モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

藤宮りつか

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番外編 モノグサ男子の恋

番外編 モノグサ男子の恋(1)

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 春である。
「やだ。お兄ちゃん、凄い寝癖」
「ん? そうか?」
「そうだよ。昨日髪の毛乾かさずに寝たでしょ」
「ああ……そう言えばそうだったかな。面倒臭かったんだよ。眠たかったし」
「もー。今日は入学式でしょ? 入学式にそんなぼさぼさの頭で行ったら印象悪いよ?」
「別にいい」
「お兄ちゃんは良くても私は嫌。二年後には私もお兄ちゃんと同じ高校に通う予定なんだから。その時に自分の身形みなりを気にしない、だらしのないお兄ちゃんがいるって思われたくない」
「兄妹だって言わなきゃいいだろ」
「そういうわけにはいかないのっ! お兄ちゃんって何かと目立つし。苗字だって一緒なんだからすぐバレちゃうのっ!」
「高杉なんて苗字、そんなに珍しい苗字でもないだろ。他人のふりすれば良くないか?」
「バレるのっ! 中学の時だってすぐバレたじゃんっ! それに、私とお兄ちゃんが兄妹だって知っている子と、高校でまた一緒になる確率だって高いんだからね」
「そうか」
「そうか、じゃなくてっ!」
 先月。三年間通った中学を卒業したばかりの俺、高杉天馬は、今日から今度は高校生である。
 と言っても、特に思い入れはない。中学を卒業したら高校生になる。そんなものは世間では当たり前過ぎる一般常識みたいなものだ。俺にとっても“通う学校が変わるだけ”という認識しかない。
 当然ながら、今日から新しく始まる学校生活に期待や不安なども感じていない。新しく通うことになる高校にも知った顔は沢山いるしな。俺としては、新生活が始まるという感覚もなかった。
「とにかくっ! その髪の毛はなんとかしてよっ! そんなぼさぼさの頭をしたお兄ちゃんが、うちの玄関を出て行く姿を近所の人に見られるのだって恥ずかしいんだからっ!」
「おい。そこまで言うか?」
「言うっ! っていうか、お兄ちゃんはせっかく格好いい顔してるんだから、妹としては常に格好いいお兄ちゃんでいて欲しいのっ! 寝癖で髪の毛がぼさぼさなお兄ちゃんなんて見たくないのっ!」
「わかったわかった。ちゃんと直すからうるさくするな」
「絶対だよっ!」
「ああ」
 で、この朝っぱらからうるさいのは俺の二歳年下の妹、高杉麒麟きりんだ。
 俺が今日から高校生になるのであれば、麒麟は今日から中学二年生だ。
 去年の今頃はまだ子供らしくて可愛い妹だったのに。この一年で急に色気づき、髪型や服装をえらく気にするようになった。そして、なんなら俺の見てくれにもあれこれと口を出すようになってきた。
 正直、俺は自分の見てくれなんてどっちを向いていてもいいのだが、兄として妹の嫌がることはするべきではないという気持ちもあるものだから、内心“面倒臭い”と思いつつも、麒麟の言うことはなるべく聞いてやるようにしている。
