
第22話 介護士の極道
しおりを挟む
極道とは、その道を極めた者のことを言う。
昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。
刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。
料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。
だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。
白石龍臣が今回訪れたのは、
郊外の特別養護老人ホーム「ひだまりの園」。
そこは、
家では生活が難しくなった高齢者が、
人生の最終章を過ごす場所。
泣き声も笑い声もある。
リハビリの声、介護士の声、生活の音。
命の息づかいが混ざった独特の空間だった。
今回の極道は、この施設の介護士――
葛西 直樹(かさい なおき)、41歳
介護歴20年。
穏やかな笑顔と強い腕、
そして住人たち全員から深い信頼を集める男。
職員からの紹介文にはただ一言。
「この人は、本物です」
直樹は、車椅子の女性をゆっくりと食堂へ押しながら言った。
「介護って聞くと、“お世話をする仕事”って思われがちですけど……
本当は違うんです」
龍臣「違う……?」
「“生活の全部”を支える仕事なんですよ。
食事、排泄、入浴、移動、睡眠……
そして、心の支えまで」
女性を席へ座らせると、直樹はさりげなく彼女の膝掛けを整えた。
「体の向きが少し違うだけで、
痛いところが出たり、食べ物が飲み込みにくくなったりする。
生活って、実はすごく繊細なんです」
その動作は、まるで“魂のマッサージ”だった。
龍臣は尋ねた。
「直樹さんにとって、一番難しいことは?」
直樹は少し笑いながら答えた。
「全部ですね」
「全部……?」
「介護って、
同じ人が一人としていないんですよ。
昨日できたことが今日はできない。
昨日笑った人が今日は泣く。
今日怒っていた人が明日は優しい顔をする」
龍臣はメモを取りながら聞く。
「医学の教科書にも、介護の教科書にも“正解”なんてない。
だから僕らは毎日、その人の“今日の答え”を探すんです」
それは、想像以上に深い仕事だった。
直樹は龍臣を一つの居室へ案内した。
ベッドで横になっているのは、
寝たきりの男性。
話すことはできず、目もほとんど開けられない。
直樹は静かにタオルで男性の顔を拭いた。
「この方はね、
元は大工さんだったんですよ。
手先が器用で、誇りも高くて……
“弱っていく姿を見せたくない”と、最初はとても辛そうでした」
龍臣は言葉を失う。
直樹は男性の手をそっと握った。
「介護の仕事で一番重いのは、
“その人の尊厳を守る” ことなんです」
「できなくなったことを嘆くんじゃなく、
今できることを一緒に探す。
その人が最後の日まで、
“人として”生きられるように支える」
それは、
命の最後の数年を扱う者だけが知る哲学だった。
龍臣がさらに聞く。
「……辛くなることはありませんか?」
直樹は一瞬だけ目を伏せた。
「ありますよ。
だって僕らは、“見送りの仕事”でもあるんですから」
特養では、
人生の終わりに最も近い瞬間に立ち会うことが多い。
「亡くなる瞬間に、
ご家族が間に合わないこともある。
そんな時……
“僕らが家族になる” んです。」
龍臣は胸が熱くなるのを感じた。
「最期に“ありがとう”って言ってもらえたら、
それだけで救われるんですよ」
直樹は、
涙を流すわけではないのに、
どこか泣いているような顔で笑った。
入浴介助、体位交換、食事の介助……
龍臣は1日同行して実感した。
介護は、想像以上に“力”のいる仕事だった。
しかし直樹は言った。
「力があっても、覚悟がないと続きません」
龍臣「覚悟……?」
直樹は真っ直ぐに言った。
「介護は、
“人のすべてを受け止める仕事”です。
怒り、悲しみ、弱さ、孤独、依存……」
「僕らはその全部を受け止める代わりに、
自分の“優しさ”も“心”も削れる。
だから覚悟がいるんです」
その目は、
刀鍛冶とも、武道家とも、現場監督とも違う。
