廃城の泣き虫アデリー

今野綾

文字の大きさ
52 / 99

病②

しおりを挟む
「なんにせよ、病気じゃないから私の出番ではないわね」

 ロセは立ち上がってスカートの皺を伸ばした。

「ニコラスにでもしたら? ダグマより望みがあると思うけど。ニコラスについて歩くってのも悪くないじゃない。ま、あなたは必死に色々やろうとしてるけど、はっきり言って農夫とか似合わないのよね。良いところのお嬢様が無理してやってますって感じが嫌味だもの」

 ロセはやはりロセのままだが、それでも話してくれるのは嬉しかった。なんせ同年代の女同士だ。アデリーは今でも仲良くなりたいと願っていた。

「そうかなぁ……。嫌いじゃないのよ、農作業。洗濯よりずっと好きだわ」
「洗濯ね。全人類、皆嫌いな作業よ。アデリーだけじゃないわ。洗濯婦なんて死んでもごめんだわ」

 そこでアデリーはピンと来た。馴染みのなかった職業だから思いつきもしなかった。

「洗濯婦! それよ。それなら私にも出来るじゃない」

 やっとやれる仕事が見つかったと思った矢先、ロセは真っ向から否定してきた。

「無理よ。少なくともここじゃ無理」

 素っ気ないことこの上ない。

「どうして無理なの?」
「この集落はそこまで軌道に乗ってないからよ。例えば、私は薬師だけど今は収入ゼロよ。洗濯婦を雇う人っていうのは、自分の仕事がやたらと忙しくて自分じゃできないって思って頼むでしょ? もちろん頼んだからには対価を払うし、支払えるくらい忙しいから依頼するの。そんな人、ここには誰も居ないじゃない。違う?」

 それはそうだ。でも今は互いに対価を貰わずに助け合っているのだからやる意味はあるような気がする。

「洗濯嫌いなんでしょ? やめておきなさい。それより読み書き出来ることを活かしたらいいわ」

 あのロセがアドバイスしてくれていることに、アデリーは密かに感激していた。話しかけても挨拶してもまるで返してくれなかった相手なのに。

「そうね。そう出来ると嬉しいわ。何か仕事があればいいんだけど……」

 ロセは腰に手を当てて「だから、ニコラスなのよ。行商人だし、記録があったらとっても助かるはず。ね、ニコラスとくっつけばいいんだわ」と、自らの案に納得してうなずいた。

「確かにお手伝いはできるかもしれないけど……くっつけばって結婚するってことでしょう? それは相手の気持ちもあるし、私だって、あのその気持ちが──」

 ため息をついて「だからアデリーは甘いっていうか、お嬢様だって言ってるの」と、呆れてめまいを起こす真似までしていた。

「あのね、恋だなんだより、生きるほうが大事でしょ! 男と一緒になるのだっていかに生活が安定するかが大事なのよ。もちろん、だからと言って老いぼれの金持ちのところに嫁ぐのは私も嫌だけど、ニコラスならなんの問題もないじゃない。女関係には多少苦労するかもしれないけど、他がおおむね揃っているんだからそこは目を瞑ってくっついちゃいなさいよ」

 ニコラスは確かに魅力的だ。でもやはり、一生手を取り合って生きていく相手だとは思えない。

 考え込んでいると、再びロセのため息が聞こえた。

「ま、それでもダグマがいいんでしょうけどね。ベッラが相手なら、たぶん勝ち目はないでしょうけど頑張って」

 この頑張っては心の籠もっていない言葉だった。アデリーだってベッラが相手なら、どんなことでも勝ち目がないと思っている。ベッラの料理は毎回驚くほど美味しいし、気持ちもいい人だし、欠点が見当たらない。

「さて、私は行くわ」

 ロセの言葉に、現実世界に引き戻されて顔をあげる。

「ありがとう。来てくれて嬉しかったわ。それと、あの、私がダグマさんを気になっていることは誰にも言わないで欲しいの」

 ロセはアデリーを一瞥すると「そう? じゃあ、今日は一応風邪気味ってことでベッドに入ってなさい。ベッラに聞かれたらそう言うから。わかった?」と、ベッドに向けて顎をしゃくる。嘘などついて横になりたくないが、アデリーは従うことにしてうなずいた。

「色々ありがと」

 アデリーの謝意に両肩を上げてみせてから、ロセは部屋から出ていった。

 よくわからないモヤモヤが恋心だと知って、恥ずかしさもあったが、なんとなく腑に落ちて気が楽になった側面もあった。なにより、ロセが話してくれたことが嬉し過ぎて、部屋に来るまでの憂うつな気持ちは吹き飛んでしまったアデリーだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。 「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」 第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。 着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。 「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。 行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。 「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」 「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」 氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。 一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。 慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。 しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。 「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」 これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。

処理中です...