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モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!
Chapter 24
しおりを挟むいつもは男女八人のランチタイムが、今日は先輩を含む男六人という、ちょっとむさ苦しいものになってしまったけれど、それはそれでレアな光景なので俺は特に気にならなかった。
天馬と溝口さんは一度バイト先で顔を合わせているから面識があるし、光稀と付き合っている一臣は、光稀が敬愛するという忍さんに会ったことがあるみたいだった。
ただ、二人が恋人同士であることは忍さんに伏せているようだから、俺もうっかり二人の関係を口にしてしまわないように気を付けないと。
(俺と天馬のことは速攻バラしちゃったのに。自分と一臣の関係は隠してるなんてズルい……)
と、ちょっと思ったりもしたけれど、光稀と忍さんは従兄弟同士だもんね。うっかり話して自分の家族の耳に入ってしまったら不味いんだろう。
あと、日本を代表する大企業、高城グループ社長の末息子が自分と同じ男と付き合っているという情報を、光稀的にはバラしてはいけないと思っているのかもしれないよね。
俺と天馬、一臣と光稀では、同じ同性を恋人に選んでいる者同士でも若干立場が違うのである。だから、そこは大目に見てあげることにした。
光稀だって好きで黙っているわけじゃないのかもしれないし。本当は忍さんに打ち明けたいけど、一臣の立場を考えたら言えなくて我慢してる、とかだったら光稀を責めるのも可哀想だしさ。
まあ、気の強い光稀にそんなしおらしいところがあるとはちょっと考えられないし、むしろ、自分が男と付き合っていることを敬愛する忍さんに知られたくないから一臣との関係を黙っている、って考えた方がしっくりはくるけどね。
それはさておき
「そりゃさ、俺だって最初は踏み止まろうと思ったんだよ? 男同士ってやっぱり一般的じゃないし、生産的でもないじゃん。俺の明るい未来のためにも、やっぱり女の子と付き合う方がリスクもなくていいってさ。でもさ、目の前に非の打ち所がない圧倒的な美があるんだよ? それはもう、どう足掻いても惹かれちゃうじゃん。好きになっちゃうじゃん」
今は溝口さんの独壇場だった。
天馬は忍さんを、一臣は溝口さんを知らなかったわけだけど、従兄弟同士の光稀と忍さん、バイトの先輩後輩である俺と溝口さんの関係は一言で説明すれば充分だった。溝口さんと忍さんが友達同士だという話も、学年が同じならおかしくない話だ。
でも、光稀と溝口さんの関係はそうもいかなかった。
溝口さんがただの忍さんの友達ってことだけなら問題はなかったんだけれど、光稀と面識があり、光稀のことを“みーたん”と呼ぶあたりがやっぱり不審に思われ、一臣もその理由を知りたがった。俺も光稀と溝口さんの話はもっと詳しく聞きたかった。
天馬は光稀と溝口さんの関係についてはそこまで興味津々って感じではなかったけれど、溝口さんがどういう人なのかは気になるみたいだったから、光稀と溝口さんの関係を詳しく知りたがる一臣に口を挟まず、溝口さんの声に静かに耳を傾けていた。
溝口さんはどうやら光稀に振られているらしいから、俺達が光稀と溝口さんのことを知りたがっても
『振られた相手との過去なんて話したくない!』
と言って、詳しい話はしてくれないのかも……と思ったけれど、そんなことは全然なくて、むしろ「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりに、溝口さんはぺらぺらと自分と光稀の過去を自ら進んで話し始めたのであった。
「初めてみーたんに会った時の衝撃は今でも忘れられないよ。今もみーたんは綺麗で可愛いけど、俺と出逢った時は本当にお人形さんみたいでさ。こんなに綺麗で可愛い子が世の中に存在するんだって、本当にびっくりしたものだよ」
ただ、溝口さんはあまり簡潔に話を済ませることができないのか、別に俺達が知りたいと思っていないところまで感情を込めて事細かく語ってくれるから、なかなか話が先に進まなかったりもした。
溝口さんが光稀との過去を語り始めて早二十分。全員とっくにお昼は食べ終わってしまったし、なんなら昼休みの残り時間も気になってくる頃だというのに、俺達はまだ溝口さんと光稀の出逢いのシーンしか聞かせてもらえていなかった。
