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失ったもの
失ったもの6
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ソフィアとヴィンセントが合流した後、予定していた紅茶を買うことなく帰宅することになった。
「悪いが……急用ができた。家に送ろう」
グレゴリーと再会できた喜びも束の間、ソフィアは自分の首にネックレスをつけていないことをどう説明しようか暗い気持ちに逆戻りしていた。だから、面と向かって話をするより、もう帰路につくことは正直助かった。
「はい。わかりました」
ヴィンセントは必要なことを述べると、ソフィアの返しに興味を示すことなく背を向けた。少し前のヴィンセントに戻ってしまったような距離感にソフィアは俯いていた。ネックレスをとられた喪失感と、ヴィンセントへの罪悪感。悲しくて仕方がないのに、試練はまだ続いていた。
(ネックレスのこと、気がついたのかしら……きっと気がついたんだわ)
ネックレスが際立つようなハイネックのドレスを合わせていた。だから、気が付かないはずがない。どうにかやり過ごそうと思ったが、そんなことは無理だったということだ。
馬車に乗り込んでからも、雑談一つ交わすこともなく、重い沈黙が立ち込めていた。
(謝らなきゃ。でも、落としたなんて嘘を……なんでもない顔で言えるわけないし、どうしたらいいの)
盗られたと素直に言えれば楽なのだが、それにはことの経緯を話さなければならなくなる。恋人に贈るはずのネックレスを、間違えてソフィアに渡したと言われていたと聞いたら、どんな顔をするのだろうか。バツが悪い表情だったら、それは真実だということだ。逆に一蹴して笑うかもしれない。そうしたら事実ではないが、ソフィアが言われたことを信じたことを不快に思うだろう。
一方、ヴィンセントはガラスに映ったソフィアの物思いに耽る姿を見ていた。あれほど頻繁に触れていた首元に何もなくなっているのも見える。ヴィンセントは目を瞑る。
(想い人に会ってネックレスを外したのか)
気に入っていたように見えたから、外されて落胆しているのだと自分の感情を整理する。想い人の方が大切だからネックレスを外したわけではないと考えるようにしているが、どうもうまくいかなかった。
(契約上の妻の誕生日を知ったからネックレスを贈ったに過ぎない。違うか? その通りだろ)
しかし、二人が熱烈に抱き合ってはしゃいでいる姿が脳裏に焼き付き、ドス黒い感情が湧き出してくる。どんなに疎いヴィンセントでもこれが嫉妬だということは理解していた。
(これまで一度も嫉妬などしたことがなかったのに)
恋人のクリスティンには男性の知り合いも多いし、よく男性と談笑している場面に出くわした。高貴な相手とならダンスも気軽にする。そのことにヴィンセントがヤキモキしたことは一度たりともなかった。
それなのに、ソフィアを抱きしめる男には猛烈に腹が立ったし、走っていって引き離してやろうかと思っていた。
(随分と歳上の男だった。あんなのがいいのか)
ソフィアは誰からも結婚を申し込まれてないと言っていたが、それが本当だったとしても、ソフィアに魅力がないわけではない。問題は父親が強欲で要求する金が異次元すぎただけだ。あんな莫大な金額、払えるのはヴィンセントの家くらいなものだった。
(ソフィアは契約が終われば喜んで姿を消すと言っていた。あの男と一緒になるためなのか)
ヴィンセントは無意識に手を揉む仕草を繰り返していた。
ヴィンセントもソフィアも、自分たちの意思で結婚したわけではない。ソフィアが離縁して次の男と幸せになるなら、それに越したことはないだろう。頭ではわかっていても、想像すらしたくない。
(シャーロットに子どもだと言われたが、確かに子どもみたいな執着心だな。一度、手に入れたものだから手放したくないなんてまるで駄々っ子みたいだ)