“人間の最も弱い部分”と向き合う仕事の目だった。
夕食後、龍臣が帰ろうとした時。
玄関前の夜道に、
黒いロングコートの影が立っていた。
そう——
桐生遼。
「……遼さん!? まさか介護の現場にまで……?」
直樹は遼を見ると、軽く会釈した。
「こんばんは。久しぶりですね」
龍臣は驚く。
「また知り合い……!?」
遼は直樹にだけ聞こえる声で囁く。
「……あの時は、世話になった」
直樹は穏やかに微笑む。
「あなたがあの夜、
“生きる方”を選んでくれたなら……
僕はそれで充分ですよ」
龍臣は凍りついた。
――遼は、かつて“生死の境目”にいた。
そしてそのとき、
この介護士が彼を救った。
遼は短く目礼すると、
何も言わず闇に溶けた。
直樹は小さく呟いた。
「人は誰かの支えで生きるんです。
遼さんも……例外じゃない」
龍臣は最後に尋ねた。
「直樹さん。
介護士の極道とは、何でしょうか?」
直樹は迷わず答えた。
「その人の“今日”を大切にすることです。」
「昨日できなかったことが、今日できるかもしれない。
昨日笑えなかった人が、今日笑うかもしれない。
昨日泣いた人が、今日穏やかに眠れるかもしれない」
そして言った。
「小さな“今日”を積み重ねて、
その人の人生の最終章を少しでも美しくすること。
それが僕ら介護士の極道です」
その言葉は、
どんな職業よりも静かで、
どんな極道よりも深かった。
取材後、龍臣はノートに書き込んだ。
「極道とは、人の弱さを受け入れ、
その尊厳を守り抜く者である。」
「介護士は人生の最終章の伴走者であり、
最後の支えとなる極道である。」
人生の最期を穏やかに迎えるために、
今日も介護士たちは人の弱さに寄り添う。
――今日出会った極道もまた、
誰よりも強く、誰よりも優しい人だった。
昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。
刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。
料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。
だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。
白石龍臣が今回訪れたのは、
郊外の特別養護老人ホーム「ひだまりの園」。
そこは、
家では生活が難しくなった高齢者が、
人生の最終章を過ごす場所。
泣き声も笑い声もある。
リハビリの声、介護士の声、生活の音。
命の息づかいが混ざった独特の空間だった。
今回の極道は、この施設の介護士――
葛西 直樹(かさい なおき)、41歳
介護歴20年。
穏やかな笑顔と強い腕、
そして住人たち全員から深い信頼を集める男。
職員からの紹介文にはただ一言。
「この人は、本物です」
直樹は、車椅子の女性をゆっくりと食堂へ押しながら言った。
「介護って聞くと、“お世話をする仕事”って思われがちですけど……
本当は違うんです」
龍臣「違う……?」
「“生活の全部”を支える仕事なんですよ。
食事、排泄、入浴、移動、睡眠……
そして、心の支えまで」
女性を席へ座らせると、直樹はさりげなく彼女の膝掛けを整えた。
「体の向きが少し違うだけで、
痛いところが出たり、食べ物が飲み込みにくくなったりする。
生活って、実はすごく繊細なんです」
その動作は、まるで“魂のマッサージ”だった。
龍臣は尋ねた。
「直樹さんにとって、一番難しいことは?」
直樹は少し笑いながら答えた。
「全部ですね」
「全部……?」
「介護って、
同じ人が一人としていないんですよ。
昨日できたことが今日はできない。
昨日笑った人が今日は泣く。
今日怒っていた人が明日は優しい顔をする」
龍臣はメモを取りながら聞く。
「医学の教科書にも、介護の教科書にも“正解”なんてない。
だから僕らは毎日、その人の“今日の答え”を探すんです」
それは、想像以上に深い仕事だった。
直樹は龍臣を一つの居室へ案内した。
ベッドで横になっているのは、
寝たきりの男性。
話すことはできず、目もほとんど開けられない。
