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番外編 モノグサ男子の恋
モノグサ男子の恋(2)
しおりを挟む出逢った直後こそ、俺は智加のことを「桐生」だなんて呼び方をしていたが、それが「桐生」から「智加」に変わるまでは二週間もなかったと思う。
最初に智加のことを「桐生」と呼んでいた俺が、何故二週間もしないうちに「智加」へと呼び方を変えたのか……。
それは、単純に「桐生」と呼ぶより「智加」と呼ぶ方が楽だから、というのが一番の理由だが、それと別にもう一つ。
「桐生」という呼び方はどこかしら格好いいイメージを持つように感じるが、どこからどう見ても“可愛い”でしかない智加を、「桐生」と呼ぶことに物凄い違和感を覚えたからでもある。
『桐生』
と呼ぶと
『なあに?』
と、キラキラとした愛らしい瞳で答える智加の顔を見るたびに
(こいつ、桐生って感じじゃないよな……)
俺は違和感を募らせていき、最終的に「智加」と呼ぶことで落ち着いたのである。
「桐生」呼びから「智加」呼びに変えた途端、それまで感じていた違和感が嘘のように消え失せてしまったことが印象的だった。
一方、智加の方は俺のことを躊躇いなく「天馬」と呼び捨てにできるようになるまで、一ヶ月近くは掛かったんじゃないだろうか。
最初は「高杉君」から始まり、俺が智加呼びに変わった頃から「高杉君」と「天馬君」が混ざり始め、そこから更に「天馬君」と「天馬……君」と「天……馬」と「て……天馬」が混ざり、ゴールデンウィークが明けた頃にようやく「天馬」呼びが定着した。
同級生を呼び捨てにするのに、そこまで時間が掛かる奴なんているか? と不思議にもなったが、やはり智加は引っ込み思案で人見知りをする性格のようで、新しいクラスに馴染むのにもやや苦戦している風だった。
たまに同じ中学出身の人間に会っても、どこかしらよそよそしくてぎこちないやり取りをしていたから、あまり人付き合いに積極的なタイプではないのだろう。
そんな智加が、唯一一生懸命に話し掛けてくる相手が俺で、出逢って早々、智加のことを“可愛い生き物だ”と思ってしまった俺は悪い気がしなかった。
毎朝顔を合わせるたびに、嬉しそうな顔になって俺に駆け寄って来る智加の姿は、俺にとってはなんとも言えない癒しに感じられたし、飼い主のいない捨て犬(子犬)に懐かれてしまったような感覚でもあった。
あまりそんな風には見られないのだが、俺はこれでわりと可愛いものが好きだ。
あからさまに可愛いもの好きアピールはしないどころか、興味がないふりをしてしまうが、散歩している小型犬なんかはついつい目で追ってしまうし、クラスの女子が持っている可愛いキャラクターグッズを発見すると、一体なんというキャラクターなのかを密かに調べたりもしてしまう。
そんな俺にとって、まるで何かのキャラクターのような可愛らしさがある智加に子犬のように懐かれてしまうと、“愛でたい”という気持ちが湧き上がってきてしまうのである。
男の俺が自分と同じ男の智加を“可愛い”と思っていること自体、周りの人間に知られたらドン引きされそうではあるが、正直、俺は智加をあまり自分と同じ人間だとは思えないところがあって、智加のことは人の形をした人外生物だとすら思っているところがある。
だって、可愛過ぎるから。人間の男がこんなに可愛いはずがないと思っている俺は、人型人外生物である智加のことを“可愛い”と思う自分の気持ちが、特別おかしいものだとは思わなかった。
「なんかさ、すっかりいいコンビになったって感じだよね。天馬と智加」
ゴールデンウィークが明け、智加に俺の天馬呼びが定着した頃には、俺の中学からの連れである高城一臣、藤岡光稀の二人も、智加とかなり打ち解けた関係になっていた。
それと言うのも、入学早々、俺と一緒に遅刻をして先生に怒られる羽目になった智加に対し、一臣と光稀の二人が興味を持ったからであり、俺、一臣、光稀の三人でつるんでいるところに、勇気を振り絞って(いるように見えた)声を掛けてくる智加の姿を、二人も少なからず“可愛い”と思って好感を持ったからなんじゃないかと思う。
なんてことを言ったら、光稀あたりは
『天馬と一緒にしないで』
とか言いそうだが、現在、自分と同じ男の一臣と恋人関係を結んでいる光稀は、俺なんかよりもよっぽど同性に対してそういう感情を抱きそうな気がする。
まあ、俺としては、光稀が一臣と付き合う選択をしたことについては、ちょっと意外だと思う気持ちも大きかったんだけどな。
おそらく、自分のことをしつこく「好きだ、好きだ」と言ってくる一臣に諦めて折れたんだろう。光稀本人もそんなようなことを言っていたし。
正直、恋愛とやらに全く興味がない俺は、男同士で付き合うってなんだ? と思わなくもなかったが、中学の入学式の日に光稀と知り合ったばかりの一臣が、光稀のことを“可愛い”と騒ぎ出した時も、光稀に冷たくあしらわれながらも健気に光稀にアタックし続ける一臣の姿を見た時も、実際に二人が付き合うことになった時も、俺は特に“おかしいだろ”とは思わなかった。
二人の関係が一般的ではないことはわかっていても、本人達がそれでいいならいいんだろう、と、俺は二人の関係をすんなりと受け入れてしまった。