いくら光稀との出会いが衝撃的だったからって、その衝撃を延々と話されちゃってもねぇ……。聞いている方はちょっとうんざりしてきちゃうかも。
光稀と出逢った時の衝撃は溝口さんと同じようなものだったらしい一臣は、「うんうん。わかる」みたいな顔で聞いていたりもするけれど。
でもさ、もう少しテンポアップして話を進めてくれないと昼休みが終わっちゃうよ。幸い、次の講義はたまたま休講になっているから、溝口さんの話が昼休み中に終わらなくても付き合えるといえば付き合えるけどさ。この調子だと休講になった講義一コマ分の時間を使っても、溝口さんの話が終わるかどうか……だよ。
「なんかまだまだ話に時間が掛かりそうだから、僕、売店でお菓子でも買って来るね」
「え?」
「それなら僕も付き合おう。みんなはそのまま話を続けてて」
「あ、はい……」
俺と天馬と一臣は、光稀と溝口さんの過去についての話は聞いたことがないけれど、当事者である光稀と、その様子をすぐ傍で一部始終見ていたであろう忍さんにとって、溝口さんの長話は殊更退屈だったのだろうか。当時を思い出し、懐かしさに思いを馳せた溝口さんの口が止まった瞬間の隙を衝き、一旦この場を離れることにしたようだ。
今気が付いたけど、忍さんも一人称は“僕”なんだ。もしかして、光稀の一人称が“僕”なのって忍さんの真似っていうか、影響だったりするのかな。だとしたら、光稀にも結構可愛いところがあるんだなって、ちょっとほっこりしちゃう。
「ついでにみんなの飲み物も適当に買おうか」
「そうだね。忍さんは次の講義はないの?」
「僕も今日の講義は午前中で終わりだから問題ないよ」
「そうなんだ。なんかさ、忍さんと同じ大学だってことは知っていたけど、こうして大学内で忍さんと一緒にいるのも変な感じだね」
「本当だね。でも、僕は大学内で何度か光稀の姿を見掛けてはいるんだよ」
「そうなの? だったら声を掛けてくれても良かったのに」
「いやいや。光稀はいつも友達と一緒にいるから邪魔しちゃ悪いと思ってね」
「僕が忍さんを邪魔だと思うはずがないのに」
「今日は女の子達と一緒じゃないんだね」
「ああ。あの子達は別に仲良しってわけじゃないんだけどね。中に天馬のことが好きな子が二人いるから、天馬狙いで付き纏われてるって感じかな」
「そうなんだ。モテるんだね、天馬君って」
「そりゃあの容姿だからね」
俺達を残し、仲良く肩を並べて売店に向かう光稀と忍さんの後ろ姿は微笑ましくて、まるで本当の兄弟のようにも見えた。
俺はそんな仲睦まじい二人の背中を見送りながら、しばらく会っていない自分のお兄ちゃんのことをふと思い出した。
俺のお兄ちゃん、元気にしているのかな? 「元気だけが取り柄だ」って自分で言っているような明るいお兄ちゃんだから、元気にしているとは思うけど。
「それで溝口さん」
「ん? ああ。友哉でいいよ~」
「じゃあ友哉さん」
「何かな?」
「友哉さんが光稀と出逢った時の衝撃はもうわかりましたけど、その後、光稀とはどういう関係に?」
溝口さんの話しっぷりがもどかしいと感じていたのは一臣も同じだったみたいで、光稀と忍さんの背中を見送ったと思ったら、やや食いつき気味な感じで溝口さんに話の先を促した。
ひょっとしたら、光稀の姿がなくなったことで、光稀に遠慮なく溝口さんにあれこれ聞けると思ったのかもしれない。一臣にとっては自分の恋人の過去に男の存在――という表現はちょっと違うのかもしれないけれど――が発覚して、それはもう気が気じゃないって感じだよね。
言っても、溝口さんは光稀に振られている身だから、一臣が心配するようなことは何もなかったとも思うけれど、二人の間でどんなやり取りや駆け引きがあったのかは知りたいよね。
「どういう関係と言われても、俺はみーたんにはこっぴどく振られちゃってるからねぇ。俺の一方的な片想い関係で終わってはいるよ」
「自分のものにならない光稀を無理矢理どうこうしようとしたことは?」
「やだな。俺、そんな人間に見える? こう見えても俺、結構紳士的で安全な人間だよ?」
今日が初対面の一臣から不躾な疑いの眼差しを向けられる溝口さんではあったけれど、溝口さんは別段気を悪くした様子ではなかった。
そう。溝口さんは基本的には優しくてお人好し。性格も至って穏やかだから滅多に怒ることがないいい人なのである。
だから、俺もバイトを始めたばかりの頃、俺に仕事を優しく丁寧に一から教えてくれた溝口さんに懐いてしまったところはある。
溝口さんが自分で自分のことを“紳士的で安全な人間”だと言った瞬間、天馬の目が
『本当か?』
