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第13話助手、誕生す。
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「……うーん、やっぱり“名刺”には“迷”を入れるべきじゃろ」
「入れません。そこは“名探偵”で押し通しましょう」
「むぅ、助手がいきなり風評操作とは、なかなかやりおるな」
探田探偵事務所の机に、大小さまざまな
名刺サンプルが並べられている。
その中央に座るのは、今日からこの事務所で働くことになった佐伯ミナ。
そして正面で腕を組むのは、事務所の所長にして、謎に定評のある(良くも悪くも)探田マヨイである。
「……というか、まだほんとにここで働いていいんですか? なんか、勢いで決めちゃった感が」
「うむ、わしが“採用”と言った。ならば働いてもらおう。特に、ツッコミ係としてな」
「仕事内容そこですか」
ミナはひとつ深呼吸をして、改めて机の上を見渡した。
元々屋敷の一室だったこの事務所は、古さはあるが落ち着いた雰囲気がある。
書棚には謎解き関連の本がずらり。……だが半分以上は「ミステリ小説」である。
「この事務所、推理より妄想の方が多くないですか……?」
「それも含めて探偵じゃ。妄想こそが現実を突き崩すカギとなる」
「うわ、今すごくそれっぽいこと言ったけど意味はゼロだ……」
そんなこんなで、正式な雇用契約もないまま、ミナの“助手生活”は始まった。
と、そこへ。
「失礼します。こちら、探田探偵事務所……でしょうか?」
玄関の引き戸が開き、ひとりの女性が入ってきた。
年の頃は三十代前半。薄いベージュのカーディガンに身を包み、手には小さなバッグを抱えている。
「あっ、はい。探田事務所です。どうぞおかけください」
ミナが慌てて椅子をすすめる。マヨイはなぜか両手を広げて立ち上がった。
「名探偵・探田マヨイじゃ。ちょっとお耳を拝借したくてな」
「こっちが拝借される側ですってば」
「おぉ、すまんすまん。いま調子に乗った」
女性はすこし戸惑いながらも腰を下ろした。
ミナはお茶を出しながら、内心少しドキドキしていた。
ついに、自分が“助手”として迎える初めての
依頼人だ。
「改めまして、私、立花静香と申します。今日は……その、夫のことで、少しご相談がありまして……」
マヨイが小さく頷いた。
メモ帳を開き、ペンを走らせる準備をしながら、柔らかい声で言う。
「ふむ。では、話してくれ。君の中にある“もやもや”を、わしらが晴らそう」
「今のところ一番もやもやしてるの、こっちの名刺なんですけど」
だが、立花静香の表情は真剣だった。
彼女の語る「夫の様子」は、ただの浮気と片付けるには、どこか不自然で
この時、ミナはまだ知らなかった。
“微笑み”の裏にある真実が、思いがけず深く、静かで、やさしいものであることを。
「入れません。そこは“名探偵”で押し通しましょう」
「むぅ、助手がいきなり風評操作とは、なかなかやりおるな」
探田探偵事務所の机に、大小さまざまな
名刺サンプルが並べられている。
その中央に座るのは、今日からこの事務所で働くことになった佐伯ミナ。
そして正面で腕を組むのは、事務所の所長にして、謎に定評のある(良くも悪くも)探田マヨイである。
「……というか、まだほんとにここで働いていいんですか? なんか、勢いで決めちゃった感が」
「うむ、わしが“採用”と言った。ならば働いてもらおう。特に、ツッコミ係としてな」
「仕事内容そこですか」
ミナはひとつ深呼吸をして、改めて机の上を見渡した。
元々屋敷の一室だったこの事務所は、古さはあるが落ち着いた雰囲気がある。
書棚には謎解き関連の本がずらり。……だが半分以上は「ミステリ小説」である。
「この事務所、推理より妄想の方が多くないですか……?」
「それも含めて探偵じゃ。妄想こそが現実を突き崩すカギとなる」
「うわ、今すごくそれっぽいこと言ったけど意味はゼロだ……」
そんなこんなで、正式な雇用契約もないまま、ミナの“助手生活”は始まった。
と、そこへ。
「失礼します。こちら、探田探偵事務所……でしょうか?」
玄関の引き戸が開き、ひとりの女性が入ってきた。
年の頃は三十代前半。薄いベージュのカーディガンに身を包み、手には小さなバッグを抱えている。
「あっ、はい。探田事務所です。どうぞおかけください」
ミナが慌てて椅子をすすめる。マヨイはなぜか両手を広げて立ち上がった。
「名探偵・探田マヨイじゃ。ちょっとお耳を拝借したくてな」
「こっちが拝借される側ですってば」
「おぉ、すまんすまん。いま調子に乗った」
女性はすこし戸惑いながらも腰を下ろした。
ミナはお茶を出しながら、内心少しドキドキしていた。
ついに、自分が“助手”として迎える初めての
依頼人だ。
「改めまして、私、立花静香と申します。今日は……その、夫のことで、少しご相談がありまして……」
マヨイが小さく頷いた。
メモ帳を開き、ペンを走らせる準備をしながら、柔らかい声で言う。
「ふむ。では、話してくれ。君の中にある“もやもや”を、わしらが晴らそう」
「今のところ一番もやもやしてるの、こっちの名刺なんですけど」
だが、立花静香の表情は真剣だった。
彼女の語る「夫の様子」は、ただの浮気と片付けるには、どこか不自然で
この時、ミナはまだ知らなかった。
“微笑み”の裏にある真実が、思いがけず深く、静かで、やさしいものであることを。
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