あまりにも光稀から冷たくあしらわれる一臣が不憫に思えていたから、二人が上手くいくように協力したことも少なくはなかったからなのかもしれない。
一臣と光稀が付き合うことになったと聞いた時、一臣の努力が報われたと知って、俺は心から祝福してやりたい気持ちにもなったしな。
「そうだね。智加が天馬大好きなのは最初から手に取るようにわかったけど、天馬が智加に対して思った以上に甘々だったから、ちょっと意外ではあったよね。天馬ってそういうの面倒臭がりそうなのに」
「そもそも、天馬は人付き合いにやる気がないからね。人に付き纏われるのは嫌がる癖に、智加のことは嫌じゃないみたいだから不思議」
最初は三人と一人という感じだった俺達四人も、今ではすっかり仲のいい四人組になっていた。
いつものように四人で一緒にお昼を食べている席で、俺が智加のおかずと自分のおかずを交換している姿を見た一臣と光稀が、しみじみとした顔でそんなことを言い始めた。
「そうか?」
智加があまり好きじゃないという青椒肉絲と――智加はピーマンが嫌いらしい――俺のミートボールを交換してやった俺は、智加と交換してやったばかりの青椒肉絲を口に運びながら、“そうでもないぞ”という顔である。
うむ。この青椒肉絲、なかなか美味しいじゃないか。
確かに、俺は引っ込み思案で人見知りをする智加のことを言えないくらいに人付き合いには積極的な方ではないし、あまりグイグイと交流を図ってこようとする相手は苦手だ。そういう人間を面倒臭いと思ってしまう傾向にもある。
が、それは相手にもよるところがあるし、俺は人付き合いを“何かと面倒臭い”と思うだけであって、人付き合いそのものに苦手意識を持っているわけではない……つもりだ。やる気がないところは認めるが。
しかし、そんな俺にだって交流したいと思う相手はいるし、たまには積極的になる時だってある。
そもそも、智加との出逢い自体が、俺にとっては珍しく自分からアクションを起こした出逢いでもあった。
あの時はそうせざるを得ない状況だったとも言えるが、そうやって俺の方から先に智加の腕を掴んだせいか、智加に懐かれることに嫌悪感やら面倒臭いと思う気持ちは一切なかった。
そんなマイナスな感情は一切持たず、俺に構って欲しそうにしている智加が、ただただ可愛かった。
「天馬にとって智加は特別なのかな? 良かったね、智加」
「あぅ……ぅ、うん……」
俺と交換したミートボールを弁当箱の隅に大事そうに取っている智加は、他のおかずを口に運びながら、光稀の言葉に恥ずかしそうに頷いたりする。
「……………………」
行動から仕草からいちいち全部可愛いな。なんなんだ、その恥じらう小動物のような愛らしい反応は。撫でまわしたいし突き倒したい。でもって、なんならついでに転がしたい。
「ん? あれ? なんで天馬は智加をガン見してるの?」
「いや……別に……」
おっと……危ない危ない。俺の智加を愛でたい願望が駄々洩れになるところだった。
一臣と光稀は中学からの付き合いではあるが、この二人にも俺は自分が可愛いもの好きで、可愛いものを見ると愛で倒したくなる性格の持ち主である話はしていないからな。
まあ、俺が可愛いもの好きであるところはバレているような気もするが。可愛いものを見ると無性に愛で倒したくなる性格までは知られていないだろうから、一臣に智加をガン見している理由を聞かれても、素っ気ない態度でシラを切る俺なのである。
智加からふいっと視線を逸らし、一臣に素っ気ない態度を取る俺を、光稀が意味ありげな含み笑いを浮かべて見てくる。
その物言いたげな笑顔がちょっと落ち着かない俺だった。
それから間もなくして――。
「帰るぞ、智加」
「うんっ! ……って、あれ? 一臣と光稀は?」
「ん? ああ。なんか今日は二人で行くところがあるらしい」
何かにつけて一臣と光稀の二人が、やたらと俺に智加を押し付けてくるようになった。
体育の授業でペアを組む時とか、それ以外の何かで二人一組になるような場面では、必ずと言っていいほど俺と智加をペアにしようとしてくる。
言っても、俺達はいつも四人でつるんでいるから、二人一組のペアを組むような場面では、大体その四人の中で二組に分かれていた。だから、俺と智加がペアを組むことも珍しいことではなかった。
だが、俺と智加では体格差がかなりあるから、体格差が不利になりやすい体育の授業では俺と一臣、智加と光稀がペアを組むことが多かったんだけどな。
最近ではその体育の授業でさえ、俺と智加にペアを組ませようとしてくる。これは一体どういうことだ。
今日だって
『天馬。僕と一臣は今日ちょっと行くところがあるから、天馬は智加と一緒に帰ってね』
なんて、わざわざ光稀が言ってきて、俺は不思議に思いながらも
『ああ、わかった』
と答えたものだ。
別に智加を置いて帰るつもりはないし、智加と二人きりにされてもなんの不満もない。迷惑だと思う気持ちも一切ないが、「なんでだ?」という疑問は残る。
もしかして、一臣と光稀、智加の間で何か気まずくなるような出来事でもあったんだろうか。
一瞬そんな心配をしてみたが、三人の様子を見ている限り、そういうことでもなさそうだった。
気まずそうなどころか、光稀はえらく智加を可愛がっているように見えるし、智加も時々深刻そうな顔をして、光稀に何事かを相談している風でもあった。
(となると、ただ一臣と光稀が二人きりになりたいだけか?)
