極道のススメ

KAORUwithAI

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第25話 第一弾、世に出る

極道とは、その道を極めた者のことを言う。

昨今では「極道」と聞けば、誰もが眉をひそめて“ヤクザ”を想像する。
だが、本来の意味はまるで違う。

刃物を振り回し、威圧と暴力に物を言わせる者のことではない。
己で選んだ道に、一切の妥協なく身を投じ、
ただひたすらに磨き続ける者——その生き様こそが極道である。

料理人ならば包丁を極め、
職人ならば技を極め、
武の者ならば心と体を極める。
道の数だけ極道が存在する。

だが、現代日本ではその本義は忘れ去られ、
極道といえば反社会の象徴のように扱われてきた。

発売日は、静かにやってきた。

大々的な宣伝があったわけではない。
書店の平台に、ひっそりと積まれた一冊。
黒地に白文字で書かれたタイトル。

――『極道のススメ』第一弾。

それが、白石龍臣が数年にわたって書き続けてきた
“極道たちの記録”だった。

出版社の編集部は、朝からどこか落ち着かなかった。

編集長はいつもより早く出社し、
コーヒーを淹れてもほとんど口をつけていない。

「……静かだな」

誰に言うでもなく呟く。

売れる本というのは、
発売前から騒がしい。
話題になり、数字が踊り、期待と不安が入り混じる。

だがこの本は違った。

職業小説。
ヒューマンドラマ。
しかも“極道”という言葉を、
本来の意味で使った異色作。

ヒットの確証など、どこにもない。

編集長はモニターを睨みながら、
白石龍臣に声をかけた。

「……白石。
 正直に言うぞ。
 売れなくても後悔はしてない」

龍臣は苦笑した。

「分かってます。
 この本は“売るため”に書いたんじゃない」

「だよな」

編集長は、ようやくコーヒーを口にした。

発売から数時間後。

ネット書店のレビュー欄に、
最初の評価がついた。

★5。

短いコメント。

「自分の仕事を、もう一度好きになれた」

編集部の空気が、わずかに変わる。

続いて、★5。

「これは小説じゃない。
俺たちの人生だ」

編集長は画面を食い入るように見つめた。

「……来てるな」

だが、それはまだ“始まり”にすぎなかった。

翌日から、
出版社には直接メールが届き始めた。

消防士。
介護士。
トラックドライバー。
警備員。
料理人。
看護師。
現場監督。
落語家。
刀鍛冶。

差出人の肩書きは、
この本に登場した職業ばかりだった。

「正直、泣きました。
自分の仕事が、こんな風に書かれたのは初めてです」

「家族にこの本を渡しました。
これが、俺のやっている仕事だと」

「明日も現場に立てそうです」

編集長は、
しばらく言葉を失っていた。

「……白石」

「はい」

「俺たち、
 とんでもない本を出したかもしれん」

龍臣は、静かに頷いた。

「この本は、
 “読者”のためじゃないんです」

「……?」

「“書かれた人たち”のための本です」

編集長は、深く息を吐いた。

発売から一週間。

営業部が、
慌ただしく編集部に駆け込んできた。

「編集長!
 書店から追加注文が殺到してます!」

「……え?」

「特に地方です!
 工業地帯、港町、郊外……
 “この本を置いてくれ”って指定が入ってます!」

編集長は、思わず立ち上がった。

「何がきっかけだ?」

営業は興奮気味に言った。

「現場の人たちが、
 自分たちで買って、
 同僚に回してるみたいです!」

「……回して?」

「ええ。
 休憩室に置いたり、
 詰所に置いたり……
 “これは俺たちの本だ”って」

その瞬間、
編集長の目が潤んだ。

「……白石」

「はい」

「この本、
 もう俺たちの手を離れてるな」

龍臣は小さく笑った。

「ええ。
 現場に返っただけです」

その日の夕方。

会議室に、
営業・編集・制作が集められた。

編集長は一言、告げた。

「……増版をかける」

一瞬、沈黙。
そして、どよめき。

「初版完売目前です」
「レビュー平均★4.9です」
「職業団体から問い合わせも来てます」

編集長は深く椅子に腰を下ろした。

「正直に言う。
 この本は“売れる本”じゃないと思ってた」

全員が黙って聞いている。

「だがな……
 必要とされる本だった」

編集長は、白石龍臣を見た。

「お前が書いたのは、
 物語じゃない」

「……」

「誇りだ」

その言葉に、
龍臣は何も返せなかった。

白石龍臣の元にも、
連絡が届いていた。

料亭の女将から。

「あの日のお客様が、
“この本の人ですよね”と。
なんだか照れますね」

トラックドライバーから。

「仲間内で回し読みしてます。
休憩時間が、少し楽しくなりました」

介護士から。

「亡くなった利用者さんのご家族が、
“この仕事を選んでくれてありがとう”って」

龍臣は、
スマートフォンを置き、
深く目を閉じた。

――書いてよかった。

ただ、その一言だけが、
胸に残った。

夜、編集部に残ったのは二人だけだった。

編集長は、
窓の外の街を見ながら言った。

「なあ、白石」

「はい」

「極道って言葉を、
 この国に取り戻せた気がしないか?」

龍臣は答えた。

「ええ。
 暴力じゃなく、
 “道を極める”という意味で」

編集長は笑った。

「次はどうする?」

龍臣は迷わず言った。

「……まだ、
 書いてない極道たちがいます」

編集長は、力強く頷いた。

「よし。
 第二弾、やろう」

その夜、龍臣はノートを開いた。

これまでと同じように、
静かにペンを走らせる。

「極道とは、
 誰にも誇られなくても、
 今日もその道を歩き続ける者である。」

「この本は終わりではない。
 ようやく、始まっただけだ。」

ページの端に、
小さくこう書き足した。

――極道のススメ・第二弾へ続く。
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