ソフィアはヴィンセントとその恋人クリスティンが一緒になれるように手を貸してくれようとしているのに、ヴィンセントはソフィアの想い人にソフィアを取られたくないと感じていた。
(手に入れたなんて幻想だ。お互いに互いのものではないのだから)
じっと身動きもしないソフィアに、ヴィンセントは話しかける事もできず、黙ったまま馬車に揺られていた。
この馬車が永遠にどこにもたどり着かなければいいのにと思うが、馬車はそろそろシャーロットの家へと続く道に入る。僅かに春の息吹が感じられる若葉を見送っていた。世の中は華やかさが増しているのに、ヴィンセントは憂鬱な冬に逆戻りしているようだった。
シャーロットの家につき、ソフィアを馬車から降ろし自宅へと帰ったヴィンセントをソフィアは窓から見送っていた。
優しいと感じたり、冷たいと感じたり、ヴィンセントに対しては感情が忙しい。それでも、一緒に居られる時間はなんだか特別のように思う。
「ソフィア様、お手紙が届いております」
侍女の声に振り向くが、侍女の持つ手紙を見つめて「誰からかしら?」と、すぐには受け取らなかった。
「キャサリンという方からです」
ああ。と、安堵して受け取った。これまで連絡してこなかった父親が手紙を寄越したのかと警戒していたのだ。手紙を送ってくるとしたら金の無心だろうから、今はそんな手紙に耐えられないと思っていた。
(赤ちゃんが生まれたのかしら)
嬉しさのあまり封を開けるのがもどかしかった。手紙を広げて、慌てて文字に目を走らせた。
『親愛なる私のフィフィ。連絡が遅くなってごめんなさい。実は数日前に産気づいて出産しました。けれど死産で、私の赤ちゃんは天に召され──』
ソフィアは目の前が真っ暗になって先を読み進めることが出来なかった。頭を鈍器で殴られたのではないかと思うほど重く鈍い痛みに、額を押さえた。
(死産。ああ……なんてことなの。わ、私のせいだわ……私がお金の援助を申し入れる事が出来なかったから……)
膝から力が抜けてソフィアはそのまま深い闇に飲まれていった。
「ソフィア様! 誰か! ソフィア様が倒れたわ。誰か来てちょうだい!」
侍女が慌ててソフィアの体を抱えて揺さぶるが、ソフィアは涙を流したまま目を開けることはなかった。
「悪いが……急用ができた。家に送ろう」
グレゴリーと再会できた喜びも束の間、ソフィアは自分の首にネックレスをつけていないことをどう説明しようか暗い気持ちに逆戻りしていた。だから、面と向かって話をするより、もう帰路につくことは正直助かった。
「はい。わかりました」
ヴィンセントは必要なことを述べると、ソフィアの返しに興味を示すことなく背を向けた。少し前のヴィンセントに戻ってしまったような距離感にソフィアは俯いていた。ネックレスをとられた喪失感と、ヴィンセントへの罪悪感。悲しくて仕方がないのに、試練はまだ続いていた。
(ネックレスのこと、気がついたのかしら……きっと気がついたんだわ)
ネックレスが際立つようなハイネックのドレスを合わせていた。だから、気が付かないはずがない。どうにかやり過ごそうと思ったが、そんなことは無理だったということだ。
馬車に乗り込んでからも、雑談一つ交わすこともなく、重い沈黙が立ち込めていた。
(謝らなきゃ。でも、落としたなんて嘘を……なんでもない顔で言えるわけないし、どうしたらいいの)
盗られたと素直に言えれば楽なのだが、それにはことの経緯を話さなければならなくなる。恋人に贈るはずのネックレスを、間違えてソフィアに渡したと言われていたと聞いたら、どんな顔をするのだろうか。バツが悪い表情だったら、それは真実だということだ。逆に一蹴して笑うかもしれない。そうしたら事実ではないが、ソフィアが言われたことを信じたことを不快に思うだろう。
一方、ヴィンセントはガラスに映ったソフィアの物思いに耽る姿を見ていた。あれほど頻繁に触れていた首元に何もなくなっているのも見える。ヴィンセントは目を瞑る。
(想い人に会ってネックレスを外したのか)
気に入っていたように見えたから、外されて落胆しているのだと自分の感情を整理する。想い人の方が大切だからネックレスを外したわけではないと考えるようにしているが、どうもうまくいかなかった。
