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番外編 モノグサ男子の恋

    モノグサ男子の恋(6)

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 智加と出逢ってから二度目の夏休みは、去年とそう変わり映えのない夏休みだった。
 それなりに一緒に遊びに行き、高城家の別荘にも泊りがけで遊びに行った。
 強いて言うなら、今年は去年と比べて智加と一緒に勉強する時間が圧倒的に増えた、という違いはあった。
 俺と智加も高校二年生になったからな。そろそろ受験というものも視野に入れ、真面目に勉強に取り組まなければならない時期に入ってきたのである。
 今年に入って智加の家に足を運ぶようになった俺は、智加と一緒に勉強する場所は、もっぱら智加の家だった。
 今年は麒麟が受験生だから、俺としても夏休みの間中、朝から晩まで家で勉強をしている麒麟のいる家には居辛いものがある。
 そういう話をチラッと智加に話したら
「だったら毎日でもうちに来てくれていいよ。どうせ平日は夕方まで俺一人だし。天馬と一緒の方が俺も勉強が捗って助かるから」
 と言ってくれた。
 ので、さすがに毎日とまではいかないものの、夏休みの半分以上は智加の家に足を運んだような気がする。
 俺も智加と一緒の方が勉強が捗るようで、わりと真面目に勉強に取り組んでいたら、夏休みが半分ほど過ぎた頃には大量に出されていた夏休みの宿題が終わっていた。
 おかげで俺と智加は宿題以外の勉強をする時間もたっぷりと確保することができ、今年の夏休みはよく遊び、よく学びと、大変充実した夏休みになったのであった。
 本当なら、毎回俺が智加の家にお邪魔するばかりじゃなくて、智加を俺の家に招待する日があってもいいのだが、さっきも言ったように、今年は麒麟が受験生なのに加え、現在の麒麟はちょっと難しいお年頃なので――いわゆる反抗期というやつだと思う――、智加を家に招待しづらいものがあった。
 いずれ智加にもうちに遊びに来てもらおうとは思っているのだが、智加を家に招待するのは麒麟の受験が終わってからと、麒麟の反抗期が落ち着いてからにした方がいいのだろう。
 というような話も智加にしたら
「気にしないで。俺、こういう性格だから、天馬の家に招待されても緊張しちゃうだけになりそうだもん。そりゃまあ、一生のうちに一回くらいは天馬の家にも行ってみたいけど、天馬の家にも天馬の家の事情があるだろうから、何がなんでも絶対に行きたい、とまでは思わないよ。俺は天馬と一緒にいられるなら、それがどこだろうと嬉しいって感じだし」
 とまあ、相変わらず健気で可愛らしい、俺大好き発言をしてきたから、俺は悶絶ものだった。
 智加は俺への好意を素直に伝えているだけなのだろうが、俺の方はなんだか智加に口説かれている気分になる。
 俺の妹の話が出たから、智加の三つ年上の兄はどうしているのかも聞いてみた。
 智加の三つ年上の兄は現在大学二年生。大学にも夏休みはあるはずなのに、俺が夏休み中に何度も智加の家を訪れてみても、智加の兄ちゃんはいつも留守だった。
「お兄ちゃんは夏休みの間中、避暑地のペンションに泊まり込みのバイトに行ってるんだよね。お兄ちゃん、来年は実家を出て一人暮らしをする予定だから、その引っ越し資金を貯めてる真っ最中なの」
 ということらしい。
 なるほどな。夏休みの間中、泊まり込みのバイトに行っているのなら、そりゃ会わなくて当然か。
 智加の兄ちゃんはわりと智加と顔が似ていて、智加をちょっとだけ成長させた感じの人物ではあるが、智加とは正反対と言っていいくらい、元気でアクティブな人間だった。
 言っても、智加は智加で元気ではあるんだけどな。元気だし、明るくていい子である。
 ただ、人見知りで引っ込み思案な性格だからアクティブとは言えないし、智加と仲良くなってみなければ、智加の元気で明るい性格にも気が付かないから、一般的な智加の印象な“静かでおとなしい子”になるのだろう。
