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もう一人の男
もう一人の男6
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ヴィンセントが言った「兄には触れさせないで」という言葉もソフィアを迷わせていた。
ソフィアは石板を睨みつけてから、意を決して文字を書き込んでいく。
「妾という立場だと」
「言葉が悪かったか。妾というより恋人というか、愛人? いや妻だ。他に妻を娶るつもりはないし、お互いの気持ちが固まったら式を挙げて神の前で愛を誓おう。ヴィンセントに爵位を維持させたいなら君たちは夫婦のままにしておかなければならないからね。したがって事実上の夫婦であって婚姻届は出せない関係だ」
ソフィアは石板に使う石筆を握りしめた。レスリーの提案は寛大すぎる。ただ、ソフィアにはこの話を受け入れることが出来ない。
『私は、ヴィンセント様に惹かれています。このような寛大な申し出を断るのは心苦しいのですが』
「ああ、ヴィンセントを好きなのはわかっている。というか、女の子は皆、ヴィンセントに夢中になるから」
レスリーはここまで話すと笑って「なぜかな。私は好かれはするのだけど、恋愛対象にはならないらしい。ヴィンセントと顔も似てるのに」と、楽しそうだ。そこに卑屈さはなく、ただ事実を面白がっているようだった。
「いいんだよ。ヴィンセントを好きなままでも。私とは刺激的な日々は送れないかもしれないが、心穏やかな毎日を送れると約束しよう」
ソフィアは運命を呪わずにはいられなかった。この言葉をヴィンセントと出会う前に聞けていたら良かった。レスリーと結婚していたら、絶対に平和で平穏なのどかな毎日を送っていただろう。
「この提案を呑んでくれたら、私の父も黙らせることが出来るんだ。嫁を貰えとうるさいからね。私の提案を受け入れてくれたら、侯爵の特権を我が家は手に入れ、私は美しいソフィアという妻が手に入る。それからヴィンセントは恋人と気兼ねなく付き合っていけるということなんだ」
そう言われるとソフィアは万事が丸く収まるのだと思うようになってきた。ヴィンセントを好きなソフィアの気持ちだけは行き場を失うが、レスリーはヴィンセントを見ているソフィアで構わないと言ってくれているのだ。
『確かに全て上手くいきますね』
こう答える以外にソフィアに何ができただろう。気持ちより優先させなければならないことはいくらでもある。ヴィンセントへの想いより、全員が幸せになれるならそれを選ぶ以外ないのだろう。
「ソフィアのお父さんにも挨拶に行こう。旅行がてら。キャサリン夫婦も実家から連れてきたのかい? それなら一緒に連れて行こうじゃないか。楽しい旅になるぞ」
レスリーの気遣いにますます心が引き裂かれていく。ヴィンセントを想う気持ちがもうどうにもならないと項垂れていくようだった。
(ヴィンセント様の隣で密かにお慕いすることも叶わないなんて……)
ヴィンセントの元から早く離れなければと思っていたソフィアだったし、一人で生きていく予定だった。一人静かに好きな人の幸せを祈って生活していくつもりだったのに、流れはそうはいかないようだった。示された道筋が立った今は、一秒でも長くヴィンセントの元に居たいと切望するようになっていた。温めていきたかった感情を、捨て去らねばならなくなった。
「お、見てご覧! あそこは断崖絶壁になっているのだけど、景色が最高なんだ。そろそろ降りて食事でもどうかな? とびきり美味しいワインも持ってきたんだ」
車窓から見える海はどこまでも広がっている。紺碧の水面はキラキラと光っていた。
せっかくレスリーが楽しい雰囲気を作ろうとしてくれているのだから、ソフィアも無理矢理気持ちを切り替えていく。石板に文字を書くとレスリーに見せる。
「『海の先は何もないのですね』か。いや、あるよ。見えないだけで大きな大陸もあれば、楽園みたいな島々も浮かんでいるんだ。私達は時々貿易船に乗り込むからそういうのを見るんだ」
ソフィアはまたカツカツと石板に文字を刻む。
『船の旅は怖くありませんか?』
「嵐が来たり海賊もいるから、怖くないといえば嘘になるね。でも、怖いことも不便なことも船員だけに任せるのは酷だろ? だから乗り込むんだ」
レスリーの目は空を思わせる水色だ。真っ直ぐに海を見つめるその姿は、少年のようだった。
『海が好きですか?』
ソフィアの問いにレスリーはもちろんだと歯を覗かせる。
「男は冒険が好きなんだ。ソフィアのことも私にとっては冒険だな。どうしてかな、君となら上手くやっていけると思うよ」
ソフィアはおずおずと頷いたものの、それほど冒険したいとは思えなかった。叶うならば不幸でもいいからヴィンセントとの時間が長く続き、時々ヴィンセントの笑顔が見られたら幸せだと感じていた。