(契約上の妻の誕生日を知ったからネックレスを贈ったに過ぎない。違うか? その通りだろ)
しかし、二人が熱烈に抱き合ってはしゃいでいる姿が脳裏に焼き付き、ドス黒い感情が湧き出してくる。どんなに疎いヴィンセントでもこれが嫉妬だということは理解していた。
(これまで一度も嫉妬などしたことがなかったのに)
恋人のクリスティンには男性の知り合いも多いし、よく男性と談笑している場面に出くわした。高貴な相手とならダンスも気軽にする。そのことにヴィンセントがヤキモキしたことは一度たりともなかった。
それなのに、ソフィアを抱きしめる男には猛烈に腹が立ったし、走っていって引き離してやろうかと思っていた。
(随分と歳上の男だった。あんなのがいいのか)
ソフィアは誰からも結婚を申し込まれてないと言っていたが、それが本当だったとしても、ソフィアに魅力がないわけではない。問題は父親が強欲で要求する金が異次元すぎただけだ。あんな莫大な金額、払えるのはヴィンセントの家くらいなものだった。
(ソフィアは契約が終われば喜んで姿を消すと言っていた。あの男と一緒になるためなのか)
ヴィンセントは無意識に手を揉む仕草を繰り返していた。
ヴィンセントもソフィアも、自分たちの意思で結婚したわけではない。ソフィアが離縁して次の男と幸せになるなら、それに越したことはないだろう。頭ではわかっていても、想像すらしたくない。
(シャーロットに子どもだと言われたが、確かに子どもみたいな執着心だな。一度、手に入れたものだから手放したくないなんてまるで駄々っ子みたいだ)
ソフィアはヴィンセントとその恋人クリスティンが一緒になれるように手を貸してくれようとしているのに、ヴィンセントはソフィアの想い人にソフィアを取られたくないと感じていた。
(手に入れたなんて幻想だ。お互いに互いのものではないのだから)
じっと身動きもしないソフィアに、ヴィンセントは話しかける事もできず、黙ったまま馬車に揺られていた。
この馬車が永遠にどこにもたどり着かなければいいのにと思うが、馬車はそろそろシャーロットの家へと続く道に入る。僅かに春の息吹が感じられる若葉を見送っていた。世の中は華やかさが増しているのに、ヴィンセントは憂鬱な冬に逆戻りしているようだった。
シャーロットの家につき、ソフィアを馬車から降ろし自宅へと帰ったヴィンセントをソフィアは窓から見送っていた。
優しいと感じたり、冷たいと感じたり、ヴィンセントに対しては感情が忙しい。それでも、一緒に居られる時間はなんだか特別のように思う。
「ソフィア様、お手紙が届いております」
侍女の声に振り向くが、侍女の持つ手紙を見つめて「誰からかしら?」と、すぐには受け取らなかった。
「キャサリンという方からです」
ああ。と、安堵して受け取った。これまで連絡してこなかった父親が手紙を寄越したのかと警戒していたのだ。手紙を送ってくるとしたら金の無心だろうから、今はそんな手紙に耐えられないと思っていた。
(赤ちゃんが生まれたのかしら)
嬉しさのあまり封を開けるのがもどかしかった。手紙を広げて、慌てて文字に目を走らせた。
『親愛なる私のフィフィ。連絡が遅くなってごめんなさい。実は数日前に産気づいて出産しました。けれど死産で、私の赤ちゃんは天に召され──』
ソフィアは目の前が真っ暗になって先を読み進めることが出来なかった。頭を鈍器で殴られたのではないかと思うほど重く鈍い痛みに、額を押さえた。
(死産。ああ……なんてことなの。わ、私のせいだわ……私がお金の援助を申し入れる事が出来なかったから……)
膝から力が抜けてソフィアはそのまま深い闇に飲まれていった。
「ソフィア様! 誰か! ソフィア様が倒れたわ。誰か来てちょうだい!」
侍女が慌ててソフィアの体を抱えて揺さぶるが、ソフィアは涙を流したまま目を開けることはなかった。
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