モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

藤宮りつか

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モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

Chapter 5

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「へー。天馬と智加もバイトすることにしたんだ」
「うん。って、光稀もするの? バイト」
「もちろん。一臣みたいに金銭感覚が狂っている人間と一緒にいたら、こっちの金銭感覚も狂っちゃいそうでしょ? 僕の家は貧乏ってわけでもないけどお金持ちでもないから、一般的な金銭感覚は失いたくないんだよ。将来のために貯金も始めたいしね」
「へー……」
 昼休み。学食にやって来た俺と光稀は、天馬と一臣がメニューを受け取るまでの間、先にテーブルに着いて二人が来るのを待っていた。
 この大学には学食が二つあって、一つはちょっと高級志向。もう一つは庶民向けというか、学生にとって嬉しい値段設定になっている。
 俺達が利用するのはもっぱら庶民向けの学食で、定食がなんと三五〇円で食べられる。うどんやおそば、ラーメンになると二百円だし、丼物やカレーライスやスパゲッティーは二五〇円だ。
 そのぶん味は特別美味しいとは思わないけど不味くもない。量も充分だから、毎日早起きしてお弁当を作るよりお昼は学食を利用することにした。
 一度お高め設定の学食に行ったこともあるけれど、そっちはお店で食べるのと同じくらいの値段になっていて、中には千円以上するメニューなんかもあった。
 もちろん、いい値段を取るだけあって味は数段美味しくなるけれど、毎日食べるお昼ご飯にしては高過ぎるから、基本的には利用しないことになった。
 まあ、一臣なんかは庶民向けの学食より高級志向の学食の方がいいんだろうけど、金銭感覚が俺達と一緒の光稀が嫌がるから渋々俺達に付き合っているって感じ。
 一臣は紛れもなくお金持ちのお坊ちゃんではあるけれど、なんでもかんでも高級じゃないといけないわけでもない。俺達に合わせようと思えば合わせることはできるから、俺達と付き合うこともできているのだと思う。
 一臣の恋人の光稀はしっかり者だから、金遣いが荒いのは嫌いだし、派手な生活も好まないもんね。
 たまに一臣の金銭感覚がおかしい時なんかは
『そういうのは自分で稼ぐようになってからしなよ。一臣が今好きに遣っているお金は一臣の親が一生懸命働いて稼いだお金だってことを忘れないで』
 って窘めたりしているもんね。
 今までそんなことを言われたことなんてなかったであろう一臣も、愛しい光稀にそう言われてしまっては改めるしかないようで、最初に比べて随分まともな金銭感覚になった……らしい。
 何せ一臣は光稀にベタ惚れだもん。中学時代、一目惚れをした光稀を堕とすため、それはもうありとあらゆる手を使ったのだとか。光稀は最初一臣には全く興味がなかったうえ、典型的なお坊ちゃん体質の一臣のことはあまり良く思っていなかったらしいから。
 俺は金銭感覚がまともじゃなかった頃の一臣を知らないんだけれど、天馬が言うには「ドン引きした」ほどだったみたい。
(中学時代に友達からドン引きされる金銭感覚とは……)
 知りたいような知りたくないような……である。
 もっとも、生まれながらに染みついてしまっているお金持ちのお坊ちゃん体質は完全に消えないようだから、光稀が「悪趣味」と非難するような無駄遣いをすることもあるみたいだけれど、それも随分と少なくなったようだから、光稀も大目に見てあげているところはあるみたいだ。
 俺は一臣のことを“金遣いが荒い”とは思わないし、一臣にドン引きしたこともないけれど、一臣のことを“お金持ちなんだな”と思うことならある。そこが昔の名残りってことなのかもしれない。