 俺は智加の明るくて元気な姿も知っているが、それでも兄ちゃんとは正反対だと感じてしまうのは、智加の兄ちゃんが元気過ぎて、智加がおとなしく見えてしまうからだろうな。
 その兄ちゃんが来年には家を出るつもりなら、智加もちょっとは寂しいのではないだろうか。
 元々、智加と智加の兄ちゃんは仲のいい兄弟でもあるから。
「兄ちゃんが家を出たら、智加は寂しいんじゃないのか?」
 試しにそう聞いてみたら
「うーん……そりゃちょっとは寂しくなっちゃうけど……。お兄ちゃんのやりたいことに反対はしたくないし、そのぶん天馬がいっぱいうちに来てくれたら寂しくない……よ?」
 またしても、俺を悶絶させるようなセリフに加え、やや甘えるみたいな上目遣いまで使ってきたから、俺は一周回って無になりそうだった。
 上目遣いが好きだという男は多いと言うが、その理由を自分と同じ男の智加から教えてもらうことになるとは……。
(智加の甘えた上目遣い、クソ可愛いな)
 しかも、やや小首を傾げるというオプション付き。これは確かに“いい”ってなる。可愛いと思ってしまう。同じ上目遣いでも、女子の上目遣いはあざとさを感じてしまって全然いいとは思わないのに。
 こんな顔で「そのぶん天馬がいっぱいうちに来てくれたら」なんて言われてしまったら、俺も智加の家に足繁く通うようになってしまうというものだ。
(やっぱり俺、いいように智加に振り回されてるよな……)
 智加にその気があるとは思えないが、毎度毎度智加の思い通りになってしまう俺は、やっぱり智加に振り回されているのじゃないかと思う。
 そんな感じで、俺が智加と一緒に過ごす二度目の夏休みは過ぎて行った。



 夏休みが終わって二学期が始まると、うちのクラスだけでなく、二年生全体が修学旅行一色という感じになった。
 もちろん、だからと言って修学旅行にばかりうつつを抜かしているわけにはいかず、夏休み明けの実力テストや、通常の授業、十月に控えた合唱コンクールや、十一月の文化祭の話なんかもちらほら出ているわけでもあったが、とりあえず、目前に迫った修学旅行が終わるまでは、他のことは二の次といった感じでもあった。
 まあ、そうなるのも当然という感じではあるよな。なんたって修学旅行だし。
 高校生活最大のイベントを目の前に、今は学校の授業もその他の学校行事も、どっちを向いていても良くなってしまうのだろう。
 学校の先生達も多少は大目に見ているようで、暇さえあれば修学旅行の話しかしない生徒を、微笑ましそうな顔で眺めていたりする。
「やっぱり、問題は三日目の自由行動だよね」
 他のグループが「自由行動どうする? どこ行く?」という話で盛り上がっている中、俺達四人は「問題は自由行動」ときた。
 一体何が問題なのかと言えば、言わずもがな、一緒のグループになった女子四人の存在である。
 修学旅行は基本的にグループ行動が原則である。
 しかし、あまり親しくない男女のグループが一緒になってしまったところは、わりと別行動を取ることにしているところが多かった。
 その方がお互いに気を遣わなくて済むし、それぞれが行きたい場所に行けていいのだろう。
 うちのグループも日頃から親しくしている男女のグループというわけではないから、「別行動にしよう」となると思っていたのだが――。
「っていうかさ、なんでうちのグループは“別行動にしよう”ってならないの? 俺達と彼女達、普段は全然親しくなんかしてないじゃん」
 うちはなかなかそういうことにはならなかった。
「そんなの考えるまでもないでしょ。天馬がいるからだよ」
「だよねぇ……」
 そして、その理由を何故か俺のせいにされている。何故だ。
 他のグループが次々と男女別行動を選択しているというのに、うちのグループの女子ときたら、たいして仲がいいわけでもないのに
『別行動にしようよ』
 と言うと
『えーっ! せっかくの修学旅行なんだから一緒に行動しようよーっ! 大体、修学旅行はグループ行動が原則だよ?』
 と言って聞かない。困った。
 俺達と同じグループになった女子四人は、規則を遵守するような真面目なタイプというわけでもなさそうなのに。