(でも、レスリー様と事実婚をするのが正しい選択なんだわ)
自分自身に言い聞かせて、海を見つめていた。
ソフィアは石板を睨みつけてから、意を決して文字を書き込んでいく。
「妾という立場だと」
「言葉が悪かったか。妾というより恋人というか、愛人? いや妻だ。他に妻を娶るつもりはないし、お互いの気持ちが固まったら式を挙げて神の前で愛を誓おう。ヴィンセントに爵位を維持させたいなら君たちは夫婦のままにしておかなければならないからね。したがって事実上の夫婦であって婚姻届は出せない関係だ」
ソフィアは石板に使う石筆を握りしめた。レスリーの提案は寛大すぎる。ただ、ソフィアにはこの話を受け入れることが出来ない。
『私は、ヴィンセント様に惹かれています。このような寛大な申し出を断るのは心苦しいのですが』
「ああ、ヴィンセントを好きなのはわかっている。というか、女の子は皆、ヴィンセントに夢中になるから」
レスリーはここまで話すと笑って「なぜかな。私は好かれはするのだけど、恋愛対象にはならないらしい。ヴィンセントと顔も似てるのに」と、楽しそうだ。そこに卑屈さはなく、ただ事実を面白がっているようだった。
「いいんだよ。ヴィンセントを好きなままでも。私とは刺激的な日々は送れないかもしれないが、心穏やかな毎日を送れると約束しよう」
ソフィアは運命を呪わずにはいられなかった。この言葉をヴィンセントと出会う前に聞けていたら良かった。レスリーと結婚していたら、絶対に平和で平穏なのどかな毎日を送っていただろう。
「この提案を呑んでくれたら、私の父も黙らせることが出来るんだ。嫁を貰えとうるさいからね。私の提案を受け入れてくれたら、侯爵の特権を我が家は手に入れ、私は美しいソフィアという妻が手に入る。それからヴィンセントは恋人と気兼ねなく付き合っていけるということなんだ」
そう言われるとソフィアは万事が丸く収まるのだと思うようになってきた。ヴィンセントを好きなソフィアの気持ちだけは行き場を失うが、レスリーはヴィンセントを見ているソフィアで構わないと言ってくれているのだ。
『確かに全て上手くいきますね』
こう答える以外にソフィアに何ができただろう。気持ちより優先させなければならないことはいくらでもある。ヴィンセントへの想いより、全員が幸せになれるならそれを選ぶ以外ないのだろう。
「ソフィアのお父さんにも挨拶に行こう。旅行がてら。キャサリン夫婦も実家から連れてきたのかい? それなら一緒に連れて行こうじゃないか。楽しい旅になるぞ」
レスリーの気遣いにますます心が引き裂かれていく。ヴィンセントを想う気持ちがもうどうにもならないと項垂れていくようだった。
(ヴィンセント様の隣で密かにお慕いすることも叶わないなんて……)
ヴィンセントの元から早く離れなければと思っていたソフィアだったし、一人で生きていく予定だった。一人静かに好きな人の幸せを祈って生活していくつもりだったのに、流れはそうはいかないようだった。示された道筋が立った今は、一秒でも長くヴィンセントの元に居たいと切望するようになっていた。温めていきたかった感情を、捨て去らねばならなくなった。
「お、見てご覧! あそこは断崖絶壁になっているのだけど、景色が最高なんだ。そろそろ降りて食事でもどうかな? とびきり美味しいワインも持ってきたんだ」
車窓から見える海はどこまでも広がっている。紺碧の水面はキラキラと光っていた。
せっかくレスリーが楽しい雰囲気を作ろうとしてくれているのだから、ソフィアも無理矢理気持ちを切り替えていく。石板に文字を書くとレスリーに見せる。
「『海の先は何もないのですね』か。いや、あるよ。見えないだけで大きな大陸もあれば、楽園みたいな島々も浮かんでいるんだ。私達は時々貿易船に乗り込むからそういうのを見るんだ」
ソフィアはまたカツカツと石板に文字を刻む。
『船の旅は怖くありませんか?』
「嵐が来たり海賊もいるから、怖くないといえば嘘になるね。でも、怖いことも不便なことも船員だけに任せるのは酷だろ? だから乗り込むんだ」
レスリーの目は空を思わせる水色だ。真っ直ぐに海を見つめるその姿は、少年のようだった。
『海が好きですか?』
ソフィアの問いにレスリーはもちろんだと歯を覗かせる。
「男は冒険が好きなんだ。ソフィアのことも私にとっては冒険だな。どうしてかな、君となら上手くやっていけると思うよ」
ソフィアはおずおずと頷いたものの、それほど冒険したいとは思えなかった。叶うならば不幸でもいいからヴィンセントとの時間が長く続き、時々ヴィンセントの笑顔が見られたら幸せだと感じていた。
(でも、レスリー様と事実婚をするのが正しい選択なんだわ)
自分自身に言い聞かせて、海を見つめていた。
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