「一臣はどうするの? 一臣の場合はバイトする必要なんて全くないだろうし、本人もしたがらないように思うけど」
「さあ? そこは好きにしてって言ってるよ。バイトをしない代わりに勉学に勤しむのであればそれはそれでいいことだと思うし、何かやりたいことがあればそれに没頭するのもアリだと思う。どうせ卒業したら親の会社かその関連会社で働くことになるんだろうから、無理に社会勉強をする必要もなさそうだしね。ただ……」
「ただ?」
「何もしないで呑気に大学生活を過ごすつもりなら、僕はちょっと嫌だな。この先一臣とはやっていけないって思うかも」
「ははは……。しっかり者の光稀らしいかも」
 天馬のことが大好きで仕方がない俺にはない発想だ。愛されている余裕かな? 光稀は一臣に対して結構手厳しいし強気な態度である。
 しかし、それを聞くと俺も“天馬のためにバイト頑張ろうっ!”なんて呑気なことを考えてばかりじゃダメだよね。
 今は大学に入ったばかりで将来のことなんてそこまで真剣に考えてもいないけれど、四年経ったら大学を卒業して社会人になるんだもん。一人前の大人として自立した生活を送らなきゃいけないし、天馬とだってずっと一緒にいたい。そのためには俺自身がもっと成長しなくちゃいけないだろうから、天馬とイチャイチャすることだけを考えてちゃいけないんだよね。
 でも、付き合い始めてまだ一ヶ月が経ったばかりの俺としては、やっぱりそこが最優先になっちゃう。
 光稀や一臣のように付き合い始めて三年以上経っているとか、恋人同士のあれこれが一通り済んで安定期に入っているとかなら、俺にも他のことを考える余裕ができそうなんだけど……。
 キスもまだだとそれがなかなか難しいんだよね。どうしても、「天馬とキスしたい!」「天馬とイチャイチャしたい!」って気持ちが勝っちゃって、そのことばっかり考えるようになっちゃうし。
「やっぱ定食の列が一番混むな。俺も光稀や智加みたいに丼物にすれば良かった」
「たかが五分そこいら並んだくらいで文句言うな。あんなの並んだうちに入らないぞ」
「いやほら。俺ってあんまり並んだこととかないからさ。並び慣れてないっていうの? 五分でも長く感じちゃうんだよ」
 利用者が多いここの学食は広く――もう一つの学食はここの半分以下の面積しかない――、一度はぐれたらなかなか連れを見つけられそうになかったけれど、幸い俺と光稀はカウンター近くの席を確保できていたから、二人も俺達を見つけるのに苦労はしなかった。
 天馬と一臣は二人が来るのを待ちながらお喋りしていた俺と光稀のところへやって来ると、天馬は俺の隣り、一臣は光稀の隣りに極々自然に腰を下ろした。
 春のうららかな日差しがめいいっぱい射し込む明るくて開放的な造りの学食。その一画で向かい合って座る二組のカップル……。
 俺達四人の姿を見て“仲睦まじい恋人同士”だと思う人間は誰一人としていないんだろうな。はたからみると俺達はただの仲良し四人組にしか見えないんだろうし。
 それならそれで別にいい。俺は周りの人間から天馬と恋人同士に見られたいわけじゃないもん。ただ、俺と二人っきりの時は天馬にもう少し恋人としての愛情表現をして欲しいだけ。だから――。
「なんの定食にしたの?」
「味噌カツ定食」
「わぁ……結構がっつりだね。ご飯も大盛りだし」
 人前では俺も天馬には友達として振る舞うようにしている。
 もし、俺と天馬の関係が世間にバレてしまったら、それはそれでとんでもないことになっちゃうもんね。それは一臣と光稀にも言えることだけど。
「これはおばちゃんが勝手に大盛りにしてくれたんだよ。俺が頼んだわけじゃない」
「ああ、そう……」
 まあ、関係を明かせないぶん、天馬は異性から恋愛対象として見られたり、騒がれる対象になってキャーキャー言われたりするのはちょっと面白くないけれど。