 あまりにも面倒臭いことを言ってきた時は、適当にあしらってスルーすることもあるが。
「ちょっと二人とも。朝っぱら何を騒いでいるの? 二人ともそんなにゆっくりしている暇なんてないんじゃないの? 早くご飯食べて学校に行きなさい」
 朝からピシッとしたスーツに身を包んだ母さんが、俺達より先に朝御飯を食べ終わった父さんの食器を洗いながら言ってきたから
「はーい」
「了解」
 俺と麒麟はその指示に従うことにする。
 うちの両親は共働きで、我が家の朝は何かと慌ただしい。一分一秒と出勤時間が迫ってくる母さんとしては、速やかに子供達を学校に送り出して、少しはゆっくりしたいところなのだろう。
 だからと言って、母さんが俺達のことを疎ましいと思っているわけでは決してないし、うちの家は家族仲のいい、至って円満な家庭である。
「いい? お兄ちゃん。時間がないからって適当にしないでよ。ちゃんと寝癖を綺麗に直してから学校に行くこと。わかった?」
「はいはい。わかったよ」
「じゃあ私、もう学校に行くから」
「行ってらっしゃい」
 母さんに促された後の麒麟は、まだ半分は残っていた朝食をあっという間に平らげてしまうと
「お母さん、行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃい」
「お父さーんっ! 行ってきまーっす!」
「おー。行ってらっしゃーい」
 台所で洗いものをする母さんと、現在洗面台の前で身形を整えている父さんにちゃんと挨拶をしてから、元気良く家を飛び出して行った。
 朝っぱらから元気な奴である。
「俺も歳か?」
 今日から高校生になる俺が何を言っているんだ、と我ながら思うが、麒麟のような溌剌はつらつとした元気がない俺は、自分という人間には高校生に必要な若々しさが欠けているのではないか、という気がしなくもない。
 まあ、俺は子供の頃から元気溌剌というタイプの子供ではなかったから、単に性格の違いというだけのことだろう。
 どういうわけだか知らないが、俺は物心がついた頃から、あらゆることをすぐに“面倒臭い”と思ってしまう、いまいちやる気のない子供だったから。
「馬鹿なこと言ってないで、あんたもさっさとご飯食べて学校に行きなさい。天馬」
「え?」
「何が“歳か?”よ。あんたがそれを言うのは十年か二十年先でいいのよ」
「ああ……聞こえてたんだ」
 息子の馬鹿な独り言が、しっかり母親に聞かれていた。ちょっと恥ずかしい。
「それと、麒麟も言ってたけど、その髪の毛はなんとかしてね。私も自分の息子が身だしなみを気にしないなんて嫌だから」
 そして、俺の馬鹿な独り言だけでなく、俺と麒麟の会話もしっかり聞いていた母さんからも、ぼさぼさの頭をなんとかするように言われてしまった俺は
「はいはい。はぁ……」
 素直に返事を返した直後、思わず溜息を零してしまった。
 全く……女って奴は、どうして人の見てくれまで気にするんだろうな。俺には全く理解ができない。