 むしろ、規則なんてものは率先して破りそうな感じの派手な四人組だった。
 高校生だというのに、学校には毎日バッチリメイクで来るし、スカート丈もパンツが見えそうなくらいに短い。休憩時間はやたらと騒がしいし、学校の成績もまあ……良くはなさそうだ。夏休み中には四人中三人が補習を受けていたらしいから。
 しかも、補習のあった教科全部である。どう考えても勉強に熱心なタイプの女子ではない。一体学校には何をしに来ているのやら……だ。
 元々俺は同年代の女子は面倒臭くて苦手なのだが、運悪く修学旅行で一緒のグループになってしまった女子四人は、その中でも特に苦手とするタイプの四人組だったから、せっかくいつものメンバーで同じグループになれただけに、俺の落胆ぶりは大きかった。
 そして、その気持ちは俺以外のメンバーも同じだったようで
「はぁぁぁ~……よりによってなんであの四人……。俺、あの四人ってちょっと苦手なんだよね」
「同感。ちょっと品がないっていうか、頭悪そうな感じだよね。僕も苦手」
「せめてあの四人じゃなかったら、一緒に行動をしても良かったんだけどね」
「そうだね。あの四人じゃなけりゃ、僕もそれなりに行動を共にしても構わないって感じだけど、あの四人とは絶対に行動を共にしたくないって感じなんだよね」
 一臣と光稀が交わす言葉に、俺は「うん、うん」と何度も頷いていた。
 ここで一つ誤解がないように言っておくが、俺達は何も彼女達のことが“嫌い”というわけではない。あくまでも“苦手”なのである。
 確かに、日頃から親しくしているわけではないし、とても仲がいい間柄とは言えないが、全く喋ったことがないわけではないし、話し掛けられれば普通に会話を交わすこともある。
 だが、彼女達とはあまり話のノリやテンションが合わないし、会話も全然弾まない。
 人とワイワイ盛り上がるのが好きそうな子達だから、むしろ、盛り上がることがない俺達とは喜んで別行動を取ってくれそうだと思ったのにな。
「こうなったらもう、三日目の自由行動では途中ではぐれたふりをして、無理矢理別行動を取るしかないよね。事前に別行動をしたいって言っても、向こうは承諾してくれないし。こっちがどれだけ彼女達が行きたがらないような場所に行きたがってみせても、我儘ばっかり言って疲れるだけだし」
「そうだね。それしかなさそうだね。せっかくの修学旅行なのに、こんなことを考えなくちゃいけないのも嫌だけど」
「仕方ないよ。他の日はともかく、三日目は朝から夕方まで自由行動なんだもん。僕達だってできる限りは楽しく過ごしたいよ。そのためには、僕達から彼女達を遠ざける計画も必要でしょ?」
「おっしゃる通り」
 おそらく、他のグループはこんなことで頭を悩ませてなどいないだろう。俺達はたまたま運が悪かった。
 運というより、一臣のくじ運が。
 だが、そのことで一臣を責める人間は一人もいない。
 当然である。運とは運でしかなく、誰も責めたり、責められたりするようなものではない。言ってしまえば、究極の理不尽みたいなものだ。
 今回はたまたまグループを代表して一臣がくじを引くことになった結果だが、俺達の中の誰がくじを引いていても、結果は同じだったかもしれないもんな。
「しょっぱなからいきなりはぐれるわけにもいかないから、多少は我慢して、しばらくはグループ行動をしておいて、適当な頃合いを見て上手くはぐれよう。できればお昼前にははぐれておきたいところだよね」
「そう簡単にいくかな? 彼女達の目的が天馬なら、そう簡単にはぐれてくれそうにないけど」
「言えてる。だからこそ、こっちも向こうに怪しまれないよう、彼女達と上手くはぐれられる計画を立てないと」
「うーん……」
 修学旅行の話だと言うのに、全く楽しくない話である。
 俺達からの「別行動にしよう」という提案を、彼女達があっさり受け入れてくれていれば、こんな面倒なことを考えなくても済んでいたのに。
「そうだ。途中で智加が迷子になっちゃうのはどう?」
「え?」
「は?」
