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失ったもの
失ったもの5
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首元が軽い。ソフィアは生地屋に生地を裁ってもらう間、何度も手でネックレスの不在を確認していた。
(嫌な夢をみただけなら良かったのに……)
ネックレスを手に入れた一行は満足したのか、店を出ていった。生地屋に来たのに、生地を見ずに出ていったのだ。始めからソフィアが一人になるのを見計らってやってきたようにしか感じられない、それでもソフィアはこの事を誰かに訴える事も出来なかった。
(全部、本当のことだもの)
心では諦めたことを思っても、手は首にあったネックレスを求めて何度も首を触っていた。
「大丈夫ですか?」
やりとりを多少は見ていたのだろう、奥に引っ込んでいた従業員がソフィアを慮った。大丈夫ではないが、この従業員は関係ないのだから大丈夫だと頷くほかなかった。
「ヴィンセント様が向かったサロンは目と鼻の先ですよ。先程の事をお話なさったほうがよろしいのではないでしょうか」
何を話せばいいのだろうと、ソフィアはさらに暗い気持ちになった。恋人のために購入したネックレスをソフィアに渡したのか否か。そこを通らなければ詳細を話すことはできない。
「いいんです……。私の不注意でネックレスを落としてしまったのです。それでいいのよ」
「それではヴィンセント様の印象が悪くなりますから、きちんと話すべきです。すぐにお店に行ってみては? そうしたら、あの方々に追いついて返してもらえるかもしれませんし」
熱心にヴィンセントに話すべきだと勧めてくれる従業員にソフィアは力なく同意した。
「そうですね……既にたくさんお待たせしているので行ってみます」
「生地は後ほどお屋敷に届けさせていただきます」
従業員の好意に礼を言うと、ソフィアはヴィンセントの向かったサロンの場所を聞いて店を出た。
(本当にヴィンセント様はネックレスを恋人に買ったのかしら……でも、あれは私の目の色にそっくりだったわ)
石畳をサロンに向けてトボトボと歩いていると「ソフィア!」と背後から声を掛けられて、ソフィアは飛び上がりそうになった。
「グレゴリー!」
振り返ると懐かしさに泣きそうになった。父親に放置されて野生児のようだったソフィアに勉強や作法など多くのことを教えてくれた家庭教師のグレゴリーだった。グレゴリーは没落した貴族の出だった。教養のある人物で、若いうちからソフィアの家で働いていた。
「やっぱりソフィアか! 会えて嬉しいよ」
当然のようにグレゴリーはソフィアを抱きしめた。その親しさがソフィアには懐かしかった。ソフィアも飛びつくようにグレゴリーを抱きしめる。
「突然居なくなってしまって心配したのよ! 元気そうでよかった」
グレゴリーを失ったあの日をソフィアは今もよく覚えている。冬の朝、いつものようにキャサリン達のいる食堂に向かうと、皆押し黙ってテーブルについていた。
「グレゴリーが出ていきました」
キャサリンの母がソフィアに告げた。
「え……なぜ」
前日も顔を合わせたがグレゴリーはそんなこと微塵も見せず、いつも通りの明るく楽しい青年だった。
「元々、身分が高かったじゃないですか……ご主人様に顎で使われるのが嫌だとよくぼやいてました。それに一旗揚げたいってことも常々言ってたから」
最後に肩をすくめた。だから、仕方がないのだというアクションだった。
ソフィアは二度とグレゴリーに会えないのだと知った。親しいと思っていたグレゴリーが挨拶もなしに出ていったことに寂しさを感じ、その後しばらく喪失感で浮かない日々を過ごしたのだった。
それがこうして目の前にグレゴリーが居て、ソフィアを抱きしめてくれている。懐かしさと喜びでソフィアも周りの目など気にせず抱きついていた。グレゴリーの赤毛も茶色の目も、記憶通りだった。顔はいくぶん歳を重ねただけあって昔のはつらつとした感じはなくなり、落ち着いた雰囲気になっていた。記憶が正しければグレゴリーは三十代半ばだ。二人は十年も会ってなかった。
「ああ、相変わらず俺のお嬢さんはかわいいな。もう一度顔を見せてくれ」
ソフィアを軽々と抱き上げるのも昔と変わらない。ソフィアは笑いながら「もう子供じゃないのよ! グレゴリーってば」と足をジタバタさせた。その行為は子供そのものだったが、二人とも全てが懐かしくて笑い合っていた。
そんな二人をヴィンセントがサロンの窓から見つめていた。ソフィアが歩いてくるのに気が付き、実はずっと眺めていたのだ。他にも女性は歩いていたがソフィアのことは直ぐに気がついた。そこに現れた見知らぬ男。その男を認識した途端、いつものソフィアとは違う、曇りのない笑顔に全幅の信頼を寄せた態度。それを目の当たりにして、何故か手を握りしめていた。
(あれが……ソフィアの想い人か)
想像よりずっと歳はいっているが、確信する。身長の高い頼もしい男だった。