三人の間で一緒にいづらい理由がないのであれば、他に考えられる理由はそれくらいしかない。一臣はともかく、光稀がそんなことを思っているとは思えないが。
でも、あれで二人は一応付き合っているわけだから、たまには光稀が「光稀と二人きりになりたい」という、一臣の我儘を聞いてあげているのかもしれないよな。あまり想像はできないけれど。
ひょっとして、最近光稀と頻繁に内緒話をしている智加なら、何か理由を知っているんじゃないかとも思ったが
「そ……そうなんだ……」
仄かに顔を赤く染め、恥ずかしそうに俯く智加の表情からは何も読み取れなかった。
というか、何故赤くなる。まさかとは思うが、俺と二人きりで帰ることが恥ずかしいのか?
いやいやいや。さすがにそれはないだろう。
確かに、俺と智加の二人きりで帰るのは今回が初めてのことではあるが、帰りじゃなくて行きならば、俺と智加は一臣や光稀抜きで一緒に登校することが結構あるじゃないか。どういうわけか、俺と智加が朝の通学路で一緒になる確率はかなり高いんだから。
「じゃ……じゃあ、今日は天馬と二人きりなんだ」
「ん? まあ……そうなるな」
でもって、仄かに赤い顔のままで嬉しそうに微笑むな。なんだか胸がざわざわするだろ。
「な……なんか嬉しそうだな、智加。俺と二人きりで帰るのが嬉しいのか?」
智加の表情にどう反応していいのかがわからなかった俺は、咄嗟に智加をからかうような発言をしてみたのだが、普段そんな発言をし慣れていない俺が言うと、ただ調子に乗っているだけの痛い奴みたいになってしまった。
時間を戻せるものならやり直したい。なんだ、今の俺らしくない痛々しい発言は。
だがしかし、俺のそんな調子に乗ったみたいな発言を聞いた智加はと言うと――。
「へ⁈ あ、うん……じゃなくてっ! えっと……天馬と二人きりなのは嬉しいんだけど、変な意味じゃなくて、その……」
今度は顔を真っ赤にして、あたふたと慌て始めた。
一体何をそんなに慌てて焦る必要があるのかは知らないが、智加的には俺と二人きりになれることが嬉しいらしい。“変な意味”というのがどういう意味なのかはわからないが。
「だって、ほら……俺と天馬って朝は二人で一緒に登校することもあるけど、帰りはいつも四人だから……なんかちょっと新鮮だなって。えへへ……」
「……………………」
そういうことらしい。とりあえず、智加が俺と二人きりで帰れることを嬉しいと思っていることに間違いはないらしい。
(俺のこと大好きかっ!)
表向きは平然を装いつつ、心の中で盛大に突っ込んでやった。
そりゃさ、俺は命の危険に晒された智加を助けてはやったが、だからってここまで智加に懐かれるとは思っていなかったし、こんなにも俺のことが大好きだって感じの態度を取られるとは思っていなかった。
この予想外で嬉しい誤算が、俺と智加を一臣や光稀が言う“いいコンビ”に仕立て上げたと言ってもいい。
智加が俺に向けて発する“天馬大好きオーラ”が、俺に智加が可愛くて構いたくなる気持ちにさせるわけだからな。
「そっ……それじゃ帰ろっか、天馬っ」
「おー」
「そうだ。帰りに文房具屋さんに寄ってもいい?」
「構わないぞ」
「やった」
俺と二人きりで帰れるだけでなく、俺と一緒に寄り道までできることになった智加は、小さくガッツポーズまでして喜ぶ有り様だった。
「……………………」
対する俺は絶句する思いである。
こいつ、どういうつもりだ。俺を萌え死させたいのか。
「じゃあ早く帰ろっ。天馬っ」
まるで散歩に連れて行ってもらえることにはしゃいでいる子犬さながらの智加の姿に
「そうだな。帰ろう」
俺は珍しく自分のテンションが上がっていることを感じていた。
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