植物に愛された少年 〜捨てられ領地で、のんびり作った楽園がなぜか人を惹きつけます〜

KAORUwithAI

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第76話 アルフ、緑の力

村を包む空気は、血と鉄の匂いで重く染まっていた。松明の光が揺れ、剣と剣がぶつかり合う甲高い音が闇を切り裂く。援軍の兵士たちと教会騎士団が入り乱れ、叫び声と怒号が交錯する戦場は、かつて穏やかだったニーベル村を異様な緊張で満たしていた。

 屋敷の奥では、ラファが必死に手を動かしていた。救護所に設えられた一室には負傷者が次々と運び込まれ、ラファは薬師たちと共に包帯を巻き、血を止め、回復魔法を施していく。しかし魔力だけでは治せぬ深手も多く、彼女の額には汗が浮かび、手は震えていた。
 「次! ここに寝かせて! ……大丈夫、すぐに処置するから!」
 声を張り上げながらも、ラファの瞳はどこか遠くを見ていた。戦場の方角。彼女の胸には不安が膨れ上がっていたのだ。仲間たちが、アルフが、血の雨の中で戦っている。その思いが彼女の心を締め付けた。

 その時だった。戦場の前線から、異様に響き渡る声があった。
 「――ラファ! 聖女よ、我らの元へ戻れ!」
 低く重いその声は、村全体を震わせるように響き渡った。教会討伐隊の指揮を執るモンド司祭が、甲冑を纏いながら前へと進み出ていたのだ。彼の手には巨大な聖印を模した錫杖が握られ、その一振りごとに光の波動が広がり、兵士たちを鼓舞していた。

 「ラファ……?」
 救護所でその名を呼ばれた瞬間、ラファの身体は大きく震えた。手を止め、負傷者の血に濡れた布を握り締める。あの声は、彼女が聖女候補として育てられていた頃、何度も耳にした声だ。厳しく、冷酷で、従順を強いた声。その声が再び彼女を呼んでいる。
 「……私が、行けば……この争いは止まるのかもしれない……」
 小さく呟いたラファの足が、救護所の入り口へ向かって動き出す。薬師の一人が慌てて彼女の腕を掴んだ。「ラファ様、何を……!」しかしラファは首を振り、その手をそっと振り解いた。

 屋敷を出た彼女の瞳に映ったのは、土煙に覆われた戦場だった。兵士たちが血に倒れ、精霊たちが必死に光の盾を広げ、古代龍カノンとシオンが敵陣を押し返している。だがモンドの声はなお響き続け、兵士たちの士気を異様なまでに高めていた。
 「ラファ! お前が戻れば、この無益な戦は終わる! 神の御前に戻るのだ!」

 ラファはふらりと前へ歩み出た。だが、その瞬間――。
 「ラファ! やめろ!」
 鋭い声と共に、アルフが戦場の喧騒を掻き分けて駆け寄ってきた。緑の外套は土と血に汚れ、肩には幾筋もの矢を受け止めた跡が残っている。それでも彼の瞳は揺るがず、ラファの手を強く掴んだ。
 「お前が行く必要はない! 誰一人、渡しはしない!」
 その声は、戦場の轟音をも押しのけて響いた。

 モンドが冷笑を浮かべる。「異端の領主め……聖女を汚し、己が奇跡を謳うか。ならば貴様ごとその力を滅するまでだ」
 その言葉と同時に、討伐隊が再び突撃を開始する。槍と剣が一斉に構えられ、怒号が地を揺らした。

 アルフはラファを背後に庇い、深く息を吸った。全身に緑の魔力が奔流となって溢れ出し、地面が震え始める。
 「――来るなら来い! 俺が、この村を守る!」

 大地が裂け、そこから巨大な樹木が次々とせり上がった。幹は瞬く間に太く成長し、枝葉が絡み合い、まるで城壁のように村を取り囲む。登ろうとした敵兵は蔦に絡め取られ、呻き声を上げながら引きずり落とされていく。
 「な、なんだこれは……!」
 「動く壁だと……!?」
 教会騎士たちは恐怖と混乱に包まれ、攻勢は一気に鈍った。

 「領主様だ!」
 「アルフ様が村を守ってくださっている!」
 援軍の兵士や村人から歓声が沸き起こる。その声は士気となり、再び剣が振るわれる。精霊たちも喜びのように光を放ち、盾を強化して兵士たちを守った。

 背後でラファは震える声を上げた。「アルフ……でも、私が……」
 アルフは振り返らずに叫ぶ。「お前はここで、命を救え! それが誰にも代えられない、お前の役目だ!」
 その言葉にラファは目を見開き、そして強く頷いた。再び救護所へと駆け戻り、仲間の薬師と共に負傷者を迎える準備を整え始める。

 一方、戦場の最前線ではモンドが怒りに顔を歪めていた。「小僧が……緑ごときが神の領域を越えるか! ならば見せてやろう、聖戦の裁きを!」
 錫杖を掲げ、眩い光を振り下ろすモンド。その衝撃は地を裂き、木々を薙ぎ倒した。しかしアルフの緑の壁は崩れず、むしろ大地の奥深くから新たな樹木が芽吹き、さらなる守りを築いていった。

 「俺は追放された身だ。だが、この村で生き、共に笑い合う者たちを――絶対に渡さない!」

 アルフの声は、村全体に響き渡った。
そして、戦場は新たな局面を迎えようとしていた。
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