(ソフィア。それほどまでに感情を爆発させて喜ぶのか)
チリチリと燃えるような胸の痛みに顔を歪め、それでも目を離すことが出来なかった。美しいソフィアがより輝く様子からどうしても目を離すことが出来なかったのだった。
(嫌な夢をみただけなら良かったのに……)
ネックレスを手に入れた一行は満足したのか、店を出ていった。生地屋に来たのに、生地を見ずに出ていったのだ。始めからソフィアが一人になるのを見計らってやってきたようにしか感じられない、それでもソフィアはこの事を誰かに訴える事も出来なかった。
(全部、本当のことだもの)
心では諦めたことを思っても、手は首にあったネックレスを求めて何度も首を触っていた。
「大丈夫ですか?」
やりとりを多少は見ていたのだろう、奥に引っ込んでいた従業員がソフィアを慮った。大丈夫ではないが、この従業員は関係ないのだから大丈夫だと頷くほかなかった。
「ヴィンセント様が向かったサロンは目と鼻の先ですよ。先程の事をお話なさったほうがよろしいのではないでしょうか」
何を話せばいいのだろうと、ソフィアはさらに暗い気持ちになった。恋人のために購入したネックレスをソフィアに渡したのか否か。そこを通らなければ詳細を話すことはできない。
「いいんです……。私の不注意でネックレスを落としてしまったのです。それでいいのよ」
「それではヴィンセント様の印象が悪くなりますから、きちんと話すべきです。すぐにお店に行ってみては? そうしたら、あの方々に追いついて返してもらえるかもしれませんし」
熱心にヴィンセントに話すべきだと勧めてくれる従業員にソフィアは力なく同意した。
「そうですね……既にたくさんお待たせしているので行ってみます」
「生地は後ほどお屋敷に届けさせていただきます」
従業員の好意に礼を言うと、ソフィアはヴィンセントの向かったサロンの場所を聞いて店を出た。
(本当にヴィンセント様はネックレスを恋人に買ったのかしら……でも、あれは私の目の色にそっくりだったわ)
石畳をサロンに向けてトボトボと歩いていると「ソフィア!」と背後から声を掛けられて、ソフィアは飛び上がりそうになった。
「グレゴリー!」
振り返ると懐かしさに泣きそうになった。父親に放置されて野生児のようだったソフィアに勉強や作法など多くのことを教えてくれた家庭教師のグレゴリーだった。グレゴリーは没落した貴族の出だった。教養のある人物で、若いうちからソフィアの家で働いていた。
「やっぱりソフィアか! 会えて嬉しいよ」
当然のようにグレゴリーはソフィアを抱きしめた。その親しさがソフィアには懐かしかった。ソフィアも飛びつくようにグレゴリーを抱きしめる。
「突然居なくなってしまって心配したのよ! 元気そうでよかった」
グレゴリーを失ったあの日をソフィアは今もよく覚えている。冬の朝、いつものようにキャサリン達のいる食堂に向かうと、皆押し黙ってテーブルについていた。
「グレゴリーが出ていきました」
キャサリンの母がソフィアに告げた。
「え……なぜ」
前日も顔を合わせたがグレゴリーはそんなこと微塵も見せず、いつも通りの明るく楽しい青年だった。
「元々、身分が高かったじゃないですか……ご主人様に顎で使われるのが嫌だとよくぼやいてました。それに一旗揚げたいってことも常々言ってたから」
最後に肩をすくめた。だから、仕方がないのだというアクションだった。
ソフィアは二度とグレゴリーに会えないのだと知った。親しいと思っていたグレゴリーが挨拶もなしに出ていったことに寂しさを感じ、その後しばらく喪失感で浮かない日々を過ごしたのだった。
それがこうして目の前にグレゴリーが居て、ソフィアを抱きしめてくれている。懐かしさと喜びでソフィアも周りの目など気にせず抱きついていた。グレゴリーの赤毛も茶色の目も、記憶通りだった。顔はいくぶん歳を重ねただけあって昔のはつらつとした感じはなくなり、落ち着いた雰囲気になっていた。記憶が正しければグレゴリーは三十代半ばだ。二人は十年も会ってなかった。
「ああ、相変わらず俺のお嬢さんはかわいいな。もう一度顔を見せてくれ」
ソフィアを軽々と抱き上げるのも昔と変わらない。ソフィアは笑いながら「もう子供じゃないのよ! グレゴリーってば」と足をジタバタさせた。その行為は子供そのものだったが、二人とも全てが懐かしくて笑い合っていた。
そんな二人をヴィンセントがサロンの窓から見つめていた。ソフィアが歩いてくるのに気が付き、実はずっと眺めていたのだ。他にも女性は歩いていたがソフィアのことは直ぐに気がついた。そこに現れた見知らぬ男。その男を認識した途端、いつものソフィアとは違う、曇りのない笑顔に全幅の信頼を寄せた態度。それを目の当たりにして、何故か手を握りしめていた。
(あれが……ソフィアの想い人か)
想像よりずっと歳はいっているが、確信する。身長の高い頼もしい男だった。
(ソフィア。それほどまでに感情を爆発させて喜ぶのか)
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