 元々そんなに時間に余裕があるわけじゃなかったのに、寝癖を直すのに結構手間取ってしまった俺が家を出たのは、あらかじめ予定していた時間を十分も過ぎてしまった頃だった。
(まあ、遅刻はしないだろう。いざとなったら走ればいいし。でも、走るのは面倒臭いな)
 うららかな春の日差しの中、遅刻をする可能性があるにも関わらず、全く急ぐ気配がなく、のんびりと通学路を歩く俺は、あまりにも心地良い春の日差しに
「ふわぁ……」
 大きな欠伸が出てしまった。
 睡眠は充分に足りているはずなのだが。春眠暁を覚えず、とはよく言ったものだ。この季節、俺はいくらでも寝ていられる自信がある。と言うか、寝ていたい。
 もちろん、そんなことは許されないし、を通してそんな生活を送ろうものなら、人として色々と終わってしまいそうである。それはさすがに不味い。
 俺は日々の生活の中であまりやる気を出す方ではないが、だからと言って自分の人生をどうでもいいと思っているわけではないし、諦めているわけでもないのだ。
 ただ、やる気を出せるものが見つけられないから、毎日をただのんびりと適当に過ごしてしまうだけなのである。
 もったいないと言えばもったいない話だ。若さは全てではないにしろ、期間限定の最強の武器でもあるのに、その時期を無気力なままに過ごしてしまうのも。
(俺みたいな奴は生まれた時から老人だった方が、案外心穏やかに過ごせるかもしれないな)
 などと、またしてもくだらないことを考えてしまう俺。生まれた時から老人だったら普通に怖いだろ。
 どうも今朝はロクなことを考えないな。中学の卒業式が終わり、昨日まで春休みだった俺は、再び始まる学校生活というやつが憂鬱で面倒臭いのだろう。
 テンションが低いと思考もくだらないものになるからな。俺は。
 それがわかっていても、無理矢理テンションを上げる努力をしないのも俺だった。
「おっと……」
 だいぶ学校に近付いてきた俺は、渡ろうとした横断歩道の信号が赤になっていることに気付き、ぴたりと足を止めた。
 あまり車の通りがないこの横断歩道は、わざわざ信号機を付ける必要があるのか? と思わなくもないが、近くには俺達の通う高校の他に小学校や幼稚園もあるから、生徒や児童、園児の安全のためにも信号が設置してあるのかもしれない。
 車の通りは多くなくても、スーパーやコンビニ、おまけに宅急便の営業所なんてものまであるから、この通りを走る車は大型車が多いしな。
 今もちょうど数百メートル先の角を曲がったトラックが、こっちに向かって走ってきているところだ。あんなのに跳ねられでもしたら間違いなく即死だろう。
 間もなく目の前を通過するトラックの騒音と排気ガスを避けるため、俺が一歩後ろに下がろうと足を引いた時だった。
「っ⁈」
 俺の真横を勢いよく通り過ぎ、横断歩道に飛び出す影があったから、トラックが来ていることを知っていた俺の手は、無意識のうちにその影に向かって伸びていた。
 咄嗟に掴んだ腕は細く、思いきり自分の方に引き寄せた身体はびっくりするほどに軽かった。
 トラックが突っ込んでくる横断歩道に飛び出す影にもびっくりしたが、二の腕を掴んで引き寄せた影が俺に向かって飛び込んできたことにもびっくりした。
 反射的にその人影を受け止めた俺ではあったが、さすがにバランスは崩してしまい、そいつを抱き締めたままアスファルトの上に尻餅をついてしまった。
「っ……」
 当然ながら、アスファルトに打ち付けた尻が痛かった。が、おかげで目の前で悲惨な事故が起きることを防ぐことはできた。
 けたたましいクラクションを鳴らしながら目の前を通り過ぎていくトラックを見送った後の俺は
「死にたいのか? 信号赤だぞ」
 とりあえず、赤信号にも関わらず横断歩道に飛び出した大馬鹿者を叱ることにした。のだが――。
「……………………」
 一体何が起こったのかが理解できないらしい相手は、大きく見開かれた目で、恐る恐るといった感じで俺を振り返ってきた。
(かっ……かわっ……!)
 まんまるに見開かれた瞳が俺を見てきた瞬間、自分の心臓がドキッと大きく脈打つのを感じた。
 と同時に、ただ咄嗟に抱き留めたまま、小さくて華奢な身体を抱き締める形になっていた俺の腕に、グッと力が入るのも感じた。
「ぁ……あぅ……あの……俺……」
 時間が経つにつれ、徐々に自分の身に何が起こったのかを理解してきたらしいそいつは、急に怖くなったのか、突然瞳を潤ませて、ぷるぷると震えた声と身体で俺をジッと見詰めてきた。
「……………………」
 なんだろう。俺の庇護欲を猛烈に掻き立ててくるこの可愛い生き物は。人間か?
 真っ白な肌。柔らかそうでぷっくりとしたほっぺた。涙目になっているせいか、きらきらと輝く大きくて真っ黒な瞳。
 これはもうあれだ。チワワとかポメラニアンとか……。そういうたぐいの生き物だな。
(いや、しかし……)