「天馬は学食のおばちゃん達のアイドルだもんな。何頼んでもいつも大盛りにされててウケる」
「そういうのじゃないだろ。ただ単純に俺がデカいから、よく食べると思って大盛りにしてくれているんだと思う。俺としてはありがたい話だ」
 もっとも、天馬本人はそんなことに全く気付いていないし、気付く気配もないんだけどね。天馬がそういうことに鈍感で無関心なのは助かる。
「いやいや。そんなことあるだろ。現にお前と同じくらいの身長の俺は大盛りになんかしてもらってないし。身長で大盛りにするかしないかを決めてるなら、お前のすぐ後に並んでた俺も大盛りになると思わない?」
「うーん……」
「それは、天馬に比べて一臣がいけ好かない顔をしているからだよ。僕が学食のおばちゃんでも、天馬は“大盛りにしてあげよう”って思うけど、一臣は“普通でいい”と思うかな」
「光稀⁈」
 天馬をからかうつもりが思わぬ方向に飛び火したことに焦る一臣。一臣には申し訳ないけど、ちょっと笑いそうになってしまった。
(いけ好かない顔って……)
 最初は一臣の印象が良くなかった光稀だから、他の人からの一臣の第一印象も良くないと思っているのかもしれない。
 ひょっとしたら“いけ好かない”って表現は最初に光稀が一臣に抱いていた印象なのかも。俺が一臣に初めて会った時は、天馬や光稀に軌道修正された後の一臣だったから、悪い印象は全く感じなかったけど。
 でも、今は一臣と恋人同士になって、なんだかんだと仲睦まじくやっているのに、自分の恋人に向かって“いけ好かない”って言葉を平気で遣ったりしちゃうんだ。俺には絶対真似できないよ。
 光稀は俺と違って思ったことははっきり口にするし、ちょっと毒舌なところもある。特に一臣相手だと毒舌具合が酷くなる傾向にあるから、光稀に酷いことを言われたくないのであれば、一臣は余計な発言をしないに限る。
 それにしても、よくよく考えてみたら不思議な話ではあるよね。
 最初から光稀のことが好きだった一臣はさておき、光稀はどうして一臣と付き合おうと思ったんだろう。価値観もちょっと違うみたいだし、最初は好きでもなんでもなかったんだよね? そんな一臣のことを何がきっかけで光稀は好きになったんだろう。
 一臣と光稀の馴れ初めは一臣視点か天馬視点でしか聞いたことがないからちょっと気になる。光稀視点の一臣との馴れ初めというものも聞いてみたい。
 もしかしたら、そこに俺と天馬の関係が一気に進展するような秘密が隠されているかもしれないし。
(今度聞いてみようかな……)
 光稀がその質問に快く答えてくれるかどうかはわからないけれど、俺と二人っきりの時なら話してくれそうな気がする。
 出逢いから付き合うまで。付き合ってから現在までを全て知っている天馬や一臣の前では、光稀もあまり自分と一臣のことを話したがらないし、天馬と一臣の二人にその話をされると嫌がったりもするけれど、あまり詳しく事情を知らない俺に聞かれたら一通りのことは教えてくれるんじゃないかな。
 光稀にとって俺は“自分と同じ立場の人間”という仲間意識みたいなものがあるみたいで、俺の前ではわりと素直な話をしてくれる。現にさっきも、一臣の大学生活の過ごし方次第では……みたいな話もしてくれたし。
 それに、俺の方も光稀に聞いて欲しい話や相談したいことが沢山あるんだよね。
 一ヶ月前に天馬と恋人同士になったばかりの俺は、男同士のカップルについてよくわからないことがいくつかあるから、同性カップルの先輩でもある光稀には良き相談相手になって欲しいと思っている。
 天馬のことで悩んでいるなら天馬に相談はできないし、俺とまだ特別な関係になることを考えていない天馬に、その時に備えた相談はしづらい。一臣は相談相手としてはちょっと不安があるし、相談するなら光稀が適任って思っちゃうんだよね。
