『総理になった男』

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第3部:旋風 - 国民支持のうねり

第103話 小さな声を拾う政治

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ある朝、議員会館のデスクでパソコンを開いた健人は、一通のSNSのダイレクトメッセージに目を留めた。
 送り主は、地方の小さな町に住む一人の母親。
 内容はこうだった。

 > 「放課後の児童クラブで働いている先生が足りません。
 >  子どもたちは順番に待たされ、預かれない日もあります。
 >  でも市には“人員は足りている”としか言われません。どうか、見てほしい」

 健人は思わず息をのんだ。
 ――国会議員にこんなメッセージが届くなんて。
 だが、その短い文面には、政治の書類の隙間からこぼれ落ちた現実が詰まっていた。

 「真田、これ……」
 隣のデスクにいた真田が画面をのぞき込む。
 「地方行政の範囲ではありますが、根本的には国の制度設計の問題です」
 健人は即座に言った。
 「行こう。この目で確かめたい」


 週末、健人は真田と田島を連れて地方の町へ向かった。
 東京駅から新幹線で二時間。さらにローカル線を乗り継ぎ、最後は車で山あいの小学校へ。

 田島が窓の外を眺めながら呟く。
 「こんなところまで国会議員が来るの、珍しいよな」
 健人は笑いながら答える。
 「政治ってのは、こういう場所にこそ落ちてるんだよ」

 放課後の児童クラブは、学校の裏手の古いプレハブ小屋だった。
 中では子どもたちが段ボールで作った迷路で遊んでおり、壁には手書きの「おかえりなさい」の文字が貼られていた。
 職員は三人。そのうち一人は明らかに体調が悪そうだった。

 「すみません、先生が急に熱を出して……でも他に代われる人がいなくて」
 疲れた顔の女性職員が笑って言う。
 健人は深く頭を下げた。
 「ご迷惑をかけてすみません。少しお話を聞かせてください」


 職員たちが語ったのは、予算上は「足りている」とされる人員配置が、実際には現場とまるで噛み合っていないという実態だった。
 「国の基準だと“児童40人につき職員2人”ですが、うちは登録児童が60人を超えてます。
 でも、地域で働ける人がいないんです」
 健人はノートを開き、ひとつひとつ書き留めた。

 「行政に伝えたことはありますか?」
 「何度も伝えました。でも“改善検討中”のままです」

 それは“放置”という名の沈黙だった。

 帰り際、外で遊んでいた子どもたちが駆け寄ってきた。
 「また来てね、おじさん!」
 “議員さん”ではなく“おじさん”。
 その素朴な呼び方が、不思議と嬉しかった。


 帰りの新幹線の車窓から、赤く染まる山々を眺めながら健人は呟いた。
 「政治って、人の生活の積み重ねだな。数字や法律じゃなくて」
 真田は頷いた。
 「現場には、統計に表れない真実があります」

 東京に戻った翌日、健人は国会図書館に籠もった。
 過去10年の児童福祉関連法の改正履歴を調べ、職員配置基準や財源の推移を洗い出す。
 「やっぱり制度が古い。現場の実情とずれてる」
 彼はノートに“改定提案メモ”を書き始めた。

 田島が肩越しに覗き込み、呆れたように笑う。
 「お前、本当に地道だな。でも、こういうとこ直すのが本物の政治かもな」
 健人は頷き、ペンを止めずに答えた。
 「小さな声ほど届きにくい。だから、拾うんだ」


 その夜、健人はSNSで投稿した。

 > 「現場の声を聞かせてください。
 >  小さな困りごとほど、政治が届いていない証拠です。
 >  皆さんの声が、次の政策の種になります。」

 数時間でコメントが数千件を超えた。
 “介護職の待遇”“医療の人手不足”“奨学金返済問題”“環境汚染”――
 寄せられる声は、どれも切実で、どれも「誰かに届いていない」声だった。

 真田が画面を見て目を丸くする。
 「まるで国民アンケートの洪水ですね」
 健人は笑った。
 「これが、俺の政策資料だよ」


 その中で特に多かったのは“地域医療の崩壊”に関する声だった。
 「夜間救急がなくなってしまった」「出産できる病院が県内に一つもない」
 読めば読むほど、健人の胸は締めつけられた。

 「真田、次は医療現場を回ろう」
 「え? もうですか?」
 「政治家が動かなくても、俺は聞きに行く」
 その一言に、真田も静かに頷いた。


 夜遅く、事務所の明かりがまだ灯っていた。
 机の上には、メモと資料の山。
 健人は日記を開き、静かにペンを走らせた。

 > 政治は、声の大きい人のためのものではない。
 > 声を上げられない人のために、耳を傾けることから始まる。

 書き終えた文字をじっと見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
 ふと、脳裏に児童クラブの子どもたちの笑顔が浮かぶ。

 「この国には、まだ拾われていない声が山ほどある」

 健人はそう呟きながら、机の上の資料をもう一度整えた。
 ――拾うことが、政治の原点だ。


 その夜、議員会館の窓から見える街の灯りが、まるで人々の小さな声のように瞬いていた。
 一つひとつの光に、暮らしがあり、息遣いがある。

 健人は静かに拳を握る。
 「この光を守る政治でありたい」

 夜風が窓を揺らし、遠くで国会議事堂のライトアップが淡く光った。
 それは、巨大な権力の象徴ではなく、
 まだ誰かの“声”を待っている場所のように見えた。



“声の大きい者が勝つ政治じゃなく、
声を上げられない人のために動く政治を。
そこにこそ、本当の“代表”という言葉の意味がある”
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