『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI

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第61章尋問と揺らぐ影

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深夜。屋敷の地下牢には、湿った石の匂いとともに重たい空気が漂っていた。
 松明の炎が壁に揺らめく影を映し出す。

 縄で縛られた帝国の牙の男が、ひとりぽつりと中央に座らされている。
 その前にはラージウスと数名の騎士、そして俺と辺境伯が立っていた。

 捕えたもう一人はすでに服毒で息絶え、この男が残された最後の手がかりだった。

 ラージウスが静かに問いかける。

「……何者に命じられ、何を狙う?」

 しかし、男は何も答えず、口の端に不気味な笑みを浮かべるだけだった。

「……黙秘か。それで命が守れると思うか?」

 鋭い声を投げかけるも、男は視線を合わせもしない。

 俺はゆっくりと歩を進め、牢格子越しに男を見下ろした。

「……お前は、何のために農地を狙った? 誰の命令だ?」

 俺の声に、男の笑みがほんの僅かに歪んだ。

「……お前たちの領地には……まだ、俺たちが潜んでいる……。」

 その言葉を吐いた直後だった。
 男の喉がごくりと動き、口の中でもごもごと何かを噛み潰すような仕草をする。

「……まずい! 吐かせろ! 情報を話すまでこいつまで死なせる訳にはいかない!」

 ラージウスが怒鳴り、騎士たちが駆け寄るが――。

 遅かった。

 男は口元から黒い液をこぼし、激しく咳き込みながら泡を吹き、椅子から崩れ落ちる。

「……っ、止めろ! 水を!」

 だが、その身体はすでに痙攣を止め、虚ろな目を天井へ向けていた。

「……毒だ……最初からこうなる覚悟だったのか。」

 ラージウスが奥歯をかみしめる。辺境伯は重く息を吐き、低く呟いた。

「……やはり帝国の牙……そして、内部に協力者がいるのだろう。」

 誰もが口を閉ざし、地下牢に冷たい沈黙が落ちた。



 その後、俺たちは執務室へ戻った。
 辺境伯は机を強く叩き、深く息を吐く。

「……内部調査を徹底する。最近雇った侍女や文官、家臣をひとり残らず洗え。」

「はっ。すぐに人員を割いて調査します。」

 ラージウスが力強く頭を下げた。
 その横顔に、ただならぬ緊張がにじんでいる。


 夜が明けた。
 客室の扉を開けると、まだ寝巻き姿のレンが毛布を抱えたまま立っていた。
 目の下にうっすらとクマを作っている。

「……おにーちゃん、帰ってきた……!」

「……お前、起きてたのか? もう夜明けだぞ。」

 俺が苦笑すると、レンは俯きながらも小さな声で言った。

「だって……おにーちゃんが夜遅くに出ていったままだったから……。
 私、すごく心配だったの。」

 その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
 俺は少しだけしゃがんで、レンと目線を合わせた。

「……心配かけて悪かったな。でも、俺はこうして無事に帰ってきた。」

「……本当に、無事でよかった……。」

 レンは毛布を握ったまま、ぽろりと涙をこぼしそうになる。
 俺は慌ててその頭を撫でた。

「ほら、泣くな。お前の笑顔の方が、ずっと俺は好きだ。」

「……っ……ふふ……おにーちゃん、ずるい。」

 レンは目をこすりながらも、少し照れくさそうに笑った。

「……でもね、私……何もできないのが悔しい。
 おにーちゃんばっかり頑張ってて、私は……。」

 俺は肩を軽く叩き、真剣な顔で言った。

「レンはもう、十分助けになってるさ。
 農地で頑張ってくれてるだろ? 俺、ちゃんと見てるからな。」

「……本当に?」

「ああ、本当にだ。だからこれからも、俺のそばで笑っててくれ。」

「……うん!」

 レンはその場で小さく跳ねるように頷き、毛布を抱きしめて微笑んだ。
 その笑顔が、疲れ切った俺の心を一瞬で溶かした。



 午後。執務室に入ると、ラージウスが新たな報告を手に立っていた。

「……見張りの者が、夜明け前に複数の人影を遠くに見たと言っています。」

「……やはり、潜んでいる連中が他にもいる……。」

 俺の言葉に、辺境伯は視線を鋭くした。

「見張りを増やせ。農地を必ず守るのだ。」

「はっ。」



 夜。
 再び夜間見回りに出る準備を整え、俺はランタンを手に取った。

 すると、窓辺に立つレンの小さな背中が目に入る。
 彼女はランタンを抱え、心配そうにこちらを見ていた。

「……おにーちゃん、気をつけてね。
 帰ってきたら……また、一緒に朝ごはん、食べようね。」

 俺は軽く笑い、彼女の頭を優しく撫でる。

「……ああ、約束だ。」

 夜の闇が待つ廊下へと足を踏み出す。

(――必ず、守る。たとえ牙がこの領に潜んでいようとも。)

 外には星が瞬き、遠くで夜鳥の声が響いていた。
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