 誤解がないように言っておくけど、一臣は決して頼りないわけではないし、相談をしたくない相手というわけでもない。ただ、恋愛相談はちょっと違う感じがするだけだ。
 恋愛の話になると、一臣はすぐ光稀の話になっちゃうから、こっちが相談していたはずなのに、いつの間にか立場が逆転していることもあるから。
 でも、俺が天馬を好きだって知った時は協力してくれたし、この前みたいに天馬に説教をしてくれることもあるから、頼りになる時もあるにはある。
(今度光稀と二人っきりで話せる時間でも作ろうかな……)
 天馬との仲を進展させたい俺がお昼の天丼を口に運びながら、どのタイミングで光稀に話を持ちかけようかと悩んでいると……。
「あ。高城達じゃん。同じ大学だとは聞いてたけど大学で会うのは初めてだよね。元気にしてた? 相変わらずその四人で一緒にいるんだ」
 すぐ真後ろから聞き覚えのある声が飛んできて、俺の心臓は嫌な感じにドキッと脈打った。
「おー。後藤に白石じゃん。卒業式以来だよな? お前らこそ元気だったのか?」
「そんなの見たらわかるでしょ?」
「だな」
 後藤麻美ごとうあさみ白石杏里しらいしあんり。二人共俺達と同じ高校の出身で、俺が苦手とする女の子の第一位と二位である。
 俺達が進学した大学は名門有名大学だから、当然高校の同級生の中にも受験をした人間は多かった。全員が全員合格はしなかったものの、受験者の何人かは俺達のように合格通知を受け取っているから、こうしてキャンパス内で同じ高校の出身者に会うことはおかしな話ではない。
 既に会っている者。これから会うであろう顔ぶれはあるにせよ、そう遠くないうちに全員と顔を合わせることになるだろうとは思っていた。
 でも、俺としてはこの二人にだけは会いたくなかった気もする。
 まず、後藤麻美。彼女は高校二年生時の俺達のクラス委員だった。演劇部所属。性格は明るく少々男勝り。クラスの中では目立つ存在で、男女問わず人気がある女子生徒だった。赤みがかった茶髪をいつも頭の上でポニーテールにしている。
 俺も最初は後藤さんのことは苦手でもなんでもなかったんだけれど、後藤さんのことが苦手になってしまうある決定的な出来事があった。
 それは、高校二年生の文化祭である。クラスの出し物で劇をすることになってしまった俺達は、クラス委員かつ演劇部で主役を張ることもある後藤さんのもと、文化祭の準備に取り掛かることになった。
 因みに、このクラスの出し物は生徒の希望が半分しか通らない仕組みになっている。
 半分しか通らないとはどういうことなのか。それは、クラスでの出し物はあらかじめ文化祭実行委員が用意したくじをクラス委員が引き、どんな出し物をするかを決められてしまうからだ。
 文化祭の出し物はどこのクラスも模擬店をやりたがるから、生徒の希望通りにしていたら模擬店ばかりの文化祭になってしまう。それを避けるため、クラスの出し物はくじ引き制度を採用しているのである。
 つまり、文化祭で希望通りの出し物ができるかどうかはクラス委員のくじ運に懸かっているということになる。決まった出し物で何をするかは生徒の自由。だから、“生徒の希望が半分しか通らない”ということだ。
 で、運悪くそのくじ引きで演劇を引き当ててしまった後藤さんは、悲鳴を上げるクラスメート達にお構いなしで『男女逆転シンデレラ』という、童話の代表的作品とも言える『シンデレラ』をもとにしたオリジナルパロディー台本を三日で書き上げてきて、台本を書き上げてきた翌日の放課後には役割分担まで決めてしまった。
 あまりクラスで目立つ存在ではなかった俺は
(きっと小道具係とか買い出し係とか、そういう当たり障りのない役割になるよね)
 と思って安心していたのに……。
 俺に回ってきた役割はまさかのシンデレラ役。主役だった。
 ただでさえ引っ込み思案の気があり、目立つことや人前で何かをすることが苦手なのに、そんな俺が劇の主役?
(無理無理無理っ! 絶対無理に決まってるよっ!)
 即座にそう思った俺は、当然
『なんで俺⁈ 俺より光稀の方がシンデレラ役に向いてるじゃんっ!』
 と猛抗議したけれど
『そこは私も一応悩んだんだけどさ。藤岡って絶対おとなしく虐められてるタイプに見えないじゃん。むしろ、意地悪な継母達をあっさり手駒に取って、家の中で一番の権力者になってそうでしょ?』
 と返されてしまい、ぐうの音も出なかった。
 とは言え、そう簡単に諦めることもできないから
『だったら、そういう話にすればいいじゃんっ!』
 と言えば
『それじゃシンデレラにならないじゃん。せっかく桐生みたいに虐め甲斐がありそうな子がクラスにいるんだから、それを利用しない手はないよ』
 そう返され、またしても言葉に詰まるしかなかった。っていうか、虐め甲斐がありそうってなんだ。
『だ……だったら、男女逆転になんかにしないで、普通のシンデレラやればいいじゃん……』
『嫌よ。誰もが知ってる普通のシンデレラなんかやって何が面白いの? そんなのやったらしらけるだけだし、逆に恥ずかしいよ』
『だったら……』
『だったらも何もない。これはもう決定事項だよ。従え』
『うぅ……』
 結局、口ではどうあっても後藤さんを説得させるっことができなかった俺は、泣く泣く後藤さんに与えられた役割を飲む羽目になった。
 そして、俺が自分よりシンデレラ役に相応しいと思った光稀はシンデレラに魔法をかける魔法使い役になり、一臣は継母役になった。
 面倒臭がりでやる気もない天馬はさすがに裏方に回されると思ったのに、天馬は最後の方でガラスの靴を手に、シンデレラを探しに来る家来役として舞台に上がった。
 多分、適当な手抜き作業をされるより、舞台にちょい役として上げてしまった方がいいと思われたんだろうな。練習の時点で全くやる気を出さない天馬は、本番の舞台の上でも恐ろしいほどのやる気のなさと棒だったけど、それが何故かウケていたから良かったのだろう。
 もともと後藤さんの書いてきた台本はギャク色が強くなっていて、酷い棒読みの天馬の演技もわざとだと思われたに違いない。
 舞台はそれなりにウケ、クラスの出し物部門では賞まで貰い、最初はあんなにみんな嫌がっていたクラスの出し物も、最終的には楽しい思い出となり、みんな満足した文化祭になったみたいだったけれど、一人だけそう思えないままに終わった俺は、それ以降、後藤さんのことがすっかり苦手になってしまったのである。
 当然と言えば当然だ。光稀は魔法使い役で普通だし、継母役の一臣なんかは人前で女装した姿を見られる程度の辱めで済んだけど、俺なんか女装したうえ舞台の上でスカートを捲られたり、転がされたりしたんだから。あんな屈辱的な経験は後にも先にもあれだけだよ。俺が後藤さんを苦手になっても仕方がない話だ。
 これが、俺が後藤さんを苦手になってしまった理由。
 で、白石さんの方はどうして苦手なのかと言うと、これは至って単純な理由だけど、彼女が天馬のことを好きだからだ。
 俺が高校の三年間を天馬に片想いして過ごしたのと同様、白石さんも高校で出逢った天馬のことを一年生の時から好きだったらしい。
 直接本人から聞いたわけではないし、噂で聞いただけの話ではあったけれど、彼女を見れば彼女が天馬を好きであることは一目瞭然だった。
 後藤さんとは対照的に、物静かで女の子らしい白石さんは顔も可愛く、クラスの……いや、学年全体の男子からの人気が高かった。そんな白石さんが天馬のことを好きだと知れば、天馬に片想いをしている俺としては落ち着かないし、なるべく天馬と白石さんを近づけたくないと思ってしまうのも当然だ。
 しかも彼女、他の男子のことは苗字に君付けで呼ぶ癖に、天馬のことだけは「天馬君」なんて名前で呼ぶから、天馬のことを特別視しているのがバレバレで、それが俺にはあざとく思えて不快だった。
 卒業式の後、俺と天馬が恋人同士になったことを知らない彼女は
「天馬君はお昼味噌カツ定食なんだ。男の子って感じだね」
 今も天馬のことが好きみたいだし。
「そうか? 女だって味噌カツ定食くらい食べるだろ。っていうか、後藤が食ってるのがまさにそれだし」
 声を掛けてきたついでに俺達の隣りの席に向かい合って座った二人は、当然天馬がいる列の席に白石さんが座り、一臣と光稀がいる列に後藤さんが座った。
 言っても、天馬と白石さんの間には俺がいるわけだけど、白石さんは俺を通り越して天馬に声を掛けるのである。
 天馬にしか興味がないってことなんだろうけど、俺の存在を無視してるみたいでちょっと感じが悪いよね。別にいいけどさ。
「大学生活にはもう慣れた? 私服姿の天馬君ってなんだか新鮮」
「ぼちぼちだな。制服がないのはちょっと不便だ。毎日自分で服を選ばなきゃいけないのは面倒臭い」
「あはは。天馬君らしい。でも、天馬君は何着てもサマになるから、あんまり服装を気にすることはないんじゃない?」
 男の俺が一目惚れするくらいだから天馬は女子にモテる。天馬の性格が性格だから、キャーキャー騒がれたり、ちやほやされる感じではなく、“密かに恋心を抱いてます”って感じのアピールをされがちだけど、学食のおばちゃん達からのあからさまな好意にも気付かない天馬が、女の子からのさり気ない好き好きアピールに気付くはずがない。
 せっかく俺を無視した天馬への好き好きアピールも、当の本人が全く気付かないんじゃ意味ないよね。天馬に自分の気持ちを知って欲しいのであれば、俺みたいに思いきって告白するしかないと思う。
 今の俺が天馬と付き合えているのは、俺が高校の最後に託した一大決心のおかげなんだから。
(高校の三年間を俺と同じく天馬に想いを寄せて過ごしてきた癖に、最後に告白する勇気がなかった白石さんなんて敵じゃないんだからねっ!)
 なんて。俺の存在を無視して、俺の頭の上で天馬と盛り上がる白石さんに対し、心の中で勝手に勝利宣言みたいなものをする俺だったが、それはそれで虚しいものがあった。
 勝利宣言は直接本人に言わないと意味がないし、俺が天馬と恋人同士になったとはつゆほどにも思っていない白石さんからしてみれば、俺の存在なんて取るに足らない微生物みたいなものなんだろうな。むしろ、天馬の恋人であるはずの俺の方が白石さんの存在を気にしているくらいだから。
 でも、それって仕方ないよね。自分の母親とそんなに変わらない年齢の学食のおばちゃんに「あんた男前だねぇ」と言われて好意的に接しられるのと――実際に天馬がおばちゃんにそう言われているのを聞いたことがある――、同世代の女の子から好意を寄せられているのとでは危険度が全然違うもん。
 天馬が浮気するような人間だとは思っていないけど、俺に飽きて他の子を好きになる可能性はないと言い切れない。ただでさえ、俺と天馬は男同士という問題を抱えているんだもん。天馬がこの先ずっと俺と一緒にいてくれるつもりがあるのかどうかも不安がある。何か面倒が起こった場合、天馬はすぐに俺を捨てるんじゃ……って気がしなくもないし。
 天馬と恋人同士になれたからといって、何もかもが上手く行って順風満帆……とはならないことが歯痒い。歯痒くてもどかしい。
「さあな。そういう風に考えたことはないし、正直自分が人からどう見られようが構わないって感じだけどな」
「え~? それはもったいないよ。天馬君は背が高くてスタイルがいいし、顔も格好いいんだから。お洒落したらモデルみたいになってもっと格好良くなると思うよ?」
 むっ……。天馬は俺の恋人なんだから余計なこととか言わないでよね。そういうのは天馬の恋人である俺が言うことであって、天馬と付き合っているわけでもない白石さんなんかに言われたくないよ。
 それに、天馬は今のままでも充分格好いいもん。これ以上格好良くなる必要なんてない。天馬にこれ以上格好良くなられたら、それこそもっと女の子からモテモテになっちゃって、俺の不安もヤキモチ具合も倍増することになっちゃうじゃん。
 天馬は男の俺が一目惚れしちゃうほどの美貌の持ち主なんだから、服装には気合いが入っていないくらいがちょうどいい。よっぽど変な格好でもしない限りはダサくもならないし。
「興味ない。それに、最近は時々智加が俺の服をコーディネートしてくれるからな。それで充分なんだよ」
「え……」
 あ……不味い。天馬それ、言わなくて良かった余計な一言だよ。
「桐生君が? どうして?」
「え?」
 会話の流れで偶然出てしまった俺の名前を聞き逃さなかった白石さんは急に鋭い目つきになって天馬に聞き返し、白石さんから自分の服を俺がコーディネートしている理由を聞かれた天馬は、そこでようやく自分が余計なことを言ってしまったことに気が付いた。
 白石さんが高校一年生のいつから天馬のことを好きになったのかは知らないけれど、入学直後から天馬の周りをチョロチョロし始めた俺のことはあまり快く思っていない節がある。
 天馬の周りには俺だけでなく、一臣や光稀もいたはずなのに、俺だけが目の敵みたいに思われる理由はなんなんだろう。一臣や光稀と違って、俺だけ天馬とは高校からの付き合いだから?
「あー……それはまあ、俺と智加は今一緒に住んでるからな。智加が俺の服を選んでくれることもあるってことだよ」
「桐生君と一緒に……」
 全く予期していなかった話を聞かされた、という顔の白石さんは愕然となり
「へー……そうなんだ」
 そうかと思うと敵意剥き出しの目を急に俺に向けてきたから、俺はビクッと肩を震わせた。
 なんで俺が白石さんにキレられなきゃいけないの? 俺と天馬が付き合っていなかったとしても、そこは白石さんがキレるところじゃなくない?
「もしかして、ルームシェアってやつ? いいじゃん。楽しそう」
「そうだな。最初は実家を出るつもりなんてなかったから、親元を離れて暮らすのは面倒臭いんじゃないかと思ってたけど、意外とそうでもなくて楽しいな。一臣と光稀も近くにいるし」
「ってことは、高城と藤岡も実家を出てるんだ。もしかして、二人もルームシェアしてるの?」
「もともと俺達にルームシェアの話を持ち掛けたのは一臣だからな」
「なるほど。金持ちお坊ちゃんの道楽みたいなものか。益々楽しそうでいいね」
 白石さんと違い、後藤さんの方は俺達のルームシェア話に賛同的な反応を示したけれど――。
「今度遊びに行かせてよ」
 それはちょっと困る。
 俺は家に女の子を呼んだことがないし、天馬と付き合っている今、女の子を家に呼びたいとも思わない。
 それに、後藤さんが遊びに来たらもれなく白石さんもついて来そう……じゃなくて、絶対について来るだろうからそれが嫌だ。
(何が悲しくて、自分の恋人を好きだって言ってる女の子を家に上げなきゃいけないんだよ)
 そう思ってしまう俺は心が狭いのだろうか。
 いやいや。普通は嫌だしそう思うよね。
 もし、後藤さん達が遊びに来る部屋が俺と天馬の部屋ではなく、一臣と光稀の部屋だったとしても二人だって嫌がるはずだよ。
 二人の場合、女の子を部屋に上げたくない云々の問題ではなく、二人で一緒に使っている寝室を見られたら不味いという理由だとは思うけど。
 っていうか、一臣は家族や村瀬さんに光稀との関係がバレちゃいけないはずなのに、光稀と一緒の寝室なんて作っちゃって大丈夫なの? いくら親元を離れたといっても、完全に親の目から離れたわけじゃないだろうに。そのうち村瀬さんだって絶対に一臣の様子を見に来ると思う。
 実際
『最低でも月に一度はお宅に伺い、一臣坊ちゃんの健康状態などをチェック致します』
 って言っているみたいだから、近いうちに現れるんじゃないかな。
 その時、当然各部屋のチェックも忘れずに行うだろうから、大きなベッドが一つしかない二人の寝室も見られてしまうわけだ。そこはどうやって言い訳をするつもりだろう。
 もちろん、一臣にはちゃんとその時の対応も考えているだろうから、俺が心配するようなことでもないとは思うけどさ。
「私も行ってみたいな」
 そんなことよりも……だ。今は俺達の家に「遊びに行きたい」と言い出したこの二人をどうにかしなくては。
 後藤さんは単純な興味で遊びに来たがっているんだろうけれど、白石さんの方は絶対下心があるよね。
 俺はこの二人を自分が苦手な女の子の一位と二位にしているけれど、どっちが一位でどっちが二位かというと、それはもちろん白石さんの方が一位である。そして、一位と二位の間には結構な差がある。俺は後藤さんと白石さんとでは圧倒的に白石さんの方が苦手だった。
 後藤さんのことが苦手になったのは高校二年生の文化祭での一件があったからで、俺にとって実際に害があったのは後藤さんの方ではあるのだけれど、もともとの後藤さんの性格は裏表がなく、さっぱりしていて好感が持てるタイプでもある。
 文化祭では自分のくじ運のせいでクラスのモチベーションが下がってしまったと思い、みんなになんとか楽しんでもらおうとした結果、俺があんな目に遭ってしまったのだとも思うから、クラスのために自分が犠牲になったと考えれば我慢できなくもなかったし、後藤さんを許してあげようって気持ちにもなった。事実、俺以外のクラスメートはみんな楽しめたみたいだし。
 でも、白石さんはそうじゃない。
 一見、おとなしくて控えめな可愛らしい女の子に見えるけど、天馬と俺に対する微妙な態度の違い。俺のことは明らかに気に入らないと思っていることが垣間見える態度が苦手だし、怖いんだよね。
 天馬の前では物凄く可愛らしい女の子を演じる癖に、俺には「邪魔よ」みたいな目を向けることも少なくはない。そして、その姿を絶対天馬に気付かれないようにしているところも嫌だった。
 別に俺、白石さんに何かしたわけでもないのにさ。天馬と一緒にいるだけでそんな態度を取られるなんて理不尽だよ。
「ねえ、天馬君。今度天馬君の家に遊びに行っちゃダメ?」
 天馬君の、ではなく、俺と天馬の家だ。
 今回もまた、例のごとく俺の存在をスルーして天馬に聞く白石さんにハラハラしていると、白石さんにそう聞かれた天馬は
「それはちょっと面倒臭い」
 狙った上目遣いで自分を見詰めている白石さんに全く気が付かず、いともバッサリと言い切った。
 いくら俺が白石さんのことを苦手だと思っていても、ここまで脈なしな態度を取られるのはちょっと可哀想だと同情しそうになる。
 それでも、これで二人が俺達の家に「行きたい」だなんて言い出さなくなると思えばホッとする気持ちもあり、自分の気持ちに素直な天馬には感謝もした。
「そっか……そうだよね。人を家に呼ぶのってちょっと面倒臭いよね」
「高杉って相変わらず面倒臭がりなんだね。その性格って直らないの?」
「ちょっと、麻美」
「ん? ああ……。まあ、そこが高杉の個性だもんね」
 一見気まずい雰囲気になりかけたけど、二人の会話に後藤さんが介入してきたことで、それもなんとか免れた。
 本当はそんな簡単に諦めたくはないのだろうけど、天馬に「面倒臭い」と言われてしまっては諦めるしかない。白石さんも天馬の性格を知らないわけじゃないし、天馬に悪気がないこともわかっているはずだから、ここはおとなしく身を引くことにしたらしい。
「悪いな。面倒臭がりで」
「ううん。いいのいいの。ちょっと言ってみただけだから気にしないで」
 しかし、天馬に断られて面白くない気持ちはすぐには消えないようで、表面上では聞き分けのいい女の子を演じながらも
「ちっ……」
 その不満が舌打ちとなって出てしまったところを、白石さんの隣りに座っている俺は聞き逃さなかった。


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