 彼女達とはぐれるためのいい方法を考えていた一臣が、名案とばかりにそう提案してきたが、その提案に俺と智加は同時に驚きの声を上げた。
 しかし、その声には若干ニュアンスの違いがあって、智加は単純に自分の名前が挙がって驚いているだけだが、俺の方は不満の気持ちも込められていた。
 いくら女子と別行動を取るためとはいえ、その計画に智加を使うのは嫌だ。
「だってほら、智加ってなんかすぐ迷子になりそうな感じがするじゃん。もちろん、本当に智加が迷子になる必要はなくて、智加には迷子になったふりをしてもらって、それを俺達が探しに行くふりをして彼女達とはぐれることにするのはどう?」
 どう? じゃないだろ。なんでその役を智加にやらせようとするんだ。
「まあ……悪くはないかもね。智加はどう? 上手くできそう?」
「えっとぉ……」
 待て待て。なんで勝手にその方向で話が進んで行こうとしているんだ。俺は断固反対だぞ。
 智加を計画のために利用することも嫌だが、それより何より、気の小さい智加を見知らぬ土地で一瞬でも一人ぼっちにさせたくない。
 それに、そうやってわざと俺達とはぐれたはずの智加が、そのまま本当に迷子になってしまったらどうする
 ありえない話じゃないぞ。智加がすぐ迷子になりそうな感じがするのは俺も同じだ。
 万が一、智加が迷子になってしまったら、俺は修学旅行どころじゃなくなるじゃないか。
「多分……上手くできると思う。俺、子供の頃はしょっちゅう迷子になってたから、迷子になるのは得意だと思うし」
 ほらみろ。本人も「迷子になるのは得意」とか言ってるじゃないか。そんな智加をわざとだろうが迷子にさせるわけにはいかない。リアルに迷子になってしまう可能性大だ。
 と言うか、「迷子になるのは得意」ってなんだ。そんな特技を聞かされてしまったら、俺は心配でしかないじゃないか。何を思って、智加もそんなことを「得意」だとか言っているんだ。俺の視線を智加に釘付けにする作戦か何かか?
「そう。じゃあ……」
「ダメだ。却下」
「え?」
 このまま黙っていると、修学旅行の自由行動中に智加の迷子作戦が決定事項になってしまう。それはなんとしてでも阻止しなければ。
「えっと……却下って? なんで?」
「決まってるだろ。本当に智加が迷子になったら困るし、旅先で智加を一人きりにするのも心配だからだ」
 既に作戦が決まったつもりでいたらしい光稀は、俺からの反対にその理由を聞いてきた。
 だから、俺も毅然とした態度できっぱりとその理由を述べると
「あぁ……そうだった。天馬は智加に対して過保護が酷いんだった」
 光稀は額に手を当て、呆れたような溜息まで零しながらそう言った。
 それは一体どういう反応だ。俺が智加に対して過保護が酷いのは、何も今に始まったことじゃないだろう。
 むしろ、光稀なら最初に一臣が智加を作戦に使おうと言い出した時点で、俺からの反対は予測できていたように思う。
 だがしかし、実際に女子四人と別行動を取るためには、何かしらの作戦が必要であることは俺も認めるところではある。
「その作戦でいくなら、俺が迷子役になる」
 だから、他にこれといった作戦も思い付きそうにないと思った俺は、そう付け加えてもおいた。
 要は女子四人と別行動を取るきっかけを作れればいいんだから、迷子役は智加である必要がない。
 俺はそう思ったのだが――。
「天馬はダメ。天馬が迷子になったら女子と別行動を取るどころか、全員で天馬を探そうってことになるし、その流れで連絡先を交換することになったら最悪だから」
 それこそ光稀に即時却下されてしまった。
 いやいや。そこは迷子になる人間が俺じゃなくても、そういう流れになるんじゃないのか? 彼女達からしてみれば、俺達とグループ行動をするつもりでいる以上、迷子を見つけ出さないと身動きが取れないわけだから。
「むしろ、天馬には彼女達と最後まで一緒にいる役をやってもらわなくちゃ」
「え」
 何故そうなる。迷子役は誰でもいいと思っていたのに、俺には俺の役割があるとはどういうことだ。俺があの四人と最後まで一緒にいなくてはいけない理由とは?