と俺に確認してくるように向けられた。
俺はちょっと迷った挙句
『多分……』
と答えるように、自信なさそうに小さく頷いておいた。
今のところ、俺は溝口さんと一緒にいても身の危険を感じたことがないから、紳士的で安全な人なんだろうと思いたいし。
「みーたんとは本当に健全なお付き合いしかしていないというか、当時の俺にはみーたんが神々しい光を放つ人外的存在にも見えてね。みーたんには指一本触れられなかったくらいだよ」
え……。それはなんかちょっと俺と扱いが違う。俺にはわりと気軽に接してくるよね? さっきもハグされたし。
やっぱり光稀ほど綺麗な顔をしている人間相手になると、人って自然と萎縮しちゃうものなのかな。俺には光稀のような神々しさなんてまるでなくて、如何にも親しみやすい一般庶民って感じがするから、気軽に接することができるんだろうか。
「指一本……そうですか」
光稀には指一本触れられなかった、と聞かされた一臣があからさまにホッとした顔になると
「なんか君、えらくみーたんにご執心みたいだけど、みーたんのことが好きなの?」
鋭い溝口さんからナチュラルに突っ込まれていた。
「え? いや……別にご執心ってわけじゃ……。ただ、光稀とは一緒に暮らしている仲だから、ちょっと気になるっていうか……」
「へー。君もルームシェアってやつをしてるんだ。今って男同士の間でルームシェアが流行ってるの?」
「さあ? 流行ってるかどうかは知らないけど、どうせ実家を出て暮らすなら、一人より二人の方が楽しいじゃないですか」
「そういうもの? 俺的には一人の方が気楽でいい気もするけどね」
しかし、なんとか上手いこと自分の本心を誤魔化すことに成功した一臣は、内心ひやひやものだっただろうけれど、顔は至って涼し気であった。
なるほど。人に知られたくないところを誤魔化す時は、表情管理が大事なんだな。俺も今度からそこを気を付けよう。
「それにしても君、一臣君だっけ? よくみーたんと一緒に暮らしていて無事だね」
「無事?」
「まあ、俺にはみーたんが身内以外の人間と一緒に暮らしていることの方が驚きだったりもするけどね。みーたんなら実家を出るにしても一人暮らしを選ぶと思っていたのに」
溝口さんには一臣もフルネームで自己紹介をしていたけれど、溝口さんは一臣の“高城”という苗字を聞いても、それが高城グループとは結び付かなかったらしい。
おまけに、溝口さんは基本的に人の名前は下の名前で呼ぶ習慣があるのか、一臣の苗字なんて最早忘れているのかもしれない節がある。
その方が一臣的には都合がいいのかもしれないけどね。一臣はあまり周りの人間から高城グループ社長のご子息扱いをされることを好まない傾向にあるから。苗字ではなく下の名前で呼ばれた方が高城グループに触れられる機会も少なくなる。
最初は気が付かなくても、「高城君」と呼ばれ続けているうちに
『あれ? もしかして高城グループと何か関係がある?』
ってなっちゃうかもしれないもんね。
「ちょっ……ちょっと待ってください。無事って? 無事ってなんですか?」
自分と光稀の関係が溝口さんにバレなくてホッとしたのも束の間。光稀の恋人としてはちょっと気になる発言をされた一臣は、今度はその意味を知りたがった。
でも、これは俺の予想だけど、この件に関しても一臣はあまり心配する必要がないと思う。
そもそも、一臣と光稀、光稀と溝口さんとでは、その関係性に大きな違いがあると思うから。
「だってあの子、見た目は可愛い天使だけど、中味は気が強くて巧みな毒舌で人を傷つける悪魔じゃん」
「ああ……」
案の定、溝口さんからその意味を教えてもらった一臣は、「なんだ。そんなことか」という顔をした。
光稀の性格がキツめで毒舌だなんてこと、俺達の中では最早当たり前でしかない。
まだ高校三年間の付き合いしかない俺でも、光稀の見た目に反するキツい性格はよくわかっているんだから、中学から現在までの六年間を光稀と一緒に過ごし、なんなら途中から光稀と恋人同士として付き合うことになった一臣なら、光稀の性格なんて誰よりも熟知しているよね。
「確かに光稀の性格はちょっとキツめだけど、別に悪魔ってほどじゃ……」
普通、恋人を大切に想う気持ちがあるのであれば、自分の恋人が少しでも悪く言われようものなら不満を感じたり、反論なんかもしたくなるものである。これがまだ気心の知れた仲間内なら、仲間同士の笑い話にできることもあるけれど、一臣と溝口さんは今日が初対面だもんね。いくら溝口さんが光稀のことを知っているとはいえ、自分の前で光稀のことを“悪魔”だと言われた一臣が面白くないと思う気持ちは当然だよ。
