『総理になった男』

KAORUwithAI

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第1部:序章 - 無名の挑戦

第26話 街頭演説、誰も聞いてない

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前日の演説がSNSで小さな話題になった。「無所属候補が、誰も聞いてないのに必死で叫んでいる」。そんな言葉と共に動画が拡散され、健人はわずかな手応えを覚えていた。仲間も「注目され始めてる」と笑っていた。
だから翌朝、別の駅前に立った時、健人は胸の奥に少しだけ高揚感を抱いていたのだ。

しかし、現実は容赦なく冷たかった。

朝の通勤ラッシュ。改札口から溢れる人の流れは、健人の存在を完全に飲み込み、通り過ぎていく。彼の声は電車の発車ベルとアナウンスにかき消され、誰一人として立ち止まろうとはしない。

「おはようございます!無所属新人候補の坂本健人です!」
声を張り上げるが、無数の足音と雑踏に溶けていく。

田島は必死にビラを差し出すが、受け取る人はわずかで、大半は目も合わせず通り過ぎていった。紙が風に揺れるだけで、手に残る枚数はほとんど減らない。

「昨日あれだけ注目されたのにな」田島が苦笑する。
健人は小さく息を吐き、「現実は甘くないな」とつぶやいた。

その時、すれ違いざまにスーツ姿の男性が苛立ったように叫んだ。
「うるさいんだよ!」

健人の声が一瞬詰まり、喉が固まった。視線を向けると、冷たい目がいくつもこちらに向けられているように感じる。胸の奥が冷え込み、マイクを握る手が重くなる。

――誰も、聞いていない。

そう思った瞬間、膝が折れそうになった。それでも、声を出さなければならないと自分に言い聞かせる。

「……誰も聞いてなくても、俺は話す」

震えた声だったが、それが彼を支える唯一の言葉だった。

演説を終え、事務所に戻ると、真田が録画していた映像を再生した。画面には、無表情の人々がスマホを見ながら通り過ぎていく様子がはっきり映っていた。立ち止まる者は一人もいない。健人は唇を噛み、「これが現実か」と呟いた。

ボランティアの一人が気まずさを誤魔化すように「今日はゼロ人でしたね」と冗談めかして言ったが、笑う者は誰もいなかった。空気は重く、沈黙だけが漂った。

「聞いてないように見えても……誰かの耳に残ってるかもしれない」健人は言った。しかし自分に言い聞かせるようなその声は、仲間の胸にも重く響いた。

帰り道。健人はスーツのポケットに手を突っ込み、うつむきながら歩いた。ショーウィンドウやビルのガラスに映る自分の姿が、あまりにも小さく、弱々しく見えた。――声は、ほんとうに誰にも届いていないのだろうか。

その夜、SNSをなんとなく眺めていた健人の目に、一つの投稿が飛び込んできた。
「朝の演説、横目で聞いてた。意外と心に刺さった」

たった一行。匿名の投稿。だが健人の胸に、じんわりと温かさが広がる。

「……誰も聞いてないと思っても、ゼロじゃない」

スマホを持つ手が震えた。すぐに仲間にその投稿を見せると、真田も田島も笑みを浮かべた。
「やっぱり届いてるんですよ」真田の言葉が、健人の胸に深く染み込む。

健人は小さく笑い、「誰も聞いてない日があってもいい。諦めなければ、いつか必ず誰かの心に届く」と決意を新たにした。

その夜、ノートの片隅に一行だけ書き残す。
――ゼロじゃない。


”誰も聞いていないように見えても、
声は空気に溶け、必ずどこかに残る。
諦めない限り、それは希望になる。“
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