「いや。俺はそんな役回りは御免なんだけど」
 どう考えても損な役回り過ぎる。ただでさえ、なるべく女子とは関わりたくないのに、最後まであの四人と一緒にいる役を任されてしまっては、男女比が一対四になってしまい、俺があの四人を一人で相手しなくちゃいけなくなるじゃないか。絶対に嫌だ。尋常じゃないストレスになる。
「何言ってるの? そうしないと僕達があの四人と上手くはぐれられないじゃん」
「なんでだ」
 先程から俺の発言をことごとく却下してくる光稀。
 その光稀の言い分はあまり納得ができないのだが、とりあえず、理由を説明して欲しい。
「いい? 何度も言うけど、彼女達の狙いは天馬なわけ。彼女達的には天馬が傍にいればおとなしくしているだろうから、まず僕達三人の中の誰かが迷子になって、天馬以外の二人が迷子を捜しに行く。その間、天馬には連絡係として彼女達と一緒にいてもらう。で、僕達がある程度彼女達から離れたところで、適当な理由をつけて天馬を呼びつけるんだよ」
「その役、俺である必要はあるのか?」
「天馬じゃなきゃダメ。天馬が先に動いたら、絶対彼女達がついてきちゃうから」
「ふむ……」
 やはり説明を聞いたところで納得はできなかった。あの四人にとって、俺の存在ってそんなに重要なのか?
 でも俺、あの四人とは言うほど喋ったことなんかないぞ。彼女達にとって、俺の存在がそこまで重要だとはとてもじゃないけど思えないのだが。
「まあまあ、天馬。ここは光稀の言う通りにしようよ。その代わり、迷子役は智加じゃなくて光稀が引き受けてくれると思うから」
「…………わかった」
 納得はいかないが、そういう作戦でいくのであれば、役割分担も必要になってくる。
 俺にとっては一番与えられたくない役回りではあるのだが、一臣と光稀の二人が俺にその役を押し付ける気でいるのなら、俺に逆らう術はない。
 とりあえず、迷子役が智加から光稀に変更になってくれるのであれば、それで良しとするか。
 そう思っていたら
「は? なんで僕が迷子にならなくちゃいけないの? 悪いけど僕、生まれてこの方、一度も迷子になんてなったことがないんだけど」
 光稀も迷子役は嫌らしい。
 いやいや。そこで光稀が迷子役を拒否するなら、俺も自分の役割を拒否したくなるだろう。
 これまでの人生で一度も迷子になったことがない人間は、この歳になってわざとでも迷子になるのはプライドが許さない、とでも言うのか?
 それとも、迷子のなりかたがわからないから、そこは迷子のプロ(智加)に任せておけ、とでも言うつもりか?
「え……でも、智加はダメだって天馬が……」
 俺が嫌々ながらも最後まで女子四人と一緒にいる役を引き受けたからだろうか。一臣には俺の最初の望みは叶えてあげようという気持ちがあるらしい。
 迷子役を拒否する勢いの光稀に戸惑っていると
「誰も智加に迷子役をやらせるなんて言ってないでしょ。智加がダメなら次の候補は一人しかいないじゃん」
 光稀はそう言うなり、やや困惑した顔で自分を見ている一臣に人差し指を突き出すと
「迷子役は一臣だよ。智加の次に迷子になりそうなのって一臣だから」
 自分の恋人に向かって、さも当然と言うような顔で言い放った。
「え⁈ 俺⁈」
 まさか自分に迷子役が回ってくるとは思っていなかったらしい一臣は、突然割り振られた自分の役割に声を上げて驚いた。
 まあ、こういうのは大体言い出しっぺが痛い目を見るようになっているものだ。最初に迷子作戦を思いついて提案した一臣に、迷子役が回って来るのは当然とも言うべきである。
 逆に、この作戦にあまり乗り気じゃなかった俺が、一番嫌な役回りになってしまったことは、災難以外の何物でもないが。
「え? 俺、迷子役やらなくてもいいの?」
 てっきり迷子役は自分になるものだと思っていた智加は、いつの間にやら自分が迷子役から外れていることに心配そうな顔になった。
 なんだ? その顔は。もしかして、やりたかったのか? 迷子役。
 だとしたら、クソ可愛いけど許さん。そもそも、勝手にうろうろし始める智加を、俺が放っておけるはずがないだろう。
「いいんだよ。智加は迷子にならなくても」
 なまじ迷子になりやすい智加に、そんな危険な役はやらせられないから、俺は智加の頭をぽんぽんと撫でながらそう言っておいた。
 修学旅行まであと一週間。
 果たして、俺達が思いつきで立てたこの作戦は上手くいってくれるのだろうか。
 修学旅行は楽しみだが、何かと不安も感じる今日この頃の俺だった。


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