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第3話 夜に確かめたもの
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夜は静かだった。
家全体が眠りに包まれ、聞こえるのは壁の向こうから伝わる規則正しい寝息だけ。
父エドガーの低く落ち着いた呼吸。
母リリアの柔らかな寝息。
そして――。
(……少し騒がしいな)
姉、セシリア。
五歳も年上のくせに、寝相が悪い。
俺の小さなベッドは彼女の部屋に置かれており、「夜中に寂しくなったらすぐ行けるように」という彼女の強い主張によるものだ。
(今のところ、夜中に襲撃されてはいないが)
俺は薄暗い天井を見つめながら、意識を研ぎ澄ませていた。
――今だ。
家族が完全に眠りに落ちた、この時間帯。
泣き声を上げても不自然ではないが、できれば静かに済ませたい。
(魔力の確認をする)
前世。
賢者ゼノン・マギウスだった頃、魔力とは呼吸のようなものだった。
意識を向ければ、常にそこにある。
流れ、満ち、巡る。
問題は――。
(この身体で、それが可能かどうかだ)
俺はゆっくりと、内側へ意識を沈めた。
赤ん坊の身体は、未熟だ。
筋肉も、神経も、魔力回路も、すべてが発展途上。
だが――。
(……ある)
はっきりと感じた。
胸の奥。
いや、正確には身体全体を満たす、透明な水のような感覚。
(魔力……)
思わず、笑いそうになる。
(失われていない)
量も、質も。
賢者ゼノン・マギウスとして生きていた頃と、何一つ変わっていない。
(魂に紐づいた魔力か……)
仮説は立てていた。
魔力とは肉体ではなく、魂に刻まれた情報だと。
(……正解だったようだな)
俺は内心で、静かに頷いた。
だが、次の瞬間、慎重になる。
(とはいえ……扱えるかどうかは別問題だ)
力があっても、制御できなければ意味がない。
むしろ危険だ。
俺は極限まで魔力を抑え、微細な操作を試みる。
――循環。
魔力を体内で巡らせる、最も基本的な技術。
賢者時代には、無意識で行っていた。
だが今は、一歩間違えれば身体が耐えられない。
(……慎重に)
意識だけで、ほんの一滴分の魔力を動かす。
すると。
(……流れた)
違和感はない。
痛みもない。
魔力は、素直に俺の意思に従った。
(……これは)
確信に近いものが生まれる。
(制御も、問題なし)
未熟な身体であることは確かだ。
だが、魔力回路は異様なほど安定している。
(生まれ変わった影響か……それとも)
理由はどうでもいい。
重要なのは――。
(俺は、今世でも“賢者”だということだ)
力はある。
知識もある。
理論も、経験も、すべて持ち越している。
(だが)
俺は小さく息を吐いた。
(今すぐに使うつもりはない)
前世の失敗を、俺は忘れていない。
魔法に没頭しすぎて、人生を置き去りにした。
その結果が、あの後悔だ。
(今回は、違う)
家族がいる。
温かい場所がある。
特に――。
(セシリア)
昼間のことを思い出す。
過剰なスキンシップ。
少し強すぎる抱擁。
だが、そのすべてに悪意はなく、純粋な愛情しかなかった。
(守られている、か)
前世では考えもしなかった立場だ。
(……悪くない)
俺は再び、魔力を静かに沈める。
夜の中に、波紋は残さない。
(力はある。だが、今は隠す)
急ぐ必要はない。
この身体が育つのを待てばいい。
(魔法も、人生も)
今度は、ちゃんと段階を踏んでいく。
その時――。
「……ルーク?」
小さな声。
セシリアが寝返りを打ち、俺の方に顔を向けた。
薄暗い中でも分かる、少し不安そうな表情。
「……だいじょうぶ?」
(起こしたか?)
俺は反射的に、赤ん坊らしく小さく声を出した。
「……あー」
「……そっか」
セシリアはそれだけで安心したのか、再び目を閉じた。
無意識に、俺のベッドに手を伸ばしてくる。
小さな指が、俺の服の端を掴む。
(……)
俺は抵抗しなかった。
(今は、これでいい)
力を持っていることは、秘密だ。
だが、守られている今の立場も――悪くない。
元・賢者ゼノン・マギウスは、
再び静かに眠りについた。
次に目を覚ます時まで、
この力を、胸の奥にしまい込んだまま。
家全体が眠りに包まれ、聞こえるのは壁の向こうから伝わる規則正しい寝息だけ。
父エドガーの低く落ち着いた呼吸。
母リリアの柔らかな寝息。
そして――。
(……少し騒がしいな)
姉、セシリア。
五歳も年上のくせに、寝相が悪い。
俺の小さなベッドは彼女の部屋に置かれており、「夜中に寂しくなったらすぐ行けるように」という彼女の強い主張によるものだ。
(今のところ、夜中に襲撃されてはいないが)
俺は薄暗い天井を見つめながら、意識を研ぎ澄ませていた。
――今だ。
家族が完全に眠りに落ちた、この時間帯。
泣き声を上げても不自然ではないが、できれば静かに済ませたい。
(魔力の確認をする)
前世。
賢者ゼノン・マギウスだった頃、魔力とは呼吸のようなものだった。
意識を向ければ、常にそこにある。
流れ、満ち、巡る。
問題は――。
(この身体で、それが可能かどうかだ)
俺はゆっくりと、内側へ意識を沈めた。
赤ん坊の身体は、未熟だ。
筋肉も、神経も、魔力回路も、すべてが発展途上。
だが――。
(……ある)
はっきりと感じた。
胸の奥。
いや、正確には身体全体を満たす、透明な水のような感覚。
(魔力……)
思わず、笑いそうになる。
(失われていない)
量も、質も。
賢者ゼノン・マギウスとして生きていた頃と、何一つ変わっていない。
(魂に紐づいた魔力か……)
仮説は立てていた。
魔力とは肉体ではなく、魂に刻まれた情報だと。
(……正解だったようだな)
俺は内心で、静かに頷いた。
だが、次の瞬間、慎重になる。
(とはいえ……扱えるかどうかは別問題だ)
力があっても、制御できなければ意味がない。
むしろ危険だ。
俺は極限まで魔力を抑え、微細な操作を試みる。
――循環。
魔力を体内で巡らせる、最も基本的な技術。
賢者時代には、無意識で行っていた。
だが今は、一歩間違えれば身体が耐えられない。
(……慎重に)
意識だけで、ほんの一滴分の魔力を動かす。
すると。
(……流れた)
違和感はない。
痛みもない。
魔力は、素直に俺の意思に従った。
(……これは)
確信に近いものが生まれる。
(制御も、問題なし)
未熟な身体であることは確かだ。
だが、魔力回路は異様なほど安定している。
(生まれ変わった影響か……それとも)
理由はどうでもいい。
重要なのは――。
(俺は、今世でも“賢者”だということだ)
力はある。
知識もある。
理論も、経験も、すべて持ち越している。
(だが)
俺は小さく息を吐いた。
(今すぐに使うつもりはない)
前世の失敗を、俺は忘れていない。
魔法に没頭しすぎて、人生を置き去りにした。
その結果が、あの後悔だ。
(今回は、違う)
家族がいる。
温かい場所がある。
特に――。
(セシリア)
昼間のことを思い出す。
過剰なスキンシップ。
少し強すぎる抱擁。
だが、そのすべてに悪意はなく、純粋な愛情しかなかった。
(守られている、か)
前世では考えもしなかった立場だ。
(……悪くない)
俺は再び、魔力を静かに沈める。
夜の中に、波紋は残さない。
(力はある。だが、今は隠す)
急ぐ必要はない。
この身体が育つのを待てばいい。
(魔法も、人生も)
今度は、ちゃんと段階を踏んでいく。
その時――。
「……ルーク?」
小さな声。
セシリアが寝返りを打ち、俺の方に顔を向けた。
薄暗い中でも分かる、少し不安そうな表情。
「……だいじょうぶ?」
(起こしたか?)
俺は反射的に、赤ん坊らしく小さく声を出した。
「……あー」
「……そっか」
セシリアはそれだけで安心したのか、再び目を閉じた。
無意識に、俺のベッドに手を伸ばしてくる。
小さな指が、俺の服の端を掴む。
(……)
俺は抵抗しなかった。
(今は、これでいい)
力を持っていることは、秘密だ。
だが、守られている今の立場も――悪くない。
元・賢者ゼノン・マギウスは、
再び静かに眠りについた。
次に目を覚ます時まで、
この力を、胸の奥にしまい込んだまま。
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