直樹は静かにタオルで男性の顔を拭いた。
「この方はね、
元は大工さんだったんですよ。
手先が器用で、誇りも高くて……
“弱っていく姿を見せたくない”と、最初はとても辛そうでした」
龍臣は言葉を失う。
直樹は男性の手をそっと握った。
「介護の仕事で一番重いのは、
“その人の尊厳を守る” ことなんです」
「できなくなったことを嘆くんじゃなく、
今できることを一緒に探す。
その人が最後の日まで、
“人として”生きられるように支える」
それは、
命の最後の数年を扱う者だけが知る哲学だった。
龍臣がさらに聞く。
「……辛くなることはありませんか?」
直樹は一瞬だけ目を伏せた。
「ありますよ。
だって僕らは、“見送りの仕事”でもあるんですから」
特養では、
人生の終わりに最も近い瞬間に立ち会うことが多い。
「亡くなる瞬間に、
ご家族が間に合わないこともある。
そんな時……
“僕らが家族になる” んです。」
龍臣は胸が熱くなるのを感じた。
「最期に“ありがとう”って言ってもらえたら、
それだけで救われるんですよ」
直樹は、
涙を流すわけではないのに、
どこか泣いているような顔で笑った。
入浴介助、体位交換、食事の介助……
龍臣は1日同行して実感した。
介護は、想像以上に“力”のいる仕事だった。
しかし直樹は言った。
「力があっても、覚悟がないと続きません」
龍臣「覚悟……?」
直樹は真っ直ぐに言った。
「介護は、
“人のすべてを受け止める仕事”です。
怒り、悲しみ、弱さ、孤独、依存……」
「僕らはその全部を受け止める代わりに、
自分の“優しさ”も“心”も削れる。
だから覚悟がいるんです」
その目は、
刀鍛冶とも、武道家とも、現場監督とも違う。
“人間の最も弱い部分”と向き合う仕事の目だった。
夕食後、龍臣が帰ろうとした時。
玄関前の夜道に、
黒いロングコートの影が立っていた。
そう——
桐生遼。
「……遼さん!? まさか介護の現場にまで……?」
直樹は遼を見ると、軽く会釈した。
「こんばんは。久しぶりですね」
龍臣は驚く。
「また知り合い……!?」
遼は直樹にだけ聞こえる声で囁く。
「……あの時は、世話になった」
直樹は穏やかに微笑む。
「あなたがあの夜、
“生きる方”を選んでくれたなら……
僕はそれで充分ですよ」
龍臣は凍りついた。
――遼は、かつて“生死の境目”にいた。
そしてそのとき、
この介護士が彼を救った。
遼は短く目礼すると、
何も言わず闇に溶けた。
直樹は小さく呟いた。
「人は誰かの支えで生きるんです。
遼さんも……例外じゃない」
龍臣は最後に尋ねた。
「直樹さん。
介護士の極道とは、何でしょうか?」
直樹は迷わず答えた。
「その人の“今日”を大切にすることです。」
「昨日できなかったことが、今日できるかもしれない。
昨日笑えなかった人が、今日笑うかもしれない。
昨日泣いた人が、今日穏やかに眠れるかもしれない」
そして言った。
「小さな“今日”を積み重ねて、
その人の人生の最終章を少しでも美しくすること。
それが僕ら介護士の極道です」
その言葉は、
どんな職業よりも静かで、
どんな極道よりも深かった。
取材後、龍臣はノートに書き込んだ。
「極道とは、人の弱さを受け入れ、
その尊厳を守り抜く者である。」
「介護士は人生の最終章の伴走者であり、
最後の支えとなる極道である。」
人生の最期を穏やかに迎えるために、
今日も介護士たちは人の弱さに寄り添う。
――今日出会った極道もまた、
誰よりも強く、誰よりも優しい人だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺をフッた女子に拉致されて、逃げ場のない同棲生活が始まりました
ちくわ食べます
恋愛
大学のサークル飲み会。
意を決して想いを告げた相手は、学内でも有名な人気女子・一ノ瀬さくら。
しかし返ってきたのは――
「今はちょっと……」という、曖昧な言葉だった。
完全にフラれたと思い込んで落ち込む俺。
その3日後――なぜか自分のアパートに入れなくなっていた。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる