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幸せなひととき
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強い日差しに傘をさすように、青々とした葉が広がっている。体育館の横にそびえる一際太く大きい木の下で、私たちはいつも通り過ごしていた。
葉から零れる光は柔らかく注がれ、肌寒さを感じない程度にほどよく暖かい。
私の横に座って本を読む幸くんの真剣な顔を優しく照らしている。
彼の柔らかい金の髪が光に透けて見えて、綺麗だ。
「…見すぎ」
幸くんの声は少しぶっきらぼうだけど、たくさんのピアスがついた耳はじわじわと赤くなっていく。
それが柔く暖かい木漏れ日だけが原因じゃないのは知っているから、つい笑みが零れてしまった。
可愛すぎる。
にんまりとにやつく私に気づいた幸くんが、眉をひそめて私を見ている。じとりと睨みつける目には、冷やかさは感じない。それもなんだか可愛くて、私は微笑んで見せた。
赤くなる耳。固い表情筋がわずかに緩む様子。注意してみていれば意外と表情豊かなところ。照れたら何も言えなくなるところ。一見近寄り難いけど実は柔らかな陽だまりみたいなところ。全部可愛い。可愛すぎる!
伊吹幸くんと仲良くなったのはつい最近で、私は何回も可愛すぎる!と心で叫んでしまっている。
…そもそも、幸くんの見た目は決して可愛いわけではない。
金髪の髪に、たくさんのピアス。筋肉質な身体に学校で1番高いだろう身長。不機嫌そうに眉を寄せた顔は冷徹で凄みがある。
周りは幸くんを恐れて近寄らないようにしていたほど、一見可愛いとは程遠い人物だ。
入学当初から「殴り合いの喧嘩をして相手を病院送りにした」など、恐ろしい噂が囁かれていて、彼の周りには誰一人近寄らない。
そう聞いたのは幼馴染の蒼汰くんからだった。
彼とは家が隣同士で、昔からよく遊んでいた。
…昔とは、いつからか雰囲気が違うようになったけど。
蒼汰くんの目の奥は、いつのまにか澱んでいて、感情がよく見えない。それが、少し怖かったりもする。
「だから、伊吹幸とはあまりかかわらない方がいいよ。あかり、すぐいじめられるから。心配なんだ」
蒼汰くんの少し高く、思春期特有のざらつきのある声が私の耳元でこだまして、それから大きな手が、私の頭を撫でたのを思い出す。
それと同時に突き刺さるたくさんの視線もついでに思い出し、それから、あの女子トイレの風景と、怒鳴り声を一気に思い出してしまった。
「どうした?」
耳元で響く柔らかな低音に、一気に意識が戻っていく。さらさらと木の葉が擦れて音を立てて、あたたかな空間にさわやかなそよ風が吹いて、気持ちがいい。人より成長の早いらしい幸くんの大人びた声がゆったりと響く。
幸くんはいつのまにやら本を閉じて私を見つめていた。
相変わらず表情は乏しいもののわずかに滲む心配に、私は慌てて口を動かす。
「ああ、ううん。なんでもないの。幸くんと初めて話した日のことを思い出して」
「・・・すごい顔してたけど。なんか、嫌そうな顔」
幸くんは私の返答に少しだけ傷ついたように顔を曇らせた。私は慌てて誤解を解こうと声を荒げる。
「ええ!?ご、ごめん、違うよ!思い出したのは話す直前のことで・・・幸くんに嫌なことは思ったことなくて・・・、たくさん嬉しいと思ってて、ええと、」
そこまで捲し立てているうちに、幸くんの唇から空気が漏れる。
そのまま身体を震わせて、それからははは、と声を出して笑った。
笑う顔はさっきと一変して朗らかで、低い声がくつくつと楽しそうに転がっていく。
幸くんは表情がほとんど変わらない。だから怖がられていることも知っている。
そんな私の前では多少表情は和らぐものの、ここまで楽しそうな顔は、私も見たことがなかった。
頭が真っ白になっていく。白、というか、サン・オレンジ。柔らかく境目も曖昧な、優しいオレンジ。
幸くんはしばらく苦しそうに笑って、笑いつかれたみたいに一つ息を吐いて、それから言葉を紡いだ。
「あかりってやっぱり変だな」
楽しそうな幸くんが私の名を呼ぶその声は、柔らかく響くから心地いい。幸くんはそのまま私を瞳に映した。
「変だけど、変だから、お前のそういう部分が俺は好きだ」
深い海のような穏やかさの中に、木漏れ日がちらりと光るその瞳が、私は綺麗だと思う。
綺麗で、それから・・・、少し熱い。急に好きだと言われたからかもしれない。いやいや、幸くんは私の変な部分が好きなだけで・・・、冷静になろうとすればするほど、頬が熱い。
私は幸くんの瞳から地面に視線を映し、ひやりと冷たいコンクリートに手のひらでそっと触れた。座布団を敷いて座っているから忘れかけていたが、思ったより温度のないそれに、少しずつ身体の熱は中和されていくように感じた。
幸くんは、いつだってまっすぐだ。まっすぐだから、なんだかむずむずする時が多い。
むずむずするけど、優しくてあたたかくて、幸せな時間だ。
でも、その幸せを噛みしめようとするたび、耳元で蒼汰くんのざらついた声が蘇る。
あかり、すぐいじめられるから。心配なんだ。
その言葉は優しさの形をして、私の足首に鎖のように巻き付いている。こうして幸くんとの幸せな時間も、もしかしたら。
手の下のコンクリートが、急に底冷えするような冷たさを帯びた気がした。
葉から零れる光は柔らかく注がれ、肌寒さを感じない程度にほどよく暖かい。
私の横に座って本を読む幸くんの真剣な顔を優しく照らしている。
彼の柔らかい金の髪が光に透けて見えて、綺麗だ。
「…見すぎ」
幸くんの声は少しぶっきらぼうだけど、たくさんのピアスがついた耳はじわじわと赤くなっていく。
それが柔く暖かい木漏れ日だけが原因じゃないのは知っているから、つい笑みが零れてしまった。
可愛すぎる。
にんまりとにやつく私に気づいた幸くんが、眉をひそめて私を見ている。じとりと睨みつける目には、冷やかさは感じない。それもなんだか可愛くて、私は微笑んで見せた。
赤くなる耳。固い表情筋がわずかに緩む様子。注意してみていれば意外と表情豊かなところ。照れたら何も言えなくなるところ。一見近寄り難いけど実は柔らかな陽だまりみたいなところ。全部可愛い。可愛すぎる!
伊吹幸くんと仲良くなったのはつい最近で、私は何回も可愛すぎる!と心で叫んでしまっている。
…そもそも、幸くんの見た目は決して可愛いわけではない。
金髪の髪に、たくさんのピアス。筋肉質な身体に学校で1番高いだろう身長。不機嫌そうに眉を寄せた顔は冷徹で凄みがある。
周りは幸くんを恐れて近寄らないようにしていたほど、一見可愛いとは程遠い人物だ。
入学当初から「殴り合いの喧嘩をして相手を病院送りにした」など、恐ろしい噂が囁かれていて、彼の周りには誰一人近寄らない。
そう聞いたのは幼馴染の蒼汰くんからだった。
彼とは家が隣同士で、昔からよく遊んでいた。
…昔とは、いつからか雰囲気が違うようになったけど。
蒼汰くんの目の奥は、いつのまにか澱んでいて、感情がよく見えない。それが、少し怖かったりもする。
「だから、伊吹幸とはあまりかかわらない方がいいよ。あかり、すぐいじめられるから。心配なんだ」
蒼汰くんの少し高く、思春期特有のざらつきのある声が私の耳元でこだまして、それから大きな手が、私の頭を撫でたのを思い出す。
それと同時に突き刺さるたくさんの視線もついでに思い出し、それから、あの女子トイレの風景と、怒鳴り声を一気に思い出してしまった。
「どうした?」
耳元で響く柔らかな低音に、一気に意識が戻っていく。さらさらと木の葉が擦れて音を立てて、あたたかな空間にさわやかなそよ風が吹いて、気持ちがいい。人より成長の早いらしい幸くんの大人びた声がゆったりと響く。
幸くんはいつのまにやら本を閉じて私を見つめていた。
相変わらず表情は乏しいもののわずかに滲む心配に、私は慌てて口を動かす。
「ああ、ううん。なんでもないの。幸くんと初めて話した日のことを思い出して」
「・・・すごい顔してたけど。なんか、嫌そうな顔」
幸くんは私の返答に少しだけ傷ついたように顔を曇らせた。私は慌てて誤解を解こうと声を荒げる。
「ええ!?ご、ごめん、違うよ!思い出したのは話す直前のことで・・・幸くんに嫌なことは思ったことなくて・・・、たくさん嬉しいと思ってて、ええと、」
そこまで捲し立てているうちに、幸くんの唇から空気が漏れる。
そのまま身体を震わせて、それからははは、と声を出して笑った。
笑う顔はさっきと一変して朗らかで、低い声がくつくつと楽しそうに転がっていく。
幸くんは表情がほとんど変わらない。だから怖がられていることも知っている。
そんな私の前では多少表情は和らぐものの、ここまで楽しそうな顔は、私も見たことがなかった。
頭が真っ白になっていく。白、というか、サン・オレンジ。柔らかく境目も曖昧な、優しいオレンジ。
幸くんはしばらく苦しそうに笑って、笑いつかれたみたいに一つ息を吐いて、それから言葉を紡いだ。
「あかりってやっぱり変だな」
楽しそうな幸くんが私の名を呼ぶその声は、柔らかく響くから心地いい。幸くんはそのまま私を瞳に映した。
「変だけど、変だから、お前のそういう部分が俺は好きだ」
深い海のような穏やかさの中に、木漏れ日がちらりと光るその瞳が、私は綺麗だと思う。
綺麗で、それから・・・、少し熱い。急に好きだと言われたからかもしれない。いやいや、幸くんは私の変な部分が好きなだけで・・・、冷静になろうとすればするほど、頬が熱い。
私は幸くんの瞳から地面に視線を映し、ひやりと冷たいコンクリートに手のひらでそっと触れた。座布団を敷いて座っているから忘れかけていたが、思ったより温度のないそれに、少しずつ身体の熱は中和されていくように感じた。
幸くんは、いつだってまっすぐだ。まっすぐだから、なんだかむずむずする時が多い。
むずむずするけど、優しくてあたたかくて、幸せな時間だ。
でも、その幸せを噛みしめようとするたび、耳元で蒼汰くんのざらついた声が蘇る。
あかり、すぐいじめられるから。心配なんだ。
その言葉は優しさの形をして、私の足首に鎖のように巻き付いている。こうして幸くんとの幸せな時間も、もしかしたら。
手の下のコンクリートが、急に底冷えするような冷たさを帯びた気がした。
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