だけど、一応は年上だし、溝口さんも光稀を全く知らないわけではないと知っている一臣は、溝口さんに多少遠慮する気持ちがあるのか、困った苦笑いを浮かべ、溝口さん発言をやんわりと否定するだけに止めておいた。
すると、溝口さんは
「え」
急に険しい顔になり
「いやいやいや。あの子は悪魔だよ。みーたんが俺に向かって吐き捨てた暴言の数々っ! 当時まだ中学生だった俺の幼気な恋心を踏みにじり、まるでボロ雑巾のように冷たくあしらった悪行の数々っ! あぁっ! 思い出しただけで昔の古傷がぁっ!」
何やら酷い取り乱しようを見せた。
そんな溝口さんを見たら
(一体光稀は溝口さんに何をしたの?)
と心配になったけれど、それは間もなく溝口さん自ら説明してくれたから、あえてこっちから聞く必要はなかった。
溝口さんは自分が過去に受けた光稀からの酷い仕打ちについて、十五分くらいノンストップで喋り続けた。
それをただ黙って聞くしかない俺達は、溝口さんの話に出てくる光稀の言動に対して
『光稀らしいな』
『それは確かにちょっと酷いけど、光稀なら言いそう』
『光稀ってよっぽど溝口さんからの好意が迷惑だったんだな』
という感想は抱いたけれど、光稀の人間性を疑うまでには至らなかった。
つまり、溝口さんから聞かされる光稀の言動の全てが俺達にとっては許容範囲だった。それでも、確かに光稀からは手厳しい扱いを受けたらしい溝口さんに同情はした。
溝口さんが光稀との過去を語っている間に昼休みは終わり、あんなに学生で賑わっていた学食も随分とガランとしたものになっていた。
売店にお菓子と飲み物を買いに行った光稀と忍さんはまだ帰って来ないけれど、二人とも溝口さんの話の内容は聞かなくてもわかっているだろうから、溝口さんの話が終わる頃までのんびりキャンパス内を散歩でもしているのかもしれない。
俺達的にも、溝口さんの話が終わるまで光稀は戻って来ない方がいいかも……って感じだし。
「とまあ、そんな感じでみーたんから会うたびにブリザード並みの塩対応を受け続けた俺は、心身ともに疲弊と憔悴を繰り返し、本当のボロ雑巾のようになった末、泣く泣くみーたんのことは諦めることにしたんだよ」
「はあ……」
十五分間、溝口さんの話を聞き続けた俺達は、溝口さんの話を聞き終わった後に返す言葉が思い付かなかった。
本来ならばヤキモチの一つでも焼いて良さそうな一臣でさえ
『この可哀想な人は一体なんだろう……』
みたいな酷く同情的な目で、しげしげと溝口さんを見詰めている。
だけど
「じゃあ、今はもう光稀には特別な感情を一切持っていないんですね?」
最後にそこだけは確認しておかなくてはと、ハッとなって溝口さんに聞いていた。
「うん。今でもみーたんは綺麗で可愛いとは思うけど、好きって感情はもうないよ。むしろ、みーたんに対する恐怖心というかトラウマみたいなものを感じるくらいだから」
「そうですか」
溝口さんからの返事を受け、今度こそ本当に安心することができた一臣は、光稀の過去に自分が心配するようなことも、ヤキモチを焼くようなこともないのだと確信できて、心の底から喜んでいるように見えた。
「でもね、みーたんに懲りて俺も普通の恋愛に生きようって思ったんだけどさ。それからというもの、俺の恋愛対象が女の子から男に変わったらしい、という後遺症が……」
「……………………」
やっぱり。溝口さんが俺なんかを「可愛い」って言うような人間になったのは光稀が原因だったんだ。もう……。
「だけど、みーたんの一件から教訓を得た俺は、次から好きになる子は見た目より中味重視。みーたんみたいに気が強い子じゃなくて、おっとりしてて可愛らしい子を選ぼうと思ってね」
「だからって智加を好きになられても困ります」
光稀の話は終わり、今度は今現在自分が気になっている俺の話でも始めるつもりなのか、意味ありげな含み笑いを浮かべて俺を見て来た溝口さんに、今度は一臣に代わって天馬がピシャリと釘を刺した。
(あぁ……天馬、格好いい……)
俺にちょっとでも溝口さんが粉を掛けてこようとした途端、すかさず「俺の彼女にちょっかい出すな」的発言。惚れる。
ちょっとだけ怖い顔になる天馬から間髪入れずに牽制された溝口さんは
「ちっ……そうだった。ちいちゃんにはちいちゃんでこいつがいるんだった」
なんて、苦々し気に吐き捨てたりする。
ちょっとちょっと。天馬と一臣で随分と態度が違わない?
溝口さんには俺と天馬が付き合っていることが面白くなくて、天馬のことが気に入らないみたいではあるんだけれど、その不満をいくら俺や天馬の前で表現されたところで、俺は心変わりなんてしないし、天馬も益々溝口さんに対して良くない印象を持つだけだと思うんだけどな。
「っていうか、ちいちゃんは一体この男の何がいいの?」
「え⁈」
「だってこいつ、全体的になんかやる気がないっていうか、覇気がないっていうか。この世の全てが面倒臭いって顔してるじゃん」
「しっ……失礼なっ! そんなことないっ! 確かに天馬はちょっと面倒臭がりなところがあるけど、やる気がないわけじゃないもんっ! それに、天馬は俺のことになると絶対に面倒臭がらないしっ!」
「そう? でも、あんまり愛情表現とかしてくれそうには見えないし、ちいちゃんのことを大事にしてあげているようにも見えないんだけど」
「ご心配なくっ! 天馬はちゃんと俺のこと大事にしてくれてるし、最近は愛情表現もいっぱいしてくれてますからっ!」
溝口さんには人の恋人を悪く言う癖でもあるんだろうか。溝口さんがいくら年上で、お世話になっているバイト先の先輩でも、天馬のことを悪く言われたら俺も黙ってはいられない。
でも、俺は一臣と違って落ち着いて反論なんてできなくて、子供みたいにムキになって、天馬のことを悪く言う溝口さんに言い返すのであった。
「天馬は俺に物凄く優しいんですからねっ! だから俺、天馬にはいつもいっぱい幸せにしてもらってるんだからっ! 天馬のことを良く知らないのに、天馬を悪く言わないでっ!」
俺の中では珍しいくらい、かなりはっきり物を言ったんじゃないかと思う。俺がこんなにも人に……それも、目上の人間に向かって反論する姿は、天馬にとっても一臣にとっても滅多に見ることができない貴重な姿であり、天馬のために感情を露わにして怒る俺を見た一臣は目を丸くして驚き、天馬は――。
「わかった、智加。ありがとう。でも、それ以上言われると俺が恥ずかしくて死にそうだ」
大きな手で顔を押さえながら、もう片方の手で俺の頭をポンポンと撫でてきた。
「?」
俺、そんなに恥ずかしいこと言っちゃったかな? と思い、少しだけ不安になって天馬の横顔を覗き込んでみると、大きな手の隙間から見える天馬の顔は真っ赤になっていた。
(かっ……可愛いぃ~っ‼)
俺の言葉が恥ずかしくて、人前でめちゃくちゃ照れている天馬が可愛過ぎて、天馬に恥ずかしい思いをさせてしまったにも関わらず俺は大悶絶だった。
「ちょっとちょっと! 人前でイチャつかないでもらえる? なんか俺、物凄い敗北感じゃん」
「へ? あ、いや、だって……」
別に俺達にイチャついたつもりはなく、天馬はただ照れただけだし、俺は照れた天馬を見て萌えただけなのに。溝口さんの目には俺達がイチャついたように映ったらしい。
だって、しょうがないじゃん。溝口さんが天馬のことを悪く言うから、俺も「そんなことないよ」って言い返したくなっただけだもん。
それで天馬が真っ赤になるほど照れるとは思っていなかったけれど、自分の恋人が自分の発言に顔を真っ赤にして照れている姿を見て、萌えない人間なんていないと思う。なんかもう、あまりの可愛さに思わずギュッ、って抱き締めてあげたくなっちゃったよ。
その気持ちの現われなのか、両手がうずうずして落ち着かなく動いてしまう俺は、多少は恥ずかしい気持ちも落ち着いたのか、顔から手を離した天馬に突然肩を抱かれ
「まあ、そんなわけなんで、智加には余計なちょっかい出さないでください。俺のなんで」
まだ若干顔が赤いままの天馬が溝口さんに向かってマウントを取ったものだから、今度は俺が赤面する番だった。
なるほど。これは確かに恥ずかしくて死にそうかも。と同時に、嬉しくて死にそうでもあるけれど。
「……………………」
溝口さんはまさかここで天馬にマウントを取られるとは思っていなかったようで、俺の肩まで抱いて「智加に余計なちょっかい出すな」と言われたことに唖然とした顔になったけれど
「はいはい。わかりましたよ。今この場で君が心配するような意味でちいちゃんにちょっかい出さないって約束するよ」
俺と天馬が思っていた以上にしっかり恋人同士であったことを認めてくれたのか、ややふて腐れた感じでそう言った。
ただし
「でも、バイトの先輩としては今まで通りちいちゃんに構うし、絡ませてももらうよ。それから、ちいちゃんの保護者として、何かあった時はしっかり口出しもさせてもらうからねっ!」
バイト先の先輩という立場と、俺の保護者を名乗るつもりであるところは譲らなかった。
バイト先の先輩はわかるけど、どうして溝口さんが俺の保護者を名乗りたがるのかが本当に謎だ。俺の保護者を名乗ることで、一体溝口さんになんのメリットがあるっていうの?
「どうしてそこまで智加の保護者を名乗ることに拘るのかはよくわからないけど、智加に余計なちょっかいを出さないっていうなら、まあ……別にいいですけど」
天馬も事あるごとに俺の保護者を主張してくる溝口さんには本当に意味がわからないみたいだったけれど、自分から俺に余計なちょっかいを出さないと宣言した溝口さんのことは一応信じることにしたらしい。
なんか……天馬が水嶋さんと白石さんの問題に決着をつけようとしているのに、俺は溝口さんの問題を放っておいてもいいのかな? って思っていたけれど、これはこれである意味俺と溝口さんの問題もひとまず解決した感じになったのでは?
だって、溝口さんは俺や天馬の前で、俺に天馬が心配するような意味でちょっかいは出さないって宣言したんだから。
「なんだ。天馬と智加って思ったよりラブラブじゃん。天馬にあんまり智加とイチャイチャするつもりがなさそうだったから、ちょっと心配してたけど。その必要はなかったみたいだな」
俺と天馬の仲睦まじい姿は物珍しいのか、俺の肩を抱いたままの天馬と、天馬に肩を抱かれたままの俺を見比べながら、一臣は感心したように言ってきた。
そう言う一臣と光稀だって、俺や天馬の前では全然イチャついているように見えないけれど、俺は二人がラブラブじゃないなんて思っていない。光稀の性格上、人前で一臣とイチャイチャするつもりなんてなさそうだし。
でも、一臣と一緒に住むことを承諾したあたりとか、一臣と毎晩同じベッドで寝ていること、今聞いた溝口さんの話ほど、光稀の一臣に対する態度が酷くないことなんかも合わせて考えると、光稀はちゃんとしっかり一臣のことが好きだって思える。前に俺が光稀に一臣と付き合うことにした理由を聞いた時も、光稀は自分が一臣のことが好きであることを認めていたもんね。
まあ、光稀と付き合うまでの間は、一臣も溝口さん同様の酷い扱いを光稀から受けたこともあるのかもしれないけれど、光稀と恋人同士になった今となっては、それもまたいい思い出みたいなものになっているんだろうな。俺はその頃の二人のやり取りを見ていないから、なんとも言えないけれど。
そもそも、お互い好きな者同士が付き合っているわけだから、傍目にはラブラブに見えなくても、その二人の関係は結局ラブラブになるものなのだ。俺と天馬がそうであるように。
「ただいま。友哉さんの話終わった? そろそろ終わる頃かと思って戻って来たんだけど」
溝口さんから光稀との過去にあったあれこれを聞いただけではなく、俺と溝口さんの問題もそれとなく解決した頃、かれこれ二十分以上は席を外していた光稀と忍さんが、手に大きめなビニール袋を提げて戻って来た。
やっぱり、この二人は溝口さんの話を聞くのが退屈になって、外で適当に時間を潰していたらしい。
「あれ? なんかちょっと珍しい光景だね。どうして天馬は智加の肩を抱いてるの? 友哉さんが何か変なことでもした?」
過去に自分を好きになってくれた相手をブリザード並みの塩対応であしらい、挙げ句の果てにこっぴどく振った光稀は、振った後の溝口さんの扱いにも容赦がなかった。
「いやいや。そういうことじゃなくて、天馬が友哉さんにちょっと牽制……というか、威嚇をね」
「へー。天馬が? それは残念。見たかったな」
「智加も結構強気で頼もしかったよ」
「それは益々残念。もう少し早く帰って来れば良かった」
予定より溝口さんの話が早く終わっていて、その後の俺達と溝口さんのやり取りを見逃してしまった光稀は、心の底から残念そうな顔をした。
別に見世物とかじゃないんだから、そんなところで残念がらないで欲しい。
「でもまあ、これで友哉さんも天馬と智加の仲はよくわかったと思うから、智加に無意味な横恋慕なんてしないんじゃない? ね、友哉さん」
「う……」
天馬だけではなく、光稀からも俺に手を出さないように忠告された溝口さんは怯み
「言っとくけど、二人の邪魔なんかしたら許さないし、智加に変な真似をしたらタダじゃおかないからね」
「わっ……わかってるよっ! 今ちいちゃんには余計なちょっかいを出さないって誓ったところだからっ!」
更に脅しめいたことまで光稀に言われた溝口さんは、半分やけくそみたいになって言い返した。
こうなると、なんだか溝口さんのことがちょっと可哀想にもなってしまうけれど、俺一人の力じゃここまで溝口さんからの恋愛的な意味での好意を拒みきることはできなかっただろうから、これはある意味ラッキー……ってことにしちゃってもいいのかな?
「さてさて。友哉さんの長ったらしい話も終わったみたいだから、ここからはお菓子でも食べながら、のんびり次の授業までの時間を潰そうよ。四限目まであと一時間近くあるしね」
溝口さんの話が面倒臭くなって途中で席を外した光稀は、自分がいなかった間、俺達の間でどんな会話がなされていたのかなんて気にも留めていない様子だった。
「はい、智加。智加っていちご牛乳好きだったよね?」
「へ? あ、うん。ありがとう。あとでお金……」
「いいよ。忍さんの奢りだから」
「え? えっと……ありがとうございます。忍さん」
「いいよ。お近づきの印だから。逆に安上がりにしちゃってごめんね」
「そんな……」
わあ……なんか物凄く先輩って感じがするし、落ち着いた大人の男の人って感じがするな、忍さんって。
これは光稀が憧れる理由もわかる気がする。光稀って本来はこういうタイプの人が好きそうだもん。
「あーっ! ねぇっ! なんで俺のことはいつまで経っても下の名前で呼んでくれないのに、忍は会って早々すぐに下の名前呼びなのっ⁈」
「ぅえ? いや……その……それは……」
しまった。忍さんが光稀の身内だからついうっかり……。
せっかく光稀が話の流れをガラリと変えてくれたのに、俺、また溝口さんから面倒臭い絡まれ方とかされなきゃいけないの?
と思ったら
「はいはい。智加にウザ絡みするの禁止ね」
「おぐっ……」
光稀が手に持った缶コーヒーをそのまま結構な勢いで溝口さんの顔面に押し付け、一瞬にして溝口さんを黙らせてしまった。
どうやら俺、物凄く心強い味方ができちゃったみたい。
天馬は天馬で俺をいつでも溝口さんから守ってくれる気満々だし、俺って物凄く周りの人間に恵まれているのかも。
「天馬はコーヒー牛乳にしたけど良かった?」
「俺はなんでもいいよ。ありがとう」
「ふふふ。今回は残念ながら天馬の雄姿は見られなかったけど、その調子で今度の日曜日も智加との関係をしっかり守ってね」
「お……おう……」
そして、俺と溝口さんの問題がひとまず解決した今、俺と天馬の間に残る障害は水嶋さんと白石さんの二人……ということになった。
果たして、この問題が俺と溝口さんのように簡単に片付くかどうかはわからないけれど、全ては今度の日曜日に託されたのであった。
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