 ふっくらとしたこの丸い顔だけを見ると、俺が食べるついでに思わず愛でたくなってしまう白玉団子に見えなくもない。こいつ、もしかして白玉の妖精か?
「えと……あのっ……俺……俺……」
 どうやら相当にテンパっているらしい。さっきから俺に何かを伝えようと必死に口を開こうとしているのだが、言葉が上手く口から出てこないらしく、益々焦っているようでもあった。
「落ち着け。ほら、まずは一回大きく深呼吸してみろ」
「あぅ……ぅん……」
 その姿があまりにもたどたどしくて放っておけないから助け船を出してやると、俺に声を掛けられたことで少しはホッとしたのか、首を小さく縦に振り、俺に言われた通り本当に大きな深呼吸をする白玉……じゃない。少年の姿は微笑ましいものがあった。
 そう。少年……なんだよな? こいつ。顔を見た瞬間は女かと思ったが。
 しかも、よく見てみれば、こいつの着ている服は今俺が着ている制服と同じ制服じゃないか。と言うことは、こいつも俺と同じ高校に通う生徒ということだ。
 皺一つない下ろし立ての制服に身を包んでいるあたり、学年は俺と同じ一年……だろうな。こんなに小さくて幼い先輩がいても嫌だし。
「はぁ~……」
 一回だけではなく、二回、三回と大きな深呼吸を繰り返した少年は、最後に「ふっ……」と小さくて短い息を吐いてから
「えっと……急に飛び出しちゃってごめんなさい。助けてくれてありがとうございました」
 しげしげと少年を見下ろす俺に向かって、ぺこりと可愛らしく頭を下げてきた。
 敬語を遣ってくるということは、俺のことを先輩だとでも思っているのだろうか。俺に向かって下げられる、綺麗な丸い形をした頭がなんだか可愛い。
 本来なら、俺もここで
『気を付けろ。危うく大事故になるところだったんだぞ』
 くらいのことは言っても良かっただろう。
 もし、急に飛び出してきたこいつに驚いたトラックの運転手が、こいつをよけようとしてハンドル操作を誤ってしまったら、横断歩道のすぐ傍で信号待ちをしていた俺は事故に巻き込まれていたかもしれないし、最悪の場合、二人揃ってお陀仏、という可能性もあったのだから。
 だがしかし、俺の対応ときたら
「無事で良かったよ。怪我はしてないか?」
 自分でも予想外の甘々対応だった。
(おいおい。そこは多少キツめに説教をしてやるところだろ)
 自分の甘さ加減に呆れてしまいそうになったが
「は……はいっ! おかげさまで無傷ですっ!」
 少し赤くなった顔ではみかみながら言われると
(まあ……いっか)
 という気持ちになってしまった。
 本当にいいのか? 俺。
 まあいいだろう。人に説教を垂れるなんて俺らしくないし、人に説教をするという行為自体も面倒臭いからな。
 幸い、被害はアスファルトに打ち付けた俺の尻くらいで済んだわけだから、今回はもう良しとしよう。
「さて……と」
 一歩間違えればあわや大惨事というところではあったが、お互いに無傷なのであれば、いつまでもこんなところにしゃがみ込んでいる必要もない。
 まだ少し痛みが残る尻を払いながら立ち上がった俺は、俺に遅れて立ち上がろうとする少年に手を貸して助け起こしてやると
「お前、名前は?」
 ここで会ったのも何かの縁。名前くらいは聞いておくことにした。
「へ? あ……えっと……桐生智加……です」
 俺に助け起こされた少年は、下ろし立ての制服に付いてしまった砂を軽く払い落し終わった後、やや姿勢を正して控えめな自己紹介をしてきた。
 どうやらこの少年、少々引っ込み思案で人見知りをする傾向にあるらしい。
 俺に自分の名前を伝えるだけなのに、どこかそわそわとしていて落ち着かない様子だった。
 俺のことは年上だと思っているみたいだから、こいつ――“桐生”と呼ぶことにするか――の反応がこうなってしまうのも仕方がないことなのかもしれないが。
「高杉天馬だ。よろしくな」
「は……はい。えっと……高杉……先輩……?」
 やはり俺のことは年上だと思っているらしい。立ち上がって向かい合ってみると、俺の制服が自分の制服と同様、まるで着古された様子がない新品であることに気が付き、いぶかしそうに首を傾げていたりする。
「まあ……先輩じゃないんだけどな」
 わかりやすいくらいはっきりと顔に「あれ?」と書いてある桐生の顔を見るとおかしくて、俺が小さく笑いながら訂正してやると
「えっ⁈」
 桐生は声を上げて驚いた。
 そして、それとほぼ同時に、遠くの方から始業を告げるチャイムの音が聞こえてきた。



 以上が俺、高杉天馬と桐生智加の運命的とも言える出逢いである。
 その後、二人揃って入学式に遅刻をしてしまった俺と桐生は、入学早々先生から説教を喰らってしまったものの、そんなことがあったからこそ、俺と桐生はこれから始まる高校生活を、三年間共に過ごすことになったのかもしれない。


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